出会う二人
時間は進み、現在高校3年の夏
自分の進路は大学に進学することに決めた。この足では警察官になれるわけがなかったからだ。進学することに決めたが何を学びに行くかとかは全く決めてない。もうすぐ大学受験があるというのに。いくら考えても何をしたいのか、将来何の職に就きたいか全く思いつかない。困り果てていた頃に偶然にも就職にご利益があるという神社をテレビで知り、行ってみることにした。
「ここが就職にご利益がある神社か」
夏休みに入り、社会人にとっては平日であるので人の数は少なく、セミの声だけが聞こえてきた。階段を上って神社の鳥居をくぐり、鈴を鳴らす手前まで来て賽銭を入れ、鈴を鳴らし手を重ねて神様に尋ねる。
「(俺はこれからどうしたらいいですか、やりたいことがまったくわかりません。どうか教えてもらえないですか)」
そう心の中で言うも神様が答えるわけもなく、願いは終わった。
「ハァー、こんなことをしたところでどうにかなるわけでもないのに。神頼みしても無理なのはわかっているのに・・・ハァー」
ため息をつきながら来た道を帰っていくと「チャリン、チャリーン」っと小銭が落ちる音がした。周りを見ていると女性が小銭を落としたそうだ。結構な枚数を落としたようで女性は慌てていた。仁はその女性を見ると右袖に腕が通っていなかったことに目が留まった。
「(ん?袖が通ってないな。腕が・・・いやあるか。もしかして怪我か?)」
女性はせっせと小銭を拾い続けた。右腕が使えないのか右側にある小銭は体を回転して左手で拾っている。
「(右腕がほとんど動いてないな。肩からぶら下がっている感じだ。)」
女性の腕が気になったが目線を下に移すと自分の近くにまで小銭がきていたので拾った。
「あの~こっちにも小銭が落ちてましたよ」
「あっ、わざわざありがとうございます」
小銭に受け取り、女性はお礼を言って頭を下げた。それと同時に女性の右肩から上着が外れた。
「あっ」
左肩にはカバンの紐をかけており、左腕は瞬時に動かすことができず、右肩が動かせなかったのか右肩に上着をかけることが容易にできなかった。
「もう・・・ハァ~」
女性はため息をつきながらカバンを下に置こうとした。
「自分でよければ手伝いましょうか?」
「え? いいんですか?」
女性は少し驚いて聞き返した。
「はい、かまいませんよ」
「では・・・、お願いします」
服を持ち、肩にかけた。
「これでいいですか?」
「はい、御親切にありがとうございます」
女性はお礼を言い、神社の方へと歩いて行った。
「・・・自分以外にも大変な人がいるのは知っているが直接見ると捉え方が違ってくる。同じ境遇の人は他にもいるって思うと自分は1人ではないって感じる」
いろいろ考えることがあったのだろうか、さっきよりも暗かった表情が少しマシになった。神社を出て、すぐの通りにアイスクリームの出店があったのでアイスクリームを買い、椅子に座って食べていた。
「今日も暑いな~、夏は冷たいものがおいしい」
食べ終わった後、休憩をしているとさっきの女性が神社から出てきた。
「あっ」
お互いに声を出した。
「さっきはどうも」
「ああ、はい。大したことはしていませんよ」
特に話すことがあるわけでもなく、軽く挨拶をして女性は立ち去ろうとすると強い風が吹いた。
「あっ」
女性が被っていた帽子が自分の方に飛んできた。
「はい、帽子」
飛んできた帽子を拾い、女性に渡す。
「ありがとうございます」
女性はお礼を言い、その場を去った。
家に帰った後、あの女性のことばかり気になっていた。
「右腕か・・、あの人も大変そうだ。俺は右足か・・・」
自分の右足を見ながら独り言を言い続ける。
「自分の同じ痛みを理解しあえる人がいたら人生って変わるのかな~、もう一度会って話をしてみたい」
今までは剣道一筋で同じ学校の女子からの告白すらも無関心で何度も断ったがこの女性にはなぜか興味をもった。第六感というのか言葉では説明できないものがあるのだろうか。しかしその女性と会うことを考えるもすぐに首を数回横に振った。
「今まで恋愛は全て無視して剣道をやっていたから女性と話すなんて俺には厳しいか。どういう感じに声を掛けたらいいのか、どういった話題で話をすればいいのかわからない。どうしたものか」
異性との関わりが全くない人にありがちなことだ。仁は頭を掻きながら悩んだ。
「しかし神社まで行って神様に願ったのだからもしかしたらその女性と親しくなることが今後の人生に変化があるかもしれない。考えすぎかもしれないけど・・とりあえず今日は神社で出会ったから神社の近くを歩いてみるか、もしかしたら出会うことが出来るかもしれない」
女性との出会いが偶然ではないかもしれないと信じて行動に移すことに決めた。
「まあ、女性と話すなんてほとんどしたことないから話しかけるのは厳しいかも」
次の日の朝、夏休みの最中というのもあって時間に余裕があるため早速神社に来た。
「今日も暑いし、セミの音がすごいな」
たくさんいるセミの音を聞きながら神社の周りを歩く。神社の周りは昔ながらの木造住宅がずらーっと並んでいる。夏休みというのもあり、子供たちが外で元気に遊んでいる。
「道路で遊ぶと危ないよー、近くに公園があるから公園で行こう」
車の通りがある場所で子供たちが遊んでいるのが気になって声を掛ける。
「えー、やだー、ここがいい」
「そう言わないで」
「やだ」
「ん~(あんまり言うと泣くかもしれない)」
子どもたちの視線が気になり、困り顔になってしまった。少し悩んだが、自分の視界に店があるのに気がついてカバンから財布を出した。
「そこの店でお菓子を買ってあげるから。ここは道路で車がきたら危ないよ」
「え、お菓子!? いいの?
「うん、いいよー」
「やったー、お菓子だー」
子供たちは大きな声で喜び、一目散に店に入った。
「(すぐにお菓子につられるのをみると複雑だな。危ない人について行かなければいいけど)」
店に入り、お菓子を買ってあげて一緒に公園に行った。
「お兄ちゃん、お菓子ありがとう」
「おお、怪我に気をつけて遊ぶんだよ~」
「お兄ちゃんは一緒に遊ばない?」
子供たちが足元に置いてあるボールを持ち上げて遊ぼうと誘ってきた。
「ごめんね。お兄ちゃん、怪我しているから一緒に遊べないの」
「怪我?」
「そうだよ」
「お兄ちゃん、気をつけて遊ばないと怪我するよ。気をつけてね」
「気遣いありがとう」
子供たちはボールを持って公園の中心の広場へと行った。
「公園か、懐かしい。しばらく公園に来ることはなかったから小学生のときに友達と遊んだ以来か」
過去を振り返りながら青い空を見上げていた。
「・・・」
ぼーっと青い空をずっと見ていた。あまりいい過去ではなかったのか思うところがたくさんあったのか、ずーっと無言のまま時間が過ぎていった。しばらくして目線を下にすると昨日出会った女性が公園の中を歩いていた。
「あっ、昨日の女性だ。今日は右腕が袖を通っている。自分でやったのだろうか」
昨日の女性を見つけるとすぐに視線が右腕にいった。やはり同じような状況にいるかもしれない人がいると気になってしまうのだろう。その女性の方を見ていると相手もこちら側に気づいたようで「あっ」と言っているような感じで動きが急に止まったが軽く会釈して歩き出して行った。
「・・・」
女性の歩いていく姿をその場に立ったまま見ていた。
「昨日今日と出会っているけどこの辺の人なのかな?」
独り言を言っていると女性は視界から離れて行った。
「離れた位置で出会うことはできたが話すことができなかったか。うーん、いったい何の話をしたらいいのだろうか」
異性との交流が全くないのでどうしたらいいかわからないため積極的に話しかけるのはできそうになさそうだ。
その後も公園で時間をつぶして昼は家に帰って昼食をとった。
「やることもないし、エアコンをつけた部屋で涼むのもいいけど暇だ。また外に出ようか、ん~、図書館の涼しい環境で本を読むか」
行く場所を決めて外に出る準備をして図書館に行く。
「図書館はクーラーがあるから涼しい」
徒歩で図書館まで来て、道中で汗をかいたので汗をタオルで拭きながら歩いている。
「何の本を読むか」
何を読むか考えながら本のジャンルを見ていると勉強をしている学生であろう人たちを見つけた。様子と見ると真面目な顔で問題集をひたすら説いているようだ。
「(あっ・・、夏が本番とか、夏休みで他人と差をつけるとかよく言われるけどやりたいことが全くないからな。何の勉強をしたらいいかもわからない)ハァー」
声に出してため息をついた。
「(勉強か・・、大学に一応進学はするけど何の仕事をしたいとか全くないし、何の職があるのだろうか)」
仕事のジャンルがある場所に移動して本を眺める。
「(あっ、警察官・・・)」
考えないようにしていたが警察官になりたい人向けの本を見つけてしまった。気がついたら警察官の仕事内容が書かれている本を手にとっていた。無意識のうちにとってしまったのだ。
「(くっ・・俺に警察官は無理なんだ。何度言えばこの身体はわかってくれるんだよ。ちくしょー・・・)」
体が僅かに震えていた。無意識に身体は警察官になりたいと思っているのだろう、なんとか自分を抑えようとする。
「スー、フゥー。スー、フゥー。スー、フゥー」
深呼吸をしてなんとか落ち着くことができた。
「(ここにいたらよくない。違うジャンルの本を見よう)」
仕事のジャンルの場所から離れた。
「(こっちは健康・・・)」
病気や栄養、体の鍛え方など内容はさまざまだった。
「(俺の右足は健康以前の問題だな。もう治ることはないし)」
内心、泣きそうになっていた。そして健康のジャンルの場所を歩いていくと目に留まるものがあった。
「(障害をもっていても明るい未来がある・・・か、こんな本があるのか)」
手にとってみて、内容を見てみる。しかし全体に目を通してすぐに本棚に戻した。
「(くだらない。本当にくだらない。綺麗事しか書いていない。正直者が馬鹿をみる世界なのに平和ボケした内容だ。正直者の結末がこの右足だ)」
現実を受け入れることができず、心の中で怒っていた。自分のことを考えると感情的になることが以前から何度も続いてしまい、ずっと苦しみ続けている。本人にはどうしようもなかったのだろう。
「ハァー、図書館に来てまで嫌なこと考えてしまう。どうしようもないがさすがに重症だ」
頭を掻きながらどんよりとした声を出し、さっきよりもさらに落ち込む。
「今日は駄目だ。気分が良くないから帰ろう」
頭を左右に振り、本棚から離れて入り口の方へと向かう。来たときにはわからなかったが入り口付近に大きなポスターが貼ってあった。
「ん、「足を失った私の人生」?なんだこれ?」
近づいて見てみるとこのように書いてあった。
「(幼少期からプロバスケットボール選手になるのが夢だったが事故で左足を失ってしまい、夢を断念しようと考えるも当時のコーチの言葉に心が響き、車いすバスケットボール選手としてバスケットボールを続けて行き、パラリンピックに出場して金メダルを獲得した真中さんの壮絶な人生を語る講演会か)」
自分と似ているためか、思うところがあり、ポスターの隅々まで見た。
「(この図書館で講演会があるのか、日時は・・っと明日か。まだ参加できるかな、受付で聞いてみよ)」
振り返って受付まで行く。
「すみません。ちょっといいですか」
「はい、どうぞ」
女性が対応をしてくれた。
「あっ」
「んっ?」
女性の声に反応して女性の顔をよく見てみると神社で出会った女性だった。
「え、えーっと、この講演会なのですがまだ参加できますか?」
「は、はい。大丈夫ですよ。えーっと、参加でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「それではこの番号が書いた紙を持って公演時間の前までに来てください」
「はい」
用事が終わり、図書館を出た。
「(あそこで働いているのか。びっくりした。あの人と話をしてみたいけど今は仕事中みたいだし、またの機会にしようか。図書館で働いているなら出会う機会はあるだろうし)」
仁は家に帰る途中で偶然車道を走るパトカーとすれ違った。
「(くっ、考えないようにしても外に出たらどうしても視界に入ることがある)」
パトカーを見ると警察官になりたいという気持ちで胸がいっぱいになってしまう。
「(右足がこんな状態になってからパトカーや警察官を見るたびにこれだ。いい加減にしてくれよ、俺の身体よ・・・)」
警察官になれないと何度自分に言い聞かせても身体が警察官になりたいとうずうずしている。
「もう・・諦めてくれよ・・グスッ、もう辛いんだよ、グスッ」
何度も何度もこんな状況になることが過去にも沢山あり、それが辛すぎて涙が出てきた。
「グスッ(・・・ここにいても辛いだけだし早く帰ろう)」
涙を拭いて歩くスピードを上げて家に帰った。
「いつものことだけど家では大抵1人か、まあ1人の方が落ち着くけど」
服を着替えて、台所に向かい、食材を冷蔵庫の中から取り出して夕食を作って食べる。
「2人とも、帰る時間は不定期だし自分の食べる分だけでいいか」
警察官という職業柄、決まった時間に帰ることはあまりなかった。
「右足がこんな状態になってから2人と話すことは一気になくなったし、まあ以前のような2人とは一度たりとも会話をしたくなかったからそれはそれでよかったけど、会話をしなくなった理由がよくないからちょっと気まずい。俺に負い目を感じているのか気を使っているのかだろう・・・、ハァ~」
ため息をつきながら両腕を頭の後ろに回して現在に至るまでの状況を振り返った。
(過去)
仁の親はかなり厳しく教育をしてきた。剣道は仁が3歳になった頃からやらせていた。このときから自分の息子には警察官になってもらおうと考えていたのかもしれない。仁は剣道を始める前に見学に行ってみたが何をやっているのか全くわからなかった。しかし親に勧められたこともあり、とりあえずやってみることにした。
始めた当初は全然面白くなかったが他に面白いことがあるわけでもなかったのでなんとなくという気持ちで剣道を続けていった。年齢が若すぎるということもあり、試合に出場することがなかったためこの頃はまだよかった。試合に出場する年齢になってからが酷かった。
親は仁にかなり厳しく、試合に一度でも負けようものなら雷でも落ちたかのように仁を厳しく叱った。負け試合が続き、試合に勝てという親の言うことに聞けないときは「家を出ていけ!」と怒鳴られて玄関の外に追い出されたこともあった。仁にとって親は「鬼」のように感じていただろう。あまりにも親が恐いのか親の姿を見るだけで体が震え出す程だった。家で仁を見かけたら素振りをやれ、剣道の稽古を1人でやっていろ、やらないなら家を出ていけ、この家は俺のものだ、誰のおかげでこの家にいることが許されている、誰のおかげでご飯を食べることができている、誰のおかげで生きていくことができている、誰のおかげで・・・などと仁に恐怖感を押し付けて、いわゆる「恐怖教育」を続けてきた。その「恐怖教育」のなかでも一番酷かったのは「お前は昔、川のそばに捨てられていた捨て子でずっと泣いているのが可哀想だから俺が拾って養っているんだ。血の繋がってない赤の他人をわざわざ養ってやっているんだから俺の言うことは絶対だ。俺の言うことを聞くのがお前が生きるための唯一の手段だ」と言われたことだった。あまりにも教育という概念から逸脱しているが子供にとって親が全てだと言ってもいいため、仁は誰にも相談できず泣き寝入りでずっと耐え続けた。
仁にとって剣道の試合で親に叱られずに済むのは全試合に勝利することが絶対条件だった。引き分けも許されず、1回戦で負けようものなら地獄のような状況が待っていた。以前一度だけ怪我から復帰したばかりの試合で1回戦に負けたことがあった。そのときの父親は試合会場の中にいるにもかかわらず防具を被っている仁を立たせたまま無理やり防具を脱がせて床に防具を投げ捨てて仁の顔を往復ビンタした。周りに人がいるにもかかわらずだ。会場にはその様子が原因で間違いなかっただろう。急に不穏な空気が流れた。父親は仁を厳しく叱った後、負けた罰として今日の昼食と夕食を抜きにして、長時間正座で他人の試合を見て勉強するように強要した。仁にとって特に父親は「鬼」のように思えた。鬼は怒るまでは大人しく静かなものだが怒り出すともう手がつけられない。母親は父親ほど厳しくはなかったが父親の「恐怖教育」には手を出さなかった。
仁を助けてくれる人は誰1人として身近にいなかった。どうにか暴力を振るわれずにするために仁は満足に遊ぶことも勉強することもせずにひたすら剣道をやってきた。それしか方法がなかったとはいえ、とても辛いものだった。この「おかげ」という表現でいいかわからないが、早い段階で大人顔負けの経験値を身につけることができた。そうしなければ「鬼」に何をされるかわからない、「鬼」の言うことは絶対、死ねと言われれば死ぬ、そんな勢いだったと思わざるを得ないほど仁は恐怖によって支配されていた。生きるために仕方なく剣道を続ける、泣きながら竹刀を振り続ける、試合に勝っても喜ばない、自分の命がこれで繋がった、一安心できる。これが仁の日常だった。
しかしあの事故がきっかけでその状況が一気に変わった。親は仁の右足を見て、警察官になるのは無理だと瞬時に察した。今まで剣道ばかりさせて警察官以外の選択肢を与えてやることをしなかったためか、ここにきて今までの「鬼」とは違い、人が替わったかのように、初めて仁を責めることはせず自分たちを責めたのだった。もっといろいろなことを仁に教えるべきだったと。
仁は鬼のような親があまりにも変わった様子に動揺すらもしなかった。それはなぜかというと親が最初病院に来たとき医者や看護師にあいつは剣道を続けることができるのか、試合に出場して今までと同様の結果を残すことができるのかと聞いた。「大丈夫」「息子は無事ですか?」という言葉ではなく剣道をさせることで頭がいっぱいだった。医者と看護師は無事ですよと説明するも親は「それはどうでもいい、剣道ができるのかと聞いている」と言い、医者と看護師を怒らせてしまった。「あなたは親なのか、子供を育てる親として子供の無事を考えるのが普通だ、剣道がなんですか、場合によっては死んでいたかもしれないというのに」と親はしばらくの間説教をされていたのを仁は別の看護師から聞いていたからだ。
事故による怪我で入院中の仁に今までの行為を謝ったが仁は一時的に体から魂が抜けたかのように感情がなくなっており、親の言葉に反応することはしなかった。無理もないだろう。今までずっと剣道ばかりやってきたのに不慮の事故という一瞬の出来事で全てが無駄になってしまった現実を受け入れるのは難しい。
親は仁との間に深い溝ができてしまったと感じたのだった。治療が終わり、退院後も仁に謝ったが仁は頷くだけだった。通院も終わった後に事故の加害者から慰謝料として受け取った多額の金を全額仁に好きなだけ使っていいと渡したが、仁は顔色一つ変えず金を受け取るほど感情がなくなっており、親との関係に完全に深い溝ができてしまった。
次第に親は仁と距離を置くことにした。今の自分たちには仁を助けることはできない。時間が解決することもあるだろうと思い、意図的に一緒にいる時間を少なくした。一応会話はするが挨拶と同じように同じ言葉を毎日言うだけだった。おはよう、ご飯ができたよ、風呂に入るかなどと典型的なものだ。
仁は過去を振り返るのを終えて、ご飯を食べ終わり、自分の部屋に戻った。座布団の上に座り、自分の右足を上にしてあぐらをかく。
「一生右足はこのままなのだろうか。右足の状態はいつになっても変わらない。力は入らず、痛みはよく出るし・・・。ハァ~、しんどい」
ため息をつき、弱音を吐いた。
「テレビでも観て、寝る時間になったら寝るか」
部屋にあるテレビをつけて、寝る時間まで適当な番組を観て、風呂に入って寝た。
翌朝
「さてと、そろそろ図書館に行くか」
食事を済ませ、身支度をして出かけた。
「図書館に着いたけど公演時間まで1時間か」
早く着きすぎたとタオルで汗を拭きながら図書館の前で時計を見た。
「特に家でやることがないから早く出たけど早すぎた。時間になるまで図書館の中で時間をつぶすか」
図書館の中に入り、周りを見渡した。
「(あれ? あの女性だ)」
周囲を見渡しながら図書館内を歩いていると神社で出会った女性を見つけた。
「(講演会の準備をしているのか。周りに人がいないけど1人でやっているのか)」
女性は左手でパイプ椅子を用意したり、飾りをつけていた。
「(右腕が使えないのは同じ職場の人なら知っているはずだがなぜ1人でやらしているのか)」
仁は少し様子を見ていたが、周りに人はおらず手伝う人がいないのが判断したらすぐに女性の元に行き、手伝うことにした。
「おはようございます」
「えっ? あっ、おはようございます」
「1人では大変でしょ? 手伝いますよ」
女性が左手で持っているパイプ椅子を運んだ。
「大丈夫ですよ。お客さんにご迷惑をかけるわけには・・・」
「右腕、使えないですよね。頼れる人がいたら頼ってもいいですよ」
「え?」
「俺は腕ではなく、足に障害があるから似たような人を見ると気になってしまいまして、他人に迷惑を掛けたくない気持ちはわかりますが俺は勝手にやっているだけなので大丈夫ですよ」
「あ、はい・・・、ありがとうございます」
女性は少し驚いたが忙しかったこともあり、特に何も言わずに一緒に作業をした。
「手伝っていただきありがとうございます。おかげで早く終わりました」
「いいですよ、勝手に俺がやっただけですよ。1人では大変だったでしょ」
「これが仕事ですので」
顔色を変えず、無表情で言った。
「え~、そろそろ公演時間ですね。ではこれで失礼します」
淡々と返事をするだけだったので会話をすることを拒否されているのかと思い、すぐにその場を去ろうとすると女性が声を掛けてきた。
「あのう、これで助けて下さったのは2回目ですね。神社の時と今回で。助けてもらうばかりだと私が嫌なのでよろしければお礼がしたいのですが講演会が終わった後に予定とかありますか?」
「えっ?」
仁はまさか向こうから誘いがあるとは思いもしなかったのでびっくりした。
「私が勝手にやりたいだけですよ。(ニコッ)」
さっきの言い返しだろう。女性の顔は笑顔だった。
「まあ・・予定はないので俺でよければ」
女性とのきっかけを作り、会話がしたかったという思いもあり、急な誘いに驚いて少し間があったが返事をした。
「それではまた後で」
予定の時間になり、講演会が始まった。
「私は幼少期からバスケットボールに人生を捧げてきたが事故にあってしまい、その後の人生が大きく変わった。その前までに思い描いていた将来像とは全く違うものになったが事故がなければ出会うことがなかった人たちから多くのことを学んだ。世の中には自分のように怪我でスポーツを断念する人、諦めきれずに障害を持ったままスポーツを続ける人、続けても障害という大きなハンデにくじけてやはり断念する人、私は身近で多く見てきました。車いすバスケットボールでも仲間たちが断念するのをこの目で直接見たこともあります。決して楽な道ではありません。はっきり言いますと茨の道です」
「しかし厳しい道でも自分の心に強い思いがあれば絶対に乗り越えられます。私には大好きなバスケットボールをずっと続けていきたい、選手としてまたはコーチ、監督としてずっとバスケットボールに関わっていきたいと考えています。皆さんはどうですか。この講演会に来るということは何か思うところがあるのではないでしょうか。続けたいものがある、でも身体的理由で続けていくのが難しいなど、ここでは敢えてはっきり言います。気持ちがあるなら続けるべきです。その結果がどうであれ心残りはなくなるはずです。やりきったのか、これからも続けていくのか、白黒はっきりします。皆さん、人生は波乱万丈、自分の前に高い壁はいくつもあります。どの壁をのぼろうか悩むくらいならまずは自分の目の前にある壁をのぼるところから考えませんか」
真中さんの講演はビデオ資料を用いたり、参加者にわかりやすく説明していた。
仁は真中さんの言葉が心に響かず、どこか不満げな様子だ。
「(考え方がそもそも違う。かなりのポジティブ思考を持っている。真中さんは説明の中で普通では全く体験することができない経験をすることができた。事故がなければ障害について考えることは絶対になかっただろうし、障害を通して新しい出会いに巡りあえることもなかっただろうと・・言ってはいるがどこか無理をしている気がする。)」
仁は講演を聞きながら真中さんがどういう人物なのか考えていた。
「(無理やりポジティブに考えている気がしてならない。おそらく心の中に本音は閉まっているのではないか。そう思えてしまう。心残りは確実にある。自分に無理だと諦めさせて物事を割り切って別のことを考えることによって忘れようとしているか、今の出会い、今の環境が自分にとって良いものだととらえて、過去を振り返らないようにしているかもしれない)」
捉え方は人それぞれだが仁の考えは少し人とは違っていた。
「(今は笑顔で振る舞っているが事故が起きた当初は現実を受け入れることができずに今の自分のように抵抗し続けたか、涙を流し続けたに違いない。なぜ・・なぜなんだ、俺はバスケットボールにだけ人生を捧げてきたのになんでこんな仕打ちを俺が受けるんだ。俺が何か悪いことをしたのかと・・・)」
どこか未来の自分を見ているかのように見えたのだろう。
「(まあ・・俺の場合は親に逆らうことができずに嫌々に剣道を続けてきたけど・・・。しかし、いつまでも今の状況では何も始まらない、変えなければならないか。今の自分を受け入れるしかないのか。あるいは茨の道を・・・)」
そう考えているうちに講演会は終了の時間になった。
「・・・」
終わった後も講演の内容に納得がいかなかったのか席に座ったまま不満そうな表情をしている。講演会に来た人たちと握手やサインといったサービスが終わった真中さんはずっと椅子に座っている自分に気づき、近寄って声を掛けた。
「君は今の人生に満足しているか」
真中さんの言葉に少し考えてから言う。
「今の段階では満足はしていません」
「そうか、表情を見る限り、私の講演は納得がいってないように見えるね」
「あなたを見ていると未来の自分を想像しました。現実を受け入れているようで実は心の中に本音をしまっている。受け入れなければならない、受け入れなければ前に進むことはできないのだから、仕方ない。そう思っているように見えました」
真中さんはびっくりしたのか口があいたまま動きが少し止まった。
「幼い頃から剣道をやっていまして、相手の行動から相手の思考を予測することばかりしてきました。おそらくこれのせいでしょう。真中さんの心の中が見えた気がします」
「面白いね、君は」
「褒めている・・わけではないですね」
「そうだ。しかしそこまでわかっているならあえて言葉はかけない。今後どうしたらいいかは知っているだろう。選択肢は2つだ。君の健闘を祈る」
真中さんはその後、会場の外に出た。
「(やはり未来の自分になりそうだ。障害を受け入れて新しい人生をいく・・か、俺はそうはなりたくない、多少ひねくれていると言われればそうだが今までの人生を振り返れば正直・・ポジティブとか出会うはずのなかった人たちとの交流とか全く興味がない。親のいうことは絶対に守らなければ生きていくことができなかったと常に思っていた俺には・・・。真中さんには申し訳ないが。しかし俺には目標がない。アスリートを目指しているなら真中さんと同じ道のりがいいかもしれないが俺にはわからない)」
ひとりごとを言っていると「あのう~、講演会が終わったのですがさっき言ったこと忘れてませんよね?」と女性が声を掛けてきた。
「ん? あっ、はい。考え事をしていました。すみません、待たせていましたね」
「いいですよ。急にお誘いしたのは私なので。それと行くところですが私の行きつけの喫茶店でいいですか?」
「いいですけど、気になっているのですがなぜ自分と?」
「あなたは私と同じような障害を持っているのでお話を聞かせてもらえればと。後は・・良い人に見えましたのでよろしければお友達になれればと思いまして・・・」
顔を斜め下に向けて赤面になりながら答えた。
「良い人ですか、ありがとうございます。自分でよければいいですよ(可愛い人だな~)。ここでは話はしにくいので喫茶店に行きましょうか」
「はい」
2人はその後、一緒に喫茶店に向かった。
「カランコロン」
喫茶店のドアについてある鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
おじさんとおばさんの2人がカウンター越しにいた。
「昔ながらの喫茶店って感じかな」
「ここは昔から夫婦2人で経営する喫茶店だからね」
女性は笑顔で答える。
「なるほど」
「こっちの席に座ろう。いつも私が座っている席なの」
「そうですか、では自分も」
カウンター席に近い4人掛けの席に座り、とりあえずコーヒーを注文した。
「苦いのが好きなの?」
「コーヒーを飲み過ぎて味に慣れただけなので飲めるという程度です」
「プッ、なにそれ。変なの」
特に面白いことを言ったわけではないが笑っている。
「そういえば自己紹介がまだでしたね」
「確かにそうね」
「では改まって、俺は上代 仁。18歳です。高校3年生です」
「年下か~。私は小豆沢 祈。19歳です。図書館で働いています」
「年齢に差がないですね。年上だとは思っていましたが」
「私はあなたの立ち振る舞いから年上だと思っていたけど年下だったのね」
「老けて見られるのはいつものことなので仕方ないです」
話していると注文したコーヒーと小豆沢さんが注文した紅茶がきた。
「小豆沢さんは話がしたいと言っていましたね」
コーヒーを飲みながら仁は聞いた。
「そうね。私の周りには同じ境遇の人は滅多にいないから同じ境遇の人がいたらどうなるのだろうと思ってね。テレビやインターネットで同じ境遇の人はお互いの気持ちを分かり合えるっていう情報をみつけたから」
「なるほど。俺は去年の交通事故で今の状態になったので辛いことをたくさん経験しているわけではないので多くは語ることはできませんが」
嫌な出来事だったため顔を下に向けて言った。
「上代君も交通事故なのね」
「小豆沢さんも交通事故ですか?」
「ええ、一昨年の7月だったかな。車と衝突して大怪我を負って右腕に重い後遺症が残ったわ」
祈は左手で自分の右腕を軽く触った。
「俺はバイクと衝突して大怪我を負い、右足に重い後遺症が残りました」
「そうなの・・、私の右腕は動かすと激痛がするから動かしてないけど上代君は?」
「俺は右足に力がほとんど入らず、後遺症が出ることがよくあります」
「お互い大変ね。ちなみに事故をする前はスポーツとかやっていた?」
「剣道をやっていました。今となっては自慢にすらなりませんがかなり強かったです。去年の全国大会で優勝しました」
祈は驚いたのか紅茶を飲もうとしたが動きを止めた。
「どうしましたか?」
「驚いた。実は私も剣道をやっていてね。実力はあなたと同じで2年生のときに全国大会で優勝したわ」
「え!?」
「・・・」
お互いに声が出なかった。剣道の経験があり、全国大会で優勝、怪我、交通事故と全く同じ境遇だったことに驚き、何を話そうかと考えていた。この空気に耐えられなかったのか先に仁が話しかけた。
「小豆沢さんは・・事故が無ければその後はどうされていましたか」
「私は・・警察官になりたかったわ・・・」
突然涙があふれてきたのだろう。涙を流しながらそう言った。
「す、すみません。大丈夫ですか」
持っていたハンカチを渡した。
「ありがとう」
ハンカチを受け取り、涙を拭いた。
「上代君は事故が無かったらどうしようとしていたの?」
「小豆沢さんと同じです。高校を卒業して警察官になろうと思っていました」
仁は涙を流すことはなかった。今までに、1人でいるときに何度も涙を流しただけにこの辛い気持ちに身体が慣れてしまったのか、もう涙を流すことはなかった。
「同じ境遇の人となら分かり合えることがあるって言うけどこれは・・もう似た者同士ね」
涙を拭きながら笑った。
「確かにそうですね」
仁も笑った。
「似た者同士か・・、ところで小豆沢さんはなぜ図書館で働いているのですか?」
「それは私の親戚のおじさんが事故で右腕を動かすことができなくなり、警察官になるという目標を失い、何をやりたいのか全く分からなかった私の手助けができればと思って、やりたいことが見つかるまで図書館で働かないかと誘ってくれたのがきっかけよ」
「そうなんですね」
「でもコネで雇ったものだから一緒に働いている方たちは私のことをよく思ってないみたいで仲間外れにされているわ」
余程辛いのか顔を下に向けた。
「おじさんには伝えたのですか?」
「雇ってもらったばかりだからなかなか伝えることができなくて」
「確かにそうですね。ならしばらくしたら伝えますか?」
「そうしようと思う。でも悪口とかは言われてないし、1人で作業をさせられるだけだから今のところは大丈夫かな」
「右腕が使えなくても大丈夫なんですか?」
「怪我をしたらさすがにまずいと思われているのか片手だけでは無理な作業はさせられてない」
「そうですか」
「ところで上代君は今後どうするの?」
「大学に行こうと思いますがやることが見つからなくて困っています。警察官になりたいという自分がまだ心の中にいるので苦労しています。忘れようとしていますが警察官やパトカー、警察という言葉や文字を聞いたり、みるたびに自分は警察官になりたいけどこの足ではなれないという現実を思い出してしまいます。かなり辛いです」
表向きは警察官になりたいとは言ってはいるがこれは親の影響がかなり大きい。親への憧れではなく親からの必要以上の干渉(理不尽な教育)があり、自分は絶対に警察官にならないといけないと感じているからだ。剣道が出来なくなった今も今までに親が自分にしてきたことが頭から体から離れない。
「私もその気持ちを捨てることができずに苦労しているわ。でも仕方なかった。この右腕では・・・」
「そう・・ですよね。障害が残っているなら無理なのは目に見えていますし」
「何か他にやりたいことはないの?」
「特に見つかってないですね」
「右足はもう回復することはないの?」
「医者には手術しても無理だろうと言われました」
「医者が無理だと言っていても頑張れば今の状態よりは改善する可能性もあるよ」
その言葉に仁は無理だろうと諦めている顔をした。
「何度も悪あがきしましたけど痛みがでる一方でした」
「状態が改善するには時間が必要だよ。焦ってきついリハビリばかりやっていたら効果がないどころか悪化することもあるから上手くやらないと」
「そうですか・・、警察官は無理だけどそれ以外にやりたいことがみつかれば時間をかけてリハビリもいいと思うけど・・・。どうしても早く治したいという思いばかりが強くて・・・」
「こればかりは仕方ないよ。早く今の状態をどうにかしたいって思うのは私もそうだったから、私も以前同じように焦ってしまって失敗したわ。人にいえる立場にないけど失敗から学ぶこともあるから次は失敗しないように気をつける。とりあえずはやりたいことをみつけるのが1番ね。私も今探している途中だわ」
「小豆沢さんも見つかっていませんか」
「ずっと剣道していたからなかなか見つからない」
「自分も同じです」
「どうしたものかな~って思いながら毎日を過ごしているだけかな、今は」
「自分は特には・・。悩んでいるだけ・・かな?」
この後も話は続いていくが時間も結構過ぎたため途中で切り上げて帰ることにした。
「ごめんね、話が途中だけど、あまり時間がなかったものだから」
「いいですよ、時間も遅いですし」
「あっ、連絡先を聞いてもいい?」
「いいですよ」
「よかったらまた一緒に話をしましょう」
「はい、お願いします」
連絡先を交換して2人は喫茶店を出て、家に帰った。
仁は家に帰っても相変らず1人だった。
「今日は2人ともいないのか、ん?台所に手紙がある。今日は家に帰れないとか?」
手紙をとって、内容を見た。
「2人そろって災害地に出張に行ってきます。帰るのは3日後になります・・か。まあ一時的な遠出なら仕事上あるだろうし、いつも通りか」
手紙を置いて、自分の部屋に戻り、着替えを済ませて夕食は簡単なものを作って食べた。
「連絡先を交換したけど特に話すことはないし、ん~、何を話したらいいのか」
少しの時間、目を瞑って考えるも全く思い浮かばなかった。
「まあ・・いいや、とりあえず寝るか」
時間も遅いので考えている間ずっと手に持っていたスマートフォンを充電器にさして寝ることにした。
次の朝
「今日は日曜日か、いい天気だ。一般の高校3年生なら受験勉強でもするのだろうが、俺の場合は・・どうしたものか・・・、ハァ~」
いつものことだが将来のことを考えると目標がなくなってしまっているため勉強する気にならず、ため息をついた。
日曜日でも図書館は開いているから今日は仕事かも。昨日の今日で連絡はしないほうがいいか。そういえばあの喫茶店のことを詳しく知っていたけど昔から夫婦でやっているとか、もしかしたら小豆沢さんのことをよく知っているのかもしれない。一度行ってみるか」
仁はくつろぎながらスマートフォンを眺めるのをやめて服を着替え、喫茶店に行くことにした。
「カランコロン」
喫茶店のドアについてある鈴がなった。
「いらっしゃいませ」
今日も2人で経営していた。
「えーと、サンドイッチとコーヒーをお願いします」
今日はカウンター席に座り、メニューを頼んだ。
「あいよ」
おばあさんが返事をした。
「祈さんとは一緒ではないのですね」
カウンター席の前でコーヒーの準備をしながらおじさんが話しかけてきた。
「そうですね。もしかしておじさんって小豆沢さんとは長い付き合いだったりしますか?」
「ええ、祈さんはよくこの喫茶店に来ていますので」
「なるほど、よく来ているってことは好きなメニューでもあるのですか?」
仁はメニューの紙を眺める。
「特にこれが好きと言うのはありませんね」
「そうですか、ではなぜ小豆沢さんはここの喫茶店によく来ているのですか?」
おじさんはコーヒーを作り終えて、仁の前に置いてから少し気まずそうに言葉を続ける。
「祈さんはかわいそうな子でね。ちなみにですが、祈さんの事情は知っていますか?」
「はい、怪我のことでしたら・・」
事情というのがどのことかわからなかったため怪我のことだけを言った。
「なら話しても大丈夫ですね。祈さんの右腕のことは聞きましたが現実を受け入れることができずにずっと苦しんでいました。この喫茶店に初めて来たときも暗い表情でいることが多くて心配でしたので私はいいました。「辛いことがあったら我慢しなくてもいいよ。泣きたくなったら気が済むまで泣くといい。それですっきりすることもあるよ」と。そうしたら急に大泣きしてね、私はびっくりしたけど泣き止むまで待ちました。そして「辛いことがあったらいつでも来るといい、私たち夫婦でよければ話し相手になるよ」と」
おじさんは悲しそうな顔をしながら話を続ける。
「それから祈さんはここに来ては悩み事を相談したり、辛いことがあったのか涙を流すこともよくありました」
「そう・・ですか、まあ・・小豆沢さんもいろいろ大変だったのですね」
仁はおじさんの話を聞いて特に言葉が思い浮かばず、適当な言葉を選んだ。
「ところで今日は祈さんのことを聞きたくて来たのですね」
おじさんにはお見通しのようだ。
「はい、その通りです」
「祈さんが男性を連れてここに来るのは初めてです。見たところ恋人同士というわけではないようなので何か理由があったのではないかと思いました」
このおじさんには全てが見透かされているかのようだ。
「小豆沢さんとは同じ境遇・・というよりは似た者同士と言った方がいいですね」
「そう言いますと?」
仁の言葉におじさんはよくわからなかった。
「説明なしではわかりませんね。すみません。小豆沢さんは右腕、俺は右足を事故で大怪我を負ってしまい、重い後遺症が残りました。おそらく小豆沢さんは沢山苦しんで悩み続けて前に進み続けているのではないかと思います。しかし俺は右足を大怪我して目標を失ってからずっと前に進むことができずに止まっています。小豆沢さんが以前から苦しみ、悩み続けている真最中に俺もいます」
あまり他人に言うようなことではないのか徐々に仁は顔を下に下がっている。
「そうですか、そういう意味で同じ境遇と。では似た者同士というのは」
「お互いに事故に遭うまで剣道をやっていて、全国大会で優勝経験があり、将来の目標が警察官だということでした」
「確かに似た者同士ですね」
「はい・・・(本心から警察官になりたいわけではないけど頭から親のことが離れられない)」
「注文したサンドイッチ出来ましたよ。ごゆっくりどうぞ」
おばさんが作ってくれて、カウンター越しに置いてくれた。
「ありがとうございます」
「とりあえず食べて下さい。おいしいですよ。辛いことは美味しいものを食べれば忘れますよ」
「はい・・・(忘れるか・・・、今までも忘れようとしたが無理だったが)」
サンドイッチを1つ、2つと食べた。
「祈さんは去年の冬頃からこの喫茶店に来るようになりまして、先程言ったのですがよく弱音を吐いていました。まだ高校生の女の子が突然右腕を失ったも同然の状況に陥ってしまったのですから」
「そう・・ですか」
「けれど私たちには話を聞くことしかできませんでした。おそらく祈さんは心の中に自分の気持ちをしまいこんで、今の人生を頑張って生きていると思います。こんな年寄りでは祈さんを救うことはできませんでした」
「話を聞くだけでもいいと思いますよ。小豆沢さんの家庭の事情はわかりませんが俺の場合は両親が俺に負い目を感じたのか事故にあってから顔を極力みせることはせず、会話の量も極端に減りました。俺にとっては嫌な親であったのでそれはそれでよかったのですが。まあ、こんな状態の奴に何と声を掛ければいいのか誰にも分からない、本人にさえわからない。俺はこの先どうしたらいいのかわからずにずっと悩み続けています。だからというわけではないですが苦しんでいる小豆沢さんのそばに一緒にいたり、話を聞いたりするだけでも十分ですよ」
「そう言われると嬉しいです。祈さんの力に少しでもなれたのであれば」
おじさんは泣きそうな顔をしている。
「おじさんが泣いたら駄目ですよ。小豆沢さんには笑顔を見せないと」
「これは恥ずかしいところを見せてしまいました。すみません。」
おじさんはハンカチで顔を拭いた。
「(おいおい、なんだこれは。こっちが小豆沢さんのことを聞こうと思って喫茶店に来たのにおじさんが泣いているぞ・・・)」
「仁さんはしっかりしていますね。祈さんはずっと泣いていたのに仁さんは平気な様子をしています。とても強い心の持ち主なのですか?」
「いや、特にそういうわけでは・・・(あの親と一緒に暮らしていてずっと泣かされていたから余程のことがない限りは絶対に弱いところを見せなくなっただけ・・なんて言えないか)」
「そうですか、あっ、話がとんでしまいましたが祈さんのことを知りたかったのですね」
「え、ええ、そうです」
「祈さんは今でも悩み続けて喫茶店で弱音を吐いたりしていますので今も苦しいのだと思います。この苦しみを取り除くことできればいいのですが。右腕があの状態では昔の目標を達成させる手助けはできませんし、楽しいことで悩みを忘れさせる、または無くさせることがいいかもしれませんね。次の目標を作るというのもいいですが・・なにせ私たち年寄りでは難しいでしょう」
最後の言葉は苦笑いしながら言った。
「楽しいこと・・・か、恋人とかはいないのですか?」
「おそらくいないと思います」
「そうですか(彼女と関わることが俺の悩みを解決するきっかけにもなるかもしれないし、俺と一緒でもいいと言ってくれれば遊びにでも行こうかな。ん~、女性と遊んだことがないからどうしたものか・・・)」
仁はおじさんの視線が気になっておじさんを見るとなぜか笑顔だった。
「どうしました?」
「祈さんのことを・・どうか頼みます」
まるで親が娘のことを頼むと言うような感じで仁に言った。
「は、はい。できることをやってみます(なんか気まずい。親に自分の娘のことを頼んだぞと言われたようだ)」
おじさんの言葉に少し引き気味に返事をした。
仁はその後、祈と出かけるきっかけとして食事に誘うためにおじさんとおばさんから祈の好きな食べ物を聞いて、喫茶店を出た。
「今日は仕事なのかわからないけどメールをしてみよう」
スマートフォンを取り出して、メールを打つ。
「(空いている時間がありましたら今度一緒に食事でもどうですか?)」
メールを送信した。
「すぐに返事は来ないだろう」
スマートフォンの画面を見ながらそう思いながらバッグの中に入れようとすると
「ピロリン」
メールの受信音が鳴った。
「はやっ」
驚きながらスマートフォンの受信メールを見る。
「(もしかしてデートのお誘い? 今日は休みだから夕方に会う?)今日は休みなのか、えーと夕方からか、両親は出張だから気にしなくていいな・・ん?」
文面が気になったのか少し間が空いた。
「もしかしてデートのお誘い? そんな関係じゃないのに、からかっているのかな~。小豆沢さんのことは全然わからないから話していけばそのうちわかってくるか、俺をからかって楽しむ人でなければいいが」
そう願いながらメールを打つ。
「(それでは5時に駅で待ち合わせで)」
送信するとすぐに返事が返ってくる。
「(はい。楽しみにしているね)」
返事を見て、仁は家に帰った。
「おじさんから聞いた話だと小豆沢さんが好きな食べ物はお好み焼きか、それなら広島風お好み焼きがいいかも、名古屋にも店舗があったはず。調べてみよう」
インターネットを使って店を探して予約をした。
「こっちが誘ったから小豆沢さんの分も払った方がいいのかな? いやいや、彼氏彼女の関係じゃないからいいよね。でも一応お金は多めに持っていくか」
いままで女性と関わることすらなかった仁にはどうしたらいいかわからなかった。
「よし、後は着ていく服だ。雑誌や服の専門店で見かける服を中心に買っているからどれでもいいか」
どれにしたらいいかわからなかったので1番好きな赤色の服を着ることにした。
「後は時間が来るまで待つだけだ」
準備が終わり、待ち合わせの時間までに行くように家を出た。
「さすがに早く着きすぎたか」
5時に駅で待ち合わせだったが腕時計を見ると4時20分だった。
「初めて女性と食事をするから緊張してしまって早く家を出すぎた」
少し気を落として前かがみになった。
「仕方ない。時間になるまで駅内のベンチに座っているか」
駅内に移動してベンチのところに移動するとみたことがある女性が座っている。
「ん? どこかで見たことがあるぞ」
その女性は白い帽子をかぶっていてはっきりとはわからなかったため近くまで行った。
「あっ、小豆沢さん!?」
スマートフォンの画面を見ていた祈が顔を上げた。
「え? 上代君!?」
お互いに驚いた。まだ待ち合わせの時間まで30分以上はあるのにもう駅にいるのだから。
「随分早い到着ですね」
「え、ええ。上代君も」
「・・・」
お互いに話が続こうとしない。
「(メールではもしかしてデートのお誘い?とか書いてあったからこういうのには慣れているのかと思ったらそうではなかったりして)」
「(私の方が年上だから話をリードしていかないといけないのかしら。私はいままでこういうことは一度もなかったからどうしたらいいかわからない)」
2人とも剣道一筋だったので意外とピュアだった。
「(何か話さないとまずいな・・・えーっと)小豆沢さんの服、綺麗ですね」
よくわからないがテレビではまず女性の服装を褒めるのがいいとあったから仁はそのまま用いた。
「そ、そう。私は赤色が好きだからこの服にしたのだけど綺麗と言われて嬉しいわ」
祈の顔は赤くなっている。
「上代君も赤色の服なのね」
「俺も赤色が好きだから」
「・・・」
2人とも少し間が空いた。
「プッ」
「ハハハ」
「好きな色まで同じなのね」
「はい、好きな色まで似ているとか面白いですね」
さっきまで何を言おうか悩んでいたのが何だったのかと思うほど2人は緊張がほぐれて笑っている。
「あー、緊張していたのが急に吹っ切れました」
「私も緊張してたけど吹っ切れたわ。初めての食事だから緊張していたけどその必要はいらないね」
「そうですね」
「もう少し電車の時間まであるけどどうする?」
「駅のホームまで行って待ちましょうか。ここで話すのもいいですけど乗り遅れたら早く来た意味がないので」
「確かにそうね」
2人は駅のホームまで移動した。
「今日はどこに行くの?」
祈は仁の顔を下から眺めるような体勢で聞いた。
「広島風お好み焼きの店です。名古屋にもありましたので」
「私の好きな食べ物を知っていたの?」
「喫茶店のおじさんに小豆沢さんのことをいろいろ聞きましたので」
「えっ、どこまで聞いたの!?」
食べ物よりおじさんから聞いたことが気になるようだ。
「まあいろいろと」
仁は適当に流そうとする。
「ねえ、具体的に教えて」
おじさんが何を言ったのか凄く気になる様子だ。
「小豆沢さんが喫茶店でずっと弱音を吐いたとかですかね」
「え? そんなことを言ったの、おじさんは。恥ずかしいから他人には言ってほしくなかったのに・・今度おじさんに会ったら文句を言ってやる!」
左手を握りしめて怒っている。
「まあまあ、おじさんに聞いたのは俺ですから」
「そうだ、この野郎め!お詫びに食後のデザートを奢りなさい」
「デザートですね。いいですよ」
「え? いいの」
祈の目が点になっている。
「どうしました。困った反応をした方がよかったですか」
「歳下の癖に生意気なこと言うな」
左足で仁の左足を蹴った。
「イタッ」
「急に蹴らないで下さいよ」
「上代君ならそれくらい痛くないでしょ」
「痛くないなら蹴ってもいいことにはなりませんよ」
「はいはい、ごめんね~」
心が全く篭ってない謝罪だった。
「(やっぱりからかうのが好きなのだろうか。まあ楽しそうだからいいかもしれないな)」
「あっ、電車が来るよ」
電車が近づいてきた。
「では行きましょうか」
「はい」
2人とも律儀に電車内では会話をほとんどしなかった。剣道をずっとやってきたということもあり、ルールはしっかり守っているようだ。喋ったのは祈が仁に降りる駅を聞いただけだった。
「さあ降りるよ」
目的の駅に着いた。
「名古屋の中心部だけあって人が多い」
「そうね。何度か来たことはあるけど相変わらずって感じ」
「あと少しで店の予約時間になるから行きますか」
「うん」
目的のお好み焼き店にたどり着き、席に座った。
「お好み焼きを焼くのは上手だったりする?」
「滅多に食べないから下手・・かな?」
微妙な顔をしながら答えた。
「ならやってみよう、失敗したらしたで面白いから」
「面白いのか・・」
祈の笑顔を見て、苦笑いする仁だった。注文が終わり、少しして注文の品が届いた。
「よし」
仁は鉄板の上に具材が均等になるように入れた。
「上手上手」
「は、はぁ・・(ただ鉄板の上に入れているだけなのに馬鹿にされている気がする)」
そう思いながらもいい感じに焼き上がるのを待った。
「じゃあ私も」
手慣れた手つきで鉄板の上に入れた。
「言うだけあって動きが早いね」
「上代君に褒められてもね~」
「下手だからってそう言わなくても」
「はいはい、そろそろひっくり返さないと」
「そろそろか・・えーっとこうだな。よっと」
ひっくり返そうとするも具材が崩れてしまい、綺麗な形にはならなかった。
「まあ・・美味しかったらいいか」
失敗したけど開き直る仁。
「フッ」
予想通りにいって面白かったのか祈は笑った。
「やっぱり失敗した」
「そんなに面白い?」
「面白い」
「ちくしょー」
「ハハハ」
「私もそろそろか、よっと」
祈は綺麗にひっくり返すことが出来た。
「フフーン」
得意げな顔をして仁をみた。
「はいはい、お上手ですねー」
よそ見しながら適当に答えた。
「人が自慢しているんだからこっちを見なさいよ!」
仁の右の頬を左手で掴み、こっちを向かせた。
「痛いです。わかりました」
「わかったらいいのよ」
終始祈のペースで話が進んだ。そして両面を焼き終わり、食べ始めた。
「んー、ここのお好み焼きもおいしい」
祈は自分の好きな食べ物というだけあり、美味しそうに食べている。
「小豆沢さん、聞きたいことがあるのですがいいですか」
「ん?・・いいけど?」
「小豆沢さんって・・今後やりたいことありますか?」
「・・・」
「無いと言うのは駄目です」
「・・・」
祈は沈黙が続いた。
「俺はこの足では警察官になることは厳しいので諦めました。でもそれ以外にこれがやりたいってことが全く思いつかない。同じ辛さを味わった小豆沢さんなら何かやりたいことをみつけるきっかけがあるのではないかと思いました」
仁は自分の思いを告げた。沈黙が続いた祈だったが口を開けた。
「私は・・まだやりたいことはみつかってないわ。事故をして右腕に重い後遺症が残ってから自分が心の底からやりたいと思うことはまだ。今は生きるためには金を稼がないといけないから仕方なく図書館で働いて生きているって感じね」
「そうですか。時間が経ってもお互いにやりたいと思うことはみつからず事故が起きたところで自分の目標は失ってしまったと・・・」
仁は祈から何かヒントを貰えたらと思ったがやはり無理だった。
「そうね。警察官になることは諦めたけど、その先に進むことができない。ずっと剣道をしていたからなのか、それ以外のことは全くしなかったから・・・」
見るからに辛そうな表情をしている。
「俺も同じですね・・・」
2人はお好み焼きを食べていたが食べる手を止めた。
「何度か無謀だと思いながら考えたことがあります」
少しの間、沈黙が続いたが仁が話しかける。
「何を?」
「それは・・もう一度剣道をすることです」
「え?」
祈は唖然としている。
「いや、無理だよ。私も上代君もこの体じゃ無理だよ」
祈は自分の右腕を左手で触りながら言った。
「無理なのは承知です。でもずっとあれから前に進むことができずにずっと立ち止まっているんです。何かをしないといけません。何かを・・・」
「・・それが剣道なのね。私たちはずっと剣道をしてきたから、それ以外はしなかったから・・・」
重い空気が2人の間に流れる。
この2人は親の教育の方法が違う以外は全く同じ人生を送っている。勝つことに執着して友達と遊ぶ、恋愛をするといったことは剣道をするのに邪魔だと考えていたため全くしてこなかった。仁の場合は勝つことが親に怒られない方法であり、祈は勝てば親に褒められる方法であったため捉え方は違うが。
「1人だったら途中で必ず諦めてしまうでしょう。でも今は2人です。2人で励まし合いながらやれば途中で投げ出すことは1人でやるときよりは少ないと思います。痛みがでて、諦めようとしてももう一人が励まして一緒に頑張っていけばなんとかなると思います。無謀なのはわかっていますがやらないよりはいいです。あのときからずっと自分たちは止まったままです。いつまでも止まったままではこれからもずっと1人で苦しみ続けるだけです。俺はこんな状態が嫌で仕方ないです。小豆沢さんもそうでしょう?自分たちは生きているのですから。そう思いませんか?」
「確かにその通りだけど、かなりの激痛に耐えないといけないことになるね。途中で投げ出すことはたくさんあるでしょう。2人で喧嘩することもあるかもしれない。上代君はそれでもやるの?」
「はい。もうこんなつまらない人生なんて嫌です。一緒に前に進みましょう」
仁は手を祈の方に出す。
「何度か考えたことはある。悪あがきしてすぐに無理だと感じて諦めたけど今は同じ境遇の上代君がいる。何回くじけても2人で支え合って一緒に剣道を続ければきっといい方向に行くと思う」
祈も手を出して握手をした。
「よろしくね、途中で弱音を吐いたら思い切りビンタするから覚悟しといてね♪」
「が、頑張ります。こちらこそよろしくお願いします」
「お好み焼きおいしかったね」
2人はお好み焼きを食べ終わり、帰りの電車を待っていた。
「そうですね」
「そうですねって話が続かないよ。続けるようなこと言ってよ」
「そう言われても、ん~」
「そんなに難しく考えなくてもね。例えば一発芸やるとか」
「それ絶対スベるやつですよね。しませんからね、絶対」
「まあ~上代君がやってもつまらないだろうからしなくていいよ」
「わかっているなら言わないで下さいよ」
「フフフ、そういうキャラにはみえないし、ちょっとからかっただけ」
「まったくもう~」
「はいはい、気を取り直して違う話をしよう」
祈は両手を軽く叩いた。
「えーと、俺たちは剣道をもう一度始めることにしましたけど、いきなり剣道はできないのでまずはリハビリですよね?」
「ま、まあそうだね」
「リハビリくらいなら1人でもできると思いますが一緒にしますか?」
仁の発言に祈は不愉快そうな顔をした。
「はぁ~」
「どうしました?」
「一緒にやっていくって決めたのにいきなり1人でやるのか!」
祈は仁の左足を蹴りながら言った。
「イタッ、た、確かにそうでした。すみません」
「フン、上代君のバカ!」
機嫌を損ねてしまった。
「あのう、小豆沢さん?」
「フーン」
本気で怒っているわけではないのはわかったが会話が続きそうになさそうだ。
「(どうしようかな~。あっ、そうだ)」
仁は駅内にある店に入った。
「小豆沢さん、さっき言っていたデザートを奢るのがまだでしたね。アイスクリームを買ってきましたのでよければどうぞ」
祈はじーっとこっちを見た。
「食べませんか? 食べないなら俺が食べますけど」
「私が食べる」
仁からアイスクリームを受け取って食べた。
「さっきはすみません。機嫌を悪くしてしまって」
軽く頭を下げた。
「別に機嫌は悪くないよ」
「ですよね」
下げた顔をすぐに上げた。
「上代君の反応を見たかっただけ」
「からかうの好きですか?」
「上代君をからかうの面白いからね。フフ」
祈は笑顔だったが仁は面倒な人だな~っと思っている顔をしている。
「あ、そうそう、リハビリのことなのだけどね」
「はい」
「明日は予定ある?」
「ありませんけど」
「なら温泉に行こう」
「え?」