3 穏便に終わったのではないかと
「……と、まあそんなワケで、こういうことになった、と」
怪獣との遭遇と、自衛のために戦い打ち倒した一部始終。
晃司はそれを語り終えると、腕の枷を持ち上げて見せる。
戦った結果については知っての通り。御覧の有り様だと示す晃司へ、かがみとは別の青い制服の女が茶を差し出す。
「長話でのど渇いたでしょ?」
「どもッス」
長い黒髪を一本に編みまとめた彼女。かがみの同僚である尾藤美緒に、晃司は軽く礼を返して、出された茶をすする。
対して美緒はなんのなんのと微笑み頭を振る。
その一方で晃司の対面に座ったかがみは、晃司から聞き取った話をまとめたタブレット画面を眺めて、タッチペンの尻を額に押し付ける。
「確かに通信障害もありましたし、証言は正確に思えますけど……美緒はどう思う?」
「一番早くに通信障害に気づいて、飛び出してったのはアンタじゃない。ヤバい事になってたのはアンタも疑ってないんでしょ?」
「まぁ……ね」
同僚のその言葉に、かがみは苦笑交じりにうなづく。
「いいでしょう。証言はこちらが観測できていたことと噛み合っていますし、散らばっていた肉片も凶暴な怪獣のものであったとの検査結果が出ています。あなたにはむしろ、協力を感謝しなくてはなりませんね」
かがみはそう言って、タブレット端末を操作。
すると晃司の手を縛る枷が外れて落ちる。
そして、逮捕した相手に向けて深々と頭を下げる。
「危険を冒して、我々の動きの遅れを補ってくれた方に対する仕打ちではありませんでした。申し訳ありませんでした」
「あ、いや、頭を上げてくださいっす! 状況からして、あれもしょうがないことっすから」
逮捕したことを詫びるかがみに対して、晃司はあわててその必要は無いと頭を振る。
「何言ってるの。あなたの働きからすれば当然のことなんだから、かがみに畏まることなんかないの」
しかし美緒はそんな晃司の態度を笑い飛ばす。
「そうは言っても、法を破るような真似をしたのは俺の方っすから」
「ええ。多大な協力に仇で返すような仕打ちをしてしまったことは申し訳ありません。ですが、黒部さんが言う通りでもあります。と言うわけで……」
晃司の己の罪を手放さない殊勝な言葉。かがみはそれにうなづきながらまた手早く端末を操作する。
それに応じて、今度は晃司の手首の登録証が赤く光る。
「違法能力行使、及び戦闘行為による罰則の中で最も軽い、擬態解除制限処理をさせてもらいます」
擬態解除制限。
読んで字のごとく、地球人に擬態した姿から本来の姿に戻るのに制限をかけられる処罰である。
擬態形態では本来の能力が大幅に制限されることになる。事実、晃司も本来の姿でなければ、飛行能力を行使できないし、筋力にも強いリミッターがかけられる。
そんな状態を、Gコスモスの承認が無ければ解除できないように拘束されるのである。
加えて、制限装置の起動した登録証の位置はマークの優先順位が上がり、保護惑星圏内のドコにいるのかを常に監視されることになる。
「わっかりました。これくらいはしょうがないっすか……」
「ちょっとかがみ! あんまりじゃないの!」
晃司はそんな処罰を甘んじて受け入れようとする。だがその言葉を遮って、美緒がかがみにかみつく。
「彼がどれだけの事をしてくれたと思ってるの!? 私たちの動き出しが遅らされて、被害が大きく広がるところを防いでくれたってのにッ!!」
「ちょっと、美緒? 落ち着いて……?」
罰せられる当人以上に怒り荒ぶる美緒。
かがみは同僚の剣幕に戸惑いながらも落ち着くようになだめる。だが、美緒の勢いは止まらない。
「これで落ち着けっての!? 戦う力を正しく使って、力ない人たちを守ってくれた彼に、四角四面に違法は違法だなんて仕打ちしといてッ!? ふざけてんじゃないのッ!?」
詰め寄った勢いのまま、美緒は鼻息も荒く平手を机に叩きつける。
罰せられた当人まで置き去りにしたその剣幕に、晃司はためらいながらも口を挟む。
「……その、俺のために怒ってくれてるのはありがたいんスけど、俺はこれで納得出来てるんで、平気ですから」
「何ですって? それ本気で言ってるの?」
遠慮がちに声をかける晃司に対して、美緒は眉をひそめて問いかける。
「ここがGコスモスの支部だからって遠慮することはないのよ? 人の為に危険を冒したうえで犯罪者扱いなんて悔しくないはずないじゃない?」
「いや。マジで覚悟の上で戦ったんで。むしろ思ってたより軽くすませてもらってありがたいくらいっすから」
そう。実際問題、違法な能力行使と戦闘行為に対して、拘束と監視強化だけで終わったのは破格の扱いである。
無許可で拳銃を所持していて、偶然出会った猛獣相手とはいえ発砲すればどうなるか。
これを想像すれば、銃に外付けの安全装置を増やすだけで、取り上げもせずに発信器を付け足すだけていどの処置がいかに甘いかが理解してもらえるだろう。
もっとも、晃司の力は肉体に根差したものであるので、銃と一緒くたに考えるべきでは無いのであろうが。
仮に今回の件が怪獣相手ではなく、民間人を手にかけたのであれば、抹殺対象とされて処刑されていてもおかしくないのだ。
「……物わかりのいいことで……」
その辺りを伝えれば、美緒は苦々し気にため息をつく。
毒を含んだ皮肉気なつぶやきを残して、しかし矛を収めて壁際に退く美緒。
晃司はそんな彼女に対して軽く頭を下げる。だが美緒はため息を重ねて手を振って応じる。
「危険な仕事に対する処遇ではないのでしょうが、納得してくれたようでなによりです。どうでしょう、これを機に正規のヒーローとして登録されては? 今回の怪獣を単独で倒せるのでしたら実力は充分でしょう」
同僚が矛を収めたのに続いて、かがみは晃司にGコスモスの認定ヒーローとして登録をするように勧める。
だがそれに、今度は晃司が皮肉を込めた笑みを浮かべる番であった。
「あいにくと、Gコスモスが俺のことを認めるなんて絶対にありえないすから」
「そんな、どうして?」
「昔から何度も認定試験は申し込んでるんすけど、返事はいつもおんなじ、障害持ちは要らないで門前払いっすよ」
晃司はそう言って、皮肉めいた笑みを深める。
晃司も好きで無認可のままでいるわけではない。
持って生まれた光線発射障害。
このために晃司は、これまで資格を得るための資格すら無いとみなされ続けているのである。
「それは……申し訳ありませんでした……」
「なんの。まさかGコスモスの方から登録の誘いがあるとは夢にも思ってなかっただけっすから」
そんな晃司の態度を受けて、かがみは恥じ入ったようにうつむく。
これまでさんざんに門前払いを食らわせてきた組織の人間が登録を勧める。こんな皮肉は無いだろう。
小さくなるかがみに対して、晃司はそれ以上突っ込む事はせずに黙して目を逸らす。
「もういいでしょ? 彼の処遇は決まったんだし、もう解放してあげたら?」
「そう……ね。でも、ただ解放するだけでは申し訳ないから、送っていきたいと思うのだけれど……」
かがみは晃司を釈放してあげようという美緒に素直にうなづいて、晃司に視線を送る。
お詫びの気持ちを受け取ってもらえるだろうか。
そう伺う視線に、晃司は小さく吐息を挟んで首を縦に振る。
「話しましたけど、バイクをオシャカにしてたんでそいつはありがたいっすね。ぜひお願いしますよ」
晃司の申し出を受け入れる返事を受けて、かがみは安堵の息をついて立ちあがる。
「それでは行きましょう。戦闘に、事情聴取と、協力ありがとうございました」
礼の言葉を挟んで、かがみは取り調べ室を出る。
そんな彼女に続いて、晃司も部屋を後にするのであった。