2 やるしかなかったからやった
「お疲れっしたー」
バイト先の仲間たちに向けて挨拶をして、晃司は今まで働いていたコンビニから出ていく。
日がすっかり落ちて月と電灯の明かりが駐車場を照らしている。
そんな中を、明るいオレンジのライダージャケットを着て、ヘルメットを片手に晃司は進む。
そうして愛車である赤いオフロードバイクに着く前に、腹の虫が鳴き声を上げる。
「道すがら晩飯は食ってくか」
晃司は空きっ腹をさすりつつ、愛車に跨がる。
フルフェイスのメットをかぶり、エンジンをスタート。馴染んだ鼓動を腰に受け止めながら、帰り道に愛車を走らせる。
故郷に居場所のなかった晃司は、師匠に連れられて宇宙に出た。
そうして連れ出してくれた恩師の命令で、地球に武者修行にやってきてから、晃司は修行の合間に生活費を稼ぐためにこうしてアルバイトをしているのだ。
地球に滞在し、地球人に交じって暮らしている異星人としては、珍しい話でもない。
そう。地球人に擬態して、他の星の人間が生活しているというのは珍しい話では無いのだ。
仮に一億数千万人が暮らす日本国の中であっても、その全員が地球人であると誰が保証できるだろうか。
つまりはそう言うことだ。
そのようにして地球に住み着いた晃司からすると、宇宙に異星人を夢見る番組などは、もっと近くの隣人を見てみればいいのにと思えてしまうのだ。
もっとも、それは「星の間を歩む者」連盟の定めによって制限されているので、そうして知ってしまう事が良い結果に繋がるとは限らないのであるが。
しかし知った、知ってしまった地球人が、即座に口封じに消されるかと言えばそんなことは無い。
せいぜいが記憶を封じられる程度である。また、もし探求の末にたどり着いたのなら、希望次第でみだりに公表しないように監視はついても、研究を続けることもできるのだ。
これは、地球にむやみやたらに異星由来の技術を流し入れるのを制限することで、混乱を起こすのを防ぐこと。そして星の独自性を守ることを目的に定められた平穏と文化を保つための取り決めである。
無論、保護制限がかかっているのは地球だけと言うわけではない。異星人の擬態侵入さえ厳禁とされている星もあるのである。
そうした理念によって定められた法に基づいて、保護惑星への来訪者の管理を行っているのが、Gコスモスという組織なのである。
しかし、もちろんと言っては悲しいことであるが、誰もかれもが連盟の定めた法に粛々と従っているわけではない。
現地人に秘している状況を利用して、勝手に入植計画や奴隷収集作戦を進めようとするものたちがいる。
だからそうした連中の動きに巻き込まれないとも限らないのだ。
「んなッ!?」
晃司が思わず声を上げてブレーキをかけた、今この瞬間のように。
横滑りにバイクを止めた晃司の視線の先。そこには道路を塞ぐ巨大な塊が。
しかし、うなり声を響かせるそれは土砂などではない。
横倒しになった軽トラックを踏み潰したそれは、二足歩行の巨大爬虫類であった。
しかし地球でいう大型肉食恐竜に似たこの怪物は、鋭い牙の隙間から炎をちらつかせてすらいる。
そしてその目は、踏みつけた獲物から持ち上がって、晃司へと移る。
目が合った。
そう思った瞬間、晃司は反射的にバイクを来た道へと機首を返す。
―グゥオオオオオオオオオオッ!!―
そしてエンジンのものと、火炎混じりの咆哮が重なり響く。
同時に駆け出したバイクと巨大な火吹き恐竜。
火を吹いていることもあるが、足だけで十メートルを超すような巨大爬虫類が地球にいるはずがない。
元凶はともかく、地球外生物が暴れていることに間違いはない。
そう確信した晃司は、重々しい足音に追われながら、手首にはめた小型通信機を叩いてGコスモスに通報する。
が、ダメ。
通報用の操作を行っているにも関わらず、まるで応答が無い。
Gコスモスを通して地球入りする時に渡される、登録証を兼ねた通信機の緊急コールは、地球圏内ならどこから、いつ何時にでも繋がるはず。でなければ緊急コールの意味がない。
それが通じないのならば、考えられる理由はただひとつ。
「通信妨害!?」
何者かによる、意図的な妨害工作である!
状況を察するや否や、晃司は体ごと傾けてハンドルを切る。
直後、晃司の走っていたコースに炎が走る。
路面を舐めるようにして駆け抜ける紅蓮。
その熱気を帯びた光に煽られながら、晃司は愛車をターン。火吹き恐竜に真っ向から突っ込む。
そのまま晃司は、続けて吐かれた炎を潜り、さらに股の間を抜けて走り去る。足指のひとつを蹴りつけるおまけ付きでだ。
それに火吹き恐竜は怒りの声を上げると、体を返して晃司のバイクを追いかける。
「……いいぞ。来るならこっち。鬼さんこちらってな」
挑発にいきり立ち追いかけてくる化け物。その気配を地響きで感じ取って、晃司は強気の呟きをこぼす。
治安維持を担う組織を頼ることのできない現状。それを把握した晃司の考えは、怪物を人気の無いところへおびき出すというものだ。
まわりの被害を抑えること。加えて、あわよくば通信妨害の有効圏内から外に出てしまおう。こうした狙いがあって怪物を挑発することを選んだのである。
そして怪物を誘い出して時間稼ぎに戦うのは、もちろん晃司自身である。
生まれ持ってしまったある事情。それがために今まで許されていなかったこと。
その禁を解く大義名分の整った状況に、晃司はフルフェイスのヘルメットの中で、冷や汗を流しつつも笑みを浮かべる。
戦いの緊張と、そして挑戦の喜び。
その二つに胸を沸かせる晃司を、再び後ろから炎が襲う。
「ぐあッ!?」
晃司はとっさに体ごとバイクを傾け、体への直撃は避けた。だが後輪が炎を受けて爆発。倒れて横滑りになる羽目になってしまう。
道路に転がる晃司。そこへさらに炎が追いかける。
そのまま炎は転がる晃司を捕らえ、その身は炎の中に呑まれてしまう。
晃司はしかし転がる勢いを緩めずに、火炎から脱出。地面を叩いて起き上がるや否や、火のついたライダージャケットとヘルメットを脱ぎ捨てる。
周囲はもうほとんどが田畑ばかりで、人影も人家も近くには無い。すでにここが目的としていた戦いの場なのだ。
「おぉおおおおおおおおおおッ!!」
戦いの時に晃司はゴングとなる叫びを放つ。
そして分厚い胸板を中心に、晃司の全身に光が走る。
全身に光り輝く亀裂を作りながら、晃司は巨大な怪物に向けて突っ込む。
光の塊となって走る晃司に、火吹き竜は迎撃の炎を放つ。
「オォオリャァアッ!」
対する光の塊は雄々しい叫びと共に跳躍。炎を飛び越える。
そして人型を成した光の影は、炎を眼下にしてきりもみ宙返り。その勢いのまま顔を上げた火吹き怪獣の鼻っ面に膝蹴りを叩き込む。
―グギャァアッ!?―
その一撃に怪獣は牙の隙間と鼻の穴から驚愕の悲鳴と火を漏らす。
頭蓋を揺らす一撃の反動に乗って、輝きは再び宙へ。
着地と同時に深く腰を落とし、左平手を前に右拳を腰だめにした半身に構える。
続けて全身を包んだ光が剥がれて、その本来の姿が露わになる。
地球人として作られた姿、そして輝きに秘されていたその姿。
つるりとした、白銀色の金属めいた皮膚。
そのそこかしこに、赤やオレンジに脈打つように彩りを変える光が走っている。
胸から全身へと延びるその光の線は血管を思わせる。
そして、怪物を睨み据える大きな目は、闘志に青白く燃えている。
対して怪物は鼻を襲った一撃から、頭を振って意識を取り戻す。
本来の、地球外人類のものに姿を変えた小さな標的に向けて、怪物が火炎交じりに怒りの雄たけびを上げる。
同時に、本来の姿を露わにした晃司が地面を砕く勢いで踏み込む。
突撃する光の戦士にに、火吹き恐竜は鋭い爪の生えた足を振り下ろす。
それをオルフェインとなった晃司はサイドステップで頭上から降る巨大な足をかわす。
だが踏み潰しを避けたところへ、長い尻尾が立て続けに襲い掛かる。
オルフェインは横殴りに迫るそれを叩きつけた裏拳を軸にして転がり、乗り越える。
「おおッ!」
そして着地から間髪入れずに踏み込み、跳ぶ。
しかしそれはただの跳躍ではない。太ももから足の裏、脚の背面から底面に備わった太い光からエネルギーを噴射しての飛翔である。
脚力とエネルギーを爆発噴射して生み出した推進力。
それらを乗算させて翔んだオルフェインの拳が、巨竜の左膝を叩く。
―グッギャァオオッ!?―
だが火吹き竜は膝に拳を受けてなお、ぐらつくどころか、逆に殴られた足を蹴り上げすらする。
「ウッグッ!?」
渾身のパンチをものともせぬ返し。それにオルフェインは、離脱もままならずに蹴飛ばされる。
さすがの質量差。そしてそれを、地球の重力下で支えきってみせる強靭さと言うべきか。体ごとぶち当たってもまるで通用しない。
そんな悔しさに歯噛みしつつ、オルフェインは足のエネルギー噴射を用いて宙返り、着地。その勢いをころさずにすぐさまバク転にて離脱する。
それに遅れて、炎の息が着地点を焦がす。
さらに怪物は吐いた炎を噛むようにしながら、牛がやるように頭を低くして突進してくる。
地鳴りを響かせて追いかけてくる巨体。
圧倒的な質量に物を言わせた突撃というのは、単純明快に恐ろしい。トラックに人間がはねられでもすれば、まず間違いなく死して次の生に導かれるのだ。
ましてや体長でなく、体高で十メートルを超えるだろう巨大恐竜である。
その威力は語るまでもない。
田畑の土を蹴り上げ迫る巨大な頭蓋。
対してオルフェインは大きく跳躍。高々と宙を舞って飛び越えかわす。
「オォラァッ!!」
そして間髪入れず、逆に追いかける形で無防備な尻側から仕掛ける。
しかし火吹き竜が足を突っ張りブレーキ。その長い尾を振り回して、オルフェインを薙ぎ払う。
「ぐおッ!?」
まるで牛とその尻に群がる虫のよう。
そのように軽々と払われてしまったオルフェインは、足を振り回して制動。一息挟む間もおかずにその場を動く。
地上にせよ空中にせよ、止まれば炎の息を吹きかけられることになるのだ。
わざわざ棒立ちに食らってやる義理はない。
そのまま飛び回り、今度はエネルギー噴射の勢いに乗せての蹴りを左膝へ叩き込む。
だがやはりびくともしない恐竜は、逆に体ごと押し返すようにしてオルフェインを跳ね返す。さらに身を翻して、尻尾をおまけにつけてくれる。
地面に叩きつけられ、掠れた息を吐くオルフェイン。だが青く燃える目を明滅させながらも、土に埋まることなく転がって踏みつけは避ける。
「クソッ! やりづらい!」
多少の打撃ではびくともしないサイズ差。それに加えて、長い尻尾と火炎というリーチのある攻撃手段を二つも備えている。
「俺じゃなきゃ、もっとやりようがあるんだろうが……!」
ここにきて、生来のハンディが重くのし掛かってくる。
先天性光線発射障害。
体内エネルギーを破壊光線として使用可能な種族でありながら、その使用に生まれつきの障害を持っていること。
オルフェインの種族リュミナイスは、豊富な体内エネルギーとそれを武器と活用する術を備えた高い戦闘力を持つ種族である。
しかし彼は、光線技を暴発させてしまう障害を抱えて生まれてしまった。
まっとうな体のリュミナイスであれば、距離をとっても効果的に打撃を与える術を持っていただろう。
だがオルフェインにそれはできない。
ひたすら怪物の炎や尾を掻い潜り、拳と蹴りを叩き込むしかない。
しかしそれは何を相手どっても変わらない。
鍛え上げた拳と技を叩きつける。
オルフェインにはそれしかない。そのたったひとつの武器をいかに叩き込むか。
それしかないのだ。
自分に生まれた無い物ねだりの思いを振り切って、オルフェインは炎を潜り、踏み込む。
殴る。
蹴る。
軽々とはね除けられ、炎にあぶられながら、オルフェインは自身に数倍する敵へと打撃を重ねる。
拳を。
蹴りを。
唯一無二の武器である五体の技。そのひとつひとつに、一打一打に渾身のエネルギーを込めて。
「うぅぉおおおおッ!!」
気合いの声を上げ、輝く蹴りを突き刺す。が、またも横薙ぎの尻尾に払われる。
地面に叩きつけられ、沈むオルフェイン。
そこへ怪物はだめ押しの火炎を吹き付けようと、息を吸いつつ身構える。
だがその瞬間、巨体がグラリと傾く。
左の足が、その重みに耐えかねたかのように崩れたのだ。
「……やっと効いてきたか、タフな足だよまったく」
戸惑う火吹き竜に対して、オルフェインは土に埋まった体を起こす。
その呟きのとおり、この状況はオルフェインが狙ってのものだ。
オルフェインはただ一点、怪物の左膝だけを狙い続けていたのだ。
いくら巨体と重力に負けぬ強靭な脚であったとしても、強い負荷がかかっていないわけではない。
たとえ一打で崩れなくとも、ダメージが無いはずがない。
叩き続ければいずれ、必ず自身の重みに負けて崩れる。その一念を貫いて、オルフェインは怪獣の左膝一点を叩き続けたのだ。
そんな自ら整え待ち構えていた瞬間を、オルフェインが逃すわけもない。
火吹き竜が意思に従わぬ脚に戸惑う間に、オルフェインは両腕を胸の前で交差。Xを描いた両腕に光が弾ける。
オルフェインはそうして、間にエネルギーのみなぎらせた腕を交差させたまま右の腰だめに。
すると腕の間に弾けたエネルギーは右腕に収束する。
「セイヤァアアアアアアッ!!」
暴発寸前、臨界にまで高まったエネルギーを握りしめて、オルフェインは踏み込む。
その爆発的な力に、火吹き竜はとっさに炎を吐いて迎え撃つももう遅い。
すでに距離を詰めたオルフェインは、壁となった炎を構わず体当たりでぶち破り、弓引くように溜めていた輝きの拳を上あごに叩き込む!
オルフェインが己の持つエネルギーを、破壊光線として放とうとすれば暴発は避けられない。
それを補うため、オルフェインが必倒と必殺の為に編み出し、磨き上げてきたのがこの技。
同族ならば光線と放つ破壊エネルギーを放出せずに圧縮。打撃に乗せて直に叩き込むというものだ。
その名も―
「バスタァアア……スマァアァアッシュッ!!」
轟く叫びを引き金に、拳と怪獣の接点が爆発。
この爆発は怪獣の巨体を大きく後ろへ吹き飛ばす。
続けて巨大宇宙恐竜は拳を受けた頭から首、背骨から尻尾と末端に向けて爆発四散する。
「……や、やった……!」
オルフェインは片膝をついて着地。
巨大な敵を打倒した勝利に、決着の一撃を放って煙を上げる右手を握りしめる。
そして右拳を見つめたその姿勢のまま、地球人に擬態した黒部晃司の姿になる。
「……あまり、いい気分じゃあ、ないな……」
荒れ狂った危険な猛獣には違いない。しかし、あくまで彼は本能のままに暴れていただけ。いわば、悪意ある者の道具として利用された被害者である。
あのまま放置しては大惨事になっていただろう。被害を最小限度に抑えるためには殺すしかなかった。
しかしだからと言って、本能任せの命を奪って沈んだ気分が晴れるわけではない。
そうして晃司が怪獣を打ち殺した拳を見つめていると、横合いからその身を衝撃が襲う。
「なっ!?」
不意打ちに横倒しにさせられた晃司は、驚き身を起こそうとする。だが手を支えにしようにも、その手首には枷がかけられている。
「おとなしくなさい! 無許可能力行使の現行犯で貴方を逮捕します!」
その鋭い声に首をひねれば、そこには銃を構えたGコスモスの女捜査官の姿があった。