出会う二人⑤
時間は経ち、2月、3月と過ぎていった。
「いよいよ明日が卒業式か、あの交通事故のせいで1年間ほど高校生活にぽっかり穴があいていたからあっという間の気がする」
「へっ、仁が元気になって俺は安心したぜ」
同じ剣道部だった仲間と仁は一緒にいた。
「心配させてしまったようで悪かった。ありがとう」
「礼なんていらないよ。仁のおかげで剣道の強い大学に推薦で入学することができたよ」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「別に感謝しているのは俺だけじゃない。他の3年の奴にも剣道の強い大学に推薦でいくのは何人かいるし、皆も仁の指導には感謝しているぞ」
「それはよかった」
仁は照れながら言った。
「それはそうと、小豆沢さんとはうまくいっているのか?」
「うまくいっている?」
「お前、まだ告白していないのか!?」
「そういやしてない」
「いや、してない・・じゃなくて両想いだろ!?どうみても」
仁と祈は何度も剣道部の部活に顔を出しては指導したり、一緒に部活をしていたのでその様子を何度かみていた。
「今は約束を守る方が先だから」
「・・・あの様子をみる限り、別の男にいくとは思えないから強くは言わないけどあんまり先延ばしにして逃げられるなよ」
「ハハハ」
仁は適当に笑いながら話を終わらせた。
卒業式の日
「さて、卒業式が終わったから次は部活の方だ」
仁は遅れて来いと言われていたので遅めに指定された教室に向かった。
「パカーン!」
「うわっ」
クラッカーの音に仁はびっくりした。
「上代先輩、ご卒業おめでとうございます(後輩全員)」
「おめでとう、仁」
「びっくりした~」
「ハハハ、仁だけの特別にサプライズだ」
「何で俺だけだよ」
「俺が皆に提案したから。予想通りにびっくりしてくれてよかった」
「全く・・、でも嬉しいよ。ありがとう皆」
「はい、喜んでもらってこっちもよかったです」
「これ、卒業祝いです」
主将からお祝いの色紙と花束を貰った。
「ありがとう」
「よし、後は仁だけだ。皆でやるぞ!」
「はい!」
「ん? 何をやるの?」
部員全員が仁を中心に円のように集まった。
「え?」
「それじゃあ、いくぞー」
仁は持ち上げられて胴上げをされる。
「ちょっ!」
「そーれ」
主将の合図に仁は宙を舞い、合計5回舞った。
「どうでした。上代先輩」
「びっくりしたけど楽しかったよ。ありがとう」
「よし、これで全員終わりだ。この後は皆でパーティーだ!」
「待ってましたー!」
「やったー!」
皆、準備していたジュースやお菓子を出して、わいわい騒ぎだした。
「(ここ学校なんだけど、まあ今日くらいはいいか)」
仁も皆と一緒に騒ぎ始めた。
「せんぱ~い、小豆沢さんとはどうなんですか~」
祈に惚れていた後輩が聞いてきた。
「まあ、ぼちぼちかな」
「ちくしょ~、あんな綺麗な人と・・・」
「お前にも春は来るさ、頑張れよ」
「く~」
「ハハハ」
しばらく食べたり、飲んだりしながら楽しい会話が続いた。
「そろそろ帰るぞ~」
下校時間になったので後片付けをして皆帰って行く。
「先輩方、お世話になりました(後輩全員)」
「おう、皆も頑張れよ」
「はい(後輩全員)」
後輩全員で見送りをしてくれた。
「さて、俺たちも帰るか」
「そうするか」
「元気で頑張れよ」
「そっちこそ」
2人はお互いにそう言ってわかれた。
「後輩たちには見送ってもらったけど明後日からの部活に顔を出すからちょっと恥ずかしい。まあ祈さんも一緒だからいいか」
卒業後も仁は祈と一緒に部活に顔を出して指導をしたり、できる範囲で祈が竹刀を振ったりと体を動かしていた。
「(祈さんの場合は右腕だし、足捌きに問題はないから今後の右腕次第で部活にも参加はできるだろうな)」
仁は素振りをしていた祈をみながらそう思っていた。
「ん~、まだ右腕は時間がかかるかな~」
左手で竹刀を振るのをやめて仁の方に近づいてきた。
「右腕の調子はどうですか?」
「そうね~、前よりはいいかもしれないけど竹刀を振るにはまだ時間はかかるね」
「そうですか、急いで怪我をしたら意味がないので焦らずにいきましょう」
「うん、ところで仁君の右足の調子はどう?」
「まだまだですね」
「そっか・・・」
祈は寂しそうな顔をしていた。
「祈さんがそんな顔をしないでください。これからも一緒に諦めずに頑張っていくんですから祈さんが途中で諦めたら駄目ですからね」
「・・そうだね。仁君は私より年下なのにしっかりしているね。なんだか年上の自覚がなくなってくる」
「そんなことないですよ。祈さんもしっかりしていますし、自分も祈さんには助けられています」
「そう言ってもらえると嬉しい」
「それと祈さん、ちょっとお願いがあるのですがいいですか?」
「私にできることなら何でもいいよ」
「このあとご飯奢って下さい。財布忘れました」
「そういうお願い?っというか直球だね」
「遠まわしは好きではないので、・・駄目ですか?」
仁は元気のない表情をしながら祈に駄目かと聞いた。
「も~、仕方ない。そんな顔しなくても私が奢るわよ」
「よし、ありがとうございます。祈さん」
仁は奢らせることに成功し、右手で軽くガッツポーズをした。
「なんか元気だな。やっぱり奢らなくてもいい?」
「ええ~、お願いします、お願いします、祈さん」
「はいはい、そんなに言わなくてもいいよ。奢るから、フフフ」
仁の慌てている様子をみて笑った。
「さあ、食べに行くよ~」
4月になり、仁は大学生となった。その後も2人で部活に行く日々が続き、理系の大学生は忙しいが仁は祈と会うのが楽しみということもあり、講義で出された課題やレポートを寝る間を惜しんで懸命に頑張った。同級生と遊ぶ人たちがいる中、仁は同級生との関係は大学内だけにとどめて遊ぶことはしなかった。付き合いが悪いぞと言われることもあったが剣道を理由にしてなんとか断り、ひとまず同級生との関係は繋いでいった。
時間は進み、大学は夏休みに入り、8月になる頃だった。
「あち~、こんな暑さで皆よく部活なんかやるよな~」
仁は道場にある扇風機をつけて涼んでいた。
「仁君は扇風機の前で涼んでいるからいいでしょ。まったく・・後輩たちは暑い中、頑張っているのに」
仁と祈は今日も高校の部活に顔を出していた。
「それはそうと祈さん、右腕が上がるようになりましたね」
「うん、でもまだ痛いけどね」
祈は右腕を上げてゆっくり竹刀を振っていた。
「(大分腕が上がるようになっている)」
祈の腕の回復は順調だった。
「仁君の方はどう?」
「ん~、後遺症が出る回数が減って右足に力が少しずつだけど入るようになっています」
「仁君は遅いと思っているかもしれないけど順調だね」
「そうですね。焦らずにじっくりいきましょう」
「うん」
下校時間が近づいたため部活が終わり、後輩たちが帰って行く。
「お疲れ様でーす」
「お疲れ-」
2人は後輩たちが全員帰るのを待ち、残っているのは仁と祈の2人になった。
「じゃあ、そろそろ私たちも、また今度」
「はい、今度ね」
2人は家へと帰って行くが仁の帰宅途中に思いもよらないことが起きた。
「おい!おい!」
「ん?」
帰る途中、歩いていると視線の向こうからガラの悪い太った男が2回叫び、仁の前まで来た。
「な、なんですか?」
「お前・・、俺のこと覚えていないのか?」
「・・・、すみません、覚えていません」
「よく見ろよ。本当に覚えてないのか、何度か会ったことがあるぞ」
「・・・ん~、すみません。本当に覚えていません」
仁は軽く頭を下げて謝ったが太った男の顔色が変わった。
「はあああ!! 覚えてないだと!?」
太った男は大きな声を出した。
「は、はい・・・」
「むかつく奴だ。お前のせいで俺は大学を退学になり、まともな職に就くことができなくなったというのにお前は俺が以前在籍していた大学に通っている。これほど腹立たしいことがあるか」
「何を言っているのかわかりませんが、人違いではないですか?」
「これだけ言ってもわからないのか、大学の近くで何度かお前に顔を見せても気づきもしないわけか。お前がのろのろ歩いているから事故ってしまったのに、お前のせいで事故ったんだぞ!!」
「あっ・・・」
仁は忘れていた過去の記憶を思い出した。思い出したくもない辛い過去の記憶を。
「やっと思い出したか、あの後に警察には怒鳴られる、親にはボコボコに殴られる。病室でお前に土下座をさせられると散々だったんだぞ」
「あっ、あっ・・・(ブルブル)」
仁の体は震えていた。
「俺と違ってお前は高い慰謝料を貰って楽しい人生を送れたんじゃないのか? 美人な彼女と会っているのを何度か見かけたぞ。いいよな~、事故のおかげでたんまり金は手に入り、美人な彼女ができて羨ましいよ」
「・・・(ブルブル)」
「ある意味俺のおかげなんだぞ。貧乏人が金持ちの俺のおかげで楽しい生活ができてな~、おい?」
「ち、ちが・・・う」
仁はあまりの恐怖に上手く喋ることができなかった。
「何が違うんだよ! 何もかもお前のせいだぞ!!」
太った男は激怒して持っていたカバンの中から金属バットを出した。
「よかったな、これでもう1回楽しい生活ができるぞ」
「ひっ・・・」
仁は逃げようと思ったが体が硬直してしまい、逃げることができなかった。
「逃げないのか? そんなにやってほしいのか、ならやってやるよ。もう1度その右足をぶっ壊してやるよ!!」
「ゴン!!」
「チッ!」
仁はなんとか体を動かして振り下ろしてきた金属バットを避けて、金属バットは地面を殴った。
「おい、逃げるなよ?」
仁はかろうじて避けたが体が震えていた。
「い、いや・・だ。やめて・・くだざい」
「うるせえ!!(ブンッ!)」
「うわっ」
今度は金属バットを横に振ってきたが仁は避けた。
「(こ、殺される・・、逃げないと・・・)」
仁は恐怖心を押し殺して走って逃げだした。
「逃げるな! 待て!」
太った男も走って仁の後を追う。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
仁は恐怖心もあり、早くも息切れが起きていた。
「ハァッ、ハァッ、走るのが遅いな。右足には怪我が残っているのか?」
太っているにも関わらず男は意外と余裕があった。
「オラアア!(ブンッ)」
「うっ(ドンッ)」
仁は背中を金属バットで殴られた。
「ズサアアア」
仁は殴られた衝撃で倒れた。
「ハァッ、ハァッ、手こずらせやがって」
「ウッ、ウッ」
背中に強い痛みが走った。
「動くな!」
「ゴン!ゴン!」
金属バットで何度も仁の体を殴った。
「ハァッ、ハァッ、これで右足を狙えるな。覚悟しろよ」
太った男が金属バットを振りかぶり仁の右足を何度も殴った。
「アー!! ※×○△!!」
何ともいえない声が周りに響いた。
「金属バットじゃ威力が弱いか、あのときはバイクだったからな。仕方ない、もっと殴ってやる!」
太った男はさらに振りかぶり、勢いをつけて殴ろうとする。
「ブルルル!!」
狭い道路ではあったが道路の真ん中で殴られていたということもあり、バイクがこっちに直接向かって走ってきた。
「ウッ!」
太った男は殴ることに夢中だったのかバイクのライトで視界が見えにくくなってバイクがこっちに来ているのにわかった。
「おい、何をやっているんだ!!」
バイクの運転手が2人の様子がおかしいと思い、バイクを降りて近寄ってきた。
「あっ、や、やばい」
太った男は慌ててその場から逃げようと走った。しかし逃げることに必死なのか周りが見えておらず、進入禁止になっている茂みがある方に逃げた。
「うわあああ!」
茂みの先を少し進むと崖になっており、太った男はそれに気がつかず転落してしまった。
「あいつ、崖から落ちたのか、低い崖だから大丈夫だとは思うがまずはこっちだ」
バイクの運転手は仁の意識があるのを確認して救急車を呼んでいた。
「酷い怪我だ。おい、君、もう大丈夫だ。救急車を呼ぶからしっかりするんだぞ」
「・・は・・・い」
仁はなんとか声を出して返事をした。
「無理に声を出すな、救急車が来るから安静にしていろ」
「・・・」
仁は気を失った。
「○○! ○○!」
どこからか声が聞こえてきた。
「・・・」
仁の意識は朦朧としていてはっきりと聞き取ることができなかった。
「○○! ○○!」
別の人の声も聞こえてきた。
「仁君!!」
今度はハッキリと聞き取ることができた。
「祈・・さん・・・」
仁は目をあけた。
「あっ、起きた!仁君!」
祈は涙を流していた。
「祈、仁君は目を覚ましたばかりだから安静にさせないと」
「う、うん・・・」
祈はお母さんに言われて大人しくなった。
「ごめんなさいね、仁君。今は安静にしてね」
「・・・」
仁は声を出そうとするが体中に痛みが走り、喋れなかった。
「駄目ですよ。体のあちこちを骨折や打撲をしているのですから」
医者が目を覚ましたことを聞き、駆けつけてきた。
「目を覚ましましたし、今日はもう遅いのでまた明日にでも来てください。今は安静にしないといけません」
「はい、先生。後はお願いします」
医者に言われ、祈と祈のお母さんは帰って行った。
「上代君もまだ意識がはっきりしてないだろうから詳しいことは明日にね」
医者は仁にそう言って病室から出て行った。
2日後
「仁君、こんばんは」
祈が見舞いに来た。
「祈さん、こんばんは」
「調子はどう?」
「医者から説明を受けまして今は安静にしないといけないけど3週間くらいで普通に動いても大丈夫だそうです」
「そう、大変だったね」
「気を失った後のことも聞きまして祈さんがなぜいたのかも聞きました」
「家に帰った後に仁君に電話したら警察の人がでて、仁君は病院で治療を受けているって聞いたからお母さんに車を頼んで急いで来たの」
「そうですか、深夜にわざわざありがとうございます」
「いいよ、別に。仁君は何も悪いことはしてないのだから」
「はい」
「それで仁君に怪我を負わせた男は足を骨折した状態で崖の下で見つかって、治療をした後に逮捕されたよ」
「そうですか」
「後のことは警察に任せたら大丈夫だから仁君は退院するまで安静にね」
「はい、ありがとうございます」
「・・・」
祈は何か言いたそうにしているがためらっている。
「あの太った男が気になりますか?」
「う、うん・・。気になるけど言いたくないなら言わなくてもいいよ」
「別に構いませんよ」
「そ、そう?」
その後、あの太った男が自分の右足に大怪我を負わせ、人生を狂わせた男であることを説明した。
「・・・」
祈は絶句した。
「まあ・・、今回であの男も刑務所行きです。しばらくは大丈夫でしょう」
「そ、そうね・・・」
「祈さんがそんな悲しそうな顔をしないでください。この場合は祈さんが落ち込んでいる俺を笑顔で励ますところですよ」
仁は笑いながら言った。
「仁君は・・とても強いのね。私には無理そう」
「俺は強くはありませんよ。現実を受け入れることができなくて必死に足掻き続けているだけです。どんなに苦しくてもこれ以上止まることはしたくない。あんな過去に戻りたくはない。ただ時間が過ぎるだけの日々を過ごすのはもう嫌です。たとえこんな出来事があっても」
祈は仁の顔を見ると絶対に諦めないと言わんばかりの強い瞳をしているのがはっきりとわかった。
「私も頑張らないとね。いつまでも悩んでばかりだといけないね」
「ん?悩む?」
「仁君に絶対に行くなって言われていたけどあの人に会いに行こうと思うの」
「は!?イテテテ」
仁はびっくりして声が出たが怪我のせいで痛みがでた。
「無理したら駄目だよ。安静にしていないと」
「は、はい、すみません」
「会うことは心配しなくても大丈夫。1回だけ会いに行って私の想いを伝えるだけだから」
「あれほど駄目だと言っていたのに何で行くんですか?」
「私も先に進まないといけないから、このことに関しては逃げてはいけないと思う」
「祈さんはあの人に酷い目に遭ったって、お母さんも。あんなに虐待を受けて、一生治らない痕まで負わせられて、周りもたくさん迷惑したって」
「え? 何で知っているの? 私はそこまで教えてないよ」
「あっ・・・」
言ってはいけないことを言ってしまったのかと思ったが遅かった。
「もしかしてお母さんに聞いたの? それともおじさんかおばさん?」
祈の顔が強張った。
「・・・、あれだけ仁君には言わないでって言ったのに」
「いや、俺が悪いんです。俺が教えてほしいと何度も頼んだから」
「なら仁君が悪いの!?」
「いや、その・・・祈さんのことが知りたくて」
祈の怖い顔に仁は弱腰だった。
「誰にも言いたくない過去なのに!仁君だから教えたのかもしれないけど私は教えてほしくなかった。私の過去を知って誰もが哀れみるような目で私をみるからできる限り知られないようにしていたのに」
「・・・」
仁は3人から祈の過去についていろいろと聞いていた。口に出してはいけないような言葉はあいまいな表現で。
「自分の体を見ると忘れたい過去をどうしても思い出してしまう。手術すれば痕が目立つことはないと思うけどそこまでしようとは思わなかったけど私の記憶から消したい出来事なのに・・、嫌だけどもう会いたくないから最後に1度だけあの人に会って不満を全部ぶつけて自分の過去を消し去ろうとしていたのに、なんで・・・」
「祈さん・・・」
「お母さんもおじさんもおばさんも大嫌い!!」
祈は激怒してもう冷静に物事を判断できる状態ではなかった。
「俺が悪いんです。強引に聞いたから、俺だけが悪いから3人のことを嫌いにならないでください」
祈は仁の方を向いた。
「仁君を嫌いになればいいの? ねえ、ねえ!?」
ベッドに寝ている仁の服の襟を掴んできた。
「ちょっと何をしているの!?」
病室の前を通りかかった看護師2人が大きな声に気づき、病室に入ってきた。
「離れなさい、上代さんは大怪我を負っているのよ」
「くっ、離せ!離せ!」
看護師2人が祈の手を仁の服の襟から離し、両腕を拘束して病室の外へと出そうとする。
「駄目です。あなたはここから出なさい!」
「くっ、仁君なんて大嫌い!もう会わない、もう知らない、大嫌い!!」
祈は看護師によって外に出された。
「・・・触れてはいけない過去に触れてしまったか、あんなに怒った祈さんは初めてだ。関係を修復するには時間がかかるかもしれない」
仁は困った顔をした。
「でも祈さんと約束したんだ。どんなことがあっても2人で支え合っていくって、どんなことがあっても」
骨折している右足を見ながらそう言った。
時間は昨日に遡る。
「君の過去の診断結果を教えてもらったけど右足が重傷だって?」
「ええ、そうです」
医者が仁の病室まできて診察をしていた。
「今回の怪我では体のあちこちを打撲しているのがわかったよ。重症の箇所は骨折している右足だね」
「そう・・ですか」
「話を聞けば、君に怪我を負わせた人は過去に交通事故で君の右足に大怪我を負わせたそうだね。相当恨みがあったのだろう。右足だけだよ。酷いのは」
「あの・・治りますか?」
「今回の骨折は歩けるようになるまでは治るよ」
「歩けるようになるまで?」
「1度怪我をして味わった君ならわかると思うけど後遺症が深刻だね。今回は2回目だからおそらく前回よりはしんどいかもしれない」
「・・・」
「まだ若いのにこんな目に遭って大変だろうが後遺症ばかりは医者でも治せない。申し訳ない」
「・・・」
時間を今に戻る
「俺は諦めるわけには・・・」
仁は両手を強く握った。
それからというものの祈が見舞いに来ることはなかった。その代わりというわけではないが祈のお母さんが見舞いに来た。
「祈さん、元気ですか?」
「仁君のことでかなり怒られたわ。私にも口を聞いてくれないの」
「すみません、言ってはいけないことを言いました」
「いいのよ。仁君には祈のことを知っていてほしかったから」
「怪我が治ったら祈さんに謝りに行こうと思います」
「悪いわね。今の祈は私の言うことも聞いてくれなくてお手上げだから面倒事をかけるわ」
「大丈夫ですよ。何があっても2人で支え合っていくって約束しましたので」
「フフフ、私はいつまでも応援しているわ。頑張ってね」
「ハハハ、ありがとうございます」
祈のお母さんは何度か見舞いに来ては軽く会話をした。
退院の日
「お世話になりました」
仁は医者と看護師にお礼を言って父さんが運転する車に乗った。
「松葉杖無しで歩けるようになるまではいつまでかかるんだ?」
父さんが話しかけてきた。
「3週間くらい」
「そうか」
「うん」
2人の間には気まずい空気が流れた。
「父さんがしっかりしていたらあの男が仁に再び怪我を負わせるなんてことはしなかったのに」
「いや、もう過ぎたことはいいんだ」
「よくないだろ、同じ箇所を2回も怪我させられて、1回目で満足に走ることができなくなってしまったんだぞ。2回目はどうなるやら」
父さんは涙目になりながら喋っていた。
「この話は家に着いてからにしよう。運転中は前がみえないと危ないよ」
「そうだな、後で」
家に到着したら母さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま(2人)」
「仁、リビングのテーブルのところに」
「うん」
母さんも加わり、3人で話し合いが始まった。
「今の仁の状況はわかっている。剣道を続けようと頑張っているのは知っているが今回の怪我でそれはもう厳しいんじゃないのか?」
「母さんも悪いことは言わないからやめた方がいいよ。警察官になるためにやっているわけではないのだから無理に続ける必要ないと思うわよ」
2人とも剣道を続けようとするのをやめさせたいようだ。
「1回目の怪我で剣道を続けるのは難しいとわかってはいるけど今まで剣道しかやってこなかったのに急に別のことをやれって言われても何をやればいいのかわからなかった。でも祈さんと出会えてから自分は変わった。そして次の新しい人生を進むためにもう一度駄目かもしれないけど剣道を続けようと約束したんだ。剣道を通じて何かをみつけることができるかもしれない。今ここで投げ出すわけにはいかない」
「いい加減にしろ!!」
父さんが怒りだした。
「お父さん、仁に向かってその口調は駄目よ」
「あっ、す、すまない」
母さんがすぐに父さんに注意した。
「仁。今回で2度目だ。後遺症はさらに酷いものになっているだろう。もうやめるべきじゃないのか?下手をすれば歩くことができなくなるぞ」
「いや、これだけは譲れない。何を言われても絶対に。約束は絶対に守る」
「歩けなくなるって言ってるんだぞ!!」
「お父さん!」
「いいや、やめると言わない限りは俺もひかない。もう手遅れの状態にさせるわけにはいかない。1度目の怪我で警察官になるという目標を諦めざるを得ないだけではなく満足に足を使うことをできなくなったんだぞ!2度目は一体どうなる!?」
母さんの声に耳を傾けずに仁を無理やりにでも止めようとする。
「後悔してもいい、右足が言うことをきかなくなってもまだ左足がある。それに今の段階でも右足にはあまり力が入らない。力が全く入らなくなってもあまり変わりはない」
仁もひかずに父さんに立ち向かう。
「後悔してもいい? これから長い人生が来るんだぞ?」
「そうだけど!」
「お前はまだ19歳だ。50年以上の長い人生を過ごすのに自分の足で歩けなくなってもいいだと?若いから軽々しくそんなことが言えるのかもしれないけど今後の人生で必ずあのときにやめておけばよかったと思うときが必ず来るぞ。絶対に後悔する。諦めるんだ!」
「絶対に諦めない!」
「ふざけるな!!」
「ふざけてない! 大真面目だ!」
「この・・バカ息子が!!」
「馬鹿で結構!!」
お互いににらみ合いが続いた。
「お父さんも仁も一旦落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
「パンッ!」
母さんが父さんの頬をビンタした。
「えっ・・・」
「いい加減にしなさい!!」
「い、いや、俺は仁のために・・・」
「いままで私たちは仁にどういう教育をしてきたと思っているのですか。仁が右足を大怪我して剣道ができなくなって警察官になってもらうことができなくなってから私たちは仁に何をしました? 剣道しかやらせなかったことを後悔して謝ったはずです」
「母さん・・・」
父さんは母さんの言葉を聞き、怒りが静まった。
「仁が私たちの意見を聞いたうえで判断して行動しようとしているのです。その結果がどういう形であれ、その結果を私たち親がサポートすればいいじゃないですか。それが私たちが取り返しのつかないことをしてしまった過去に対して今、できる仁への償いです」
「・・・確かに・・・仁に何かをしなければいけないとは日頃から思ってはいたが」
「今がそのときですよ」
「俺は・・歩けなくなるかもしれないことに応援することはできない。絶対にだ! 俺は絶対に反対だ!」
「またビンタされたいの!?」
「それは・・・」
「パンッ」
父さんの弱い声を無視してまたビンタした。
「もうあんたは部屋にでも戻ってなさい!!」
母さんが父さんに怒鳴って無理やり部屋に行かせた。
「仁! 俺は絶対に反対だからな!」
「うるさい、黙ってなさい!!」
母さんは父さんを部屋に行かせた後にリビングに戻ってきた。
「仁、悪いわね。お父さんも仁のことを思って言っているの。どうかわかってあげて」
母さんは仁を抱き寄せようとしたが仁がそれを拒んだ。
「やめて、あまり近寄らないで」
「じ、仁・・・」
両親にきつい教育をされた過去が仁にとってトラウマになっており、日頃からあまりそばにいたくないと思っているので抱き寄せるという行為は仁にとってこれ以上ないほどの過去のトラウマを思い出すものだった。
「フゥー・・・、2人が自分にやってきたことを思い出すから悪いけど近寄らないで・・ごめん」
「・・・ご・・ごめん・・なさい・・・」
母さんの目には涙が溜まってきた。
「お母さんも・・部屋に戻るね」
母さんの目から涙が垂れていた。それを気にしたのか急ぎ足で自分の部屋へと戻って行った。
「(あ~、やってしまった。でも仕方ない、どうしても過去のトラウマが・・・)」
仁は右手で自分の頭を抱えた。母さんが抱きよせようとした瞬間にトラウマが一瞬だが思い出してしまったようだ。
「(さっさと忘れたいけどなかなか忘れることができない。母さんには悪いことをしてしまった)」
仁は少しの時間、その場で自分の心を落ち着かせた。
日が経ち、次の日になったが仁と両親との間には距離ができてしまった。
「あれ?2人ともご飯食べていない。ん? テーブルに手紙がある」
仁はテーブルにある手紙を読んだ。(私たちは仕事に行きます。いつものことですが食事は自分でお願いします)。
「いつもならご飯よ~って言ってくるけど昨日のことが・・。ハァ~、悪いことをしてしまったけどどうしようもない」
険しい表情をしながら頭を抱えた。
「悩んでも仕方ない。早く怪我を治して祈さんのところに行かないと」
ご飯の準備をするため台所に行き、ご飯を作る。
「松葉杖は不便だ。1回目の怪我のときも使ったけど」
何度も松葉杖を置いたり、持ったりしながらご飯を作った。
「よし、食べる準備はできた。いただきます」
テレビをみながら黙々とご飯を食べながら今後のことを考えていた。
「足は3週間もすれば歩けるようになるから祈さんのところにはそれ以降だ。今は俺のせいで情緒不安定だからメールで連絡を取るのは遠慮しよう。直接会って話し合いで解決するのは強引なやり方だけど一番早い。しかしこの足では手を出されたときが危険だ。ちょっと時間を置くけど今は仕方ない」
一方、祈の家では
「祈~、ご飯よ~」
祈のお母さんがご飯の準備ができて、祈を呼んだ。
「・・・」
祈からの返事がなかった。
「ご飯は置いておくからちゃんと食べるのよ。時間がないから私は仕事に行ってくるね」
お母さんは時間もなかったことから仕事の準備をして家を出た。
「・・・」
お母さんが家を出たのを確認してから祈は部屋から出た。
「・・・(もぐもぐ)」
無言のまま用意されたご飯を食べる。
「(仁君にあんなことを言ってしまった。仁君には隠し通しかったけど・・・)」
祈は右胸を抑えた。
「今まで頑張って育てて、剣道が強くなるようにしたのに何だこのざまは? 誰のおかげで今の自分がいると思っているのか? 親に恩を返すことができない親不孝者はどっかに行ってしまえ!」
「ごめんなさい・・、ごめんなさい」
「うるせえ! 何度も何度も謝ってばかりで。殴ったり蹴ったりしても駄目ならこれでどうだ」
「お父さん、もうやめて」
「うるせえ、どけ!」
お母さんの制止する手をどかして沸かしていたお湯を祈にかけた。
「熱い!熱い!熱い!」
「ハッハッハ、言うこと聞かない奴への罰だ」
「やめて、やめて、やめて」
祈の体には日常的に受けていた虐待の傷跡とやけどの跡が残った。
「ぐすっ、ぐすっ、仁君・・・会いたいよ・・・」
3週間後
「足の骨はくっついていますね。試しに歩いてみてください」
「はい」
仁は病院で診察を受けていた。
「くっ・・・」
右足に重心を掛けたと同時に右足に痛みが走った。
「まあ、最初は痛むと思うよ。徐々に慣れてくると思うけど君の場合は・・・」
「ええ、わかってます。骨がくっついでいるならもう大丈夫です」
大丈夫と言ってはいるが表情が辛そうだった。
「そうは見えないけどね」
「本当に大丈夫です」
仁は無理に歩こうとするがさっきより強い痛みが走った。
「イッ!!」
あまりの痛みに体勢を崩して倒れそうになり、医者が支えた。
「ほら、言ったとおりだ」
「は・・はい・・・」
「もう少し松葉杖は必要だね。徐々に足を慣れさせないといけないから右足を使って歩いてもいいけど無茶をしたら駄目だからね。次、大怪我したら歩くのは厳しくなる可能性があるから気をつけて」
「・・・」
「わかってるね。自分の体だから自分が1番わかってるはずだよ」
「・・・」
「返事は!?」
「はい・・・」
「悪いけど君は信用できない。どうしても無茶がしたいなら1週間に1回私のところに来なさい。足の状態を毎回確認するから」
「すみません。ありがとうございます」
「そのかわりに私の言うことは聞いてね。駄目って言ったら駄目だからね。これを条件にギリギリOKだから」
「はい、わかりました」
「じゃあ、これで今日の診察は終わりです。次回は1週間後に」
「はい、またお願いします」
仁は受付で治療費を払って病院の外に出た。
「今日は平日だけど夕方には祈さんも帰っているか。電話をしてから会いに行こう」
数時間後
「~♪(スマートフォンの着信音)」
「誰だろうって仁君!?」
「~♪」
「・・・」
「~♪」
「出ない、もう家に帰っているはずだけど・・・」
「お掛けになった電話は電源が入っていないか(ピッ)」
「やっぱり直接行くか、ちょうど祈さんが住んでいるマンションの前にいるし」
マンションの階段を上がって祈宅の前に来た。
「ピンポーン」
「・・・(し~ん)」
返事がなかった。
「ピンポーン」
「・・・(し~ん)」
2度目も押したが返事がなかった。
「ん~、いないのか?」
諦めて帰ろうかと来た方向を向くと
「あらっ、仁君。祈に会いに来たの?」
「は、はい。でもいないみたいで」
「そうなの? 寝てるかもしれないからちょっとみてみるね」
「わざわざすみません」
祈のお母さんは鍵を開けて中に入った。
数分後
「や、やあ仁君」
祈は気まずそうな表情で玄関のドアを開けてきた。
「ひ、久しぶりですね。祈さん」
「久しぶりだね」
「・・・(2人)」
なかなか会話が進まなかったが仁が先に話しかけた。
「祈さん、ごめんなさい」
「なんで謝るの? 仁君は私に悪いことでもしたの?」
祈は仁に冷たくあたる。
「祈さんの過去を無理に聞いたことです」
「それって悪いことなの?」
「人によっては知られたくないこともありますので」
「そうだね。人には知られたくないこともあるからそれはあまりよくないことだよね」
「はい・・・」
「なら今の私をみてどう思う?」
そう言うと祈は上着を脱いで上半身はブラジャーだけをつけた状態になった。
「・・・」
仁は声が出なかった。無理もない、初めて祈の裸をみたのだから。傷跡や火傷の跡が残った裸を。
「まあ、普通はびっくりするよね。でも仁君が知りたかったことはこれなの。これで知りたかったことは全部わかったけど何か仁君は言いたいことはあるの?」
仁は少し間をあけて
「祈さんは・・ずっと苦労してきたんだなと」
「はっ、同情するの? 仁君に同情されても・・」
祈は仁に突っかかろうとするが仁の目には涙がこぼれていた。
「な、何で泣いてるの?」
「自分も親とはいい思い出がなかったから祈さんもそうなのかと思うと、つい涙が・・・」
仁は自分の手で流れる涙を拭いた。
「仁君の過去のことは以前に聞いたからある程度は知っているけれど私は仁君ほど強くはなれない。このあやふやな気持ちをどうにかしたいからあの人に会わないといけないってこの前、仁君の前で言ったわ」
「確かにいつまでもあやふやなままだと気持ちもすっきりしませんね。しかし何度も言いますけどやめた方がいいです」
「ならこの気持ちはどうしたらいいの? またあの人は私たち家族に、また仁君に手を出すかもしれないのよ」
「それは逃げることです。逃げることは決して悪いことではありません。時間が解決することもあります。焦って強引に解決しようとしても難しいでしょう。今回で何回目になりますか? 俺が知る限りは2回目になりますが本当はもっとあるのではないですか?」
「た、確かにそうだけど全然解決しないし逃げてばかりは嫌だから行こうとしているの!」
「合いに行ってもきっと苦しむだけです。逃げてばかりが嫌なら周りに助けを求めたらいいです」
「誰が私たちを助けるの? 誰も私たちのことを知れば助けてはくれないよ。あんな奴は他人のことなんて何とも思ってないの、だから仁君にも危害を加えたりしたのよ」
「本当にそうですか? 祈さんの周りには助けれくれる人がいますよ。それに俺は不意打ちで怪我を負っただけです。次は油断しませんよ」
「私の周りっておじさんとおばさん、仁君くらいだよ。引っ越してから友達とは離れてしまったから。それに仁君は怪我ばかりしてもう体はボロボロでしょ?それでも私を助けるの?」
「はい、助けます。何度でも必ず助けます」
「私には理解できない。なぜそこまでするの?」
「それは・・・」
「説明できないの? 説明してよ。何で助けるの?」
「祈さんが好きだからです。いや大好きだからです」
「え?」
「祈さんが大好きだからです!」
「聞こえてるから2回も言わなくていいよ」
「はい」
「仁君はこんな私が大好きなの?」
「はい、祈さんが大好きです」
「私の・・・どこがいいの?」
「笑顔が可愛くて、感情表現が豊かで面白くて意外といたずらとかしたり、祈さんには振り回されたりしましたが祈さんと一緒に過ごした日々は楽しかったです」
「でも私は・・・とても弱いよ」
「確かによく涙を流したり、情緒不安定になることはありますがそこはお互いに助け合えばいいです。良い点もあれば悪い点もある。自分も弱いところを祈さんにみせてしまったことがありますし、人はお互いに助け合っていくものです」
「・・・」
祈は黙り込んだ。
「祈さん?」
「グスッ、仁君は本当にお人よしだ。危なっかしいから誰かがみていないと」
涙を拭いて祈は仁に近づいた。
「?」
仁が不思議そうな顔をしていると祈は両手で仁の頬を触り、顔を近づけた。
「祈さん・・・」
何を思ったのか仁は目を瞑った。しかし次の瞬間、
「痛い痛い、痛いですよ」
祈は仁の頬を思い切り引っ張った。
「ちょっとむかつくから引っ張ったのよ!」
「そんな理不尽な」
「うるさい、仁君のくせに生意気だぞ!」
「なんですかそれは!?」
玄関先で2人が騒いでいると
「2人とも、そろそろご飯よ、いつまでも玄関先にいないでおいしいものでも食べなさい」
「お、お母さん」
「あっ、自分は帰らないと親が」
仁は慌てて帰ろうとする。
「大丈夫よ。仁君のお母さんには連絡してあるから」
「えっ、連絡先教えてないと思うのですが」
「仁君のお母さんから教えてもらったわ。お母さん、何回か仁君の様子が不安だったみたいで跡をつけていたのよ。そこで偶然出会ってね」
「跡をつけられていたのか・・・」
何ともいえない表情をしている仁だった。
「仁君のことが心配だったのよ。それにお母さんから頼まれたのよ。なんとか元気になってほしいけど私では無理だから他人任せで申し訳ないですができる限りのことはしますので仁のことをお願いできませんかってね」
「え?」
「私としては仁君がいれば祈も元気になってくれると思ったからすぐに返事をしたわ」
「お、お母さん!」
祈は少し顔を赤くした。
「まあ、そんなわけだから家のことは心配しなくていいわ。仁君の分も作ってあるから一緒にご飯を食べましょう」
「せっかく作ってもらったわけですし、連絡が入っているなら断るのも悪ですし、いただきます」
「はい、決まりね。祈も一緒に来なさい」
「う、うん」
3人は料理が用意されてあるリビングのテーブルに座り、食事をした。
「美味しい?」
「はい、美味しいです」
「私のお母さんだからね。美味しくて当然」
「祈もこれだけ料理が出来たら仁君の胃袋をがっちりつかめると思うけどね」
「ぶっー!」
お母さんの言葉に祈はお茶を拭いてしまった。
「ごほっ、ごほっ、お母さん、何を言っているの!?」
「ハハハ」
動揺する祈と苦笑いする仁。
「あら、ごめんなさい、口がすべったわ」
「口がすべったっていうレベルではないよ!」
「ごめんなさいね。2人とも奥手みたいだから、無駄に時間を過ごす前にと思って」
「何を言っているのかよくわからないけど!?」
お母さんの言葉に過剰に反応する祈。
「・・・(ズズ~)」
2人の会話をお茶を飲みながら静かに聞いている仁だった。
その後も祈はお母さんに弄られ、仁も話に巻き込まれ、弄られながらも楽しく食事をした。
「あ~、楽しかった。それじゃあそろそろ私は寝るかな。もう遅いし」
「遅いって、散々私たちを弄ったからでしょ・・・」
祈と仁は疲れ切っていた。
「そうそう、仁君」
「はい」
「あなた、今日は祈の部屋で寝なさいよ」
「はいー!?」
祈が大きな声を出した。
「なな、なんで私の部屋なの!?」
「だって私の布団だと祈が不満でしょ? 予備の布団なんてないし、夜も遅いから今から帰るのは寒いし」
「で、でも~」
祈の顔はどんどん赤くなっていく。
「わかりました。祈さんの布団で一緒に寝ます」
「あら、仁君は物わかりがいいわね♪」
「ちょ、ちょっと!」
「じゃあ、後はよろしくね。もう寝るわ、おやすみ~」
祈のお母さんは祈の声に聴く耳を持たずに自分の部屋に行ってしまった。
「寝るって風呂には入らないのかな」
「今日は温泉に行くって言ってたから入らないと思う」
「そう、じゃあ、まずは交代で風呂に入ろうか」
「そ、そうね。お湯は沸いているから先に入っていいよ」
「祈さんが先でいいよ」
「仁君が先で」
「いや祈さんが先で」
「む~」
祈が仁を少し睨んだ。
「どうかしました?」
「私が入った後のお湯とか、変な妄想しない?」
「しませんよ、そんな性癖はありません」
「じゃあ、どんな性癖ならあるの?」
「そうですね~、引き締まった体型をしている人がいると目がそっちを向いてしまいますね」
「ほほ~、仁君はそちらの方に興味があったのか」
「ん?何か変な勘違いをしてませんか?」
「大丈夫だよ~♪ さ~てお風呂入ってくるよ」
祈は風呂場の方に行った。
「まあ・・いいか。俺はリビングで待っているか」
1時間後
「長いな・・・」
仁はリビングにあるぬいぐるみを抱えながらテレビを観ていた。
「ふー、気持ちよかった~」
祈がお風呂から上がってリビングに戻ってきた。
「あっ、やっと上がりましたか。遅いですよ」
「女性のお風呂は長いものよ。少しくらい待ちなさい」
「1時間って長いですよ」
「髪の手入れに時間がかかるから仕方ない」
「髪長いですし、そんなもんですか、俺もさっさと入ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
仁は風呂場へと行った。
「・・・」
祈はさっきまで仁が抱えていたぬいぐるみを抱えた。
「私のぬいぐるみ、仁君は臭くなかったかな・・・」
ぬいぐるみを嗅いで臭くないか確認した。
「異性が入った後の風呂なら意識する人がいるかもしれないけどシャンプーの臭いしかしないし、特に何も思わないけど」
仁はそう思いながら風呂でゆっくりして20分程で上がった。
「祈さん、お風呂あがりました。」
「うん、じゃあ私の部屋に行こうか」
「はい」
2人は祈の部屋へと入って行った。
「ま、まあ大きめの布団だし2人くらいなら問題ないと思うわ。さっさと寝るよ」
祈は焦っている様子で早々に敷いていた布団の中に入った。
「じゃ、じゃあ失礼して」
仁も布団の中に入る。
最初は2人はお互いに背中を向けている状態だった。少し時間が経って祈が体勢を変えて仁の背中に顔を向ける状態となった。
「仁君」
「はい」
「仁君の背中って大きいね」
祈は仁の背中に密着した。
「祈さん?」
「小さい頃はお父さんやお母さんと一緒に寝ていたのを思い出す。あのときは毎日が楽しかったと思う。他人からみればずっと剣道ばかりしている人と思われていたかもしれない。両親は厳しかったけどそれなりに自由にやらせてもらっていた」
「そう・・ですか」
「うん、でもどこかでお父さんとお母さんは私の気づかないうちに変わってしまっていたかもしれない。この右腕になってから目にみえて2人は変わってしまった」
祈は涙を流しながら話し続けた。
「大変でしたね」
「辛いことがたくさんあって2人に迷惑をかけてこんな人生を送ってしまったけれど私はある人に出会えた。その人は初対面の私に優しく接してくれた」
「そうでしたね」
「私が落とした小銭を拾ってくれて、肩から落ちた服を着させてくれて」
「はい」
「初対面なのに親切だな~って思った」
「困っている人がいたら助けるのが当たり前です
「そのあとその人はのんびりしていて私の帽子が風で飛んでいったのを拾ってくれたりもした」
「二度あることは三度あるってことですね」
「図書館でイベントの準備をしていたら手伝ってくれたりもした」
「大変そうに1人で準備していたので体が勝手に動きました」
「ここまで手伝ってくれて何か下心でもあるのかと思ったけどその人の顔をみたらそんな風な人にはみえなかった。」
「下心なんてないですよ」
「それでどんな人なのか気になって思い切って食事に誘ってみた」
「あの時はびっくりしましたよ。結構強引に誘われました」
「出会ってみたら全く同じ人生を送っていることがわかってもしかしてこの人は私と出会う運命なのかって思った」
「そうですね」
「そこからはいろいろあった。一緒にご飯を食べたり、買い物にも行った」
「はい、行きましたね」
「お互いにプレゼントして、私はどんな反応するか不安だったけどお揃いのアクセサリーを買って」
「あんまり気にしてませんでたが、プレゼントはとてもうれしかったです」
「その前日にある女性と揉めたことがあって一方的にやられていた私を助けてくれた。とても辛くて泣いてしまったけど」
「揉めてしまうことなんて誰にでもあります。泣いてしまったのはびっくりしましたけど別に泣きたいときは泣いていいと思います」
「なぜかこの人には素の自分をみせても大丈夫かなって謎の安心感があった」
「信頼されていると思うとちょっと照れますね」
「最初の頃はからかったら面白い反応とかしたけど途中から全く相手にされなかったのはつまらなかったけど」
「なぜか不満を言われてしまった」
「意外と弱いところがあったりするから最初の頃の非の打ちどころがない人だと思ったけどそうでもなかった」
「馬鹿にされてない?」
「してない。良い点、悪い点が人には必ずある。人それぞれ」
「俺の言葉ですね」
「一緒に過ごしているうちに一緒にいると楽しいなと思うようになった」
「はい」
「でも私のことを深く知ったら離れてしまったりとかしないのかなって不安もあった」
「仕方ないです。自分の秘密を打ち明ける関係になるのは簡単ではありませんから」
「深く知った経緯はどうであれ、その人はいつも通りだった」
「どんな結果でも受け止めますよ。そして支えます」
「私にはその人しかいないと思った」
「・・・」
「その人のことが心の底から好き」
「・・・」
「そしてその人から大好きだと言われた」
「・・・はい」
「うれしかった。でもちょっと意地悪をして嫌いにならないか確認をした」
「わざとでしたか」
「ごめんね。あなたのことが大好きだから私から離れないか不安だったの。でもそれを心配することはなかった。ずっと大好きでいてくれるとわかった。大好きだよ、仁君」
「俺も大好きです。祈さん」