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23 垢を落としてやろう

 賃料の安いアパート、嘉徳荘。

 そのほど近くにある貸し駐車場に、赤地に銀のラインの入った派手なオンロードバイクと、それを磨く包帯まみれの晃司の姿がある。

 レッドビートルの機体表面にはところどころ黒く盛り上がっている。

 泥をこびりつけたようなそれを晃司がスポンジでもって柔らかくこすると、その下から新品同様の装甲カウルが現れる。

 落としている汚れから、近所に住む子どもがやらかしたイタズラの後始末をしているだけにも見える。が、そんなことは無い。

「すごいな。直るとは聞いてたが、こんなにもキレイにか」

『肯定。ナノマシンによる擬似代謝修復を盛り込んだ例は過去にもあるが、本機に搭載されたそれは機体サイズに比して非常に優秀』

 驚嘆の言葉と共に、汚れの下から現れた機体表面を撫でる晃司の言う通り、そこには擦り削れた痕がくっきりと刻まれていたのである。

 マシンにこびりついた泥のようになっているものは、削れた機体を埋める材料として役目を全うしたものの残滓たち。いわば垢か、あるいはカサブタとでも言うべき老廃物なのである。

 先の虫巨人型怪獣との闘いではいくつもの傷を負ったレッドビートルであるが、既にその傷は完全に修復されているのだ。

「修復が早いのはいいことだが、こうまで早いとはな。俺もそれなりに傷の直りには自信はあるが俺以上なんじゃないか?」

『否定。今回の場合、黒部晃司の治癒が遅れているのは自爆行為の影響。軽率な行動は慎むことを推奨する』

 冗談混じりの軽口のつもりが、思いがけずレッドビートルから返ってきたのはの容赦なしの指摘。それに晃司は、返す言葉を喉につまらせてうめく。

 そのとおりなのだ。

 先の戦いで晃司が、オルフェインが負ったダメージは、自爆によって拘束をこじ開けた際に生じたものがもっとも重い。

 弾けた全身のエネルギー循環組織をはじめとして、体内は傷だらけ。そんな状態でさらに必殺技まで使ったものだから、その負荷は推して知るべし。

 治癒のためにエネルギーを巡らそうにも、その経路がところどころでぶつ切れになっているので、まんべんなく、充分にとはいっていないのだ。

 例えて言うならば、壊れた建物の修理をしようにも、その途中の道が塞がって資材も人手もスムーズに目的地にたどり着けなくなっているようなものだ。

 しかしただ放出し、自爆した「だけ」ならばここまでにはならない。

 せいぜい表皮がいくらか焼け焦げて、体表面近くの細かな循環路が切れる程度だ。

 しかしそれでは、逆に周囲が大爆発に見舞われることになっただろう。

 つまりあの時晃司は、自分の肉体そのものをクッションとして、外へ出る威力を拘束を弾き飛ばす程度にまで抑え込んだのである。

 確かに反応させるエネルギーそのものを抑えて加減はした。したがしかし、その程度で自由に加減が利くならば、それはもう暴発などではない。ただの全身放出型の光線技だ。

「だから、あれはしかたないだろ? 加減するのに使えるものは使わないと……」

 そんなようやく見つけた理由を盾に、晃司は自爆行為を正当化しようとする。

 しかし晃司の言い訳に対するレッドビートルの返事は、さらに鋭く容赦のないものであった。

『否定。あの時点で本機の能力は解放されていた。本機が充分に注意を引くか、ダメージを与えるかして拘束を緩めることは可能だったとシミュレーション済み。本機が救助するまでを待機していても問題は無かった。結論。あの局面で自爆による脱出を行ったのは軽率。自爆によるダメージが現状の程度で収まったのも結果に過ぎない』

 理路整然と選択が過ちであったと述べるレッドビートル。

 やぶ蛇な形で始まり、不利な流れで進む反省会に、晃司はバイクを磨く手を止めて顔をしかめる。

「ズバズバとまあ辛辣に言ってくれるじゃないかよ……」

『本機レッドビートルは乗用型支援マシンである。ユーザーの無謀な危険行為を指摘、改善を要求するのもまた支援の一部と認識。割り当てられたユーザーの頭脳が筋肉繊維で構成されていれば、こうした支援の必要性が増すと学習した』

「チックショウ……コイツめ、好き放題言いたい放題にさっきから……!」

 持ち主を直球に脳筋呼ばわりする口の悪さに、晃司は眉間のしわを深くしてスポンジをバケツに放る。

「……ったく、俺の周りはどうしてこう、お小言の多いのが集まるかね。ありがたすぎて涙が出てくるぜ」

 なまじ言うことは間違いでないので、晃司も皮肉めいた言葉で反感を表現するしかない。

 だがしかし、この晃司のなげやりな言葉に、対するレッドビートルは無言であった。

 先ほどまでの饒舌ぶりはどこへやら。とたんに物言わぬ普通のバイクのように振る舞い始めたレッドビートルを晃司は訝しむ。

「……おい? なんだよ急に、だんまりか?」

 晃司が問いかけるも、やはりレッドビートルからの返事は無い。

 キツいことを言って怒らせたか?

 急に自分の言葉を無視し始めた愛車に、晃司はそんな不安を抱く。

 助言に対する態度ではなかったと詫びるべきか。

 そう思うと同時に、バイク相手に平謝りしている姿を、もし何者かに見られたりしたら正気を疑われるに違いない、とも考える。

 素直に詫びるべきか。怪しまれ、疑いを呼ぶような行動は控えるべきか。この二つの考えに挟まれて、晃司はどうするべきかと迷う。

「こんなところでなにしてるの?」

「なにって、レッドビートルの汚れを落として……ってうおぅッ!?」

 そうしてどうすべきかとためらっている晃司の背中に、声が投げかけられる。その問いに答えつつ振り返り、声の主を見て跳びはねる。

「ケガ人がいったい何やってるの?」

「や、保奈……」

 晃司の背後にいつの間にか忍びよっていたのは、嘉徳荘大家の娘である保奈であった。

 保奈はそのまま晃司との間合いをさらに詰めると、晃司の手首を握って掴まえる。

「もう、ダメじゃないの、こんなケガした手で。包帯濡らしてばい菌入ったらどうするのよ」

「あ、おう?」

 先ほどまでの雰囲気に反して出てきたやんわりとした叱り言葉に、晃司は戸惑い目を瞬かせる。

 すると保奈は手を取ったまま首を傾げるので、晃司は急ぎ問いに答える。

「いや、包帯なら後で換えればいいか、って思って……」

「換えるまでにばい菌は入っちゃうかもじゃないの」

「それはそうだが……」

 保奈の心配は分かる。だが地球の菌が、自分に入ったところで炎症を起こせるとは思えないというのが晃司の正直な考えだ。

 リュミナイスの肉体は多少の雑菌程度であれば、入ったそばから殺菌することができる。

 免疫力|(物理)とでもいうべきか。

 この強靭かつ万能な免疫力もまた、リュミナイス人を宇宙の戦士として活躍させる一因となっている。

「だが、こいつを洗ってもやらないとならないからな」

「それくらいなら私を頼ってくれればよかったのに。晃司が無理してやることないじゃない!」

「いや、だがそれは……」

 ただのバイクならば、確かに保奈を頼ってもよかったのだろう。ただのバイクならば。

 だがいま晃司が磨いているのは、Gコスモスの、ドクター・ルルイエの技術を詰め込んだ試作品、レッドビートルである。

 ナノマシンの残りカスは乾いた泥のようにしか見えないし、素人が洗車した程度でバレる偽装ではないだろう。だがやすやすと余人にさわらせていいかと言うと、疑問はある。

「なに? 逆に傷でもつけるんじゃないかって心配してるの? ちょっと失礼なんじゃない?」

「いや、そんな心配はしてないんだが……」

 任せるのを渋る晃司に、保奈が唇を尖らせる。そんな彼女に、晃司はどう説明したものかと困り顔になる。

「とにかく、残りは私が洗っておくから、晃司の手の消毒と包帯のまき直しをしに行きましょ?」

「お、おう」

 ここは素直に従っておく方が得策。そう判断した晃司は腕を牽かれるままに駐車場を後にするのであった。

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