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5 日々行を修めるべし

 町を一望する小高い山。

 光に飢えて、太陽に誘われるままに伸びた木々がその表面を覆い隠している。

 かつては林業を営む者たちの手が入っていたこともあるのだろう。

 しかし今は無秩序に並んだ木々が鬱蒼と茂っている。

 風が遮られ、むわりと草木の匂いのこもった木立の合間。そこに晃司の姿がある。

 筋骨たくましい体をタンクトップとズボンに包んだ晃司は、両の拳をへその前で合わせて中腰に。

 晃司はそんな空気椅子の姿勢のままで静止し、深呼吸を続けている。

 じっとりと汗で濡れたタンクトップは、ぴったりと筋肉の隆起をなぞって体に張り付いている。

 腕と足に、さらに加えて腰回りに重りをつけていて、ずしりと屈強な体に負荷をかけている。

 しかしいま、晃司は本来の姿ではなく地球人として擬態したもの。つまり、肉体的な能力に上限が設けられている状態である。

 発揮できる力が限られているだけで、本来は大幅な余力のあるところで鍛えたところで意味があるのか。

 無論、これだけでは単純な筋肉の増強という面ではまず無意味である。

 筋肉の断裂と再生をくり返しくり返し、太くたくましくしていくのが筋肉繊維増強のメカニズムである。

 空のペットボトルを鉄アレイがわりにしたところで何のトレーニングにもならないということだ。

 だが晃司がいま行っている空気椅子は単純な筋トレ目的のものではない。

 擬態によって隠されてはいるが、全身を巡るエネルギー循環経絡、エナジーベッセルがふさがっているわけではない。

 地球人擬態と合わせてかかるリミッターによって、破壊エネルギーとして体外に放出、攻撃に行使することは封じられている。

 だがあくまでも外部への放出や、地球人以上の筋力の発揮させられることができないように封じられているだけなのである。

 力を抑えるためとはいえ、心臓までも含めた筋肉の動きを弱められてしまえば死ぬしかない。

 戦闘力と生命活動が直結しているタイプは、この辺りの制御がどうしても難しくなる。

 そうして空気椅子を続ける晃司の腕に、ふいに一筋の光が走る。

 ひびの入るように皮膚を焼き切ったその痛みに、晃司はたまらずうめいて顔をしかめる。だが集中を切らさずに呼吸を整えると、みるみるうちに腕の亀裂じみた火傷が治る。

 晃司は今、肉体の内側で膨大なエネルギー活性化、循環させ続けているのだ。

 体内エネルギーを臨界寸前にまで高めた状態で維持し続ける、エネルギー制御能力を高める修行なのである。

 手足に腰にと科した重荷は、肉体的な負荷で制御の難度を上げるための物なのだ。

 限界にまで昂ったエネルギーは、少しでもコントロールを誤ればたちまちに晃司の肉体を破り、焼き尽くすだろう。リミッターのおかげで周囲への被害は少ないだろうが、それでも晃司が破裂してしまうことには変わりないだろう。

 命のかかった危険な修行には違いない。

 だがそれ以上にオルフェイン、晃司には必要な修行なのである。

 障害による光線技の暴発。

 代替となる技こそ持ってはいるが、エネルギーが暴れがちなのは変わらない。

 制御能力を常に、日ごろから高めて研ぎ澄ませておくのは、晃司にとって必要不可欠なのである。

 加えて、こうしてエネルギーを体内で練り続けることで、エネルギーの伝導がより素早く、より効率的になる。

 さらに内側から強力な破壊力に晒されることで肉体そのものが順応。より強靭に、より強い力の行使に耐える器を作り上げることにもつながる。

 そしてエネルギーの制御を心身がいかなる状況に置かれても、戦いの中においても、正しく乱れないように保つ一助ともなる。

 ちなみに、場所については大自然のパワーがどうのこうの、などという理由ではない。

 自爆しかねない綱渡りをするのに、もしもの場合には迷惑になりにくいように配慮しているだけの事である。

 そうして晃司は同じ姿勢のまま、微動だにせずに鍛練を続ける。

 まれに強く吹いた風が、汗と一緒に体温をさらおうとも。

 飛んできた虫が体にぶつかりとまろうとも。

 それどころか、とりついたその虫が、皮膚に爪を立てて顔面にまで這い回ろうとも。

 晃司はその不快感に、勘弁してくれと眉間にしわを寄せて汗の量を増やす。だが動いたのはそれだけで、虫を払いのけようとはせずに、ただ己が内でうねる力の制御を乱すまいと、そのことだけに意識を集中する。

 むしろそうすることで、虫が顔を這う不快感を忘れようとしているフシがある。

 やがて腕時計に偽装した登録証からアラームが鳴る。

 山林の中にはやや不釣り合いな電子音を受けて、晃司は一際大きな息を吐きながら膝を伸ばす。

 すると顔面にとまっていた虫はポロリとはがれて宙へ。しかし地面に落ちる前に羽を広げて、慌てて木立の合間へ飛び去っていく。

 それはまるで、崩れる家から人が転がり出ていくかのようであった。

 払うまでもなく去っていってくれた虫に、晃司はもう一度深い吐息を重ねて顔を拭う。

 晃司自身は地球の昆虫類に嫌悪感はない。無いがしかし顔面を這われて微笑ましく思えるほど好き好んでいるわけではない。

 というよりも、単純に痛い。

 カブトムシに限らず甲虫の類い、あるいはセミでもいい。これらを腕や指にとまらせたことのある者なら知っているだろう。固い樹の肌にしがみつけるような爪は、ヒトの肌には鋭すぎるのだ。

 そんな爪でチクチクと顔面を這い回られるのは、さすがに歓迎できないものだ。

 しかし本来(オルフェイン)の姿であれば、地球の昆虫の爪程度で痛痒を感じる事はない。

 オルフェインに限らず、リュミナイスの肉体は本来、地球であれば体ひとつで無事に大気圏の出入りが可能なほどに強靭である。

 しかし地球人に擬態している今、晃司の皮膚感覚は地球人のそれと変わらない。

 この変化の原因は、地球人に違和感を持たれずに溶け込むための、擬態システムの一部にある。

 いくら姿形を取り繕ったところで、冬に薄着で平然としていたり、熱した鍋のそこを素手で支えてなんともなかったりでは化け物を見る目で見られてしまう事だろう。

 だから皮膚感覚に限らず、擬態中は地球人として違和感ない振る舞いが出るように感覚が合わせられているのである。

 この点を嫌って、擬態装置の使用を拒む者も珍しくはない。特に地球人よりも身体的に優れた種族によく見られる。

 曰く「なぜ貧弱鈍感な保護惑星の原住知的生物ごときに合わせなくてはならないのか」と。

 もっとも、すべてがすべてそんな優劣意識から拒否感を持っている訳でもない。

 自分本来の感覚と異なるように強いられるのが気持ち悪い。と、感覚変化に適応できないだけという者も多いのだ。

 晃司としては前者はともかく、後者の理由は解らないでもない。だが、晃司はむしろ感覚の変化を新鮮だと楽しめている。

 本来の自分とは違う感覚。感じられるものの異なることで、視点が変わるのが面白いと思えるのだ。

 さらにその変化で、自分がいかにリュミナイスの優れた身体能力にあぐらをかいていたかを気づかせてもらった。その事には感謝の気持ちさえ抱いている。

 しかしだからといって、昆虫に顔を這い回られるのを歓迎しているワケではない。

 不快なものは不快である。それとこれとは別問題なのだ。

 そういうことで先の修行の終わりを告げるアラームは、晃司にとってまさしく天の助けであった。

 晃司は近くの木にかけた荷物から水を取り出して水分を補給する。あわせて汗をぬぐい、滴るほどに濡れたタンクトップを着替えて上着を羽織る。

 そうして身支度を整えて、修行をさせてもらった場を後にする。

 タイマーはただ鍛錬の時間を定めただけのものではない。

 保奈との約束の刻限が迫っていることを告げる鐘の音である。

 約束に遅れるわけには行かず、晃司は木立の合間を足早に抜けていくのであった。

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