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7 ヒト買いなど見過ごせるものか

 ドアの向こうに広がっていたのは、暗く埃っぽい空間であった。

 照明はまったく点いておらず、中を照らすのは外から射し入る陽の光だけ。その光も、本日この地での勤務時間は終了間際で、弱々しい朱の光が細々とあるばかり。

 そんな光の中には、空を泳ぐチリの姿が見える。

 ドアの開閉で生まれた空気の流れ。それによって舞い上がり漂う埃は霧のようである。

 晃司は後ろ手にドアを閉めると、そんな埃っぽい暗がりを慎重に進む。

 外から見てもそうであったが、放棄されて久しく、人が出入りした様子がまるで無いように見える。

 先に入っていったはずの猫じみた少女も影も形もなく、彼女の存在さえも何かの幻だったのではないかとさえ思えてくる。

 しかしそんなことは無い。

 この建物には猫娘も含めて、確実に人の出入りがある。

 その証拠は床にある。

 積もった埃に刻まれたいくつもの足跡。

 大小様々のそれが、この見るからに放棄された建物が何者かに利用されている証である。

 重なり崩され繋がった足跡たちが作る道。晃司はそれに新しいものを刻みたどって奥へと進む。

 追跡を続けながらしかし晃司にとって意外だったのは、ここで待ち伏せが無かったことだ。

 晃司は猫娘を追いかけ中に入ったところで、一発食らわせられることも予想していた。それだけに、まだ静かに追跡を続けられているのは、正直拍子抜けであった。

 これでは気づかれているだろうという心配も、取り越し苦労だったように思える。

 だが気を抜いてはならない。

 事態は常に最悪を考えておくべきだ。

 ただでさえ晃司、オルフェインはリュミナイス人としては歪なのだ。

 さらに今はその歪な力を自由に振るうことすら出来ない。

 自分を信じて、迷いなく力を振るうことは必要なことだ。だが過信は、慢心は死につながる毒である。

 敵の力に呑まれるなかれ。己の力に溺れるなかれ。

 そんな師の教えを胸に、晃司は心を引き締めて追跡に戻る。

 足音を立てぬよう慎重に足跡を辿り、晃司は奥へ奥へと進んでいく。

 そうしてたどり着いたのは、やはりオンボロ工場には不釣り合いな重厚な扉がある。

 建物全体から明らかに浮いたつるりとした金属扉。

 何度も使われているらしく、人の手で度々に埃を拭われて、積もり積もったまわりに比べてきれいなものである。

 その扉を開けて中に入れば、地下に続く階段が現れる。

 床も壁も、扉と似たような材質のもので張り直されていて、明らかに何者かの手が加えられた地下へ続く道。

 それに晃司は深く長い息を吐いてから、下り階段へ足を踏み出す。

 息を殺し、固い床を一つ一つ踏みながら下へ、下へ。

 そうして慎重に進んだその先は、やはり固い材質に囲われた空間だ。

 アーチを描く天井に。それに支えられてできた空洞が長々と続いている。

 位置も構造も、まさに地下トンネルといった通路である。しかし天井に備えられた照明は強く、あきらかに打ち捨てられた地上部分の建家はもちろん、陽の落ちかけた外よりも明るいくらいだ。

 そんな明るい地下道は、見る限り物の無いがらんどう。横に伸びる枝道と、今降りてきた階段くらいしか身を隠せる物陰は無い。

 避難場所の限られたこの道に、晃司は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 逃げ場の少ないこんな通路では、弾幕を張られれば蜂の巣になるのは避けられないからだ。

 ここで引き返して、Gコスモスがビーコンを拾ってくれるまで廃工場に隠れて待つべきか。

 晃司がそう判断したところで、にわかに警報がけたたましく鳴り響く。

 合わせて照明の色も赤く切り替わり、晃司の頭上からも足音が重なり降ってくる。

 やはり罠!

 警報と上から迫る足音を聞いた晃司の判断は早かった。前にしか道がないと見るや否や、それまでの躊躇を切り捨てて地下トンネルに駆け出す。

 走り出した晃司が見るのは、一番手近なところにある枝道である。

 迷い無く走った晃司がその一回り小さい通路に滑り込むや、後方から放たれた光が通路をよぎる。その一部は壁を叩いて弾け、焦げ目を残す。

 自分を狙ってのそれを肩ごしに見てとって、晃司は前進する足に更なる力を込める。

 階段上から晃司を追いかけてきた者たちが放ったのは、いわゆるビーム弾の一種である。

 これはレーザーとは違い、重金属粒子を高エネルギー状態に圧縮。弾丸として発射するというタイプのものである。その速度も光程に速くは無い。物質でなくとも、弾丸を飛ばしていることに違いはないためだ。

 もちろんこれは地球では実用化などされていない代物である。

 今の攻撃が、どこぞの地球外知的生命体の絡んだものであることはこれで確かとなった。

 だがそれ以上に確かなのは、いますぐ相応しい遮蔽物を盾にしなくてはならないということだ。

 ビーム弾と言っても、威力そのものはピンキリである。

 しかしあんなモノで撃たれてしまえば、今の晃司ではただではすまない。

 擬態の下の防御力で、体に風穴が開くことはないだろう。だが撃たれた痛みは擬態感覚によって伝えられて、脳を激しく揺さぶることになる。

 当たり所によっては意識を奪われることになるだろう。

 捕らえられるのもアリではある。ではあるが、それは最悪の場合だ。無抵抗にビーム弾のシャワーを浴びに行くつもりは無い。

 だが抗うために今晃司にできることは、逃げることだけだ。

 追ってくる銃口から身を隠すため、右手側にあったドアへ踏み込む。

 こじ開けてやろうと、晃司は肩からぶちかましに行く。

 だがその体当たりを避けるように、ドアは自ずと横滑りに開く。

「むお!?」

 予想外の招き入れに、晃司は行き場を無くした勢いにつんのめる。

 勢いの余りに余った自分の体に振り回され、つまづきながらもどうにか体勢を整えブレーキ。

 そうして晃司はどこか身を隠すところはと辺りを探す。

「なにッ!?」

 だが晃司は周囲の様子が入った目を見開いて、口からは驚きの声がこぼれでる。

 牢獄である。

 晃司の両脇には、枷をはめられ転がされた少年少女たちが何人もいる。

 晃司のいる廊下との間に入った仕切りは、ベタな格子ではなく、ガラスのような透き通った板である。

 そして晃司は、透け板仕切りの向こうで転がる少女たちの中に見知った相手を見つける。

「保奈ッ!?」

 見つけた知人の姿に、晃司は透け板にぶち当たるようにして張り付く。

 晃司の張り付いた板の向こう。そこに縛られ転がされているセーラー服の少女の一人は、紛れもなく保奈であった。

 自分と保奈との間を遮る仕切り板に、晃司は怒りのままに拳を叩きつける。だがガラスのような透け板は小揺るぎもしない。

 待ち合わせに現れず、連絡もつかなかったのもなるほどと言うものだ。ここで地球外生命体の犯罪組織に捕まってしまっていたのだから。

 保奈とその他の若い地球人たちは、異星に売り払おうとして集められたのだろう。

 そうして売られた先で彼女らを待っているのは、労働奴隷かあるいは食用の家畜という運命か。なんにせよろくなものではない。

 そんなことはさせるものかと、晃司は透けた壁を殴りつける。

 右、左。さらには前蹴り。

 立て続けに打撃を叩きつけるも、ガラスじみた壁はびくともしない。

「こうなったらッ!!」

 親しい人間を悲惨な運命から救い出すため、人々を捕らえる壁を叩き割ろうと、晃司は右拳を弓引くように深く、深く構える。

 力を封じている枷を力任せに破り、その勢いに乗って牢獄も破ろうという考えだ。

 無論、こんな力業で押し通してしまえばただでは済まない。晃司の右腕が吹き飛ぶか、最悪半身が消し飛ぶことだろう。

 だがそれは晃司ももとより覚悟の上だ。捕らわれた皆の運命を理解したうえで、見捨てることなど晃司にはできない。

 生きた爆弾。

 晃司は同郷の者からはそう呼ばれて、役立たずと見下されていた。

 しかしそんな自分が、肉体を犠牲にしてでも誰かを救うことが出来るのなら、そんなに悪い結果ではない。

 ちょっとした意趣返しと、自己満足。故郷(ほし)の連中に伝わることは問題ではなく、ただ華々しく散ることへの憧憬。

 そんな歪んだ喜びに、晃司は口の端を持ち上げる。 そして右腕に渦巻き練り上げた破壊エネルギーが、皮膚を裂いて輝きを溢れさせる。

 しかしその瞬間、晃司が突入してきたのとは逆側の扉が音を立てて吹き飛ぶ。

「侵入者! 侵入者ダ!」

 扉を破り現れたのは、カエルか魚か、そんな頭をした二足歩行の異星人だ。

 この地下施設を利用していた者たちの一員なのだろう。牢破りを試みる晃司の姿を認めると、唾を散らしてわめきながら、銃を構える。

 対して晃司は舌打ちひとつ。拳に集めた力を全身に流し散らして、敵に向かって転がる。

 ビーム弾を潜ってかわし、その勢いでもって一気に半魚人の懐へ。

「ギョギョッ!?」

 晃司の接近に、半魚人めいた異星人は慌てて銃を晃司に向ける。

 だが遅い。晃司は素早く半魚人が銃を持つ腕を弾き、アッパーカットを叩き込む。

「ギョベぺェエッ!?」

 唾を散らしてのけ反り、その勢いのまま背中から倒れて頭を打つ。

 しかしその直後、別の半魚人が銃を構えて現れる。

 そして同時に後方のドアからは、フルフェイスのヘルメットを被り、体の線をなぞる戦闘用強化スーツを着た女が現れる。

 このはさみうちの状況に、晃司は反射的に息をのむ。

 その間に、二人目の半魚人は晃司にビームガンの狙いを定める。

 しかしいざ引き金が引かれようという瞬間、晃司の体はグンと後ろへ。

 無理やりに引き倒され、晃司はしりもちを。そんな彼と銃口との間に影が割り込む。

「うあああああッ!?」

 割って入り、ビーム弾を受けて悲鳴を上げたのは、強化スーツの女であった。

 晃司をかばい、弾丸を受けた右腕からはおびただしい血が流れ出る。

 バリアが働いたためか、腕事態は繋がってはいる。いるがしかし、千切れなかったというだけだ。

 しかし強化スーツの女は悲鳴を噛み殺すと、左手に握っていた警棒を半魚人のでかい顔面にぶちこむ。

 同時に電光が弾け、半魚人は痙攣。その場に崩れ落ちる。

 それに続いて、強化スーツの女もスタンロッドを取り落とし、撃たれた腕を押さえて膝をつく。

「おい? 大丈夫か!?」

 自分を庇ってくれた女を晃司は慌てて支える。

 よく見れば彼女のスーツには、渦巻く銀河のGコスモスのエンブレムがある。彼女は味方であったのだ。

 負傷させてしまったことを悔やみながら、晃司は女性を介抱するべくヘルメットを開ける。

「……ええ、なんとか。あなたこそ、無茶してるわね」

「アンタ! かがみさん!?」

 ヘルメットの奥、そこで脂汗を浮かべて苦笑していたのは、先日に晃司を逮捕したGコスモス、不破かがみであった。

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