フラれるのはいいことなんだ
自分の言葉に耳を傾けてらいたいなら、相手の言葉にも耳を傾けるべき。
僕はそう思ってる。そしてそれを教えてくれたのは、妻と美智果なんだ。
僕は妻の言葉に耳を傾けるようにしてた。そうすると妻も僕の言葉に耳を貸してくれた。美智果の言葉にも耳を傾けるようにしたら、美智果も僕の言葉に耳を貸してくれるようになった。
美智果が本当に赤ん坊の頃から、声を上げたり体を動かしたりして僕に何かを伝えようとしてたら、意味は分からなくても「なになに?。どうした?」って耳を傾ける姿勢を見せるようにしてきたんだ。美智果が僕の言うことに耳を貸してくれるのも、それを真似してくれてるだけだと思う。
それだけのことなんだ。それが実感できたから、僕は今そう思えてる。
もちろん、いくら言葉に耳を傾けてもダメな相手もいる。だけどそういう相手に話を聞いてもらおうとする必要もないんじゃないかな。たぶん、相性が悪いんだよ。そんな相手に執着してイライラしてたらもったいないし幸せだって逃げてしまう気がする。
だから僕は、フラれたって未練がましく縋ったりしないようにしてきたんだ。
僕は相手の言葉に耳を傾けるけど、相手が僕のことを受け入れてくれなくても気にしないようにしてたら、女の子とも自然に話せるようになったし付き合えるようにもなった。
こう言ったらなんだけど、付き合うだけなら簡単だよ。相手のことを一方的に受け入れたらいいだけだから。
でも、そういう風に一方的に受け入れるのって長続きしないんだよね。そうして相手がどれくらい自分のことも受け入れてくれるのか確かめる為に<付き合う>んだ。僕の場合はそうしてる。
だけど、それが上手くいくことってそんなにない。たいていどこかで『あ、これはもうダメだ』って思われてフラれる。けど、フラれるのはいいことなんだ。だってそれは、ちゃんと試してみて確かめた結果として<自分とは合わない>っていうのを確認できたっていうことなんだから。自分とは合わない相手に追い縋ってなんになるんだよ。そんなの自分も幸せになれる訳ないじゃないか。
未練が残るのは、ちゃんと確かめてないからじゃないかな。自分が相手のことを受けとめきれるか、相手がちゃんと自分のことを受け止められるか、それを確かめたっていう実感がないから未練が残るっていう気がするんだ。
僕と妻はそれを確かめたから結婚までたどり着けた。
いいじゃないか。どんどん付き合ってみてどんどんフラれようよ。相手の裏の顔も見えないうちから結婚したら後悔するんだからさ。




