26 目を欺け
陽が落ちて、入れ替わりに月の昇った刻限。すっかりと夜の帳の落ちた景色が窓の外に広がっている。
眠りにつこうとしつつある静かな光景。それを眺めながら、晃司はハンドルを握る手に力を込める。
『合図はまだ出ていない。落ち着いて待機することを推奨する』
「……分かってるよ」
跨ったレッドビートルからの力みすぎであるとの指摘に、晃司は長い吐息と共に強張った体を緩める。
しかし、いま晃司は顔のすぐ前にあるキャノピー越しに夜の町を見ている。
だがその腰はたしかにレッドビートルのシートの上にある。
とは言うものの話そのものは単純で、レッドビートルの機体がより巨大なマシンの内側にある、というだけのことだ。
レッドビートルを包み込む、トリケラトプスの頭骨のようなこの巨大マシンの名はトライサンダー。強襲突撃用オーバーマシン型オプション装備である。
ドクター・ルルイエがその脅威の技術力でもって手早く修理を済ませたその上に、今回の作戦に合わせて取り付けられたのである。
もちろん急造したわけではなく、あらかじめ試作開発してあったオプションのひとつである。
しかしこの装備は大がかりで一機当たりのコストも高い。おまけにレッドビートルか、その系列機をコアとして接続しなくてはトーチカ程度にしか利用できない。こうした欠陥もあって正式採用は見送られ、試作機一機の製造だけで日の目を見る予定のない装備であった。
このままでは埃を被せるか、部品取りに解体するだけ。それならばせっかくと、使いきりにするつもりでこのうってつけの場面に投入することになったのである。
だが巨大な外付けマシンによる重装化を施したレッドビートルであるが、その出番はまだ。
これで敵アジトの警備を強引に破ることはできるだろう。だがそれだけではだめだ。トライサンダー装備のレッドビートルだけに敵の目を集中させてはいけない。いくら強力な装備でも出るべきタイミング、使いどころを誤ってはならない。
そしてそれを知らせる合図は必ず出される。それを信じて待つしかない。
強襲突撃用強化外装の中で逸りがちな心を抑えていると、空に赤い光が弾ける。
『信号弾を確認』
「おお! いっくぞぉおおおおッ!!」
レッドビートルのナビをかき消すような雄たけび。それと同時に晃司はアクセルを全開。高速回転を始める後輪と連動してトライサンダーの機体が走り出す。
さびれた、しかしなぜか見張りの立つ工場。そこへうなりをあげてまっすぐに突撃する、長い大砲二つ備えた鋼の塊。
そんなものが突撃してくるならば、当然抵抗はある。
迎かえ撃とうと、ビーム弾がトライサンダーへ向けて殺到する。が、もともと敵の抵抗をこじ開けるために作られた装甲である。降り注ぐビームをまるで意に介さず雨粒のように無造作に弾いていく。
そうして敵の抵抗は跳ね返しながら、しかしトライサンダーの機体は減速。あわせて角じみて伸びた大砲二門が音を立てて上下。角度を調整したのちに、その先端から光があふれ出す。
ぶっ放された極太のビームは、迎撃の弾丸を一方的に飲み込みかき消しながら直進。錆の浮いた建物をまるで砂山のように貫く。
『このタイミング』
「ああッ!」
強烈な光と、それがもたらす破壊の中、トライサンダーは全面のキャノピーを展開。解放されたコックピットから晃司は思い切り外へと飛び出す。
あらかじめいくらか速度は緩めていたものの、走っている戦車から飛び降りるようなことに間違いはない。
晃司はコンクリートの堅い地面を勢いよく転がって着地の衝撃を分散、そうして勢いが死に切らぬ間に立ちあがると、物陰に駆けこんで身を隠す。
一方でトライサンダーは、止めようと群がる敵を体当たりと機銃とで蹴散らし続ける。
合わせて続いて突入した突撃チームによるものだろう。夜の闇をいくつもの光が切り裂き、爆ぜる。
そんな様子をコンテナの陰から覗き見た晃司は、目立たぬよう気配を殺したまま目的地へ向けて動き出す。
戦いの気配に隠れて潜入を果たす。そしてかがみを助けて戦力として加わるのが晃司の役目である。
それを助けるための、レッドビートルのトライサンダー装備である。
派手に暴れる巨大マシンがあれば、どうしても戦力を割かずにはいられない。対処を怠れば壊滅、ないしは痛手を受ける。そう思わせるのが陽動というものだ。
オルフェインが加われず、予定より人数の欠けた突入チーム。それを無視できない規模へ押し上げ、人さらい組織を脅かすのに、ド派手なこのオプション装備はまさに適役だというわけだ。
そうして愛機が敵の目を引き付けている間に、晃司は先んじて渡されていた廃工場周辺のマップデータを参照しつつ、静かに素早く移動を続ける。
突入チームを助けるため、輸送車を襲って人員を引きずり出した陽動チーム。しかしその実態は、幻惑の技を使用したこけおどしに過ぎない。
そしてかがみもまた、データ上は死亡が確認されてはいないが、それでもいつまで五体満足に無事でいるか分かったものではない。
焦りは禁物。だがひとつひとつに確信をもって進めるほどの余裕はない。
屋内に通じる裏口。見張りがたったひとりだけと、釣り出されてすっかり手薄になった目的地を、晃司は曲がり角の陰から確認。
ここで見つかっては水の泡。これまでどおり、密かに物陰を渡って接近する。
コンテナを足場に屋根に登り、ほふく前進に移動。その間、他に入れるような隙間や窓は無いかと視線を巡らす。が、そのことごとくは塞がれていて、侵入路に使えそうな所は見当たらない。
しかしとにかく潜入と救出だ。晃司はそう己に言い聞かせて、息を殺しながら屋根に湿気を含んで積もった埃を体の前面で拭っていく。
そうして晃司は、見張りがひとり立った出入り口、それを真上から見下ろせる位置にまで到着。死角から仕掛けて、一息に仕留めてやろうといざ動き出そうと。
しかしその瞬間、不意に頭上からかすかなうなり声が晃司の耳に届く。
落ちてきた声に振り仰ぐ晃司。するとその視界は牙を剥いて降ってくる獣の姿に埋め尽くされる。
そうして声を上げる間もなく人間大の獣に捕らえられ、屋根より落ちる。続いて後ろからの衝撃に脳が揺さぶられて、晃司の意識が吹き飛ぶ。
やがて頭に響く痛みに、晃司の沈んでいた意識が浮かび上がる。
うめき、こびりつくような痛みを払い落とそうと、瞬きを繰り返しながら頭を振りつつ立ち上がろうとする。
だが無意識に体を支えようとした腕が動かない。
「なっ!?」
晃司はその事を怪訝に思って身を捩り、見えた物にギョッと声をあげる。
晃司の両手は後ろ手に枷をかけられて縛られていたのだ。
間違いなく意識を刈り取られていた間のことだろう。まんまと捕らわれ、縛られた己のうかつさに歯ぎしりしながら、晃司は枷を外そうと身をよじる。
「ふは! ざまあないじゃないかね、リュミナイス君」
網にかかった魚よろしくもがいている晃司に投げかけられる嘲りの声。それに晃司は膝立ちに身を起こして、嘲りの来た方向を睨む。
「それでも宇宙に名だたる正義の戦士の端くれかね? ええ?」
はたしてそこに立っていたのは、撫でつけ髪に鋭利な細面のビジネススーツを着た男。人さらいどもの戦闘隊を指揮していたあの男、フロルタンであった。
射抜いてやろうとばかりに晃司は鋭い眼光をフロルタンにぶつける。
しかし対するフロルタンは、晃司の殺気を涼しい顔で受け流している。
そんなフロルタンの足元には、女性が二人転がされている。
縛られたその二人とは、言うまでもなくかがみと保奈である。
「おのれがぁあ……ッ!!」
捕らわれた二人の姿に、晃司の殺気が激しく渦巻く。怒りの昂りに伴い、その髪は逆立ち、形相もまた音を立てて鬼のごとくに歪んでいく。
いや、晃司から軋み音が上がるというのは比喩ではない。爛々と瞳を燃やし、凶相を浮かべた顔ばかりか、その体すべてから確かにミシミシと音が鳴っているのだ。
メキリメキリと音が高まるに合わせて、晃司の体に光が線を描いて浮かびあがる。
ひび割れのように晃司の体に走った光。それが大きく脈打つと同時に、彼の手にかけられていた枷が弾け飛ぶ。
「おぉおりゃぁああッ!?」
力ずくに枷を引きちぎった勢いそのままに、晃司はフロルタンに向けて突っ込む。
「ほう。そんながちがちに封じられた状態でよくもまあ」
音を立てて踏み切り殴りかかる晃司の姿に、フロルタンは悠然と賞賛の声を送る。
「やれ、キメラ」
そして続いた指示に従ってフロルタンの背後から影が躍り出る。
「グッ!?」
獲物を仕留めようと跳びかかる虎か豹そのものの勢いで割り込んだそれにはじき飛ばされて、晃司は床を二度、三度と弾み転がる。
しかし晃司も転がされるままではない。その勢いを利用して起き上がり身構える。
それに対して、しなやかかつ力強い半人半獣の女戦士がフロルタンと捕虜二人を背に隠すようにして立ちはだかる。




