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27 躊躇い迷って

「ウォオオオオオオオッ!!」

 獅子か虎か。叩きつけるような咆哮と同時に迫るリュミナキメラ。

「グッ!?」

 突き出される鋭い爪に、晃司はとっさに腕を交差。急所に届かぬようにブロックする。

 しかし、ダメ!

 叩きつけられた衝撃に、守りに固めた腕が軋んでしびれる。そればかりか体の軸までが揺るがされて、重心が浮かされる。

 そうしてあまりの重みにたたらを踏まされ、盾と構えていた腕が歪む。

 そのわずかな綻びに逆の手がダメ押し。立て続けの連撃に固めていたはずの防御は薄板のごとくに破られ、晃司の体は軽々と吹き飛ばされる。

 背中から壁に激突し、時間差に挟み込む衝撃に絞られるようにして、晃司の口から苦悶の吐息が漏れ出す。

 弾き飛ばされたまま派手に叩きつけられた晃司。だがしかし、その割には跳ね返るようにして着地した足は、膝をたわめながらも崩れ切ることはなく、ダメージと体重を支えてみせる。

 なすすべもなく、ただ叩きつけられたかに見えた晃司であるが、その実とっさに壁に肘を叩きつけて、後ろ頭を守っていたのである。

「……へッ、どうした? 随分と手加減してくれてるみたいじゃないか?」

 晃司は言いながら、壁に寄りかかることなく己の足だけで体を支えて拳を構える。

 しかし強気の言葉とは裏腹に、体は芯が定まらず揺らいでいる。

 すでに晃司は何度も、何度も、重ねて同じように叩きつけられており、その肉体にはダメージが確かに積み重なっているのだ。

 だがその一方で、晃司がよろめきながらも、まだ立ち上がれているのもまた事実。

 本来の姿でない晃司相手なら、本気で潰すつもりであれば、すでに決着はついている。潜入直前に晃司の意識を奪ってみせたように。

 そうしていない以上、理由はどうであれ、キメラが晃司の命を奪わないように手加減しているのは明らかである。

「なにをぐずぐずしている? 私は「やれ」と命令したぞ」

 そんなキメラの手加減に気づいているのが、晃司と本人だけであるはずがない。

 それまで静観を決め込んでいたフロルタンが、決着をつけるように急がせる。

「せ、急かさないでよ! ボクにだって考えがあるんだから!」

「……動けない程度に痛めつけて、また気絶させたところで変わらんぞ。私は「やれ」と言った。始末がつくまで止めはしない」

「そんな!?」

 どうにか晃司を生かしたままでいよう。リュミナキメラはそう考えていたのだろう。しかしそんな考えを見透かした上で、無駄な抵抗だと切り捨てるフロルタンに、キメラは構えるのを忘れて振り向く。

「そもそも。そもそもだ。私はお前に、この男を捕まえてこいなどと言ってはいない。しかしお前は命令に背いて、生かしてこの場に連れてきたんだぞ?」

 燃える瞳を揺らすキメラの一方、フロルタンは鋭利な細面を崩さず、冷徹にキメラの命令違反を説く。

 それを聞いて晃司は、キメラが彼女なりに自分の命を守ろうとしていたことを知る。

「分かっているのか? お前はいま試されているのだぞ? 組織に貢献できる戦力であるかどうか、とな。お前を育ててきた組織のな。まさか、育てられた恩を忘れたわけではないだろうな?」

「忘れるわけなんてない!」

 しかし晃司が言葉を挟む間もなく、キメラとフロルタンの間で話は進んでいく。

「……でも、それでもボクは……このお兄さんを殺すなんてしたくない! だって、教えられてたみたいな悪い人なんかじゃないしッ!」

「同族だからと同情しているのか? それともお前の生まれの手掛かりになるとでも?」

「そんなの関係ない! この人にだってボクは恩があるんだから、だからやりたくないって!」

「お前……」

 ただの一度、ひどく飢えていた時とはいえたった一食分けてやっただけ。そんな一飯の義理だけを理由に、命令に抵抗するキメラの姿が眩しくて、晃司は目を細くさせる。

「……なるほど、お前の考えはよく分かった」

 抹殺命令には断じて納得できないとするキメラに対して、フロルタンは深々とため息をついてうなづく。

 渋々ながら理解を示したその態度に、リュミナキメラは安堵の息を吐く。だがそんな純真な獣娘に反して、晃司はいつでも跳べるように膝を備え続ける。

「では、二人でもろともに死ねよや」

 冷然と放たれた言葉と合図。それに合わせて、晃司とキメラ二人を合わせて貫ける位置にビームキャノンが壁を開いて現れる。

「へ?」

「あぶねえッ!?」

 キメラの口から呆けた声がこぼれ落ちるのと、晃司が跳んだのはほぼ同時。体ごとぶち当たって押し倒したその直後に、太いビームの弾丸が二人の上を通りすぎる。

「ギャアッ!? ……ッグゥ、ィギ……!」

 押し潰すように降り注ぐ熱量が晃司の背中を激しくあぶる。その痛みに目を白黒とさせながらも、晃司は歯を食いしばって悲鳴を噛み殺す。

「そんな!? お兄さんなにを!?」

 焼かれたのはほんの一瞬。しかしそんなわずかな間に背中側を強く焼かれた晃司に、リュミナキメラはなぜ自分を庇ったのかと声を上げる。

 キメラに構わず横に跳べばまだ傷は浅かったはず。ましてや地球人に擬態した今では、致命傷になりかねないというのに、なぜ?

「……なんとなく、だよ。体が勝手に、そっち……とんでた、へへ……」

 そんなリュミナキメラの疑問に、晃司は負傷がために途切れ途切れに、しかし確かに笑みを交えて答える。

 今にも消えてしまいそうな、儚く弱々しいその微笑み。そんな晃司の姿にキメラのオレンジ色の瞳が揺れる。

「……お兄さんは、危ないのに構わないでボクを助けてくれたのに……ボクは、ボク……ッ!」

 キメラは傷ついた晃司の体を腕に包みながら、自分も晃司と戦い、少なからず痛めつけたことの後悔を口に出す。

「……第二射、撃て」

 そうして二人が一塊になっている一方、フロルタンはその様にため息を吐き、再度ビームキャノンに向けて発射を指示する。

 指示を受け、大砲が次弾を発射口の奥で輝かせる。

 それを見るや、キメラはとっさに晃司を突き飛ばすようにして密着から分散。砲口に背を向けた大の字になって晃司との間で壁になる。

「アァアッ!?」

 晃司とは違い、盾となって直にビーム弾を受けて阻むリュミナキメラ。

 ビームに貫かれることも、呑み込まれることもなく、キメラの体はエネルギーの塊を弾き切る。

 しかし流石に大砲クラスのビーム弾。それを直に受けきったキメラの背中には、くっきりと焦げ痕が刻まれている。

 そのダメージに、キメラはたまらずその場に膝を突いてしまう。

「さすがの耐久力。リュミナイスの一員にして組織が手を加えただけのことはあるか。しかし事ここに至っては駒としての優秀さよりも面倒が勝るな」

 負傷し、膝をつきながらも健在なキメラ。そして冷却に入ったビームキャノンを見比べ、フロルタンは面倒くさそうに嘆息する。

「まったく、頭は弱いくせに善意ばかりは強くて……エサをくれてやってる義理で縛っているから平気だのと、そんな油断をしているからこれだ。飛び抜けて優れていようが、感情任せに駄々をこねるようなガキはこれだからよくない」

「……な、なにを……!?」

 頭を振りつつ嘆息するフロルタンへ、キメラはビームキャノンを警戒しながら問いを投げる。

 するとフロルタンは鼻息を一つ。あざけるように肩をすくめて口を開く。

「いまので察しがつかないか? 本当に頭の弱い。お前は組織が合成改造を施した実験個体だ。私のような傭兵ではない、手持ちの戦力を欲した組織が、赤子の内にさらってきた、な」

「そん、な……うそ……?」

「なぜ嘘を言う必要がある? お前は今までお前をさらってきた者に、いいように使われてきたのだよ。家畜か、番犬そして、原生生物を仕入れて売りさばく片棒をかつがされてきたのだ」

 呆然と瞳を揺らすキメラに対して、フロルタンは容赦なく真実と嘲笑を叩きつける。

「なら……騙されてた、だけだろう、が! お前も被害者なんだよ!」

「だが疑いもせずに使われ罪を重ね続けていたというのも、動かしようのない事実だ」

 さらわれて騙されていたキメラの責任は重くないと庇う晃司と、対してそれを詭弁だとフロルタンは笑う。

「しかし、疑問を抱いていた以上は遅かれ早かれであっただろうが、従わなくなったのならもう面倒を見てやる必要もあるまい」

 そう言ってフロルタンは壁のビームキャノンを一瞥する。

「うわぁああああああああッ!!」

 しかし同時にキメラが動く。だがその向かう先はフロルタンではなく、自身を狙っているビームキャノンだ。

 キメラの接近に対して、フロルタンの合図を待たずにビーム弾を吐き出すキャノン。

 しかし後ろに庇うべきものが無ければ当たってやる理由は無い。

 ほぼ直角のステップでキメラは光の塊である弾丸を回避。次を放つ暇も与えずに懐へもぐりこみ猛獣の爪を繰り出す。

 鋭く弧を描いた一撃は金属の塊であるビームキャノンを易々と破断。断ち切ったその破片をすかさず掴むや、フロルタンめがけて投げつける。

 音を立てて飛ぶビーム砲の部品に対して、フロルタンは何の動揺もなく悠然と迎えてはじき飛ばす。

「シィイアァッ!!」

 そこへキメラが立て続けに、爪を振りかぶって躍りかかる。

 しかし注意を分散させて繰り出したはずの一撃も、フロルタンはふわりと跳び退いて回避。

 だがそれでいい。

 渾身の一撃をかわしたフロルタン。にもかかわらずそれを追うキメラの目は、狙いどおりだとばかりに煌めく。

 瞬間、獣爪一閃。

 しかしフロルタンを追いかけてではなく、彼を追いやり立ったその場で、だ。

 振るった鋭い爪は、かがみと保奈を捕らえる枷を薄紙かのように切断。二人の動きを自由にする。

「逃げてッ!」

「え、ええ!」

 そしてかがみに逃げるように促せば、かがみは戸惑いつつもうなづいて保奈を抱える。

 キメラはすでにかがみが意識を取り戻していて、密かに拘束を解こうとしていたことに気づいていた。だからまずは、人質になった二人を動けるようにすること。それを狙ってフロルタンに仕掛けたのだ。

「ほう。案外冷静じゃないか、ケダモノ小娘が」

 散々に嘲り重ねてきた相手を殴ることでなく、人質救出を優先してみせたその行動に、フロルタンは緩やかに拍手をおくる。

「せめてもの償いと、この私を遠慮なく攻撃するために、かな?」

「大正解……ッダァアアアアアッ!」

 その順序だてた動きの理由を推し量り言うフロルタンへ、キメラは賞品代わりにとブレスパークを放つ。

 放った喉と口の方が心配になるほどの全力全開。

 それは余裕たっぷりに構えていたフロルタンを飲み込み、その背後の壁にぶち当たる。

 まばゆい光が弾けるも、それはわずかな間。

 目を焼くような輝きが引いた後には、アイスクリームを熱した串で刺したかのように穿たれた金属壁が、ぽっかりと口を開けているばかり。ビジネススーツに身を包んだ男の姿は影も形も無い。

「……よくも、ボクを散々に騙してくれて……ッ!」

 そんな破壊の痕を前に、キメラは肩を喘がせる。

「でも、これで少しは……」

 呼吸の中に安堵の色を見せるキメラだが、そこへ影が差す。

「ダメだ、まだ!?」

「……罪滅ぼしになった、か?」

 迫る影に気づいた晃司の警告も虚しく、キメラが声を上げる間もなく、彼女の腹に拳が突き刺さる。

 その拳の主は煤ひとつ被っていないフロルタンであった。

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