8 そりゃあないだろ!?
「……腰の、ポーチに、痛み止めが……」
透けた壁を背もたれとして、晃司はかがみを座らせる。そして彼女がかすれた声で教えてくれた場所を探る。
取り出したメディカルパックから、晃司はまず痛み止めの薬を打つべくかがみの腕を取る。
ビーム弾を受けた彼女の右上腕には、強化スーツを貫いて血を吐き出す穴が開いてしまっている。
貫通こそしてはいないが、これでは筋肉は間違いなく焼き切られていて腕を上げることはかなわないだろう。
もっとも強化スーツを必要とするということは、かがみの身体強度は地球人並みかそれ以下ということ。バリアが無ければ、肘から先と泣き別れになっていたことだろう。
今でも充分に深手であるが、繋がっているだけまだマシと言える。
さておき治療だ。
晃司は強化スーツに空いた穴をずらして、健在な皮膚に薬の筒を押し当てる。
すると筒を満たしていた鎮痛剤が、みるみる内にその量を失っていく。
これは薬を収めた筒そのものが、針無しの注射器もかねているためである。皮膚に当てるだけで薬品が体内に吸収されるというわけだ。
いくらか痛みが和らいだのか、かがみの表情がわずかに緩む。
「む!? これはどうしたことか!?」
しかし治療を続けようというところで、半魚人型異星人が入ってきた扉の奥から声がする。
対して晃司は、半魚人が持っていた銃をもぎ取り、通路へ投げる。
「ンムガァ!?」
すると奥からはくぐもった声が返ってくる。思いがけず命中したらしい。が、それは問題ではない。晃司はすかさずかがみからスタンロッドを拝借すると、半魚人どもを飛び越えて声のした方へ。
飛び出した先は、また別の透け板仕切りの牢獄に臨む部屋だった。
そこで逆さバケツのような頭を押さえる単眼の異星人に、晃司は躊躇なく踏み込む。
「な、おま……」
「おぉらあああああッ!」
「えぐぅえッ!?」
みなまで言わせずに警棒を一撃。
敵の太い首が歪むほどに棒を食い込ませ、振り戻しつつの左膝を下腹にだめ押し。すかさず浮いた体へ体当たりし、半ば担ぐようにしてさらに奥へと続く扉に押しつける。
扉と晃司に挟まれて、一つ目バケツ頭はカエルを潰したような声を上げる。
そのまま意識を失いぐったりとしたバケツ頭を、晃司は扉に縛りつけて固定。次なる敵の乱入を妨げる人間かんぬきとしてしまう。そこへさらに目を回した半魚人二人を重ねて、念を入れて侵入経路をふさぐ。
「む、無茶苦茶やるわね」
晃司の使うモノを選ばないそのやり口に、かがみからひきつった声がでる。
晃司がバリケードを作っている間に、残る治療は済ませたらしい。止血テープを張った腕を押さえて、壁を背に立ち上がっている。
「なりふり構っていられるならそうするっすけどね」
そんなかがみに向けて、晃司はため息混じりに返す。
犯罪者とはいえ、人間をバリケードとすることには、晃司も罪悪感を覚えないでもない。だがためらったがために、顔見知りが命を落とすようなことになってはたまらない。
他者を非道を行う建前としているようであるが、最大の理由は晃司自身の無力さだ。
本来の姿を封じられていることは確かである。だが何にせよ晃司自身が弱いがために、望まぬ手段を取らざるを得ないのだ。
しかし手段はともかく、これで晃司たちのもとへの侵入経路はひとつに限定された。そして残した出入口もかがみが使ったものだ。こちらから入ってくるのは味方だろう。
「負傷したようだが、無事か、不破捜査官」
その見立て通り、かがみと同じ強化スーツを着た男が合流してくれる。
後ろを警戒しつつ入ってきた同僚に、かがみは腕の痛みをこらえながらうなづく。
「……ええ、志ある協力者のおかげで応急処置は……」
しかしかがみの言葉をすべて聞く前に、救援に合流した強化服の男を爆発が包む。
とっさにそれぞれの顔をかばう晃司とかがみ。
「ぐ!? おのれ目眩ましか!?」
しかし、いまなお煙の中心にいる男が言うように、爆発の威力それ自体はたいしたことはない。
バリア付きの強化スーツの中身がどうにかなってしまうような爆発などが起こっていたのなら、晃司はともかくかがみがただでは済まないだろう。
しかしふいに、煙を払おうともがいていた男の影がうめき声と共に固まる。
そして硬直したGコスモスの男はその場に崩れるようにして倒れる。
「な!?」
同僚が突然に倒れたことに、かがみは心を震わせて身を強張らせる。
対して晃司の動きに動揺は無い。
煙の中に閃いた輝き。そこへ向けてスタンロッドを握りしめて踏み込む。
「おぉらぁああああッ!!」
突進の勢いに乗せて警棒を突き出す晃司。
しかしその警棒は煙を突き破るよりも早く半ばから切り落とされてしまう。
だが晃司はためらわず、走る勢いを緩めぬまま体ごとぶち当たる。
煙幕に隠れた者はひるむことを読んで振るっていたらしく、二の太刀は空を切って、晃司を抱えるように腕が後ろに回る。
懐にもぐりこんだままの体当たりで煙から、その奥に潜んだ者を突き飛ばす。
たたらを踏み、煙を散らして現れたそれは爬虫類であった。
赤や青の色鮮やかな鱗の肌を持つ、地球人大の二足歩行トカゲである。
しかしその腕には、光の刃を備えた剣が左右それぞれに。
このトカゲもまた間違いなく異星人。それもGコスモスに踏み込まれた犯罪組織側のである。
光の刃を持ったトカゲ人間を、晃司はそのまま廊下の壁にと押しつける。
しかし晃司はそこから打撃を繋げるではなく、跳ね返るようにして後ろへ転がる。
それにつかの間遅れて、光の刃が晃司の上を通り過ぎる。
その刃は、晃司の首を後ろから刈ろうとしてのものであった。
まさに間一髪に命を拾った晃司は、右手に握ったままのスタンロッドの残骸を投げつける。
それをトカゲ人間の剣士は、光の剣の片割れで切り払う。
同時に晃司は再び強く床を蹴って突撃する。
対してトカゲ人間は口の端をゆがめて、振りかぶっていた片割れを晃司の頭めがけて振り下ろしてくる。
戦いにおいてリーチの優位と言うものは非常に重いものだ。
たとえ短いナイフであっても、腕が同じ長さであれば拳よりも遠く、深くに届くのだ。
ましてや剣と徒手空拳では、真っ向からぶつかったところで一方的にたたかれるばかりである。
トカゲが迎え撃つ一撃は鋭く、早く。晃司の頭は切り裂かれるしかないように思われた。
だが晃司は高エネルギーを圧縮、固定化させた刃を拳の甲で弾いて見せる。
誘い込んでいたかのような打ち払いであるが、正気の技ではない。
光の刃はどの方向からであっても触れれば切れるもの。刃筋を外せば良いというような代物ではない。
もちろん刃をはじいた晃司の拳は無事ではない。焼き切れた皮膚からは煙が上がっている。その痛みには晃司もたまらず視界が滲むほどだ。
だがそれだけ。拳が切断されたわけでなく、傷ついたのは表層だけである。
擬態の下にあるオルフェインの肉体は、光の刃では両断されないと踏んだ上でのことだ。
木工用ののこぎりでは、鉄の芯を仕込んだ木刀を輪切りにはできない。そういうことだ。
「キサマ!?超戦士ノ!?」
思いがけず剣を弾かれたことにトカゲ人間はひるみうろたえる。その隙に晃司は剣をくぐってさらに懐深くへ。
そして突き出た鼻に鉄拳一発。
だが無意味だ。
トカゲ人間は打撃を受けてなおギラリとその眼を輝かせて、剣を振るう。
しかし晃司もまた自分の拳が通じないことに動じず、トカゲ人間の右手首を掴み、体全体で抱き込むようにしてねじりひねる。
「ギギャァアッ!?」
腕を歪な方向に関節をねじり、固める関節技。
単純な肉体の屈強さではどうにもできないその痛みに、爬虫人の剣士がもだえ苦しむ。極められた右腕から剣を取り落とすほどに。
苦痛にもだえるまま、極められていない腕と尾とを振り回すトカゲ人間。
次々に叩き込まれる打撃と爪に歯を食いしばりながら、晃司はかけた技を解こうとはしない。
「ねえ、どうして、人間の姿のままで戦ってるの?」
「変身……させない、ようにしたのは……アンタだろが!?」
必死で組み付き続けているところへ投げかけられた質問に、晃司は思わず怒鳴り返す。
「あ! ご、ごめんなさい!」
それにかがみは慌てて晃司の足を引っ張っている拘束を解除にかかる。
しかし同時に晃司は、暴れるトカゲ人間にふり払われて床に叩きつけられてしまう。
「ぐ! まだッ!」
晃司は痛みに歯を食いしばりながら、トカゲ人間の取り落とした剣の柄を蹴り飛ばす。
「ッ!? オノレッ!?」
それにトカゲ人間は怒りの言葉を吐きながら、転がされた武器を目で追う。
しかしすぐに視線を晃司に戻して踏みつぶしにかかる。
「出来たわッ!!」
だが転がる武器に気を取られてわずかに生じた隙のおかげで、晃司の拘束解除が間に合う。
「よっしゃぁああああああッ!!」
枷を解かれた晃司は雄たけびを上げ、その身を光に包む。