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【第1話】オアシス

 俺は草原地帯の道無き道を無言で歩き続ける。


 先程までは会話をしようと試みていたのだが、(ことごと)く無視されるため、既に会話をすることは半ば諦めていた。


 早歩きで歩き続ける彼女に置いていかれまいと必死についていく。そんな折、突然前を行く彼女が立ち止まり、後ろを振り向いた。


「あ、そうだ。私のことはローザと呼んでね。それ以外で呼んだら殺すから」


 突然の「殺す」発言に驚きつつも無言で頷くと、彼女は満足したのかまた前を向いて歩き出した。


 俺は今一度彼女の後ろ姿をまじまじと見つめた。先程の発言といい、どうも様子がおかしい。それに、先程正面から顔を見て確信したのだが、童顔の少女だったはずの彼女がどうも成長しているような気がする。

 成長というのは心のという意味ではなく文字通り「体」がということである。

 

 丸顔でどこか愛らしかった顔が直線的で大人びた顔つきに変わっている。

 ただ、服装や身長は変わらず、胸元も駆逐艦のままだ。


(彼女が菜帆だっていうのは思い違いなんだろうか。それにしても、雰囲気といい、服装といい似すぎている気もするが……)


 そんなことを考えていると、気づけば俺たちは草原をぬけ、道に出ていた。道といってもアスファルトで舗装されている道路ではなく、あくまでも人間の足で踏み固められて作られたであろう、土の道だ。


 暫く進むと、遥か彼方に城壁が見えてきた。かなり長い城壁でおそらく都市を囲むように設置されているのだろう。

 そして、この道はその城門へと続いているようだった。

 まるで、中世の世界にタイムスリップしたようだと俺は思った。


「お前は盗賊に襲われたところを私に助けられた旅人よ。何か聞かれても何も答えないでね」


 城門まであと数十メートル程のところで、今度は後ろを振り向かずに彼女は言った。

 俺は「はい」とだけ返事をする。……何か情けない。


「そこの者、止まれ!」


 鎧で武装した兵士は俺たちを見ると言った。手に持った槍を俺たちの方へ向け、通すまいとしている。見た目は欧米人のようなのに流暢な日本語で喋っていて変な感じがする。


「そこをどきなさい。私はSランク、『銀朱』のローザよ」


 彼女はそう言ってポーンと何か金色のプレートを兵士へ投げた。


「こ、これは、失礼しました。どうぞお通りください」


 そのプレートを見た兵士は慌てた様子でいそいそと槍を下ろすとプレートを彼女に返しながら頭を下げた。


「こいつは私が助けた旅人なんだけど通して良いわよね?」


 彼女がギロりと睨むと兵士は引きつった笑みでブンブン首を縦に振った。


 そうして、こともなげに城門を潜る彼女を俺は足早に追った。


「うわぁ、すごい」


 城壁の中の光景に、つい小学生じみた感想が声に出る。

 そこは、活気のある中世ヨーロッパの都市だった。行き交う人々は皆笑顔で活気に溢れている。殆どの人はチュニックと革製のズボンを身につけ、人によってはウールのマントをつけている人もいる。

 家々はレンガ造りで、道の端には露店が並んでいる。何かの肉を焼いたような芳ばしい匂いや、薬草か何かの苦々しい匂いが町中に広がっている。

 そんな中でも一際俺の目を引いたのは、ガタイがよく大きな剣を背負った人や大きな盾を持った人、弓矢を持った人達の集団だ。

 この街の中でも異質な存在なのか人々が道を空けている。


「……ちゃんと着いてきてよ」


 彼女は色々な場所を見ながら歩き、迷子になりそうな俺にため息混じりで言う。

 確かにこの人通りではすぐに迷子になりそうだ。

 俺は彼女を追うことに集中することにした。



§§§§§§



「ここよ。中に入って」


 かなり歩き、大通りから外れて人気の無くなった路地の古びた木製のドアの前で彼女は言った。

 ドアの上には「魔道具専門店『オアシス』」と看板が掲げられている。


「お、お邪魔します」


 言われた通りにドアを開ける。「ここはどこ?」だとか「魔道具専門店!?」だとか、色々疑問はあるが最早驚きは無かった。

 もう俺は今までの出来事全てを夢で片付けることにしていたのだ。そうでもしないと、こんなところが天国だなんて、頭がおかしくなりそうだ。


 立て付けが悪いのかなかなか開きにくいドアを開けると、カランカランと鈴がなった。

 中を見渡すと盾やら剣やらが壁にかけてあるのが分かった。カウンターの奥の棚にはよく分からない謎の液体の瓶が並べて置いてある。

 変な液体が置いてあるにも関わらず、中は木の暖かな香りがした。


「店長、帰ったわよ」


 俺に続いて入ってきた彼女は誰かに呼びかけているのか大声で叫んだ。


「あぁ、紅さんでしたか。賊かと思いましたよ」


 どこからか、声がした。俺が声の主を探すといつの間にかカウンターに白髪の老紳士が座っている。


「だから、ローザって呼んでって言ってるでしょ?奴らにバレたらどうするつもり?」


 彼女は怒った様子で言うが、店長はハハハと笑って受け流す。


「ところで、そちらのお客人は誰ですか?見たところ、半端者のようですが……」


 店長は細い目を少し開いて俺の方を一瞥する。


「……名前は郡山萩(こおりやま しゅう)。死にそうだったから連れてきた。それだけよ。店長が色々説明してあげてね。私は疲れたから寝る」


 それだけ言って、足早にカウンター横の階段から2階へ上がって行った。


「うぅむ、そうですね。彼女の性格上、人助けなどあまりするようには見えないのですが、シュウ君、君は随分と気に入られているようだ」


 老人はニコリと笑うと、俺を2階の客間へと案内した。向かいの部屋には「ナホの部屋」とプレートが掛けられている。このプレートは確か……。


「おっと、そっちに入ってはいけないよ。紅さんに殺されてしまう」


 俺が向かいの扉を見ていたので、珈琲を持ってきた店長がドアを閉めつつすかさず言った。


「すみません、少し気になってしまって」


 俺は一先ず謝罪し、注いでくれた珈琲を啜った。なかなかにおいしい。


「まず聞きたいんだが、君は紅さんとどういった関係なのかな?まさか、恋仲とか?」


 珈琲を啜りながら店長が尋ねる。


「まさか!ただの幼馴染ですよ」


 俺の言葉に店長の目が驚きで一瞬見開き、すぐにニヤリとした表情になった。


「なるほど……君が例の幼馴染君ですか」


 「例の?」と俺は聞き返す。


「えぇ、もう7年、いや8年程前でしょうか、紅さんが一度だけ私に泣きついてきた事がありましてね。その内容が──」


 ──バーンと物凄い音と共に扉が蹴破られた。

 蹴り倒した扉の上に立っているのは勿論、ナホだ。


「ちょっと店長、私がいないところで噂話なんていい度胸じゃない」


 明らかに殺意の込もった視線で店長を見やる。


 それでも店長は「紅さん、眠かったのでは無かったのですか?」などとのほほんと返す。


「どうやら、この店を吹き飛ばす必要がありそうね」


 ナホの体からは何やら黒い禍々しいオーラが溢れ出ていた。


「まあ、今の状況について知ってもらうのはこれが一番いいでしょう」


 店長からもオーラが溢れる。


 「うわぁ!!」と俺は叫び、逃げ出そうと席を立った。いくら、夢で片付けることにしたとはいえ、ここまでのことは俺の許容範囲を超えている。


「おっと、すみません、結界を張らせてもらいましたので、そこからは逃げれませんよ」


 店長の言葉通り、俺は直径1メートル程の範囲から出ることが出来ない。つまりは、この光景を見ることしか出来ないのだ。

 頭がおかしくなりそうだ。


 2人を包んでいた黒い靄は段々と2人の頭上へと集まり、そして、2つの突起を形成する。

 驚きを通り越し、その場にへたりこんだ俺が見たのは紛れも無く、人智を超えた者──人々が恐れ敬う、悪魔という存在であった。

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