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18 なんか知らんが餌付けしてた

 赤いシャツに白ブルゾンにホットパンツ。

 そんな動きやすそうな服装で、から揚げを見つめてヨダレを垂らす赤毛の少女。

 服装から見ても、彼女は間違いなく晃司を人さらい組織のアジトに先導したあの猫娘である。

 いきなり現れたことに面食らいはしたものの、箸先ただ一点を見つめて微動だにしない赤毛猫娘に、晃司は思わずに止めていた息を吐く。

 そしてから揚げしか見えてない様子の猫じみた少女と、自分の箸とを見比べると、それをゆるく左右に振ってみる。

 すると赤毛猫娘は眼球だけでその動きを追いかける。

 続いて晃司は肘からゆぅるゆると揺らして見せる。

 その動きに対して猫娘は前のめりになりながら首を左右に振って晃司の揺らす肉の動きを辿る。

「じゅるじゅるり……ズビッ」

 開けっ放しの口からこぼれかけた大量のヨダレをすする少女に、晃司は相手が敵と疑わしいにもかかわらず、思わず顔が笑みに緩んでしまう。

「なあ、おい?」

 ヨダレあふれた口を大開きに、今にも肉に食いつこうとする猫娘に声をかけてみる。

 すると猫じみた少女は身の毛を逆立たせて正気に戻り、その勢いのまま飛び退く。

「フ、フシャー! フシャー!」

 間合いを開け、身を低く威嚇する猫娘。

 思い出したように警戒を示すその様子に、晃司はとうとうこらえきれずに吹き出す。

「どうした? 腹ペコなのか?」

 晃司はこみ上げる笑いに肩を震わせながら、揚げ物をつまんだ箸をまた大きくゆっくりと左右に行ったり来たりに。

「ふ、ふしゃあ、ふ、じ……じゅるずびっ」

 するととたんに猫娘の視線はつられてさまよう。合わせて威嚇は鋭さを失い、溢れ出たヨダレを噛みすするような形になる。

 さらに盛大に腹の虫を鳴かせる猫娘に、晃司の方は警戒心がすっかりほぐれてしまった。

「食うか? まあ……」

 食わんだろうな。

 そう続けようとした晃司であったが、みなまで言うまでもなく猫娘は箸に食らいついていた。

「う、うま! うま!」

 晃司の箸からから揚げをかすめ取り、再び距離をあけてむさぼる猫娘。

「よかったらもっと食うか?」

 そんなまさに飢えた獣そのものな少女に、晃司は半分ほど残った食べかけの弁当箱を差し出す。

 そんな晃司の勧めを受けて、猫娘は弾かれたように振り返る。

 安易には飛びつかず、しかし抗いがたい飢えに少女の輝く目は弁当箱に釘付けで外れない。

「やっぱ俺の食べかけなのが気になるか? ならこいつは止めてなにか別の物を……」

 そう言って晃司は差し出した弁当箱を引っ込めようとする。

 だが引きかけた弁当箱を細い手が掴んで引き留める。

 その手の主は言うまでもなく、ヨダレあふれた猫娘である。

 少女はヨダレまみれの下顎をそのままにかぶりを振る。

 そんな無言で下げたらイヤイヤとする猫娘に、晃司は苦笑しながらうなづいて引きかけた腕を伸ばす。

 晃司はそのまま、箸を上に添えて渡そうとする。だが猫娘は弁当箱だけを抱えてその中に手を突っ込む。

「うま! うまうま! まッ!?」

 ベンチに乗り、がつがつと手づかみにがっつく少女のため、晃司はわずかに座る位置をずらしてスペースを作る。

「もしもし。こちら黒部晃司。聞こえますか、不破さん?」

『はい、不破かがみです。何か発見しましたか?』

「あー……お腹をすかせた女の子をひとり。俺をアジトにまで先導した子です」

 そこで晃司は猫娘を一瞥する。が、彼女は弁当をがっつくのに夢中で、晃司たちの通信に気づいた様子はまるでない。

『つまり、どういうことです? 襲われて返り討ちにして確保したんですか?』

「いや。なんか昼休憩に飯食ってたら出てきて、つい持ってた食い物を食わせちゃってるんすけど」

『なんで容疑者を食べさせてるんですか?』

「うーん、なんとなく……いや、ちゃんと情報は聞けるだけ聞き出しますから」

 たいした考えのない気まぐれだと正直に口にしてから、晃司は慌てて情報収集を怠りはしないととりつくろう。

『……お願いしますよ』

 かがみから呆れたようなため息に続いて、了解の返事が返ってくる。

 晃司はそれを受けて顔に出た冷や汗を指で払うと、通信は繋いだままに猫娘に目をやる。

「おかわりって、無い?」

 すると赤毛の少女は物足りない様子ながらも、ずいぶんと飢餓感が癒されて人間的な様子を見せてくれる。

「いま持ってる食べ物はそれだけだな。後は飲み物しかない」

 話はできる程度に落ち着いた少女の様子に笑いながら、晃司は持っていたお茶を渡す。

「ちぇー……でもとっちゃったようなもんだし、ここはありがとうと、ごめんなさい、かな?」

 不足を感じながらも、猫娘は素直に礼と詫びを言う。晃司はそれを意外に思いながらも、真正直なその言葉を受け入れる。

「なんの、ただの気まぐれだ。俺は黒部晃司。キミは?」

「……キメラって呼ばれてる」

「そりゃ、名前っていうには……」

「でも、他の呼ばれ方は知らない」

 名乗り、名を尋ねて返ってきた答えに、晃司は思わず顔を渋くゆがめる。

 呼び名からして彼女が「あの」半怪獣リュミナイスであることに間違いない。

 目の前の猫娘とあのリュミナキメラがイコールであるのは半ば予想できていたこと。それはいい。

 だが、日本語で言えば「合成獣」とだけ呼ぶようなコードネームのみで、ちゃんとした名前を持たないということに、晃司は憐れみを禁じえない。

「……それにしても、なんでたった一人で腹ペコになってウロウロしてるんだ?」

 そこから首を左右に振って頭を切り替えて、どうしていまの状況に陥ってしまったのかを尋ねる。

 するとキメラは、躊躇うように晃司の顔と地面と視線を行ったり来たりにさせる。が、やがて心が定まったのか、晃司の顔を見て口を開く。

「バラバラに移動することになったんだけど、合図がないと全力は出しちゃダメなのね? だから歩いてたんだけど、食べ物も持ってなくて」

「ちょい待ち。金は? 電車なりなんなり使えばいいだろ?」

「持ってないよ。普段一緒にいる人たちが持ってて、ボクは全然持たせてもらってないの。だからそういう乗り物も使えないし、食べ物も買えないしでさ」

「そうか、金を持ってさえいればこうはなってなかったと」

「うん。理論は知ってるから! 勝手に持ち出したりしたら持ち主が困るっいうこともね」

 キメラはそこまで話して、茶を一口。

 そうして緩んだ顔をして息を吐く彼女の姿に、晃司は最初に抱いていた印象を改める。

 所属先の人身売買組織のこともあり、いざとなればATMなどを破壊してその中身をちょろまかしていたかもしれないとさえ思っていたからだ。

 だが聞いた話からするに、盗みを良しとしない倫理観は持ち合わせているようである。

 実際に飢えていたことからも、語った言葉が嘘でなく信用に値するように思える。

 一方的に奪うことを悪と知り、ある程度までは飢えていながらも堕ちず自制できる心の持ち主。

 そんな彼女が人さらいをやるような犯罪者連中に使われているというのは、やはり騙されているのか何かしらの理由があっての事なのだろう。

 晃司はそのように考えをまとめ、間違いないだろうとの確信を抱く。

 そこへ晃司の顔に向けて投げつけられるものが。

 狙い違わず。しかし勢い緩やかなそれを晃司は悠々と受け止める。

 果たしてつかみ取ったそれは、なめとったかのようにきれいになった大ぶりの弁当箱であった。

「美味しかったよ。ありがとう、ごちそうさま。悪いヤツだって教えられてたけど、アンタ案外いいやつだね」

 キメラはそう言って笑うや否や、膝をたわめて跳躍する。

「あ、おい? ぐっ!?」

 そして飛び上がったのを追いかけ顔を上げた晃司であったが、その眼にまばゆい光が突き刺さる。

 慌てて瞬きをくり返して視力を取り戻す晃司であるが、キメラはすでに翼を広げた鳥のような形態となって、随分と遠くにまで離れていた。

 豆粒サイズになるまでに遠ざかったそれを追いかけるべく、晃司は急ぎ愛車の許へ走る。

『待ってください! 別の地点から怪獣発見の報告が出ています!』

「なんだってッ!?」

 しかし追跡に向かう晃司の動きを、繋げっぱなしにしていた通信機からの声が引き留める。

「だが、あの子を見失うのも!」

『大丈夫です! リュミナキメラの動きはすでにサーチしています! ですから!』

 手がかりを見失うことに逡巡する晃司であったが、それをかがみが問題ないと後押しする。

「わかった!」

 そうなれば話は早い。行くべき道を絞られた晃司は自分が急ぎ対するべき力に向かうべく走り出す。

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