17 おカタい相方がもう一人
「ここも外れか……」
メットのバイザーを持ち上げながら、後ろの工場跡を振り返って晃司は嘆息する。
その視線の先には、入ったところからいま出てきたところまで真っ直ぐに開いた風穴がある。
「潰してもいい建物だからって、ホントにやってもいいなんて言うかね」
自分がやったこととはいえ、大変に風通しのよさそうな穴を開けるのにGOサインを出したかがみに、晃司は苦笑を浮かべる。
『ダメなところなら止めてます。しかし、荒っぽいやり方で誘いだせないかとも思ったのですが、そう上手くはいきませんね』
「それで囲まれるのは俺なんすけどね?」
『もちろんそうなっても脱出できると信頼しての事ですよ?』
「そいつはどうも」
通信機越しのかがみのコメントに、晃司はレッドビートルにもたれかかりながら嘆息交じりの礼を返す。
現在晃司は、人さらい組織が拠点として利用していた建物の洗い直しをしているところだ。
かがみは今回、支部から晃司に目的地を指示したり、観測した情報を伝えるオペレーターをやってくれている。
そうして朝からほぼ午前一杯を使って、指定された場所を回っている。だが今のところ、そのことごとくが空振りに終わっている。
「やっぱり、拠点にしてたって分かってるところは、使ってないみたいっすね」
『けれどそうなると気になるのは、こちらが知っているということを、なぜ向こうが知っているのかということですね』
ある拠点への襲撃があった以上、合わせて使っていたところも知られていて、襲われるだろうからと引き払う。それは判断としてはまったく正しい。だができるかどうかは別問題だ。
個人、あるいは数名程度のセーフハウスであれば難しくは無いだろう。
だが「仕入れた」商品を確保しておく倉庫として使うような、商売に関わるそれなりの活動拠点で、それができるだろうか。
それができるほどに、相手の思いきりが良いことも否定はできない。だがこうまで空振り続きであると、犯罪組織側にこちらの掴んでいる情報の中身すべてを知られているとする方が自然である。
「内通者が……って話がマジなら、むしろこっちが掴んでる情報が、向こうさんの用意してくれたもんかも知れないんスよね」
『……それは、悪夢ですね』
ましてや過日には誘い出すような動きを見せていたのだ。拠点の情報そのものが、釣り餌のひとつであった可能性もある。
現在の調査の空振り度合いと合わせて、内通者の存在が現実味を強めてくる。
「とにかく、まだしばらくは回って見ますよ。道中鉢合わせすることも無いとも限らないので」
『お願いします。こちらも通信の異常を見張っていますので』
連中が動く時には合わせて、近隣にGコスモスの通信網への妨害が発生する。
それは今まさに活動している敵の居場所そのものであり、駆けつければ尻尾を掴むことになる。
「ウス、そっちはたのんますね」
重要な観測は正規の捜査官であるかがみに任せて、晃司は次の目標に向けてレッドビートルを走らせる。
そうして走り出してから、晃司は自分の腹が鳴る声を聞く。
「そういえば、もうけっこういい時間か」
赤信号でバイクを止め、真上から照らす太陽と時計とを確かめて呟く。
「ちょいと昼休みといきたいが、この辺りは詳しく無いんだよな」
しかし県境こそ越えてはいないものの、すでにここは晃司が普段暮らす町の外。生活圏からは大きく外れている。どこに何があるかは把握できていない。
食べる物は持っているし、腹具合も頃合いだ。だが都合のいい場所に見当もつかない。
「この辺でバイクを停めれて、飯を持ち込んでも文句の言われない場所って分かるか、ビートル?」
『地図情報を検索。推奨地点をナビに表示』
「うおぅ!?」
冗談半分の語りかけに対して、レッドビートルはハンドル中央部にナビモニターを展開。その思いがけぬ反応に、晃司は思わず声をあげてしまう。
『なにか疑問が?』
「お前、喋れたのか?」
『肯定。本機は必要を認め、可能であればマスター登録された人物、現在はオルフェインに音声アナウンスを行うように設計されている。この機能は不用であれば停止させて運用することも可能』
「いや、このままでいい。このままでいい。とにかくありがとうな、教えてくれて」
青に変わった信号を前に、晃司は会話機能を封じる必要は無いと、軽く車体を撫でてからレッドビートルを発進させる。
驚きはしたが、言語応答型のナビは非常に有効だ。
対話出来るということは、出した指示に対して疑問があれば質問もでるということである。
異なる意見を聞くことで、自分一人の考えでこり固まるのを予防することが出来るのだ。
こうした有効性がある以上、対話機能を停止させる理由が無い。
ただ、音声が声変わり前の少年のような高いものであること。そこに作り手の趣味が匂って少しばかり引っかかる。
『了解。しかし、ナビゲーションも本機に備わった機能のひとつに過ぎない。礼は不要と判断』
「なにをバカな。お前は手助けをしてくれた相手に、それが仕事だったら礼を言う必要は無いって?」
『知的生命体同士の間であればコミュニケーション、礼儀の一環として必要を認める。しかし本機は戦闘支援機械。道具が機能を果たしたことに感謝を示すことは……』
「口にするかしないかはともかく、よくある話だろうが。じゃあ会話ができるんだったら、生き物相手にするみたいにしたっていいだろうが!」
『了解』
晃司が半ば主張を押しつける形ではあるが、レッドビートルには納得をさせた。
そうして問答している内にたどり着いたナビの示す場所へ、晃司はバイクを転がしていく。
レッドビートルに導かれたこの場所は、駐車場付きの大きな公園である。
その駐車場に晃司はレッドビートルを収めて停める。
「じゃあちょっとばかし一休みしてくるから」
『了解』
晃司はそう言いながらレッドビートルの車体を撫でると、荷物を片手に奥へ進む。
高くから降り注ぐ陽射しを受けながら、晃司は食事をとるのに適当な場所を探して遊歩道を歩いていく。
やがて道沿いに、ほど良く影のかかったベンチが空いているのを発見。そこにどっかと腰を落として落ち着ける。
「さて中身は……っと」
空きっ腹に後押しされるまま、お茶の水筒を傍らに弁当の包みを解く。続けて露わになった銀色の大きく武骨な箱を持ち上げ開く。
そうして明かされた弁当の中身に、晃司は軽く口笛を吹く。
まずを引くのは大ぶりな鶏のから揚げ。そこにブロッコリーとニンジンに黄パプリカの炒め物が加わって、プチトマトと共に彩りを添えている。
それらのおかずが箱の半分。残り半分は俵型のおにぎりが隙間なく埋めている。
「いいじゃないか。そんじゃ、いただきますっと」
晃司は美味そうな弁当の中身に手をすり合わせて、そのまま作り手と食材への感謝を込めて礼。そしていざ箸をとって食事に入る。
まずは肉を一つ口に。
時間がたってもパサつかないように表面にタレをからめたそれは、歯ごたえをほど良いところで保っている。
冷めてもはっきりと味を主張する鶏肉に続いて、晃司は俵握りを掴んでほお張る。
よく噛んで米の甘みを引き出し、含んでいた肉の旨味と絡めて飲み込む。
こうして口の中に肉と米の味が立ちこめると、添えられた野菜が嬉しい。しんなり柔らかに炒められた、緑、橙、黄の三色をまとめて舌と鼻とで味わう。
保奈には今回ばかりでなく、時々食事の世話になっている晃司であるが、今回の弁当も第一印象を裏切らぬ品であった。
そうしておおよそ半分ほど食べ進めたところで、晃司は視線を感じて手を止める。
わずかな動きさえ見逃すまいと、圧力さえ感じるような確かな気配。
しかしそんな強さに関わらず、刃めいた鋭い殺気は帯びていない。
加えてその強い視線は晃司を、と言うよりはその右手、箸の先にあるから揚げ物に集中している。
晃司はそんな奇妙な視線をなんとなく辿ってみる。
「じゅるり」
するとそこには、長い赤毛をポニーテールにまとめた少女が、箸の先を凝視してヨダレを垂らしている姿があった。




