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ロボットが人間になる  作者: AZUKI
3/7

出会う二人②

翌日の夕方、2人は温泉に来ていた。


「怪我を早く治すためには温泉に入るのがいいといわれているけど祈さんは急に行こうっていうからびっくりしたー」

「早く行こ~」

 祈は少し先にいるところから仁に急ぐよう急かす。

「はーい」

 仁は急かされてはいたが急ぎ足はせずに普通の歩く速度で祈に追いついた。

「小豆沢さん、時間には余裕がありますし、混浴じゃないんだから別に俺を急かさなくても」

「もしかして・・上代君は混浴がよかった?」

「そういう意味じゃなくて・・・」

 祈の視線が少し冷たくなった。

「上代君は変態だ」

 仁の顔に左手の人差し指を向けながら言う。

「いきなり変態扱いですか」

 両肩をガクッと落として面倒くさそうな表情をしている。

「男は皆変態だから仕方ない」

「否定する余地もないですね」

「少しくらいは否定とかしないの?」

「否定した方がいいですか? 祈さんを相手に張り合うのは大変そうですが・・・」 

 仁は言葉を続けようとしたがからかわれるのが目に見えたのかやめた。

「ちぇ~、つまんないの」

 祈は地面を軽く蹴った。

「(からかうつもりだったんだな・・・)」

 あきれた様子で祈を見た。

「そんな目で見ないで温泉に入ろう」

「そうですね。では男湯はこっちなので」

「うん、また後でね」

 温泉の方へと進んでいき、男湯と女湯への入口でわかれていた。


「ふぅ~、ここの温泉は気持ちいいな。疲れがとれる」

 仁は湯船に浸かってリラックスしていた。

「まあ、温泉に来ただけで右足の感覚が戻るとは限らないし、しっかりリハビリしないと」

 怪我をした右足の部分を触る。

「・・・痛みがなくなればいいけど難しいだろう。昨日小豆沢さんと約束したけど何年かかるやら、はぁ~、2人で頑張るか~」

 仁はしばらく湯に浸かった。


 一方その頃、祈の方は

「はぁ~、癒される。仕事の疲れがとぶ~」

 右腕が使えないので無理な仕事をさせられてはいないが左手だけで仕事をしているので他の人と比べて体への負担は大きかった。

「右腕も少しは動けばいいけどな」

 ちょっと右腕を動かそうするが

「イッ・・、怪我したときに比べたら少しは動くようになったけど痛む」

 痛みが走り、左手で右腕を擦った。

「上代君は歩くとき右足は痛くないのかしら? きっと痛いだろうね。私が動き回ったり、小走りで先に進んでも上代君は歩くスピードを変えなかったし。お互い大変だな」

 祈は口元まで湯船に浸かり、プクプクと息をして仁のことを考えていた。

「昨日は一緒にやっていこうって言ったけどすぐには無理だろうね。数年かかると思う。途中で諦めなければいいけど。私なのか上代君なのか、心が折れたら支えないと・・・」

 祈も同様にしばらく湯に浸かった。


 1時間後

「ふぅ~、気持ちよかった」

 先に仁があがり、背伸びをしていた。

「小豆沢さんはまだ入っているか」

 仁は祈があがってくるまで何をしようかと周りを見渡すと目に付くものがあった。

「おっ、マッサージ機がある。あれに座るか」

 マッサージ機に座ってスイッチを入れる。

「ああ~、気持ちいいな」

 完全にその辺のおっさんという感じでくつろいでいると少し時間が経って祈があがってきた。

「気持ちよかった~、上代君はもうあがったか・・・、ん?」

 マッサージ機に座ってリラックスしている仁が視界に入った。

 祈は仁をみるやすぐに近寄った。

「ああ~」

 仁が声を出してリラックスしている。

「おい、おっさん。あがったよ」

 祈は仁に近づいておっさん呼ばわりして仁の左足を軽く蹴った。

「その声は・・小豆沢さんか」

 マッサージ機のスイッチを切って椅子から立ち上がった。

「声を出してから・・、まるでおっさんだよ。上代君は」

 呆れたように言った。

「いや~、早くあがって何をやろうかと思ったら偶然マッサージ機があって気持ちよかったもので」

「はいはい」

 仁の言い訳を祈は適当に聞き流して周りを見渡した。

「温泉も入ったし、ここの施設は食事もできるからそこで夕食にしよう」

「はーい」

 マッサージ機でリラックスしながら返事をした。


 温泉が怪我の回復に効果があると言われるがすぐに効果がでることはないので2人はこの日に限らず温泉に時々通うことになった。もちろんリハビリも忘れずに行った。


 温泉に通ってから1ヶ月が過ぎた。

「右足の調子は相変わらずって感じだ。まあ・・簡単に治ったら苦労はしないか」

 1ヶ月で右足が回復するわけがないが、仁は早く回復して欲しいと焦っている。

「右足はまだ難しい。とりあえず素振りくらいならできるから素振りをやるか」

 竹刀を持って、家の庭で竹刀を振り続けた。当然だがリハビリをしないといけないので痛みが出るまでは左足に重心をなるべくかけるようにして竹刀を振った。


 同様に祈の方は

「怪我してから2年か、あのころに比べたら右腕は少しだけ動くようになったけど、まだまだね。リハビリだけしても剣道ができるようになるまで時間がかかるからそれまでの間も少しは素振りとかしようかな」

 祈は竹刀を左手だけで持ち、振り続けた。さすがに右腕が竹刀を振れるほど上に上がらないので竹刀を振るときは右腕のリハビリはしなかった。


 夏休みも終わり、仁は学校に、祈は仕事に通う日々が始まった。


「(温泉に行くときはいつも一緒だけど学校が始まってから会うことは極端になくなったのは仕方ないけど少し寂しいな~)」

「おい、上代!! 授業中だぞ。もう受験は目の前と言うのによそ見している場合か!」

 仁は学校にいる間もボーっとすることが多くて授業中にもかかわらずよそ見をしていたので叱られた。

「す、すみません」

 慌てて黒板に書かれていることをノートに写した。

「(受験か・・・やりたいことがない。どうしようか、一応進路希望調査は大学進学にしたけど)」

 ノートに写しながら左手で頭を抱えながら考えていた。

 

 その後、今日の授業が全て終わり、家へと戻った。

「自分の成績を見ると数学、化学、物理の成績がいいから・・やっぱり理系の大学か。先生も理系がいいって言ったし」

 椅子に座って高校の通知表の結果をメモした紙を見ていた。

「祈さんと離れることになったら一緒に頑張るのは難しくなる。名古屋に理系大学はあるし、近場の大学に行くか」

 やりたいことが決まってないだけに大学進学も適当に決めた。

 仁は剣道ばかりやっていたとはいえ、授業は真面目にうけて、テストでも悪くない成績をおさめていたので偏差値が高い大学を選ばなければ大学に問題なく進学ができるレベルだ。


 受験シーズンに入り、教室内だけでなく学校中がピリピリしているような雰囲気が漂う中、仁は早々に近場の理系大学の推薦入試を受け、無事に合格した。

「あっさりと大学が決まってしまったけど、行きたい大学があるわけではないからいいか。よし、それよりも早く剣道ができるように小豆沢さんと一緒に頑張ろうっと」

 周りの学生は目の色を変えて勉強しているというのに仁は祈のことを考えていた。

「(小豆沢さん、大学に合格しました。これからも一緒に頑張って行きましょう)」

 夏休みが終わってからもこまめに連絡は取っていたから祈は仁が試験を受けていたのを知っていた。仁はさっそくメールを打ち、送信した。

「ブー」

 受信音がすぐに鳴った。

「(おめでとう。これからもよろしくね。それと今日の夜に合格祝いをしたいから久しぶりにご飯食べに行かない?)」

 おめでとうに加えて食事の誘いがあり、すぐに返信した。

「(はい、ありがとうございます。どこに食べに行きますか?)」

「(私に任せて。美味しいものを食べられるよ)」

 場所や何を食べるかはメールになかったが仁は期待をして、そのときのお楽しみにした。

「え~と、着替えないと。着る服は~っと」

 着る服を探しているがなかなか決まらない。

「まぁ~、上は羽織るから中は薄いやつでもいいか」

 着替えを済ませて待ち合わせの場所へと向かった。


「上代君~」

 待ち合わせの時間よりも早かったが仁よりも祈は早く着いていた。

「相変わらず早いですね」

「遅刻するよりはいいでしょ」

「そうですけど、寒くないですか?」

 冬の寒い時期が近付いているとはいえ、今日は特別寒かった。

「寒くないよ。温かくしているから」

 祈は手袋にマフラーと防寒対策はしっかりしていた。よくみると糸がほつれているのがみえた。

「その手袋やマフラーって誰かの貰い物ですか」

「ん? そうだよ、お母さんから貰ったの。よく気づいたね」

「見たところ新品ではないですが大事に使っているのがわかりましたので、それとその手袋とマフラー似合っていますね」

「へぇ~」

 祈はなぜか冷たい視線を仁におくっている。

「あの~、どうしました?」

「いや、すぐ気づいたから今まで私の服とか体をじろじろ見られていたかもしれないって思うと急に上代君のことが怖くなった」

 気のせいか2人の距離はさっきより遠くなっている。

「だ、大丈夫ですよ。じろじろ見ていませんし」

「ピンポイントで見つめていたってことね。この変態め!」

「なんでそうなるの!?」

「気持ち悪いので少し離れてもらえますか?」

「・・・」

 仁は祈がからかおうとしているのがわかったのか呆れてものが言えなかった。

「じゃあ離れますか」

 仁は祈から離れようとする。

「ごめんごめん、真に受けないで、上代君。からかっただけだから」

 祈は離れようとする仁の左腕を掴んでとめた。

「フゥー、あんまり人をからかうものではないですよ」

 仁は軽くため息をついた。

「上代君は最初のほうはいいけど、あんまりからかうと途中で会話を中断するから面白くない」

 祈はふてくされた。

「(ふてくされた顔は可愛いけどこのままだとこの後が続かないからな~)小豆沢さん、今日の食事のとき、デザートを奢りますよ」

「え?本当?」

「はい、本当ですよ」

「やったー、ありがとう」

 祈の機嫌はすぐに戻った。

「(祈さんは扱いやすい、困ったときは甘いものを奢るのに限る)」

 祈が甘いものに弱いから困ったときはこれで凌ぐと決めているようだがこのときはまだわかっていなかった。デザートを奢り過ぎてデザート代に自分の財布が寂しくなっていくことに。

「そろそろ待ち時間も近いですし、食事に行きますか」

「そうだね。じゃあ、ついて来て」

「はい」

 駅での待ち合わせだったが電車は利用せず徒歩で店に向かった。

「着いたよ~」

 祈の言葉に仁は表情を全く変えなかった。

「この前の喫茶店ですね」

「そうだよ」

 着いてみればおじさんとおばさんが経営する喫茶店だった。

「まあまあ、今日は貸切だから」

「そ、そうですか」

 祈に背中を押されながら入店した。

「いらっしゃいませ。仁さん、祈さん」

 待っていたかのようにおじさんは出迎えて席に案内した。

「今日は何を食べるの?」

 仁の言葉に祈はニコニコしていた。

「すぐにわかるよ」

 この日のことを知っていたからかおじさんたちも用意が早かった。

「デカッ」

 大きなケーキがでてきた。

「今日はサービスだよ。ケーキ以外にもたくさんあるから食べて行って」

 ケーキに続いて色とりどりに料理が出てきた。

「こんなにいいんですか?」

「祈さんには思い入れがあるし、もちろん仁さんにもね」

 遠慮していたがおじさんが笑顔だったので断るわけにいかず、遠慮なく食べることにした。

「2人が作った料理、美味しいです」

「うん、美味しい」

 仁と祈の箸がどんどん進んでいく。

「そうか、それはよかった。まだ料理はたくさんあるからどんどん食べてくれ」

 おじさんとおばさんはどんどん料理を持ってきた。


 1時間後

「うう、食べ過ぎた・・・」

「わ、私も・・・」

 2人ともおじさんとおばさんの美味しい料理に手をとめずにたくさん食べた。

「今日はここで泊っていくといいよ。夜も遅いし、2人とも動けないでしょ」

 おじさんは2人の様子を見て、気を利かせた。

「両親には連絡するんだよ」

「はーい(2人)

「(まあ・・俺の場合は連絡する必要ないか)」

 仁の親は仁と距離を置いており、家に不在のときが多かったため連絡しなくても特に問題はなかった。

「あっ、お母さん。今日はいつも行っている喫茶店で泊まることになったから明日の朝に帰るね。うん、じゃあね」

 祈はお母さんに連絡した。

「上代君は親に連絡しないの?」

 スマートフォンを持たない仁が気になって話しかけた。

「ああ、うちの親は大丈夫ですよ」

「大丈夫って何が大丈夫なの?」

「親は仕事上の関係で夜に家にいないことがありますし、それと俺とは距離を置くようになったので連絡しなくても大丈夫です」

「上代君の親って何の仕事してるの?」

「警察官です」

「両親とも?」

「はい。そうです」

「それなら余計に心配すると思うんだけど、なんで距離を置かれているの?」

「まあ・・いろいろあって」

 仁は言いたくなかったのか自分の右足を軽く上げて左手の指で右足を指した。

「そ、そうなんだ・・・(言いたくないのね。これ以上聞くのはやめておくか)」

 少し間が空いてしまった。

「ちょ、ちょっと席を外すね」

 祈は気まずかったのか席を離れてトイレの方に行った。

 仁は席に座ってゆっくりしていたが奥の部屋から出てきたおじさんが声を掛けてきた。

「仁君。ちょっといいかい?」

 おじさんは椅子を持ってきて、祈が座っていた隣に椅子を置いて座った。

「はい、何でしょう」

 椅子に背中をつけて座っていたが、背中をつけるのをやめて、背筋を真っ直ぐにして座った。

「最近の祈さんは不思議と元気な様子が続いてね。まるで別人のようだ。もしかして仁君が何かしたのかい?」

「特に何かをしたってことはないですが、もう一度剣道をするために一緒に頑張って行こうと約束しましたね。怪我があるので難しいですけど2人ならやっていけると思っています」

 仁の言葉に口を開けて驚いた。

「なるほど、そういうわけか。私がここで敢えて言うこともないだろう。祈さんの元気な様子からも心配することは何もない。これからも影から私は応援するよ。祈さんのことをこれからもどうかよろしく頼みます。仁さん」

 頭を下げて頼んだ。

「(嫁入りする娘のことを頼む父親か!)はい。任せてください」

「そろそろ祈さんも戻ってくるだろうし、私は2人が寝る準備をしてくるよ」

「わざわざありがとうございます」

 おじさんは持ってきた椅子を元の場所に戻して奥の部屋へと行った。


「・・・」

 仁は1人になってしまった。

「(ん~、さっきのはまずかったか。でも今ここで言うようなことではないし、絶対に気まずい雰囲気になってしまう。おじさんから聞いたけど小豆沢さんはあれからずっと泣いていたんだし、辛いこともたくさん味わったんだ。今でも心の中では辛いのかもしれない。俺が辛いところを小豆沢さんの前で見せるわけにはいかない。俺が心の支えにならないと)」

「どうしたんだい、深刻そうな顔をして」

 考え事をしているとおばさんが奥の部屋から出てきていた。

「あ!いえ、大丈夫です。すみません」

「なんで謝るんだい。悪いことなんてしてないのに」

「そうですよね。つい、言ってしまいました。ハハハ」

 なんとか考えことをしているのを隠そうとするが苦しい状況だ。

「よかったら甘いものでも食べるかい?」

「甘いものですか?(小豆沢さんは甘い物好きだし、それをあげたら小豆沢さんも機嫌がよくなるかも)」

「どうする?」

「ではお願いします。2人分」

「あいよ」

 おばさんはカウンターの中に入って冷蔵庫からデザートを持ってきた。

「祈さんの分はここに置いていいかい?」

「はい、そろそろ戻ってくるので」

「じゃあ、あたしはこれで戻るね。眠くなったら奥の部屋に来るといいよ」

「はい、ありがとうございます」

 おばさんは奥の部屋へと戻って行った。


 それから1分ぐらい過ぎて祈が戻ってきた。

「小豆沢さん、食後のデザートです。どうぞ」

「あ、デザートだ。やったー」

 デザートを見るや急に元気になってさっそくデザートを食べ始めた。

「おいしいー」

 デザートを食べているときの祈は本当にうれしそうで悩みなど全くなさそうな顔をしている。

「(本当にいい笑顔。見ているこっちも嬉しくなりそうだ。これだけを見たら悩みなんてあるわけないって思うけど違う。人っていろいろな顔があるから)」

 仁はこんなことを思いながらデザートを食べる。

「ふぅー、食べた食べた、満足」

 あれだけ食べたにもかかわらず祈は残さずに食べた。

「あれ? 上代君はもう食べないの」

 仁の方を見るとデザートがまだ残っていた。

「はい、これ以上は腹に入りません」

「なら私が食べていい?」

「いいですけどまだ食べても大丈夫ですか、お腹壊しませんか?」

「心配しなくて大丈夫。デザートは別腹だから」

「ではどうぞ(まだ食べられるのか、とんでもない胃袋だ)」

 デザートを祈に渡すとすぐに食べ始めてあっという間に食べ終わった。

「あー満足」

「あんまり食べ過ぎると太り・・イッ」

 祈の足が仁の左足を踏んづけた。

「ゴホンゴホン、何でもないです。休憩したら奥の部屋に行きますか」

「そうね。食べたばかりだから休憩してから」

 その後2人は休憩して奥の部屋に行った。

「普段はばあさんと一緒に寝るんだが今日は仁さんと祈さんがいるから男女別々の部屋にわけて寝よう」

 おじさんが気を利かせて部屋を分けてくれた。

「残念ね、上代君。寝ている私を襲うことができなくて」

「何を言っているんですか、変なことでも想像しているんですか祈さんは、変態ですね~」

「へ、変態ですって、この私が? この野郎、もう1回言ってみなさい」

 祈は変態という言葉に反応した。

「まあまあ、抑えて祈さん」

 おばさんが祈をおさえる。

「仁さんもあまり怒るようなことは」

 おじさんが仁に軽く注意した。

「大丈夫ですよ。祈さんも本気で言っているわけではないので」

「フーン、仁君がからかうなんて10年早いわ。念のため言っておくけど私は変態じゃないからね。これでも純粋なんだからね」

「成程、純粋だったんですね。意外です」

 適当な感じで仁は言った。

「なんだかバカにされている気がするけどまあいいわ。もう寝るわ。お休みなさい」

「お休みなさい」

 おばさんと祈、おじさんと仁で2つの部屋にわかれて寝た。


 翌朝

「あ~、よく寝た~」

 仁が目を覚ました。

「ん? おじさんがいない。もう起きたのか?」

 仁は布団から出て、部屋から出るとおじさんとおばさんが朝食の準備をしていた。

「おはようございます」

「起きたかい、おはよう」

「仁さんか、おはよう」

「朝食がもうすぐできるから祈さんを起こしてもらえるかい?」

 おばさんが仁に頼む。

「いいですけど朝食の料金までは払ってないですよね?」

「これはサービスだよ。気にしなくていいよ」

「ありがとうございます」

 お礼を言って、祈を起こしに行く。


「小豆沢さーん、朝ですよー」

 部屋のドアを開けた。

「まだ寝ているのか・・・」

 仁は部屋に入り、祈のところまで近寄った。

「朝ですよー、起きて下さい」

「スー、スー」

 近くで声を掛けるもまだ起きなかった。

「ぐっすり寝ている・・、なかなか起きないぞ」

 仁は肩を揺すって起こそうとする。

「これでも起きないな~、これならどうだ」

 仁は頬をつねってみた。

「ん~」

 祈は寝返りを打った。

「あっ、そろそろ起きそうだな。小豆沢さん、起きて下さい」

「ん~、まだ寝る~」

「そう言わずに起きて下さい。朝ご飯ができますよ」

「ん~、朝ご飯~?」

 朝ご飯という言葉に反応して目を開けた。

「・・・」

「ん? どうしました」

 目を開けると仁の顔が視界に入った。

「わあ!なんで上代君がいるの?」

 祈はびっくりして一気に体を起こした。

「もしかして私に手を出そうとしたの?」

「違いますよ。なかなか起きないから体をゆすったり、頬をつねっただけです」

「本当に?」

「本当です」

「私に手を出してない?」

「出してませんよ」

「嘘じゃないよね?」

「嘘じゃないですよ」

「・・・(じー)」

 祈は仁をじーっと見た。

「寝ている女性を襲うなんてことはしませんよ。それよりご飯ができますから先に行きますよ」

 仁はそう言って先に行った。

「まあ・・ああ言っているし、着替えて行くか」

 祈は着替えて遅れて行った。

「おじさん、おばさん、おはようございます」

「やっと起きたかい、おはよう」

「おはよう。朝ご飯できてますよ」

「はい、ありがとうございます」

 朝ご飯が置かれているテーブルの椅子に座って仁と一緒に朝食を食べた。


「おじさん、おばさん。ごちそうになりました。ありがとうございます」

「いつでも来てください。美味しい御馳走を用意しています」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます」 

 仁と祈はおじさんとおばさんにお礼を言って喫茶店を後にした。

「じゃあ、上代君。またね~」

「はい、さようなら」

 2人は自分の家へと帰る。


「(思い切り寝顔見られたよね・・。家族以外だと修学旅行とか部活で一緒になった友達にしか見られてないのに・・、よだれとか出てなかったよね?大丈夫だよね?)」

 祈は帰る途中、こんなことで頭の中がいっぱいになっていた。

「(あ~、恥ずかしい~)」

 両手で頬を触りながらもだえていた。

「(・・・ってか寝巻! あっ、そうか、おばさんの服借りたんだった。私の寝巻をみられたわけではないからそれはいいか。今回は大丈夫?だったかもしれないけど上代君も男なんだからいくら大丈夫でも一応気をつけておかないと)」


 リハビリに励む日々は続き、12月に入った。2人は今日も温泉に入り、後遺症の改善に励んでいる。温泉からあがり、休憩所でリハビリの進行状況を話すと祈の方がよさそうだ。腕を上げてない状態の角度を0度とすると30度くらいまで上がっていた。仁の方はほぼ変化なしだった。

「(小豆沢さんの右腕って回復次第で真上まで上がるんじゃないのか? 過去にも似たようなことをテレビで観たことがある。怪我は完治しているのに怪我をしたときや療養中のときに苦しんだであろう過去がフラッシュバックとして現れて、また痛みが出るのでは、せっかくここまで回復したのに今動かしたら悪化してしまうのではないかと。無意識のうちに動かそうとするのをためらったり、本来は痛くないはずなのに痛みを感じてしまったりする。もちろん怪我を負っているから後遺症がどのくらいのものなのかはあるだろうが、動く動かないかは回復の経過と本人次第。小豆沢さんの場合は思ったよりも早く動かせるようになるかも)」

「上代君の右足は以前より良くなってる?」

 祈が仁の右足の状態を見て、不安になった。

「どうでしょう。相変わらず右足にほとんど力は入らないですね。(俺も同じようなものだろうか、力が入らない以上は無暗にやるのは悪化する可能性が高いから今は時間をかけてじっくり治していくか)」

「そっか、気長に頑張っていこう」

「まあ・・そうですね」

 素っ気ない感じの返事をしたのが気になったのか祈はムスッとした顔をしている。

「元気がないぞ、上代君」

「ん~、元気・・ですか?」

「仕方ないな、全くもう。右足が良くなってないからって落ち込まないの!」

「別に落ち込んではないですけど」

「誤魔化してもバレバレだからね。ちなみに上代君は右足のストレッチとかはしているの?」

「右足のストレッチ?体の固いところを柔らかくストレッチですよね。右足のストレッチってどうやるんですか?」

「上代君が思っているのとはおそらく違うよ。治療の為のストレッチをするんだよ。わかりやすく例えをだすよ、手首を骨折したとするね」

「はい」

「それから安静にして病院で医者にもう動いても大丈夫ですよと言われたとするよ」

「はい」

「でも大丈夫と言われてもいきなり手首を怪我をする前のように動かすことはできない。これは手首を動かさないように固定していたから完治するまでの期間は全く動かせておらず、その期間に使ってない手首の筋肉が固まってしまった。だから回復後に無理に動かそうとすると筋肉が固まっているから痛みが出てしまう」

「聞いたことがある気がします」

「あるのね。具体的な説明は必要ないと思うから聞いたことがあるなら話は早い。右足を出して」

 祈は仁の前に胡坐をかいて座った。

「何をするんですか?」

 仁は胡坐の状態で右足を祈の方に出した。

「マッサージ。もう怪我自体は大丈夫でしょ?」

「一応・・ですけど」

「なら問題ないね」

 祈は右足のマッサージを始めた。

「イタッ」

「我慢して、マッサージしてるだけだから」

 痛みが走り、声を出したが祈に堪えるように言われた。

「(痛いんだけど・・・)」

「上代君の場合は筋肉だけが問題ではないけどやらないよりやったほうが良い結果がでるかもしれない」

 祈は適当に力を入れてマッサージを続けた。

「どうだった?」

 マッサージが終わり、仁は右足を戻して胡坐をかいた。

「痛かった」

「やっぱりね。力の強いマッサージは悪化する可能性があるから痛むとは思うけど弱めの力でマッサージを続けていけば少しはマシになるよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 お礼を言うと、今度は祈が仁の前でうつ伏せになった。

「ん?」

「今度は上代君がマッサージして」

「はい?」

「もしかして女性の体に触るのは初めてだったりする?」

 にやけながら仁をからかった。

「な、何を言うんですか、マッサージですね。はいはい、やりますよ」

 慌てながらマッサージの準備をした。

「でも、どうやればいいんですか?」

 初めてマッサージをするから仁はわからなかった。

「とりあえず背中と肩と腕を万遍なくマッサージして、力加減はしながら教えるから」

「は、はい」

 言われた通りに仁はした。

「んー、もうちょっと強く押して、そこもしっかりやってね」

「はい」

「あー、気持ちいい。もうしばらくお願い」

「しばらくですか、まあ・・はい」

 しぶしぶ了解した。

「ん~」

 仁は黙々とマッサージをしているが祈のだらしない顔を見て、不愉快に感じた。

「(こんなにだらしない顔をして、普段は俺をからかってばかりで少し面倒だなって思うときがあるけどこうみると可愛らしい女の子だな。なかなかみれることはないし、写真でもとろうかな)」

 仁は悪いことを考えている顔をしている。

「カシャ」

 カメラで写真を撮ったときの音がした。

「ん?今のは何?」

 気になったのか祈が起き上がってきた。

「さあ、何でしょう」

 仁はさりげなく手に持っていたスマートフォンを下に置いた。

「あー、もしかして私の顔を撮ったな!スマートフォンを貸しなさい!」

「はい、どうぞ」

「全くもう、あったあった。私の顔を撮るなんて悪い子だ。こんなだらしない顔を撮るなんて・・この写真は削除だ!」

 仁のスマートフォンのデータフォルダにあった写真を消した。

「あ、そうそう。消しても無駄ですよ。家にあるパソコンにデータを送信したので」

「え!?」

 びっくりして顔を仁の方に向けた。

「小豆沢さんのだらしない顔は可愛かったですよー、消すなんてもったいない」

「今すぐ消しなさい、消しなさいよー」

 祈の顔を真っ赤になっていた。

「カシャ」

 仁は再び祈の顔写真を撮った。

「まだ写真を撮るか!」

「真っ赤になっている顔も可愛いですよー」

「消しなさーい!」

 日頃の仕返しなのだろう、仁が祈をからかっている。 

「はいはい、マッサージも終わりましたし、食事に行きますよ~」

 適当に流して立ち上がった。

「上代君、写真消してよね」

「はいはい、冗談が過ぎました。家に帰ったら消しますよ」

「本当に? 本当に消すの?」

「消しますって(可愛かったから絶対に消さないけど)」

「怪しい・・・」

「他人には見せないですし、後で消しますから大丈夫ですよ。ああ、でもせっかく可愛い写真が撮れたのでスマートフォンの待ち受けの画像にはしますけど」

 仁はまだ祈をからかっている。

「それ消すことになってないよ。もう知らない、上代君のバカ!」

 祈は拗ねてしまった。

 しかし仁はここぞというタイミングで瞬時に対応する。

「この施設にあるレストラン、おいしいデザートがありましたね~。俺の奢りでデザートを食べますか?」

「え?いいの?」

 拗ねていたがおいしいものに目がないのか仁の言葉に食いついた。

「はい、いいですよ」

「やった、おいしいものが食べられる」

 さっきまで拗ねていたのが嘘のように笑顔になった。

「(やはり扱いやすいな、小豆沢さんは)」

 心の中でそう思っていた仁だった。

「すみませーん」

「はい、少々お待ちください」

 2人はレストランに入って店員さんにメニューを注文するところだった。

「はい」

 店員さんが来たところで祈が注文する。

「ひつまぶし2人分、後でデザートにこれとそれとこっちも」

「小豆沢さん、俺はデザートはいりませんけど」

「大丈夫、私が全部食べるから」

「全部食べるんですか?」

 祈の食欲に唖然としていた。

「デザートは奢りだからね。さあ~、食べるぞ~」

「奢りだと遠慮ないですね。別にいいですけど。いただきます」

 注文したひつまぶしがきたので早速食べた。


「あ~、おいしかった~」

 食事は終わり、祈は満足していた。

「今日はもう遅いですし、帰りますか」

「そうね」

 レストランを出て、駅まで歩いた。


「今日のストレッチ、できる範囲でいいからやるんだよ、上代君」

 無理してやりそうだと思われたのか念を押された。

「出来る範囲ですね。はい、気をつけてストレッチします」

「なら問題ないね」

 祈は安心したのか笑っていた。

「そろそろ電車が来ますね」

「じゃ、乗ろうか」

 2人は電車に乗って最寄駅まで来た。

「では小豆沢さん、自分はこっちですので」

「うん」

「今日はありがとうございます。また一緒に行きましょう」

「こっちこそありがとう。また行こうね~」

 お互いに手を振って自分の家へと帰って行った。


 その後も一緒に温泉やストレッチをしたり、個人個人の剣道の練習を行う日々が続いていき、クリスマスは過ぎて12月も最後になった。


「明日は正月か、初詣にでも行こうか。・・・親とは仲が悪いわけではないけど・・気が進まない。小豆沢さんは用事とかないかメールしてみよ」

「(明日は用事がありますか?用事がなければ一緒に初詣に行きませんか?)送信っと」

「ピロリン」

 メールの受信音がすぐに鳴った。

「あいかわらず返信が早い。(いいよ、場所は名古屋の熱田神宮に行きたい)毎年大勢の人がいく場所だ。人ごみはあまり好きではないけど小豆沢さんが行きたいっていうならいいか」

 待ち合わせの場所と時間をメールで送信して明日着る服の準備をする。

「小豆沢さんはどんな服で行くのだろうか、普段着か和装か・・、いやいや他人の服を想像しなくていいから自分の服を選ばないと」

 洋服入れの中から服を取り出す。

「まあ、寒いしコートを着ることになるからあまり気にしなくていいか。よし、寝るか」

 明日の外出のため、いつもより早い時間に寝た。


 次の日の朝

 2人とも相変わらずと言っていいのか30分以上も前に待ち合わせの駅に着いていた。

「早いですね」

「上代君もね」

 仁は祈の服装をじっと見た。

「どうしたの?そんなに見つめて」

 祈は自分の服に自信があったのかもじもじしている。

「いや、どんな服で来るのかと思って服装を見てました」

「そう、ちなみに似合ってる?」

 祈は仁に近寄り、自分の服が似合っているでしょうと言わんばかりにアピールした。ちなみに服装はコートにスカート、首もとにマフラーをしていた。

「ええ、似合ってますよ。凄く」

「本当に?」

 上目使いで仁を見つめた。

「はい、本当ですよ」

「よかったー、選んだ甲斐があった~」

 祈は嬉しそうだったが仁の次の一言が酷かった。

「凄くマフラーが可愛いですね」

「そっちかい!」

 祈は仁にツッコミを入れた。

「ついでに小豆沢さんも可愛いですよ」

「ついでとは酷い扱い方だよ」

「とても可愛いですよー」

 仁はよそ見しながら言った。

「んんー、私をからかいたいのか褒めたいのかどっちかにしてほしい」

 祈は不満げだったが顔は赤くなっていた。

「ちなみに上代君の服装は微妙だな。格好いい服を選んだつもりかもしれないけどまだ学生の上代君には早いね。子供が大人のコートを着ている感じ」

 仕返しなのか仁の服装に駄目出しをした。

「そ、そうですか。これならいいかなと思ったけどまだ早いですか・・・」

 仁は気を落としてしまった。

「でも上代君、そこまで気を落とさなくても大丈夫だよ。胸を張ってドンッと構えていたら似合うからね。絶対似合うから」

 祈は仁の胸を軽く叩いた。

「そうですか、こんな感じですか?」

 祈に言われた通りに胸を張ってドンッと構えた。

「そうそう、そんな感じ。似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 2人は服の感想を終えて、駅の中に入って行く。

「小豆沢さん、電車の時間までまだあるのでベンチに座ってませんか?」

「時間もあるし、座ろうか」

 2人は朝の早い時間に待ち合わせをしていたのでまだ眠いのもあり、ベンチに座ってゆっくりしていた。

「あっ、電車が来ましたね。乗りましょう」

「うん」

 2人は電車に乗り、目的の熱田神宮に向かった」

「初詣だから電車の中が狭いね」

「そうですね。人に挟まれて右腕を痛めないように気をつけないと」

「そういう上代君も右足を踏まれないようにしないとね」

 お互いの体のことを気遣った。


「早くいこー」

「待ってくださーい」

 祈はテンションが高く、駅に着くなり、先を急いだ。

「さすがに正月だけあって人が多いね」

「人気の神社ですから仕方ないです」

 視界が全て人で埋め尽くされているといっていいほどだ。

「ささ、並ぶよ」

「(これに並ぶのか、面倒だな)はーい」

 並んだのはいいが長蛇の列なので待ち時間が長い。

「ちなみに小豆沢さんは何を願うのですか?」

 最初は黙って列に並んでいたが退屈だったので声を掛けた。

「私はもちろん右腕が治りますようにって願うよ」

「ですよね。ちなみに他はありませんか?」

「他か~、ん~」

 口元に手をあてて悩んでいる。

「ん~、いい人が見つかりますように・・かな」

「いい人ですか? ああ、彼氏ですね」

「そそ」

「ずっと俺と一緒にいるくらいですから当然彼氏がいないのは知ってましたけど」

 さらっと傷つくことを言った。

「ム~、女性に対して失礼だな。見てなさい、清潔感があって背が高くて筋肉がしっかりついている優しい彼氏を見つけてやるんだからね~」

 理想が高すぎるとはこういうことをいうものだな~っという顔を仁はしていた。

「何その顔は? 理想が高すぎるって言いそうな顔をしているよ」

「当たりです。いや~欲が凄いですね。そんな人がいたら周りの女性たちは放っておかないでしょ」

「まあ、私の近くにいないわけではないけど・・(小声)」

 仁が聞き取れないくらいの声で言った。

「ん?何か言いました?」

「別に、それより上代君はどんなことを願うの?」

「俺は・・2人でずっと一緒に頑張っていけますようにって願います」

 この発言に祈の挙動が変わった。

「そ、そうね。一緒に頑張っていけたらいいね」

「はい」

 言葉に深い意味はないようだが祈は視線を仁の方からそらして深く考えてしまう。

「どういう意味で言ったのかな? 表情をみると単純に2人で頑張ろうって感じだったけど・・」

 そう考えていると徐々に列は進んでいき、自分たちの番が来た。手水舎で手と口をすすぎ、二拝二拍手一拝の作法で願いを捧げる。

「・・・(2人)」

 願いを捧げ終わり、その場を離れる。

「出店があるから食べて行こう」

「そうですね。おいしそうなものがたくさんありそうです」

 祈と仁は出店を回り、食べ歩いた。

「ん~、おいしい」

 これ以上ないくらいの笑顔で出店のものを食べ続ける。

「小豆沢さんって食べるの好きですね」

「だって美味しいからね」

「そんなに食べたら太りますよ~」

「大丈夫、運動はしっかりするから」

 親指を仁の方に向かってたてた。

「確かに。温泉でみたときの小豆沢さん、結構引き締まっていましたね」

「か、上代君はどこを見てたの!?」

 さらっと変な発言をしたのか顔を仁の方に向けて驚いた。

「お尻や太もも?」

「ドンッ」

 仁の腹を殴った。

「ウッ」

 軽く殴られたのであまり痛くはなかった。

「か、上代君!」

「は、はい」

「上代君の変態、変態、変態野郎、バカ、アホー!」

 仁は罵声を浴びせられた。

「そ、そこまで言います?」

「もう知らない、ちょっと1人になってくる」

 恥ずかしくて1人になりたかったのか、祈は人ごみの中へと入ってしまった。

「ん~、スポーツ選手の目線で感想を言ったのだが、まずかったか?」

 女性に対してデリカシーのない仁だった。

「ハァ~、上代君が変なこと言うからビックリしたわ。まあ、男性だからそういう気持ちもあるから仕方ないけど」

 少し離れた位置で足をとめた。

「フゥ~」

 深呼吸をして周囲を見渡すと祈に見覚えのある女性の顔が視界に入ってきた。

「えっ?」

「ん?」

 祈の声に相手も気づいた。

「えっ? もしかして小豆沢? あんた愛知県にいたの?」

「う、うん・・」

 今までの祈と違い、急に弱腰になり、声が小さかった。

「あんた今、何してんの? 剣道やってんの?」

 祈のことを知っているであろうこの女性はやたら挑発的だった。

「右腕があまり動かないから剣道はしていない。今は図書館で働いている」

「アハハ、やっばり剣道出来てないか。あんな交通事故が起きたらね。全国大会が終わった後、2年生にも関わらず、いろんな大学から誘いがきてたあんたが。今や大学進学を諦めて社会人として働いている。堕ちるところまで堕ちたわね。惨めね」

「・・・」

 祈は涙目になっていた。過去に辛いことがあり、それをこの女性と出会ったことがきっかけで思い出し、悲しかったのだろう。


 高校2年生の夏

「小豆沢~、ちょっとこっちに来い。記者の人が取材したいって」

「は、はい」

 祈は武道場で部活をしていたが顧問の先生に呼ばれ、部活を中断してあわてて顧問の先生のところに向かった。

「ちっ、なんであいつだけなの? 団体戦で全国優勝したのになんで優勝メンバーの私には取材がないの? 本当にむかつく奴だ、あの女!」

 祈が練習からぬけたため人の数が足りなくなり、練習を中断して休憩することになった。

部員の中には祈のことを良く思っていない人が何人かいて、時々本人がいないところで陰口はされている。


 祈は記者の人達からの質問に答えていた。

「小豆沢さんは現在高校2年生ですがもう複数の大学からは声が掛かっているでしょう。どこの大学にいきたいとかはありますか?」

「そうですね、今は次の試合があるのでまだどこの大学にいきたいとかは考えてないです」

「うわさですが○○大学や△△大学から誘いが来ているという情報もあります。試合会場でのインタビューで小豆沢さんをぜひうちの大学にと言われた先生もいましたがこれを聞いて何か感想はありますか?」

「評価して下さるのは嬉しいです。ですが今は次の試合に向けて稽古には励んでいくだけですので先のことはその後に」

「では次の試合に向けて意気込み等をお願いします」

「一試合一試合を大事に、焦らずに落ち着いて戦っていきます」

「目標は優勝ですが?」

「もちろん優勝です。全ての試合に勝ちます」

「お~」


「あ~、腹立つ。あんなこと言ってみたいわ~、もちろん優勝です。全ての試合に勝ちますって」

 休憩をしていた1人の女子部員が祈に対して相当根に持っているようだ。

「順風満帆な人生を送ってそうね。ああ~、イライラする。あたしも必死に努力しているのになんであいつとあたしとでこんなに差がつくのよ。あいつなんか事故にでもあって人生のどん底にでも堕ちてしまえばいいのに」

 女子部員は取材を受けている最中の祈をずっと睨み付けた。

「ありがとうございます。これで取材は終了です」

 何個か質問に答えた後、顧問の先生に質問がかわったところで

「よし、部活に戻っていいぞ。小豆沢」

「はい」

 祈は部活の稽古に戻り、中断していた稽古が始まった。


 部活が終わり、着替え終わった後に女子部員たちは徒歩で帰宅している。

「祈、今日はどんな取材を受けたの?」

「私も気になる~」

「先輩の記事って雑誌に載るんですか?」

 次々に質問攻めにあい、祈は困っていた。

「(こいつと一緒に帰るのは腹が立つ。でも他の部員もいるから帰りたくないって言ったらあたしが仲間外れになってしまうし)」

 祈に対し、根に持っている女子部員はイライラしている。あまりにイライラしていたので周りが見えなくなっていた。

 そんなときだった。

「ブオオオオ!」

 青信号の横断歩道を横断中に暴走している自動車が速度を落とさずに横断歩道に侵入しようとしきた。女子部員たちは暴走車に気づくのが遅かった。何人かは避ければ衝突は回避出来る位置にいたが祈のことを根を持っている女子部員は直撃を免れることはできそうになかった。

「あっ」

 そのことをすぐに察知したのか自分の前にいた祈の左手を掴んで自分の体に引っ張った。

「えっ」

 祈とその女子部員は車に衝突した。


「あのときは車に轢かれそうな私を庇ってくれてありがとう。おかげで私は軽傷で済んで、あんたの代わりに大学の推薦貰って大学で剣道やってるよ」

「そ、そう・・、よかったね」

 祈は目線をそらしながら言った。

「よかったね? あんたはあたしを恨んでないのか? あたしが暴走車に轢かれそうになったとき、近くにいたあんたを盾にしたのよ? あたしはそのおかげで直撃を免れて傷は負ったものの重症とまではいかなかった。あんたは大怪我を負って入院までしたのに」

「・・・」

 祈は無言のままで目には涙が溜まっていた。

「ああそうか、恨んだところであたしも怪我を負ったから自分の怪我はあたしのとった行動が悪いなんて言えないわよね。そんなことを言ったら皆に非難されるわよね? 誰もあたしがしたことを見ていないし、あたしも怪我をしたから人のせいにするなんて誰にでも優しいあんたには出来なかった。いや部員の中にはあんたに嫉妬している人はたくさんいたからあんたの言うことなんて聞く耳を持つ人は少ない。どうあがいても無理だった」

 祈はなんとか我慢しようとしていたが目から涙が溢れてきた。

「あんたが入院しているときにあたしは行きたくなかったけど皆が見舞いに行くっていうから仕方なく病院に見舞いに行ったけど、そのときの入院中のあんたの顔は最高に面白かったわ。剣道ができなくなって全てに絶望したあの顔は!!。アハハ、アーハッハッハッ」

「そ、そんなこと言わなくても・・・」

 祈は涙を流しながら小さな声で言った。

「あ? 全国大会で優勝したのに先鋒のあんたが大活躍するからでしょ? あたしには全然取材や大学からの誘いがなかったのよ? 毎日遅くまで練習してようやく次鋒のレギュラーを手に入れたのにそれを嘲笑うかのようにあんたは1年生の頃からレギュラーで、試合では勝ち進み、個人戦ではあたしに圧勝するのがむかつくのよ。おまけにちょっと顔がいいからって男子からモテて、あたしが好きだった先輩からも告白を受けたりもしたわね。なあ? おい!」

 目線をずっと逸らした祈に腹を立てたのか祈の胸元付近を掴んだ。

「私・・グスッ、だって努力したよ。グスッ、それに・・一度も付き合ったこともないし、グスッ。先輩からの告白も断ったし・・・」

 恫喝され、祈は泣きながら喋った。

「うるさい黙れ、あんたの結果はどうでもいいの! その後にあたしが先輩に告白したら好みのタイプじゃないって言われたのよ。あんたは好みのタイプだったことが腹立つ。好きな人にタイプじゃないって言われてみなさいよ。ショックが大きすぎて立ち直るのに時間がかかったわ!」

 女性が言っていることは完全なやつあたりだったが相当憎かったのか目には涙が溜まっている。腹いせのつもりなのか、自分のイライラを祈に全部ぶつけた。

「そんなの私に・・グスッ、関係・・ないよ」

「あんたには剣道の実力も容姿も完全に負けたことが腹立たしくて殺したいほどだったけど、でも今となっては滑稽ね。立場が逆転するどころか堕ちるところまで堕ちてしまうなんて、面白すぎて笑いが止まらないわ。アハハハハ」

 祈の涙は大粒へとなっていく。

「グスッ、酷いよ・・・グスッ」

「あ? いつまで泣いてんだよ。キモいんだよ!ブス!」

 腕を振りかぶり、ビンタした。

「バシッ!」

「小豆沢さん、どこに行ったのかな? こっち方向に走って行ったのだけれど、もしかして帰ってしまったかな。電話にも出ないし」

 あちこちを探し回っていた。

「ガヤガヤ」

「ん? 何か騒がしいな。何だ?」

 ある場所だけ聞こえてくる声が違った。

「喧嘩か?女性2人で言い合ってるね。2人とも泣いていたな。正月早々なにやってんだ」

 こんな声がしてきて、仁は不安になっていた。

「まさかな、一応行ってみるか」

 声が集中している場所に行ってみると祈とガラの悪い女性がもめているようだった。

「は? マジか」

 仁の表情が変わった。

「おい、誰かとめてやれよ、一方的にやられているぞ」

「ん?やられてる?」

 更に近づいて行くとガラの悪い女性と祈の姿がみえてきた。

「うわっ」

 ガラの悪い女性が一方的に祈にビンタをしていた。

「あんたなんていなければよかったのよ、グスッ。あんたがいなければ先輩は今頃あたしと一緒に・・・グスッ、この・・泥棒猫が! 何か言いたいことがあるなら言ったらどうだ!」

 周りはさっきまで2人のことを立ち止まってみていたが関わりたくないのか今は見て見ぬフリをしながら歩き始めた。

「ちょ・・助けないと。ってか誰も助けないのかよ。邪魔だよ、どいて!」

 人ごみの中をくぐりながら祈のところに急いだ。

「ずっと黙ったままか、あんたは」

 今度は思いっきり腕を振り上げた。

「ガシッ」

 祈の顔をビンタしようとしたがかけつけた仁が腕を捕まえた。

「アアン? 誰だよ!?」

 とめられたことに激昂して後ろを振り向いた。

「小豆沢さんに何してんだ、てめえ」

 そこには仁がいた。仁は背が高いため、女性は振り向いたと同時にビックリした。

「デカッ! あ、え・・・」

 今の仁の顔は恐く、背が高いと言うこともあり、恐怖のあまり言葉が出なかった。

「今、来たばかりだから状況はわからないけど泣かせているのだけはわかる。てめえ、なにやってんだよ!」

「あ・・、その、あの・・・」

 ガラの悪い女はその場で震えていた。余程仁が恐かったのだろう。

「ここは目立つし、相手にするとそのうち警察とかが駆けつけてきて面倒事になりそうだからここから逃げるけど次もまた手を出したら・・今度こそ見逃さないからな!」

「ひっ!」

 周りには女性同士の喧嘩を面白そうだと見物する人がチラホラいたので早めにこの場を去ろうと考え、そう言って仁は祈の左手を握ってその場を離れる。

「小豆沢さん、行きますよ」

「ぐすっ、う、うん」

 手を握ったまましばらく歩いた。

「ここまで来れば大丈夫か、小豆沢さん、大丈夫?」

 ひと気が少ない場所まで歩いて祈に声をかけた。

「上代君・・・」

 祈は仁に抱きついた。

「小豆沢さん? どう・・・」

「うえええん、うええええん」

 祈は声をあげて泣いた。

「え、あの・・いや、いいか」

言葉を続けようとしたが途中でやめて祈の頭を右手で、左手を背中に回して抱き寄せた。

「大丈夫ですよ。俺が一緒にいますから(何があったのかさっぱりわからないけど泣き止むまで待たないと)」

「ヒック、ヒック、上代君~。ヒック、ヒック」

 さっきよりは収まってきた。

「はい。ここにいますよ」

 祈の頭を撫で続けた。

「・・・」

 少し時間が経ち、祈は完全に泣き止んだ。

「落ち着いた?」

「うん、落ち着いた。ありがとう」

 祈は仁から少し離れた。

「大丈夫ですよ。それよりどうしたのですか、あんなに泣いて」

「そ・・それは・ね・・、辛い・・過去をあの女に蒸し返されただけだから」

「辛い過去を?」

「そう、辛い過去を。でもごめんなさい、辛い過去のことは言いたくないの、気になるだろうけどいいたいたくない。本当にごめんなさい」

 祈は何度も謝った。

「嫌ならいいですよ。誰にでも言いたくないことはあるから」

「そう、気を使ってくれてありがとう」

「泣きたくなったらいつでも胸を貸しますよ」

 仁は自分の胸を叩いた。

「ならもう少し」

 祈は再び仁に抱きついた。

「え?」

 安心させるつもりで言ったのだろうが、再び抱きつく祈に驚いた。

「いつでもいいんでしょ?」

「そ、そうだけど」

「なら問題なし」

「お、おう・・・」

 自分が言ったことだったが少し動揺していた。

「ついでに両手を使って私を抱き寄せると嬉しいな」

「ま、まあ、それくらいなら」

 祈の言われるがままに祈を抱き寄せた。

「しばらくこのままね」

「は、はい」

 5分間が過ぎた。

「あのう、小豆沢さん?」

 流石に長過ぎたか祈に声をかけた。

「何?」

「そろそろ離れない?」

「上代君は嫌?」

 祈は上目遣いをした。

「嫌・・ではないけど」

「なら問題ないね」

「・・・(おじさんが言っていたな。喫茶店でずっと泣いていたって、甘えたい相手が欲しかったのだろう。それなら早く恋人を見つけることが出来ればいいけどな)」

 仁は祈の頭を撫でながら思っていた。

「小豆沢さん」

「何?」

 抱きついたまま祈は顔を上に向けた。

「好きな人っている?」

「・・・」

 祈の顔は少し赤くなった。

「小豆沢さん?」

「・・・そうねえ、好きな人はいないけど気になる人ならいるよ」

 好きな人を言うのが恥ずかしかったのか別の表現を使った。

「誰?」

「それは私のことを大事にしてくれる人だよ♪」

 祈の顔はこれ以上ないほどの笑顔だった。

「へぇ~、なるほど」

 どうやら仁は大事にしてくれる人が自分であることに気づいてないようだ。

「(このニブチンが)」

 鈍感な仁に祈は少し不満を持った。

「ねえ上代君」

「はい」

「これからは呼び方変えない?」

「呼び方ですか?」

「うん」

「まあ、小豆沢さんがいいなら別にいいですけど」

「なら決まりね。私は仁君って言うね」

「では・・・俺は祈さんと言います」

「よしこれで決まり。仁君、そろそろ向こうの方に行って出店を回ろう」

「はい、祈さん」

 祈は抱きつくのをやめて仁の右手を引っ張って行った。

「(もぐもぐもぐ)」

「・・・」

 祈は出店で大量に食べ物を買って、近くにある休憩所で食べていた。

「(もぐもぐもぐ)」

「(どんだけ食べるの? さっきのガラの悪い人のせいでストレスがたまって発散でもしているのかな、ハハハ)」

 仁はにが笑いをして、食べている祈をみていた。

「あー、食べた食べた。満足~」

 食べ終わり、椅子の背もたれに背中をつけてゆっくりしている。

「祈さん、この後どうしますか?」

「ん~、そうね~、カラオケにいきたい」

 祈は笑顔だったが仁には祈の心の中がみえた。

「(あ~、完全にストレス発散だわ。笑顔だけど何か恐いわ)」

2人は少し休憩してカラオケボックスに向かった。

「正月でも空いてるところがあるのか」

「ネットで調べて空いてるところ調べたよ」

「そういうことですか」

 カラオケボックスに入り、2時間利用で料金を払った。

「2時間も歌うんですか?」

「え?私は沢山歌うし、仁君も歌うからこのくらいでいいじゃない」

「俺、音痴なんですけどいいですか?」

「気にしないよ」

「そうですか、笑わないで下さいよ」

「はいはい」

 適当に返事をして部屋へと案内されて、歌う曲を入れて歌った。

「~♪」

「(全くカラオケとかに行かないから他人の歌唱力とかわからなかったけど祈さんは普通くらいか?なら自分でも大丈夫かな?)」

「はい、次は仁君ね」

「はい」

 マイクを受け取り、歌を入れて歌った。

「~♪」

「クスクス」

 祈は笑うのを堪えていた。

「なんて笑うんですか?」

「歌うとき、声が変わるんだもん。聞きなれない声でおかしい。アハハハ」

「普段の声だと自分の感覚では声が訛っている感じがして歌いにくいので歌うときは音を少し変えています」

 声を荒げて笑う祈に対して説明するが笑うことを止めなかった。

「アハハ、まあ音痴だって言うけど酷くはないよ。声が変わっているほうが気になる」

「そうですか」

「さてと、どんどん歌うよ」

 次の曲を入れて2人はどんどん歌っていく。

「さあ仁君、仁君の番だよ」

「は・・はい。歌うのがこんなにきついとは・・・」

 1時間を超えたあたりから仁は疲れてきた。

「まだ1時間が過ぎたばかりだよ。まだまだいくよ」

「勘弁して~」

 その後も歌い続けた。


「ああ~、ストレス発散が出来てスッキリした~」

 祈はまだ元気だった。

「あ~疲れた~(ガラガラ声)」

 仁の声は枯れており、疲れ切っていた。

「仁君、疲れ切っているみたいだし、今日はもう帰ろうか」

「はい。・・・ん?今日は?」

「そうだよ。明日は服を買いに行きたいから仁君も行こ♪」

 笑顔だったが、仁は不吉な予感がして気が気でない様子だった。

「明日は用事が」

「ないよね?」

「あのう」

「ないよね?」

「それが」

「な・い・よ・ね?」

「・・・はい、一緒に行きます」

「それでよし」

「・・・」

 仁の顔には笑顔がなかった。

「じゃ、電車に乗ろう」

「はい」

 そして2人は電車に乗り、いつもの駅で降りた。

「じゃ、明日にこの駅で待ち合わせね」

「はい、ではまた明日」

「またね~、仁君」

 お互いに手を振って帰って行った


「ふぅ~、足が痛い。まったく、いつ後遺症がでるかわからないから大変だ」

 仁は家に戻り、玄関で靴を脱ぎ、床の上に仰向けになった。

「今日はいろいろとあった。祈さんのあんな顔を見るなんて、普段は平常心でいるけれどやっぱり辛いこともある。人前で涙を流すなんて余程辛かったのだろう。カラオケが終わった後は元気な顔をしていたけど無理してるだろうし、明日は楽しんでもらいたい」

 足が痛いので痛みが引くまで休んで自分の部屋に戻った。

「今日も仕事か、いや今日だからこそ仕事か、大変だな~、警察官も」

 揉め事が多い時期なだけに両親は家を空けていた。

「まあ俺のこんな姿を見せるわけにはいかないし、こっちの都合としてはいいのだけど。2人といるよりは自分1人でいる方が落ち着くし。まあ、後は親の前で右足の痛みを気にせずに平常心で普通に歩くのは気を使うし」

 両親が仁に気を使ってはいるが、仲が悪いわけではないので家の中で出会ったら少しは会話をしている。仁としては両親の気持ちを考えると自分の足が凄く気になるようだ。


「ただいま~」

「あら、お帰りなさい」

「あ、おかあさん。この匂いは料理を作ってるのね」

「ええ、そうよ。正月だけど祈が好きそうな正月料理はないからいつもの料理だけど」

「あんまり美味しくないからいつものお母さんの料理の方がいい」

「今日はやけに機嫌がいいわね。何かあったの?」

「そ、それは・・・」

 祈はもじもじしている。

「仁君と何かあった?」

「!?」

 祈はお母さんに探りを入れられてドキッとした。

「あたりね。で、なにがあったのよ♪」

 お母さんは祈にしつこくきいた。

「・・・抱きついた」

 顔を左にそらしながら恥ずかしそうに言った。

「あら~、進歩したわね。告白もできてない状況なのに意外と積極的なのね」

「お、お母さん!」

「フフフ、まだある?」

 お母さんはしつこい性格のようだ。

「下の名前で呼び合うことにした」

「一気に前進したわね。ファイトよ、祈!」

「も、もう!お母さんのバカ!」

 恥ずかしかったのか自分の部屋に走って向かった。

「フ~、仁君はとても良い人だからこれからも良い関係が続けばいいな。今度家にも招待したいな~」


 別の場所で

「あーもう、腹立つ! なんなのよあのデカ男!」

「正月なのに何イライラしてんだよ?」

「ムカつく女に彼氏がいたのよ。過去にあんなに楽しい思いをして今も彼氏がいて楽しい思いをしていると思うと腹が立ってくる。アイツにはもっと苦しんでもらわないと」

「そんなに嫌な奴なのか?」

「ええそうよ。性格最悪のクソ女よ。ぶっ殺してやりたい」

「ボコボコにするのならその彼氏も一緒にやったらどうだ?女は気が引けるけど男なら手伝うぜ?」

「よし、それだ。次に会うことがあれば早速やろう」

「ハハハ、久々に楽しめそうだ」


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