29 彼女の理由
「そんな無理をして歩かなくても……私を頼ってくれれば……」
「片腕の使えない人がなに言ってるんすか。これで充分っすよ」
薄暗い廊下を歩く晃司とかがみ。
晃司の肩には、保奈ともう一人、キメラの少女が左右それぞれ、米俵のように乗っている。
少女二人をお米様抱っこに担いだその屈強な体は、包帯やテープといった応急処置の跡がいくつも。それら手当てのあとには赤く滲んだところがいくつもある。だが、戦いの中で焼けついた目については、どうにか視力を取り戻せている。
そんな傷ついた体で二人を運ぶ晃司を、かがみが片手ながら支えている形になっている。
フロルタンを抑えていた段階で、人さらい組織の戦闘指揮はすでに崩れていた。
そこへフロルタン撃破の情報が広まる。するとあるものは我先にと逃げ出し、またあるものは手近な仲間を手土産に寝返ろうとするなど、足並みも何もあったものではないほどに崩壊する。
連携の乱れたならず者どもなど、しぶとく抵抗するものがいようが大した脅威でもない。
晃司の手当てが終わるまでに外の戦いが終了。それからほどなく、組織の元締めである奴隷商人もあっさりと捕縛できた。結果として、晃司たちはフロルタンを破ったあとは本格的な捕物に参加することなく、襲撃作戦はつつがなく終了したというわけだ。
そしていま、抵抗するものもいなくなり、すっかりと静かになった組織の地下施設を晃司たちは地上へ向かって歩いている、というわけである。
電源も落ちて非常灯の明かりだけの中、足音を響かせながらいくつかの階段を経て、やはり薄暗く長いスロープへ出る。
広く解放されて月明かりか、あるいは照明の光がさしているのか、坂のてっぺんは通路の中よりもだいぶ明るい。その明かりを見上げて、晃司は抱えている二人の位置を整え、登り始める。
やがて坂の上の出入口が近づくにつれて、晃司は差し込む光に影が差しているのに気づく。
「あれは?」
「何でしょうか?」
なにものが光を遮っているのか。同じく陰りに気づいたかがみと共に、晃司は訝しみ首を傾げる。
しかしここでただ怪しんでいても、その正体が分かるわけではない。
登り切ればおのずと分かること。
二人は目くばせし、合わせてそう結論を出すと、止めていた足を再び動かし始める。
「やあ、お疲れさん」
果たしてそこに立っていたのは、もさもさ頭にヨレた制服のおっさん。朝比奈修平Gコスモス地球支部長であった。
「支部長!?」
「どうしてここにッ!?」
「どうしてって、そいつはごあいさつじゃないかね。今回作戦の功労者たちを迎えに来たっていうのに」
縄の打たれた犯罪者たちを飲み込んでいく護送車を背にして、朝比奈支部長は晃司たちを迎える。
「ま、それとほかにもう一つ。内通者の件が解決したから、そっちも知らせにね」
そう言って朝比奈は、じとりとした半目をかがみへ向ける。
上司からの疑いを含んだような目線。そんなものを向けられる謂れに身に覚えのないかがみは戸惑いのまま視線を泳がせる。
「ちょいと、支部長まさか……?」
二人の間に流れた不穏な気配に、晃司がまさかだろうと割って入る。
「……ああ、いや。余計な心配をさせてしまったかね」
すると朝比奈は苦笑を漏らしつつ頭を振る。が、すぐにその顔に渋い色を浮かべる。
「だが、不破君には辛い話に違いないか」
朝比奈支部長は苦々しげにつぶやくと、手を挙げて後ろへ合図を送る。
すると護送車とは異なる車両が、支部長のすぐ近くにまで進み出る。
「ビートル!? お前も無事だったか!?」
『全面的にという意味では否定する。本体の損傷は軽微。しかしトライサンダーは大破している』
「そいつは見れば分かるって……」
几帳面なまでに訂正してくる愛機に、晃司は思わず苦笑い。
レッドビートル自身が語るとおり、豊富な武装と分厚い装甲の塊である大型追加外装は見る影もない。
正面装甲が外れて、コアであるレッドビートルの機体はむき出し。巨大な大砲も片方は半ばから折れて、片方は根元近くから焼き切れている。機体を支える車輪たちも脱落なりなんなりしていて、かろうじてバランスを保っているような状態である。
一回限りの使い潰しのつもりだったとはいえ、よくもここまでボロボロにしたものだ。しかし壊れ具合そのもの以上に驚きなのは、中身の本体が無事とはいえ、ズタボロしか言いようがないほど壊してもまだ動いていることだ。荒事に対応したものとはいえ、正直言ってイカれているレベルの耐久性である。
この脅威の耐久性能も注目に値するものであるが、しかし本題となるのはそこではない。
破損して突き出したトライサンダーの装甲。フック状になってちょっとした引っ掛かりとして使えそうなそこに、縛られぶら下げられた者がいる。
一本編みにまとめた長い黒髪。渦巻き銀河の徽章をつけた青い制服の女性。
「そ、そんな……」
レッドビートルに縛られたこの女性の姿に、かがみが絶句する。
「美緒さん!? 美緒さんが内通者!?」
縛られたまま忌々しげに支部長を睨むその女性は、かがみの同僚である尾藤美緒であった。
「美緒がまさかそんな!? 支部長、何かの間違いです!」
「証拠は、何の証拠があって彼女を内通者だと!?」
かがみは同僚であり、友人である美緒を庇う。そして晃司も同じく、自分に対して親身に接してくれていた美緒を弁護する側に回る。
「……尾藤美緒がデータベースから情報を度々抜き出している記録をドクターが修復して探し出した。そして……」
支部長は言いながらドクターの修復したログのデータをかがみに送信。そして壊れた外装にぶら下がっている美緒に近づくと、その足を覆うギプスに触れる。
すると、患部を動かないようにしていた固定具はあっさりと外れて傷ひとつない白い脚が現れる。
「さらにドクターの試作薬品をラボから盗み出し、満足に動けない負傷者として偽装。犯罪組織の用心棒と接触していたことも分かった」
「そんな、そんなはずは……美緒にそんなことをする理由なんて……」
支部長が上げる美緒のひそかな行いの数々。それにかがみはなおも信じられないと頭を振る。
「潰してやりたかったのよ。Gコスモスって組織の体制、そのものをね……!」
だが友を信じたいというかがみの思いを、美緒自身の声が否定する。
「うそ、冗談でしょ美緒?」
「嘘でも冗談でもないわよ。父を認めなかったこの組織をひっくり返してやりたかったのよ!」
険しく鋭い目で朝比奈を睨みながら、美緒は語り出す。
美緒の父は体内で猛毒を生成できる特異体質の持ち主であり、それを人のために戦う力として役立てようという志を持っていた。
しかし制御は利かず、戦闘中に負傷すれば無差別に毒物をまき散らす危険を抱えていた。
「そんな肉体的な問題から、父もまたヒーローとしての資格なしと突っぱねられ続けたのよ! オルフェインと同じようにね!」
美緒が晃司に対して同情的で、そのヒーロー認定にこだわっていたのは、志を認められなかった父と重ねていたためであった。
「それでも父はあきらめなかった。そして、救いの手が届かずに蹂躙されそうになっていた人々を守るために戦った。そんな父を! Gコスモスはぁ! あろうことかただの罪人として扱ったのよッ!!」
語る内に昂った怒りと憎しみ、それを勢いのままに吐き出して、美緒は支部長とかがみを睨む。
黒部晃司、オルフェインを罪人として扱ったこと、その認定に待ったをかけたこと。それは美緒の怒りと憎しみの源泉を掘り出すことであった。
「私は思った……人々を虐げる悪に抗い戦うものを、ただ犯罪者として取り締まる。そんな組織なんか潰れてしまえってッ!!」
朝比奈とかがみへ向けて、美緒は心に任せて組織への憎悪を吐き出す。続いて吐き捨てた勢いそのままに、晃司へ目を向ける。
「あんただって、こんな組織なんかに従ってないで、自由に振る舞うべきなのよ! 力を尽くして平和を守ったって、今のままGコスモスが残ってたんじゃ、誰も認めてくれやしないんだ、か……ら!?」
晃司にぶつけられていた言葉は、しかし尻すぼみに勢いを失っていく。
それは美緒がすべて言い終えるのを待たずに、かがみが晃司の前に壁となるように割り入ったからだ。
「不破さん?」
「な、なによ? 何か文句でもあるわけ!?」
思いがけぬその動きに晃司は戸惑いがちに背中へ呼びかけ。一方で美緒は威嚇じみた声をぶつける。
「いいかげんにしなさいよ」
「なにが?」
対してかがみの発した静かな言葉。
なにを指してのことか不明なそれに、美緒は眉を潜めて首をかしげる。
「いいかげんに止めなさい! 美緒、あなたは自分がなにを言ってるのか分かってるの!?」
「治安維持組織を気取って、実際は締め上げるトコを間違えて気づきもしないアホの塊を非難してるのよ!?」
「違う、そこじゃない! あなたはいま、自分が組織をひっくり返す理由にしたお父さんさえも侮辱し、呪ったのよ!?」
「なっ!?」
かがみの言葉を受けて、美緒は冷や水を浴びせられたように威勢良く恨み節を吐いていた口をつまらせる。
たしかに美緒はいま晃司へ、認められる事などない、認めてくれる者など現れないと心ない言葉をぶつけた。しかし、それはひるがえって、美緒自身が晃司に重ね見ていた、彼女の父にそっくり同じ言葉をぶつけたにも等しい。
「そ、んな……わたし、わたしは、そんな……」
そこに思い至って美緒は、がく然と声を震わせる。
「それに、晃司さんのことを認めているというのなら、少なくともここに一人いる。誰もいない、現れないなんてことはない。晃司さんは私たちのヒーローよ!」
視線を揺らす美緒に対して、かがみはさらに、友人の吐いた心ない言葉を否定する。
「あの、ありがとうございます。で、俺からもいいすか?」
「え、あ! は、はひ。どうぞ!」
晃司が照れから控えめに声をかける。するとかがみは、自分がどこでなんと口走ったのかを理解して、そそくさと晃司の前からどく。
晃司はそんなかがみに会釈をひとつ。それから改めて美緒に顔を向ける。
「上手くは言えないっすけど、きっと親父さんはアンタが認めていた、アンタが信じてくれてたってことはわかってたって思うっすよ。てか、親父さんにしてみたら、娘のアンタがヒーローだって認めてくれてさえいたなら、それで充分だった、それだけで戦えたんだ、って思いますよ」
「う、あ……うわぁああああああああああッ!?」
晃司の言葉を受けて、美緒はうなだれたまま、声を上げて泣き出す。
そんな涙で、今回のヒト買い組織を巡る戦いは幕を閉じた。
しかしこの涙から、彼女の償いは始まるのだ。




