24 奪われたものたち
晃司が住み家としている嘉徳荘の一部屋。
そこでいま晃司は床に正座している。
ちゃぶ台を挟んだその反対側には、同じく正座したかがみの姿がある。
そして部屋の中には仁王立ちするもう一人がいる。
出入口の側に立って腕組みする保奈である。
保奈に見下ろされて縮こまる晃司とかがみ。
言うまでもなく、揃っての正座は保奈に強要されてのことである。
なぜこんなことになってしまったのか。
とは言っても、特別複雑な事情があるわけではない。
晃司と保奈が貸し駐車場から戻ったところ、次の仕事の打ち合わせに来ていたかがみと鉢合わせになったのだ。
そうして改めて出直そうとするかがみを保奈が捕まえ、一緒に部屋に引きずり込んで今に至るというわけである。
「……で? こんな傷だらけの晃司を養生もさせずに、もう次のお仕事を割り振るんですか?」
かがみを見下ろして、保奈が問いかける。
重くトゲを備えたその問いかけは、釣天井のごとくかがみにのし掛かる。
「いや、その、保奈? 俺の体のことなら、大げさに包帯やらなんやらがつけてあるだけで、別に骨折とかしてる訳でもなし……」
「晃司は黙ってて!」
晃司はなんとか取りなそうとフォローに入るも、それは保奈にピシャリと払い落とされる。
「それで、どうなんです? こんな大ケガさせてるんですから、当然ちゃんと治るまで治療に専念させてくれるんですよね? ああ! 次の、っていうのは治って復帰した後のって話だったんですね! 私ったらとんだ早とちりで、ごめんなさい不破さん」
謝罪の言葉を口にしながらも、保奈は見下ろすのをやめない。
それは明らかに、自分の察した通りでしょうね。そうだと言いなさい。という圧力である。
まるで子の危機に対した母熊のような気迫である。だが保奈は晃司の母でもなんでもない、女子高生である。繰り返すが、一般地球人の女子高生である。
「……いえ、今の状態でもできる範囲の仕事をおまかせしようと……」
だがかがみは、そんな保奈の女子高生らしからぬ気迫にのし掛かられながら、ぼかしつつも正直に答えてしまう。
誠実と言うべきか、融通が利かないと言うべきか。話せる範囲では正直にというのは美徳だが、この場面では火に油を投げ込むようなものだ。
「あれ? あれあれあれぇ? おかしいですね、私の聞き間違いでしょうかぁ? ケガでも病気でも構わず働かせるとか、ブラック企業なセリフが聞こえた気がしましたけれど?」
案の定、保奈の目元はひきつり始め、放つ気迫がひりつくように険と重みとを増す。
しつこいようであるが、保奈は日本生まれ日本育ちの、生粋の日本人で地球人の女子高生である。
「……ですが、私たちも診察の結果を聞いて判断していて、黒部さんにも強要しているわけでは……」
「マニュアル通りに扱ってますって、そんなアホな言い訳なんざ聞けますか!? 労災出てようがなんだろうが、ケガさせといて休ませもしない、そちらのあり得ない人づかいの話をしてるんでしょうが!」
真っ向からバッサリと切り捨てる保奈。それにかがみは返す言葉を失い口をつぐむ。
「晃司、こんな仕事が危険なだけじゃなく、人を大事にしない真っ黒な職場辞めちゃおう? そのうちに晃司が潰されちゃうから!」
そんなかがみに、保奈はとうとうため息をつく。そしてその勢いのまま、晃司にGコスモスと手を切ってしまうよう提案する。
「いや、でもだな……」
そんな保奈の言葉に対して、晃司はそういうわけにもいかないと首を横に振る。
晃司も完治こそしてはいないが、傷のほとんどは埋まっている。すでに戦う分には問題がない。
さらにケガ人も休ませてやれない、Gコスモス地球支部の人材的な貧しさもある。
なによりいまGコスモスが追いかけている組織を放置してしまえば、保奈を含む多くの者が犠牲になる。それを座して見ないフリには、晃司にはできない。
だがそれらを上手くぼかした上で、保奈を納得させる言葉が晃司には見つけられず、視線を虚空に泳がせるだけになる。
「いえ、いいんです。安田さんの言うことももっともです。これでは、人を使い潰しにしているようにしか見えませんよね」
そうしているうちに、かがみがうつむいた首はそのままに立ち上がる。
「いや、不破さんそれは……ッ!?」
「いいんです。黒部さん。支部長には話しておきますから、お大事に。詳しいことはまた連絡します」
制止しようとする晃司の言葉を振り切って、かがみは玄関へと向かう。
その言い回しから、晃司はかがみがメールか何かでまた後で連絡を入れるつもりだと理解した。だがこの場で、何のフォローもできずに追い払うような形になってしまったことは口惜しく、顔が渋い無力感を含んだものになる。
そして立ち去ろうとするかがみをせめて見送ろうと、晃司も腰を上げる。
「なによ、もう……私ひとりが悪者みたいじゃない」
そんな二人の様子に面白くないのが保奈である。彼女からしてみれば、晃司の命を心配して、ひどい職場から守ろうとしているにも関わらず、ただ自分だけが物わかりの悪い子どものように扱われているようなものだ。たまったものではないだろう。
「いや。保奈が俺なんかを心配してくれてるのは、ありがたいと思ってるから」
唇を尖らせる保奈に、晃司は心配への感謝を告げる。
「……なら「なんか」はやめて」
「うん?」
「……そこを分かってるんなら「俺なんか」なんていうのはやめて」
「ああ。ありがとう」
まだすねて尖った唇はそのまま。しかし照れたように視線を逸らした保奈の様子に、晃司は苦笑まじりにうなづく。
そうして晃司はかがみを見送りに部屋の外に出る。
適当な履き物に足を突っ込んでドアをくぐれば、まだすぐそこにかがみの姿があった。
「ども、スンマセンっす。ただ保奈の態度も、事情を知らないなりに俺を心配したあまりのことなんで、悪く思わないでやってください」
「ええ。分かっています。自分にはよく分からない、知らせてもらえないことで近しい人が危険にさらされている。それは辛いことだと思いますから」
保奈に代わって詫びる晃司の言葉を、かがみは微苦笑を浮かべて受け入れる。
「それでは、必要なことは後で連絡しますので。バレたらまた彼女に怒られてしまいそうですけれど」
そうしてかがみが立ち去ろうと足を踏み出すと、この瞬間を狙ったかのように、二人から揃って警報が鳴り響く。
「接近警報!?」
「この反応は……ッ!?」
マークしている敵性存在の接近を報せる警鐘に晃司とかがみが身構える。
だが遅い。
光放ち、標的を狩る猛禽を相手にしては、警報すら遅きに失したものだ。
轟! と、空を引き裂き突っ込んできた輝きは、迷い無く晃司を直撃する。
「ぬあッ?!」
カギ爪にて晃司の筋骨逞しい肉体を捕らえた光は、間髪置かず急上昇。まさにVの字を描いて晃司を空高くへと連れ去った。
「お前はッ!?」
自分を掴まえて放さず、天を駆け上る光の怪鳥。
巨大な翼を広げたその姿を間近に、晃司は目を見開く。
鳥を混ぜ込んだ女リュミナイス人。あのキメラと呼ばれる少女の、戦闘形態の一つに間違いない。
「ゴメンね。どうしてもやらなきゃで」
くちばしと化して刃のように鋭くなった口から謝罪の言葉を口にしながらも、リュミナキメラは晃司を空高くへ運ぶのをやめない。
晃司は遠ざかる地面と飛翔態のキメラとを交互に見やり、拘束を振りほどこうともがく。
すると身じろぎする晃司の胸から光が漏れ出る。
そう。もうすでに戦闘力を縛る拘束は解かれているのだ。
恐らくは警報を受けたと同時にかがみが解除してくれていたのだろう。
「おとなしくさらわれてはやれんな!」
それならばと晃司は体に力を込めて発光。地球人としての姿の奥に秘した姿を解き放つ。
「おぉおッ!」
まばゆく輝いての変身。その余勢を駆ってオルフェインはリュミナキメラの足爪を振りほどく。
そうして脚から小刻みにエネルギーを噴射。さらに重力も加えて空中を三次元にステップ。
逃がすまいと捕まえにくる足を警戒しての動きである。しかしオルフェインの予想に反して、リュミナキメラは離れた距離を詰めるどころか、分離した勢いのまま逆にオルフェインから離れていく。
すわ必殺のブレスパークかと、オルフェインは防御の構えをとる。
だがその必殺の遠距離光線に対する警戒も裏切って、リュミナキメラは振り返りもせず撤収するばかり。
オルフェインの予測と警戒のことごとくは空振りに終わり、彼を空へと連れ去った者はすでにかなたにゴマ粒と見える程度にまで離れている。飛翔に特化した形態であるいまのキメラに、ここまで距離を開けられては追いつけはすまい。
追いかけている組織の手がかりをみすみす逃がしてしまった。しかも前回のことも合わせれば、同じ相手に二度目である。
オルフェインはそんな自分をだらしがない、と頭を振る。
ともあれ逃がしてしまったことと、自分の無事は伝えようとかがみに通信をつなぐ。だが通信は繋がることはない。
そのことにオルフェインはふと嫌な予感を覚える。
胸騒ぎに突き動かされて、オルフェインは地上へと急降下。
地球人の目を憚ることも忘れて真っ直ぐに嘉徳荘前に降りるオルフェイン。
だがそこにすでにかがみの姿は無い。
ますますざわめきを増す胸の内に突き動かされて、オルフェインは黒部晃司として借りている部屋へと駆け込む。
しかしそこももぬけの殻。
残っていたはずの保奈もおらず、物を蹴散らかした争いの痕跡が残されているのみである。
「くっそッ! やられた! またさらわれたッ!?」
苛立ちのままに吐き捨てて、オルフェインは踵を返して外へ。
そしてレッドビートルならばかがみの位置情報を探れるだろうと愛車の許へ走る。
しかし駐車場に向かうその途中に見たものに、オルフェインは愕然と立ち止まる。
「……ッ! ちくしょう! ちっくしょうがぁッ!!」
横倒しに道の隅に転がされた機械。赤地に銀のラインが入ったその機体は間違いなくレッドビートルであった。
『……ガ、ガガ、すまない、オ……フェイン……止められ、なかった』
煙を上げ、ノイズ交じりの声で詫びるレッドビートル。
「……いや、いや! お前のせいじゃない! お前のせいであるものかッ!」
へこまされ、歪められた愛車を抱えて、オルフェインは繰り返し首を横に振る。




