28 紙一重の決着
「仕留めきる前に気を抜くなどと、獣以下の単純バカが」
全力を振り絞ったところを突かれ、声を出す間も無く沈んだキメラ。
彼女の姿は、腹を打ったフロルタンの腕にひっかかったまま、赤毛の少女のものに変わる。
そんな無力なキメラの姿を見下ろして、フロルタンは鼻で笑う。
そして少女を無造作に足元へ放ると、足を高く振り上げる。
確実に始末を着けようというのか。倒れ伏した少女の頭上に持ち上がったその足は、犠牲者に落ちようとするギロチンのよう。
「やめろぉおおおッ!!」
その連想に、晃司は弾かれたように走り出していた。
駆け出した体は瞬く間に光をまとい、青い瞳の燃える銀の戦士へと変身。その勢いのまま、オルフェインは肩からフロルタンに力の限りにぶち当たる。
いざ処刑というところでの横合いからのぶちかましに、フロルタンもたまらずに吹き飛ぶ。
「俺、元の姿に?」
そうしてフロルタンが壁を破って穴に消えたのを見て、オルフェインはようやく自分が変身していることに気がつく。
かがみへと目を向ければ、彼女ははっきりと首を縦に振る。
「すまないっすけど。この子を頼んます」
「ええ、もちろんよ」
オルフェインは倒れたキメラの少女を抱き上げると、かがみに預ける。
「手負いになっていてこれとは、見上げたしぶとさだね」
そこへ投げ掛けられた声に、オルフェインは振り向き構える。
するとその青く燃える瞳は、悠々と穴から出てくる人影を捉える。
「これは、認識を改める必要がある。きちんと名乗らせてもらおう。私はサイフォッグのフロルタンだ」
名乗り頭を下げるのは、四肢を備えた細身のシルエットである。
しかし地球人に似ているのはそこまで。全身は光を吸い込み、影に溶けるような濃紺の甲殻に覆われている。その顔は赤暗い光を放つ複眼と単眼が目を引き、甲殻と合わせて虫じみた印象を強める。
しかし特徴らしい特徴はそれだけで、他には突起物もほとんど無いシンプルなもの。顔に至っては口や鼻らしい部位すら見当たらない目だけののっぺらぼうだ。
「……知ってるとは思うが、Gコスモスイリーガル、オルフェインだ」
そんなフロルタンに対して、オルフェインもまた拳を掌に当てて、己の名を告げる。
「さすがに作法を弁えている。ひとまず、名乗った甲斐はあったということか、な!」
きちんと名乗り礼を返してみせたオルフェインを讃えつつ、フロルタンはチョップの形にした手を突き出す。
刃を模したその先端から放たれる小さく、しかし鋭い光線。
連なり飛来するそれを、オルフェインは左の肘から先だけを振り回して残らず叩き落とす。
しかしフロルタンは、投げナイフじみた光線が通じないのは折り込み済みと、オルフェインの背後に現われる。
「それは見えている!」
だがそんな幽霊じみた移動に対して、オルフェインは先読みの後ろ蹴りで応じる。
鋭いその一撃は、確実にフロルタンの胴を捉え、貫いた。
蹴り足に串刺しにされたかに見えたフロルタン。だがしかし、何の手応えもなく出来上がったはやにえじみた姿は、霧が散るように虚空に失せる。
「残像!?」
光線に続く二段構えのフェイントに、オルフェインは蹴りを繰り出した姿勢から強引に上体をねじり、背中側へ肘を撃ち出す。
体ごと当たるようにしての肘鉄ははたして、フロルタンの拳と激突。その一撃を相殺する。
「いい反応をしてくれる」
フロルタンはそこから拳を押し込むどころか、逆にあっさりと引く。
対して支えを抜かれたオルフェインは、エネルギー噴射も合わせた足の振り回しで、無理矢理に失ったバランスを整える。
同時に視界に走った影を追いかけて拳を振るう。が、撃ち抜いたのはやはり残像だけ。フロルタンの本体はすでに、大きく後ろへ跳び退いている。
しかし追いかけようにも、バックジャンプと同時に放たれたナイフ光線が邪魔をする。
そうしてオルフェインが踏み込み損なった間に、フロルタンはまた残像を残して移動。また別の方向からオルフェインへ打撃を仕掛けて離脱する。
そうして背後に左右、頭上に足元。時には大胆にも真正面から。四方八方から絶え間なく繰り返されるヒットアンドアウェイ。
反撃を試みても、牽制の光線を加えて離脱されてしまう。しかしだからと防御に徹すれば、打撃の嵐はますます勢いを強める。
「どうした? そのまま丸まっていても何も変わらんぞ!?」
挑発と共に繰り出される左からの蹴り。
それをオルフェインは黙ってただ脇を締めて固めた腕で跳ね返す。
挑発されるまでもなく、動かなくてはならないのはオルフェイン自身が良く分かっている。だからこそ、いま取るべき行動は防御一択なのである。
そうしてがっちりと力を受け流し、殺す構えの奥で、オルフェインは短い呼吸を繰り返す。
弾むようなその呼吸にはリズムがあり、そのリズムはやがて叩き込まれる打撃と重なり始める。
「ムンッ!!」
そしてひと際重く深い呼吸と共に、オルフェインはついに盾と固めていた腕を解く。
すると解けた防御の内側へ、フロルタンの突き出した蹴りが飛び込む。
オルフェインは肌をかすめて火花が散るのも構わずに蹴り足を迎え、腕を絡めて捕まえる。
「バカ、なッ!?」
「おぉおおおおおおおおッ!!」
驚き声を上げるフロルタンであるが、オルフェインはそれ以上の反応を許さない。抱き込んだ足をそのままに身をひねり、鋭い飛び蹴りの勢いに乗って投げる。
「む、ぐぅッ!?」
固い床がめりこみ、クレーターを為すほどのたたきつけ。しかし待ちに待って、ようやく捕獲したのである。それだけで済ませる理由は無い。
そう。オルフェインは守りを固めていたが、それはただ攻撃が急所に届かぬようにしていたばかりではない。この瞬間を狙い、待っていたのだ。
「ま、まさか、貴様!? 私の攻撃を見切っていたとでもいうのかッ!?」
まさにフロルタンが信じられないと叫んだとおり。オルフェインは防御しながらフロルタンの攻撃のそのリズムを覚えていたのだ。 無論フロルタンもバカではない。簡単には読まれぬように、いくつものパターンを織り交ぜていた。
だがしかし、がっちりと守りを固めてまるで反撃しない相手ではどうしても単調化する。そうしてなるべく読み取りやすくした上で、防御を揺らそうとする大きな打撃を待ち構えていたのだ。
耐え忍び、ようやく掴んだ敵の足。抗おうとするそれを固めて抑え込んだオルフェインは、そのまま裏足からエネルギーを噴き出す。
「ま、まさか!?」
オルフェインがこれからなにをするつもりか。それを察したフロルタンは戦慄の声を。
「オォオオオッ!?」
それをかき消す勢いでオルフェインは推進力を全開。抑え込んだフロルタンをソリにして床を滑り始める。
「や、べ!? ぼばばッ!?」
ソリ、と表したが、実態はそんな生やさしいものではない。
固い金属の床にめり込ませた上、無理矢理に磨かせているのだ。
おろし金にかけている、とした方が正確か。
ともかく、抑え込んだ自分自身も削れて火花を散らすにもかかわらず、オルフェインはエネルギーの噴射を緩めない。
「お、のぉれぇえ!!」
しかし床でおろされ続けていたフロルタンも黙ってされるがままではない。
忌々しげなうめきと共に複眼の下、顔の下半分を展開。面頬を作っていた大顎の奥から光を放つ。
「ぐっ!?」
至近距離からの顔面を、眼を焼く光線に、オルフェインはたまらずうめく。
その僅かな力の間隙にフロルタンは拘束を振りほどいて、足を振り上げる。
全開にしていた推進力を利用され、巴投げに飛ばされるオルフェイン。
とっさにオルフェインは噴射するエネルギーを絞って宙返り。着地するが、それまでに殺しきれなかった勢いで床を削りながら滑る。そんな摩擦にエネルギー噴射を加えてのブレーキ。それでどうにか、踵が壁に触れる程度のところでオルフェインの体が制止する。
オルフェインはそこからすぐさま立ち上がり、身構えようとする。だが構えが固まらぬまま、青く燃える眼をチカチカとさせて頭を振る。
「くっそ、目を……」
至近距離の破壊光線に目が焼き付き、視力が損なわれたままなのだ。
そこへ投げつけられるナイフ光線。
迫るそれにオルフェインは反射的に身を守る。だがそれは、先のように片手ひとつで正確無比に弾きさばいてのものではない。
そうして再び防御の姿勢をとったオルフェインへ、さらに重ねてナイフ光線がぶつけられる。
放ったのは言うまでもなくフロルタンであるが、片膝を床について固定したまま。これまでのように走ろうとしない。
オルフェインが掴み極めて与えたダメージのために、足がまともに動かなくなったのだ。
フロルタンは、いま自身の機動力を失うことになったカウンターサブミッションの再現を嫌って、距離を取っての攻撃に偏ったのだ。
もっとも、機動力が死んでいる以上、先ほどのような縦横無尽のヒットアンドアウェイは、やろうにも出来ないというのが正直なところなのであるが。
しかし足を止めての射撃一辺倒でも、オルフェインには非常に有効な手段である。特に、いまのような視力を損なっている場合には。
「くっそ! まともに見えてさえいたなら!」
普段のオルフェインならば、ただ射撃を繰り返す相手にこうも滅多撃ちにされることはない。力任せにでも自分の距離に持ち込むからだ。
しかし標的を定められなければ踏み込みようがない。
忌々しげに眼をチカつかせながら、オルフェインは撃ち込まれるナイフ光線を防ぎ続ける。
そうしてまた守りを固めた腕に刃型の光線が突き刺さる。すでにずたずたになった皮膚をさらにえぐった一撃はエネルギー経絡にまで到達。肉体の内側から漏れ出たエネルギーが弾ける。
確かにナイフ光線の一発一発はそれだけで深手になるほど重くはない。しかしこのままではやがて腕がまともに動かなくなるに違いない。それに時間をかけられれてしまうのもまたGコスモス側には好ましくない。
それが分かっているからフロルタンは焦らず、じわじわと一方的にダメージを重ねる方向で攻めているのだ。
そしてまた刃型の光線が同時に三つオルフェインの肉体をえぐり弾ける。
直後、オルフェインは鋭い吐息と共に踏み込む。
「ジリ貧と見ての破れかぶれかッ!!」
対してフロルタンは足を庇いながらも移動しつつ、待ってましたとばかりに光線の弾幕を展開する。
フロルタンの見た通り、オルフェインはただ焦って突っ込んだようにも見える。
だがオルフェインは速度を緩めることなく、目前に迫った光線に手刀を横薙ぎ一閃。砕いて粒と散らす。
その調子で次々と弾幕を打ち砕きながら、まっすぐにフロルタンを目指して走る。
「まさか、もう視力が回復したというのか!?」
オルフェインの迷いなく正確な走りに、フロルタンはさらにナイフ光線の弾幕を密集させる。
しかしこれほどの短時間に視力を取り戻すなど、それこそまさかだ。
体で受け止めた数々のナイフ光線の角度と、引きずるような足音。
オルフェインはそれらでぼやけた視界を補って、目に映る黒い影のいずれがフロルタンなのかを特定し、追跡しているのだ。
いまは迎撃のため光線の軌道が直線的であることも、逆に道しるべとなっている。
「オォオッ!」
勢いづいたオルフェインは腕を十字に交差。組んだまま顔の横に構え、跳躍。
鋭い光線を体で砕きながらの突撃。
そうして正面に捉えたフロルタンに向けて、オルフェインは光みなぎる拳を撃ち出す。
しかし視力が完全でなかったがために、タイミングが乱れ、とっさの回避を許してしまう。
輝く拳は空を切り、オルフェインの体はフロルタンの背後へ流れる。
「ズエェイヤアッ!?」
これを好機と、フロルタンは光の刃を纏わせたチョップをオルフェインの背中へ。
射出した光線とは比較にならぬ切れ味のそれは、オルフェインの強靭な肉体をやすやすと切り裂く。
火花を散らして開いた刀傷から、光が血のようにあふれでる。しかしオルフェインは傷つきながらも身をよじり、合わせて右脚のみからエネルギーを噴き出し旋回する。
片足軸の回転から、再び標的へ向いた拳。そこにはまだ衰えぬ輝きが灯っている。
対するフロルタンは、左エネルギーブレードで突きを。
「オォオラァアアアッ!」
「ゼッイヤァアアアッ!」
雄叫びと共に絡み合い、交差する光の拳と刃。
「グッ……ワ……!?」
届いたのは、オルフェインの拳であった。
黒い忍の突き出した刃の内側を潜り、銀の戦士の拳が相手の左胸にめり込む。
打撃で胸甲に走った亀裂。そこから拳に渦巻いていたエネルギーが堰を切ったように注がれていく。
「バスタァア……スマッシュッ!!」
必殺必倒の技。その命中を宣言するように名前を告げる。
「うっぐおあぁああああああッ!?!」
続いてフロルタンの胸が爆発。その反動で黒い細身の体は宙を舞う。
オルフェイン自身もまた、技の反動に負けてしりもちをつく。
そんなオルフェインを前に、フロルタンの体は放物線を描いて床に落ちる。そしてそのまま、弾みもせずに再びの爆発。フロルタンの体は跡形もなくこの部屋から消えて失せた。
「やった、のか?」
確かな手応えに反して、視界はいまだ定まらぬまま。健在らしい気配は残っていない。が、目で見て確認のできないために、つぶやきもれた言葉にも疑いの色がある。
オルフェインは必殺の一打を叩き込んだ拳を握りながら、辺りに耳目を向けながら立ち上がる。
そんなオルフェインの耳は近づいてくる足音を拾う。
死んだフリをしていたフロルタンか、それともまた別の敵か。オルフェインは警戒のまま、傷ついた体に構えをとらせる。しかし、その警戒は杞憂であった。
「やりましたね、オルフェイン」
「ああ、不破さんか」
近づいてきた足音。それはかがみのものであったからだ。




