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25 甘ったれ

「支部長! 奴らのアジトの場所を教えてくださいッ!!」

 ドアが開き切るのももどかしく、晃司は支部長室へ体をねじり込む。

「ああ、来たかね。まぁ少し落ち着きなさいよ。ほい深呼吸」

 朝比奈支部長は、ノックも何もなしに駆け込んできた晃司を咎めることなく呼吸を整えるように勧める。

「すぅう……はぁああ……ってやってる場合じゃないっすってばッ! この支部のメンバーが、不破さんがさらわれてるんすよ!? 分かってるんすかッ!?」

 言われるままに深呼吸を始めてしまったものの、すぐに元の勢いを取り戻して支部長に詰め寄る。

 机を叩くほどに前のめりになった晃司。対する朝比奈は焦った若者の口から飛ぶ唾に掌を盾として挟んでため息をひとつ。

「キミがここに駆け込むまでに伝わってるよ。まったく、厄介なことになったもんだねえ」

「だったら何をそんな悠長なことを!? いいから目星のついてるアジトの場所を教えてくださいよ!」

 重ねて突入すべき場所を示してくれと求める晃司に対して、朝比奈はもう一度ため息を挟んで口を開く。

「……イヤだね」

 しかし朝比奈支部長の答えは拒否の一言であった。

 その信じられない返事に、晃司は絶句する。

「な、なん……?」

「おや? 聞こえなかったのかね? お断りだと言ったんだよ」

 わざわざもう一度繰り返して拒否の言葉を告げる朝比奈支部長。

 その挑発じみた言いように、晃司は机についた手を拳にして再び叩く。

「ふざけないで下さいっすよ! なんで……なんでダメなんすか!? 部下と、罪の無い地球人が捕まえられたんですよ!?」

 まさか見捨てるつもりなのか。と、晃司は疑いを込めて問う。

 しかし、こうして問答している間すら惜しいと焦れた晃司に対して、支部長は動じた様子も無く無精ヒゲをいじる。

 それはまるで、しかけが動くのを待つ釣り人のようである。

「それじゃ逆に聞くがね、目星の場所を聞いて、どこに捕まってるのかを見つけて、それでどうするつもりなんだね?」

「助けに行くに決まってるじゃないですか!」

 世間話を振るかのような支部長の問い。それに晃司は何を分かりきったことを聞くのかと、被せぎみに返す。

「うん。行くのはいいがどうやって助けるつもりだね?」

 さらに重ねての問いかけ。具体的な手段を尋ねられて、晃司は言葉をつまらせる。

 助けに行く。それだけしか頭に無く、手段は突っ込んでから、出たとこ任せにしていた自分に気づかされたのだ。

 しかしそれでも答えないわけには行かず、ぎこちない舌を無理矢理に動かす。

「……そりゃ、俺の命にかえてでも奪い返して……」

「ふむふむ。心意気はまあ分かったよ。で、それで失敗したらどうするんだい?」

「最初から失敗を考えて動きはしません。とにかく急いで助けに行かないと……」

「甘ったれるなッ!!」

 不意に真っ向からの一喝。

 叩きつけるようなその気迫に、晃司は思わず前のめりになっていた背すじを伸ばす。

 朝比奈らしからぬ真剣な怒気。それに晃司は完全に圧倒されていた。だが言われっぱなしではいないと、言葉を返す。

「……甘ったれだなどと……俺はただ、二人や他の人たちを助け出すために、捨て身になってでも、と」

「その考えが甘ったれだというんだこの若造がッ!!」

 しかしそんな晃司の反論を、再びの喝が遮る。

 晃司が口をつぐみ、口ごたえを止めたのを確かめると、朝比奈は鼻息を一つ挟んで言葉を続ける。

「捨て身の思いで目的を果たそうというのはいい。それが勝利を呼び寄せることがあるということは否定しない」

 厳しく険しい顔はそのまま。しかし努めて抑えた声音で精神論そのものは良いのだと告げる。

「だが仮にそれで本当にお前が倒れたとして、他の誰に囚われた者たちを助け出させるつもりだッ!?」

 そして一息置いた後に鋭い怒声を放つ。

 すると晃司はまるで殴られたかのように、ふらふらと後退りする。

「ただ逸って突っ込めば誰かを守れるのか? 足りないところは周りが都合よくお膳立てしてくれるとでも? そういうのは甘ったれと言うんだ!」

 そう、そのとおり。朝比奈支部長の言うとおりなのだ。

 晃司は近くにいながら連れ去られてしまった自責から救出を焦っていた。そして同時に、助け出せさえすれば相討ちになっても構わないと、そんな捨て鉢な思いも持っていた。

 だがそれは一人で責任を被っているようで、その実、周りに補助と後始末を強いているに過ぎないのだ。いわば一発逆転の博打のために借金をして、その保証人に近しい者を黙って指名しているようなものだ。

 そんな自分の甘えを突かれて、晃司は額を押さえてよろめく。

「……ヒーローという肩書きではあるが、実態は我々に雇われた傭兵のようなものだというのは確かだ。だがなんにせよ、何を守り、何をなすべきか。そのためには何が必要で何がどう利用できるのかを常に考えろ。戦いの場、その瞬間だけでなく、常にだ。それがキミたちのあるべき姿ってものだろう?」

 先の喝入れとは打って代わって、朝比奈は穏やかな声で語る。

 凪いだ言葉で教え諭されて、晃司は目を見開き、うつむきかけていた顔を上げる。

 人事を尽くして天命を待つ。そういう言葉がある。

 己の持つ能力すべてを費やし、出来る限りのことをしたのならば、後に続く結果は天の意思に従うところ。どう転ぼうが悔やむものではない。と言う意味だ。

 裏返せば、天命を待つのは力のすべてを尽くしてからだということ。

 だが今の晃司は、真の意味で力の限りを注いですらいない。気が逸るあまりにそれ以前のところで、天命任せに戦いへ臨もうとしているのだ。むしろ無意識にそのツケを周りに押し付けようとしていたとさえ言える。これでは甘ったれだなどと呼ばれても仕方がない。

 つくづく。つくづく的確な朝比奈の言葉に、晃司は目から鱗が落ちる思いであった。

 そうして焦りと自責による曇りから眼が解き放たれて、そうして見えた物を語ろうと晃司の口が動きだす。

「……もともとはどういう計画があったんすか?」

 そう尋ねる晃司の目を見て、朝比奈はわずかに口元を緩めてうなづく。

 甘さを鋭く貫いた一喝に、晃司は確かに打ちのめされた。打ちのめされはしたがしかし、すばやく立ち直りかつ、考えを切り替えてみせたところは評価に値したようだ。

「そうだね。動ける者たちと、キミを含めた地球にいる正、準公認のヒーローを集める。で、陽動チームで引き付けて、突入チームで指揮系統を叩いて混乱させる。と、ざっくりといえばこんな感じで考えてたよ」

 そう言って朝比奈はイスにもたれ掛かって無精ヒゲをぶちりと。

 普段どおりにひょうひょうと、しかし確かに苦々しげな色を帯びた朝比奈の態度。それに晃司もまた、顔を渋くする。

 現在Gコスモスは動かせる戦力に乏しい。免許持ち、仮免の外部協力者でいくらか補ったとしても、貧しいことに変わりはない。

 そこへかがみの拉致である。かがみ自身は負傷もあるので、もちろん戦力としては数えられていない。しかしオルフェインに擬態解除承認を出せるのは、パートナーであるかがみだけ。そのため彼女と連携を取れない現状は、実質晃司も戦力になれないということである。

 朝比奈がより上位の権限で解除できないのは不自然に思える。だが、朝比奈の権限でできるのは強制擬態拘束だけなのである。

 これは擬態解除制限のかかった者が、なんらかの手段で擬態を解除、反乱を起こした場合に、支部長が最後の砦としてあるためである。

 しかしなぜ最後のブレーキとして留まらなくてはならないのか。

「黒部君みたいに友好的で協力的なの相手だと忘れがちだけど、そもそもはこれって犯罪者向けの制度だからねぇ」

 朝比奈が言うように、そもそも擬態解除に制限をかけられているのは程度の大小はあれども犯罪者なのである。

 晃司ことオルフェインが仮免ヒーローとして戦闘力を提供しているのも、元々は罪を減じる懲役労働の一種である。

 言ってみれば、刑務所の中に入れられるような者を監視付きで危険なものとはいえ、労働に従事させているようなものなのだ。

 であるからこそ、万一に備えて強固な拘束がかけられるような仕組みで出来上がっていて、緩められずにいるのである。

 しかしどうにもならない現状と、その理由を再認識したところで、戦力が大幅に欠けた状況は変わらない。分かったのは、晃司がかがみと接触できなければ、オルフェインとして戦列に並ぶことも難しいことだけ。

 しかしそこに思い至って、晃司はある閃きを得る。

「支部長。俺は突入チームの予定だったんすよね?」

「ああ、そうだよ。しかしどうするね? 誰ぞを潜入させて、それで不破君が救出されるまでは待機した方が賢明だと思うがね?」

 朝比奈支部長は、軽い調子で安全策を挙げる。確かに、鞘から抜けない刀を戦場に持っていっても、重くかさ張るばかりでろくに役には立たない。

 しかし晃司は刀では、武器ではないのだ。

「いや、それなら潜入は俺がやるべきです」

 そう。晃司は己だけでは抜けぬ刃をその身に宿してはいても、一人で動けない道具ではない。

 この晃司の案を受けて、朝比奈はそれを待っていましたとばかりに、視線で続きをうながす。

「助け出されるのを待つよりは、俺が直接向かった方が早いっすよね。上手くいけば敵の懐の中から俺が暴れて引っかき回すこともできるわけで」

「なるほどたしかに。それで、キミを潜入させるとして、他の者たちはどうするのかね?」

「他の皆さんは予定どおりにやってもらうしか無いかと。陽動と突入は俺の動きに関わりなく。俺は上手くいけば参加できる増援ってことで」

「陽動のと突入のとで上手く目を引ければ、その分黒部君の潜入は確実になるか……」

 晃司の修正案に朝比奈は顎を撫でさすりつつ低くうなる。

 朝比奈支部長が、そうして聞いた計画をかみしめてしばらく。肚は決まったのか顎の手が離れる。

「しかしそれでもまだ博打のところが大きい。わたしゃあ好かんな」

 決心から続いた朝比奈の言葉に、晃司は不合格かと下唇を噛む。

「……ただそれでも、黒部君の案が今一番手早く戦力を揃えられる可能性がある方法か」

「え?」

 しかしさらに続いた言葉を受けて、晃司は思わず目を見開く。

「おや? なにを呆けているのかね? 責任は私が取るから、さっそく救出と捕縛作戦に取りかかるとしようじゃないか」

「い、いいん、ですか?」

「ふむ? 知らないのかね? 長の仕事はだね、責任を取ることなんだよ。実行役は他のことは気にせずに、自分の任されたことを成し遂げるのに集中すればいいのさ」

「は、はいッ!」

 朝比奈がニヤリと口元を緩めて後押しすれば、晃司はうなづき、預けたレッドビートルの元へ向かうべく部屋を後にする。

「あんまり気負うもんじゃないからねぇ」

 その背中に朝比奈は緩い声を投げかけて見送る。

「……どうだね、しばらくぶりに見る弟子の姿は?」

 そうして晃司の姿が見えなくなると、朝比奈はデスクの上にある端末を操作。繋がっている相手に言葉を投げる。

『……まだまだです。心が座っていません。ですが、潰れてはいないようで安心しました』

 言いながら首を横に振るのは、刺々しい頭をしたリュミナイスの男である。

 波うち、ところどころの逆立ったその頭は獅子のたてがみのごとく。

 彼の名はリュミナライガ。捨て子であった晃司ことオルフェインを拾い、戦闘技術を仕込んだ師匠である。

『あなたが喝を入れてくれたおかげで、少しはオルも心構えを正すことでしょう。本来ならば私がやらねばならぬところを、いろいろと面倒な願いをしてしまったことと合わせて、伏して感謝を……』

 晃司の外部協力者としての登録がすんなりと進んだのは、本人の人格の他に、師のライガが密かに朝比奈支部長に根回しをしていたこともある。

 もしめぐり合わせたならば、弟子に実戦経験を積むチャンスを与えてやってほしい、と。

 そのための骨折りばかりか、今回の教導にライガはモニターの向こうで深々と頭を下げる。

 だが対する朝比奈は苦笑を浮かべて首を横に振る。

「あーもー……かったいねえ、止してちょうだいよ。昔は同じチームで戦った仲じゃないの」

『しかし、そうはおっしゃいますが、隊長と一隊員、上司と部下でしたし……』

「細かいことを気にしなさんなって。どっちにせよ昔の仲間で、弟子を預けてるのと預かってるのってのには違いないんだからさ」

『そう……ですね』

 くり返して気にするなとの朝比奈の言葉。それにライガもようやく首を縦に振る。

「それにしても、そんなに心配ならひと声かけて励ましてやればよかったろうに。こんな回りくどく様子見したりしてないでさ」

『いえ。ここで声をかけては、かえって甘えに繋がるかと。今は無条件に寄りかかってしまいがちな存在は必要ありません。せっかく整った心構えを台無しにしてしまいます』

 しかし朝比奈のからかうような軽口には、ライガは首を左右に振ってきっぱりと断る。

 今は自立による成長を促す時期。自分の存在は成長を阻害しかねない。そんなリュミナライガの考えに、朝比奈は納得だと苦笑まじりにうなづく。

『それはともかく、そちらこそ大丈夫なのですか? 情報が抜き取られているのでしょう?』

「それは、まあ大丈夫だよ。考えはあるからね」

 逆に心配そうに状況を尋ねるライガに、朝比奈支部長はイスにもたれ掛かりながら答える。

『それはそれは。レイザーギロチンとあだ名された支部長に睨まれた内通者が逆に哀れなことになりそうで』

「止してくれやい、昔の話だよ。もう前線から手を引いて随分だ。すっかり錆びついたなまくらだよ。まあ、なまくらなりにやれることはやらせてもらうがね」

 そして朝比奈はモニターの向こうの戦友に向けて笑みを返すのであった。

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