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4 どうしてこうなった

 どうしてこうなった。

 晃司が一室を借りて自宅としているアパート、嘉徳荘(かとくそう)の前。

 朝日に照らされたそこで、晃司は冷や汗交じりの内心を抱えながら立ちどまっている。

 その原因は、アパートの門に立つ一人の女性にある。

 これから登校するところであるのか、その身をセーラー服に包んでいる。その年齢からすると、女性というよりは少女と呼ぶべきだろう。

 流れるままにした茶色がかった長い髪。

 ふわりとした前髪の下の眉は、普段は柔らかな曲線を描いている。だがそれも今は、目じりと共に険しくつり上がってしまっている。

 その剣呑な眼差しが向かうのはただ一点。晃司と、彼をここまで送ってきてくれたGコスモスの女隊員二人である。

 話は少し前に遡る。

 晃司たちがGコスモス地球支部を車で出る頃には、すでに朝日が昇っていた。

 拘留から、事情聴取を経て釈放とは決まった。だがその頃にはもう日付を跨いでいて、ずいぶんと遅い時間となってしまっていた。

 そこで美緒がいっそ休んでいくように提案したので、晃司はそれならばと仮眠室を借りてひと休み。

 加えて食べそびれた夕食の分を補うように夜食、朝食も用意してもらった。

 最初晃司は食事まで世話になっては図々し過ぎないかと渋った。

 だが、ついでに準備するだけだからと勧められるままに、自分の分の自腹は切るということで最終的には落ち着いたのだった。

 というワケでコンビニバイトの終わりから、結局一晩Gコスモス地球支部に留まって、自宅には朝帰りすることとなってしまったのだ。

 そうしてかがみと美緒に送られて帰って来たところで学校に向かおうという彼女と鉢合わせしたのだ。

「ちょっと、あの子誰? 何者?」

「あー……彼女は安田保奈。ウチの大家さんの娘さんっす」

 居心地悪い視線をぶつけてくる女子高生を指した美緒の耳打ちに、晃司は簡単に自分と彼女との繋がりを答える。

「……ちょっと、晃司?」

「は、はい!?」

 するとそこへ、保奈から重く低い声がかかり、晃司は反射的に背筋を伸ばす。

 保奈はこの場では一番小柄な女子高生でしかない。だというのに、先ほど以上に険の増したその目は、のど元に突きつけられた刃物めいた迫力がある。

「朝帰りって、どういう事? それに女の人二人も連れてなんて……」

 問いかけながら保奈は鋭敏に尖らせた目を三人に巡らせる。

 そんなあまりの目力に、晃司は帰り道で二人と打ち合わせて用意していた周りへの言い訳を、頭の中から取り落としてしまう。

「ちょっとちょっと! ただの店子(たなこ)とその大家の娘って感じじゃ全然ないじゃない!? まさか……」

 そこへ美緒が話が違うと、小突きながらひそひそ声で。

 ほとんど正解を察してるらしいその問いに、晃司は目を右左に泳がせながらうなづく。

「まあ、はい。なんか好かれてる……っぽいっす」

「やっぱり」

 そう、保奈は晃司が入居してからしばらく、なにくれと世話を焼いてくれているのだ。

 ちゃんと食事はしてるのかと、料理のおすそ分けはほぼ毎日のこと。

 合わせて掃除や洗い物をして、不足しそうな物があるのを先に教えてくれる。

 そして学生でも無いのだから、アルバイターではなく、正規雇用の仕事に就くべきだと尻を叩いてさえくる。

 ただ、こう思い返して見るに、世話焼き女とその男というよりは、就職浪人とその母親と言う方がしっくりくる。むしろ「それ」そのものである。

 そうして見るとこの保奈の態度も、嫉妬と言うよりも、やるべきこともやらず女遊びをする息子を叱ろうとしているように思えてくる。

「で? どういうことなの?」

 晃司が自分の見立てに自信を無くしている一方で、保奈はさらに踏み込んで重ねて説明を求めてくる。

 その剣幕に、かがみがたまらずに晃司に身を寄せる。

 咎め立てられる立場に回るのは慣れてないのかもしれないが、この場面でそれはまずい。

 晃司がそう思うが早いか、保奈からぶつけられる気が痛いほどに強まる。

 早く説明して誤解を解かなくてはならない。

 だが晃司はもう台本を見失ってしまったし、怯えすくんだかがみも同様だろう。

 そんな二人に、目力みなぎらせた保奈がさらに一歩踏み込もうと足を上げる。

「実は私たち警備会社の者でして、黒部さんにはたまたま協力してもらったんですよ」

 しかしそこで美緒が名刺を出しつつ割り込む。

「警備会社「Gコスモス」?」

「はい。私たちが担当している建物に不法進入がありまして、その侵入者を取り押さえるのに、たまたま通りがかった黒部さんが協力してくださったんですよ」

 いぶかしげに名刺の社名を読む保奈に、美緒は晃司とかがみが揃って飛ばしてしまったカバーストーリーをスラスラと語って聞かせる。

 警察風の青い制服を用いているGコスモスは、地球人に対しては警備会社で通している。

 実際異星人がらみの事件に対する治安維持組織であるため、濁してはいても限りなく嘘の少ない形である。

 少なくとも荒事に対応しているのに違いはない。

「黒部さんのおかげで被害も少なくて本当に助かったんですよ。ただ、巻き込んでしまったせいで、黒部さんのバイクが壊れてしまって、ね?」

「あ、はい。それで、後始末やらなんやらに付き合ってて、いま車で送ってもらったんだ」

 話を振られた晃司は慌ててうなづいて、頭の中で取り戻した台本を読む。

「……そんな危険なことしたの? バイク潰すような?」

 美緒と晃司の状況説明を受けて、保奈の意識は晃司が危険に首を突っ込んだことに移る。

「ああ……うん、まあ。見かけたら、いてもたってもいられなくて、つい……な」

「つい、な……じゃないが。なんでむやみやたらに危ないことするの? なにかあったらどうするの?」

「いや、その……スマン」

「何に謝ってるのよ? 口先と態度だけのフリじゃ意味ないんだから」

「心配させて、すまなかった」

「うんまあいいとしましょう。で、そもそも! こちらのプロに任せておけばいいことに、なんで無茶してまで首突っ込むのよ!?」

 心配しての事なのだろうが、保奈の有無を言わさぬ迫力に、晃司はただ平謝りに頭を下げるしかなかった。

 この遠慮ない叱り方も、母親じみたイメージを強める。

 もっとも、晃司の過去に親らしい親、特に母親はいない。なので実像の無い、おぼろ気な想像でしかないのであるが。

「ま、まあまあ……その、結果としては私たちも助かって、黒部さんも無事だったわけですし……この辺りで矛を収めてくれませんか?」

 そんなお叱りの言葉が続く晃司と保奈の間に、かがみが割って入る。

「でもそれは結果論ですよね?」

 しかしダメである。

 オカン女子高生の矛先を、割り込んだかがみへ移しただけであった。

「プロであるあなた方がいて、一般人を巻き込んで危険にさらすなんておかしいじゃないですか!? 人助けして、無事だったから良かった? 火事の中に水被って飛び込んだのがいたとして、それで済ませますか!?」

 矛先を変えた保奈は、怒りを収めるどころか、さらに勢いづいて言葉をぶつけにかかる。

 確かに保奈の言い分ももっともである。

 であるがしかし、晃司としても勝算を考えずに怪獣に立ち向かったわけでもない。

 そもそも先の戦いで、晃司の勝ちとはどういう状況に持っていくことを言うのか。

 完膚なきまでに叩き伏せることか?

 違う。そうではない。

 あの戦いにおいて、晃司の勝ちとは人的被害を最小限度に抑えて、Gコスモスの実戦部隊到着まで生き残ることである。

 実際にできてしまったように怪獣を退治、爆発四散させてしまわなくても充分であったのだ。

 しかし、晃司の正体が障害があろうと高い戦闘力を持った異星人であることは説明できないし、仮に話してしまっても良かったとしても、それで保奈が納得するとも思えない。

 戦う術を知っている。だから絶対に生き残れるというわけではないのだから。

 どうしたものかとかがみ、美緒は目配せをする。しかし困った様子の隊員二人に対して、晃司は落ち着いた様子で腕の時計を見る。

「で、もう行かなくていいのか? 遅刻するぞ?」

「え? ああ!」

 晃司が何気ない調子で時間を指摘すると、保奈は自分の時計を確かめて飛び上がる。

「じゃあ私はもう行くけど! この話はまた、帰ってくるまでおあずけにするだけだからね!? 終わってないからね!?」

「分かってる分かってる。それじゃ、気を付けてな」

 忘れるなとクギを刺して走り去る保奈と、それを見送る晃司。

「それじゃあ私たちもこれで」

「今日も非番じゃあないしね」

 その一方でそろって安堵の息をつくGコスモスの女隊員たち。

「そいつはお疲れ様です。昨夜はお世話になりました」

 そんな彼女らに、晃司は苦笑交じりに頭を下げるのであった。

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