【第0話】キッカケ
死ぬとはどんなことだろう。
大学へ向かう道すがら、そんなことを考える。
確かに、普段の日常生活で死について考える人間は余程病んでいるか、厨二病かのどちらかだろう。しかし、今の俺と同じ状況に陥れば誰しもが死について考えると思う。
「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」とはよく云ったもので、未だ生き方も分からない若輩者が死を知ろうなどとは烏滸がましいことなのかもしれない。
だが、今1番必要なことはその死について知ることだ。
ここら辺まで来れば、察しのいい読者の皆様はお気づきだろう。
そう、俺は死の危機に瀕している。
具体的に云えば、右手2メートルのところに大型トラックが迫っている。ゼノンのパラドクスのようにトラックが一生俺の元に届かないなんて事が起こって欲しいと切に願ってみるが、所詮あれは極限を理解出来ていない愚か者の考えで数秒後に俺は死ぬのだろう。
恐らく、俺が生きてきた中で最も濃密な数秒間の間、俺は必死に思考した。
どうしてこうなった??
頭の中で叫ぶ。
目の前には変な柄のブラウスを見に纏ったあどけない顔の少女が立っている。少女は驚きで目を見開いており、可愛い顔が台無しだ。
先程、「どうしてこうなった?」と問うてみたものの、自分でも理由は理解している。俺はこの少女を守ろうとしてトラックに轢かれそうになっているのである。
彼女の名前は紅菜帆。別に俺がストーカーで名前を知っているという訳ではなく、正真正銘俺の幼馴染だ。そして、初恋の相手でもある。
彼女とは小学校を卒業したきり、長い間会っていなかったのだが、その顔を見ればすぐに分かった。
俺が話しかけようと近づいたところ、彼女に向かってトラックが突っ込んで来たため咄嗟に助けて今に至るというわけだ。
気づけば1メートル以上離れていたトラックとの距離は数十センチにまで狭まっていた。
そろそろ時間切れのようだ。
この世に生まれてよかったことなど、殆ど無かったが、最後に良い事が出来たのだ。良しとしようではないか、と未だ死ぬことに怯えている俺の心を納得させる。
俺は目を閉じた。自分がトラックに轢かれる瞬間など見たくはない。
そしてすぐに右腕から全身へと激痛が走る。痛みが強すぎてもはや声を出すことすら叶わない。自分の骨が折れる音が確かに聞こえた。
次に俺は浮遊感に襲われた。恐らくトラックに跳ね飛ばされのであろう。こんなにもすごい勢いで飛ばされたのでは事故現場は凄惨なものになるだろう。
心の中で掃除が大変でごめんね、と謝る。
生憎、俺の両親は既に他界しているため、思い残すことといえば、この事故の後片付けが大変そうだとかそんなことぐらいだ。
長い、長い浮遊時間の後、俺の体は地面に叩きつけられた。
「痛ったぁぁ!」
思わず声が出る。
!?
先程は出すことも出来なかった声が出たのだ。気づけば全身の痛みも消えている。
ここは天国というところだろうか。
恐る恐る目を開ける。
「──!?」
目の前の光景に声にならない声を上げた。
「……良かった。気がついたようね。危険な賭けだったけど成功してよかったわ」
目の前の人物は俺の驚きを知ってか知らずかあくまで普通のトーンで話しかけてくる。
「さあ、着いてきて。あなたの置かれている状況を教えてあげる」
スタスタと早々に歩き出してしまった、そいつを追う為に俺は立ち上がった。
軽く自分の全身を見てみるが、事故のものと思われるような傷痕もなく、服に破れている所もない。
俺は少し土で汚れている場所を払うとすぐにそいつを追った。
爽やかな朝露の香りが俺の鼻腔をくすぐる。改めて、周りを見渡すとそこは一面の草原だ。日本ではないどこか、俺の予想ではここが死後の世界なのだろう。
俺はもう1度そいつをよく観察する。ここが死後の世界という仮定が正しいのならば、ここにいるのは死んだ人間ということになる。
それならば、俺の目の前のそいつも死んでいるのだろうか。つまりは、俺は守りきれなかったのだろうか。
そいつの黒色の短いショートヘアが草原を吹く風に揺れた。
目の前の人物は紛れも無く俺が助けたはずの紅菜帆だった。
第0話をお読み下さりありがとうございます。面白いと思った方は評価とブックマークをして下さると励みになります。