22 裏側
落ち着いた木目調の内装。そのところどころに赤い花を飾った喫茶店。
時間はちょうど昼食時。店の中は食事にと訪れた客で賑わっている。
そうして埋まった席の内、壁際の二人掛けのものに男がひとりで座っている。
濃紺のビジネススーツに、頭にきっちりと撫で付けた黒い髪。
細く鋭いパーツで形作られた顔を、口元に運んだコーヒーの香りで和らげたこの男。彼は紛れもなく、人拐い組織のアジトで指揮を執り、オルフェインを翻弄しとおしたあの男であった。
「こちらに来てしばらくたつが、やはりこの店の味が私にはよく馴染む」
食後のコーヒーの一口目に、満足げな息を吐いて笑みを深める。
「キミはどうだね? 気に入ってくれると思うのだが?」
そしてカップの中で波立つ黒に目を落としつつ、つぶやく。
しかし何者かに投げかけるような口ぶりではあるが、彼の向かいの席には誰もいない。
「……そんな無駄話をしに来たわけではないわ」
投げかけた声に反応したのは彼の真後ろ。背中側の別の席に座る人物である。
まろやかに起伏を描くスタイルと声色から、女性であることは間違いない。だが、サングラスに髪の毛全部を収めた帽子と、顔を隠しているために誰であるかの判別がつきにくい。
「やれやれ、つれない返事じゃないか」
椅子越しに背中合わせになった変装女性の言葉に、鋭利な風貌の男は苦笑気味に嘆息する。
「ゆったり飲食を楽しむ余裕くらいは持つべきだと思うがね」
「それは余裕のある者の話よ。私は本職のアナタほど隠れて動くのが得意ではないのよ」
「……隠れて情報を横流しにできてる者が言うと、イヤミにしかならないな」
変装女からのさらに取りつく島のない返事に、男は肩をすくめて頭を振る。
「では、次の計画を教えてもらうとしようか?」
「これがそうよ」
本題に入ろうと促した男に従って、サングラスの女は茶封筒を振り返りもせずに壁がわを通す。
星系間移動の可能な異星人たちが、書類での情報受け渡しなどナンセンスな、という声もあるかもしれない。だが、それほどの技術ゆえにデータのセキュリティも複雑強固であると言える。
情報を引き出すなり、機材を使用するなりすれば、その痕跡はいくら消してごまかしても何かしらの形で残ってしまう。
それをごまかす手段もないではない。が、疑いをもって探るものが出てはそれほど時を待たずにばれてしまう。いくらか時間を稼ぐのがせいぜい、といったところだ。
だから機材を極力使わず、情報を渡すことができ、いざとなれば物理的に消去することで証拠を隠滅。少なくともどれほどの情報が渡ったのかを知らせにくくする、書類での情報伝達は選択肢としては大いに有効な一つだと言える。
「確かに」
スーツの男は受け取った封筒を開けることなく、しかしまるで読んでいるかのように視線を走らせてうなづく。
その満足げな受領確認を受けると、変装女はすぐさまに席を立とうとする。
「その様子だと、傷はもう何の問題も無いようだね」
足早に立ち去ろうとする女に向けて、スーツの男が一言。それだけを聞く限り、負傷を気づかい見舞う言葉のように聞こえる。
「……計画どおりだもの」
だがサングラスの女は、そっけなく返すだけで、いそいそと会計を済ませて店を出ていく。
そんな女の背を目で追いながら、男はコーヒーの続きを口に含む。
「疑いを避けるためとはいえ、よくやるものだよ」
スーツの男はそうつぶやいて、悠々と食後のコーヒーを楽しみ続ける。
せかせかと出て行ったサングラス女とは対照的に、男はそのままじっくりと一服。
そうしてキレイに飲み干して支払いを済ませて出て行く姿は、余裕たっぷりのできる企業人間そのものであった。
喫茶店での情報の受け渡しを終えてしばらく。町を歩いていたスーツの男は、おもむろに携帯電話を取り出し通話を発信。
地球の日本にてありふれたものに偽装された通信機器は、一度のコール音が終わる前に目的の相手とつながる。
「私だ。たったいま受け取りを済ませてきた。そちらの首尾はどうか?」
『は。キメラを回収することはできました。しかし、アーマースタッガーは抹殺されてしまったので、奪い取ることはできませんでした』
「なに? まさか奪取されるのを嫌って始末役をつけていたとでも? それともすでに自爆装置を組み込まれていたのか?」
まだはぐれていたキメラを迎えられたことは良い。
しかしその合流から目を反らすことと、加えて戦力補充も兼ねた別の組織からの怪獣強奪作戦が対象の死により失敗に終わったという報告に、男の鋭利な風貌が険しくなる。
強奪そのものはついでの計画であるとはいえ、失敗を前提に計画を組むはずもない。護衛の手が薄く、怪獣の制御を失わせて暴走させてしまえば、後は回収するだけで良いはずであった。
『いえ。Gコスモスです。捕獲する前にGコスモスの手先に殺されてしまったのです』
「バカな!? 奴らに今まともに動かせる戦力はないはずだ!?」
狙っていたモノに手を下したという思いがけないモノの名前に、スーツの男はさらに深く眉を顰める。
『いや、あのリュミナイスです。格闘一つ覚えの、オルフェインとかいう……』
「ああ……ヤツか。正式にGコスモスの協力者に落ち着いたとの話があったが、なるほど……」
スーツの男は実際に対峙した記憶を振り返り、アーマースタッガーを倒したのが何者かを理解して、納得だとうなづく。
「障害持ちのおちこぼれであると聞かされていたが、なかなかどうして。あれはリュミナイスにとって相性の悪い相手だったろうに……」
『……嬉しそう、ですね』
「世間の評価は低いが、実力そのものは実際感じた手応えから大きく外れていないようなので、な」
強者だろうという自分の見込みに狂いがなかった。その事が喜ばしいのだと、スーツの男は鋭利な風貌を緩めてくつくつと笑う。
「とはいえ、私の見立てに狂いが無いのであれば、対策はすでにできている。いかに優れた力の持ち主であろうと、もはや手こずることはないだろう」
そしてスーツの男は、オルフェインの戦力などすでにどうにでもできる程度のものと評価。大きな脅威ではないと見切りをつける。
続けて通信相手に報告御苦労とねぎらいの言葉を投げて通信を切り上げる。
それと同時にスーツの男の胸を、光が後ろから貫き抜ける。
固く舗装された道に、濁った音と共に穴が掘られる。
しかしそんなアスファルトを焼き削るようなビーム弾に貫かれたにもかかわらず、男は血を流すどころか微動だにせずその場にある。
かと思いきやその姿は霧のように消えて無くなる。
「気づかれていた!?」
そこから一キロほど離れた建物の上。男の消え去る様をスコープ越しに見た狙撃手が顔を上げる。
急いでこの場を離れようと立ち上がる狙撃手。
「悪くない腕だが、私には通じないぞ?」
であるがしかし、振り返った正面には、消えたはずの撫でつけ髪の男がすでに立っていた。
「い、いつの間に……ッ!?」
呻く狙撃手だが、今いる場所はフェンスもない屋根の上。後ずさりしようにも足場は無い。
「ついさっきに決まっているだろう。それはたったいま狙撃したお前もよく知っているだろう?」
お前は何を言っているのだ。そう言わんばかりに苦笑交じえてスーツの男は一歩前進。
「どこの手の者かは知らないが、どうだ? 我々に雇われないか?」
さらに一歩近づき、雇用契約を結ばないかと誘う。
だがそれに狙撃手は抱えていた銃を投げつける。
「ほう!」
この間合いではもはや銃は不利と、構えもせずに投げる狙撃手の判断。その素早さと思い切りの良さに男は感嘆の声を上げ、飛んでくる銃をつかみ取る。
しかし投げつけると同時に踏み込んでいた狙撃手は、すでに地球人をベースに蛇とサメを混ぜ込んだような本性を開放。エネルギーブレードを纏わせた爪と腕ヒレで切りかかる。
だがスーツの男は軽く身を引いて紙一重にその切っ先から逃れる。合わせて払った足がサメヘビ戦士の足を浮かせる。
スーツの男はバランスを奪ったサメヘビ戦士の背中に掴んだビームスナイパーライフルを叩きつける。
奇襲の一撃を軽くあしらわれながらも、物音も立てずに受け身を取り構え直すサメヘビ。
「やれやれ……遊びでなく、本気で戦うつもりならば名乗るくらいはしたまえよ」
それに対してスーツの男は嘆息気味に頭を振る。
「サイフォッグ星人がフロルタン。キミの背後は始末した後でじっくりと探らせてもらうとしようか」
頭を下げて名乗った男は鋭い風貌をさらに砥いで敵へ踏み込む。




