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12 いろんな意味でSAN値直葬系

 真っ白い空間である。

 右も左も、前にも後ろにも、上にも下にも何もない。

 さらにわずかな重力さえも感じられず、方角の判断もつきはしない。

 まるで暗黒からすら切り離された宇宙の流刑地だ。

 そんなあやふやな空間に漂いながら、オルフェインはぼんやりとそのような感想を抱いていた。

 オルフェインの持つ体温が辺りをめぐっているのか、凍えるようなことは無い。

 しかし、広々と何もない中にぽつりとひとりきりと言うのは酷く寒々しい。

 だがそれも仕方がない。

 両の腕や脚にできた深い裂け目。そこから血のようにあふれ出る、白いもやを見れば。

 そう。オルフェインの周囲を満たし、白い空間を形作っているのは、オルフェインの体内をめぐるエネルギーなのである。

 他人が中に飛び込めばタダでは済まないエネルギーに包まれている以上、一人きりでいるしかないのだ。

 傷をふさいで抑えようとしても、エネルギーは止まることなくあふれ出続ける。

 自分を中心に広がるエネルギーの流れに揺られながら、オルフェインは自身を取り巻くエネルギーを身の内だけで巡るように収めようと制御に集中する。

 深く息を吸い、せめてこれ以上は裂け目から溢れ出ないように流れを整えていく。

 しかしこれまでにも持ち主が抑え込もうとしての手綱をさばこうと、それをふり払い続けて暴れた力だけあって、素直に従おうとはしてくれない。

 それでも己の内にあるものなのだからと、手綱を放さずに御しにかかる。

 やがてとめどなく外へ向かおうとする流れは変わって、漏れ出るよりも内に留まり循環するものが上回る。

 それに気をよくして、オルフェインは流出してしまった分も自分のごく近い範囲だけに留まるようにまとめようと取り掛かる。

 仮に手の内などに限ってでも、体から離れなければ暴発させられずに扱えるのであれば、それだけでも目覚ましいものであるのだから。

 だがそれが、荒ぶる力の癇に障ることになった。

「うぐ!?」

 手繰り寄せようとするオルフェインの意思には乗って、しかしそれ以上には従わず、オルフェインの手足を締め上げるように絡みつく。

 大蛇が巻き付き、そのままへし折ろうとするかのように力は持ち主を押し潰そうとする。

「調子に乗るな」

 そう言わんばかりに噛みついてくる己の力に、オルフェインは負けじと歯を食いしばり手綱を手放さない。

 そうして諦めずに粘り強く手綱を握りしめていたのが功を奏してか、荒ぶり逆らう力による圧力が緩み始める。

 確かに緩みはした。緩みはしたがしかし、苦痛を与えるような締め上げから撫でまわすようなものに変わっただけである。

 這いまわり、嘗めるようにオルフェインの体に力がまとわりつく。

 そのおぞましい感触に、オルフェインは自身にまとわりつくコレが、自分の内にあるものではないと確信する。というよりもむしろ、自分の中に潜むものだなどと認められるモノではなかった。

 気色悪さに、力の制御を完全に手放して身をよじる。

 しかしそんな抵抗もむなしく、ナニモノかはついに四肢を辿ってオルフェインの股間にまで這い寄ろうと――。

「うっぎゃぁああああああああッ!?」

 悲鳴を上げて跳ね起きるオルフェインの地球人態、黒部晃司。

 どうやら覚えが無い内に眠ってしまっていたらしく、先程までの光景は夢であったようだ。

 だがしかし筋骨逞しいその体は悪夢の中と同じく、怪しい触手によってからめとられている。

 つまり触手たちの先端は股間をめざして、そこに届こうとしているのだ。

「ひっぎゃあああああああああああッ!?!」

 おぞましい夢と(うつつ)との地続きに、晃司がたまらず重ねて悲鳴を上げる。すると触手たちは驚き逃げるように退いていく。

「あらあら。起きてすぐにそんなに大騒ぎできるなんて、スゴい元気じゃないの」

 それに続いて何者かからの感心の声がかけられて、周りとを仕切るカーテンが開かれる。

 そうして現れたのは長い金髪を流れるままにした、白衣の人物である。

「やっぱり、力強い種族で若いのは違うわね。感動モノの回復力じゃないの」

 その人物に晃司の顔がひきつり固まる。

 女性的な言葉づかいに対して、その声の質は丸太の如く野太い。

 さらに声と同じくくねる体は、白衣と重ねた鮮やかなピンクのシャツが弾けんばかりに筋骨隆々。

 そして長い金髪を乗せた顔は、角張ったものをハデな化粧で彩られている。

「でも、いくらカラダのスペックがスゴいからって、あんまり無茶しちゃ、ダ・メ・よ?」

「う、う、うぇぉわぁああああああッ!?!」

 そんな白衣のおネエからのウインクを添えての言葉に、晃司は最大級の悲鳴を上げて身を引き、勢い余ってベッドから転げ落ちる。

「どうしました!? いったい何が!?」

 そこへ騒ぎを聞きつけたか、右腕を三角巾で吊ったかがみが飛び込んでくる。

「ふ、不破さん!?」

 現れた救いの手にすがるように、晃司はうちつけた尻を引きずりながらかがみの元に身を寄せる。

「それが聞いてよかがみん。彼ったらアタシの顔見るなり大声出して逃げるのよ? ショックだわぁ」

 その一方で白衣のおネエはしなしなとたくましい体をくねらせて、胸が痛むと訴える。

 しかしかがみは、しりもちをついたまま立ち上がれない晃司を見ると、頭痛をこらえるように頭を抑えてため息をつく。

「……また患者が寝てる間にイタズラでもしていたんでしょう、ドクター・ルルイエ」

 よくある事なのだろう。まるでその場で見ていたかのように、かがみは状況を言い当てる。

 対して、ドクター・ルルイエと呼ばれた白衣のおネエは、大げさなまでにその身をくねらせる。

「それはあんまりじゃないのよかがみん! アタシはただいつも、どんな小さな異常も見逃さないように診察してるだけなのに!」

 芝居がかった身ぶりを添えて、心外だと訴えるルルイエである。だがそれに向けられたかがみの目は冷ややかだ。

「明らかに負傷していないところまで触手でまさぐることのどこが診察ですか? あと、かがみんはやめてください」

「はーい、しーましぇーん。反省してまーす」

 バッサリと切られたルルイエは、分厚い唇を尖らせて棒読み調子で謝る。

 それに合わせて白衣の裾や髪の下から這い出た触手に、晃司は思わず息をのむ。

「えっと……もう大丈夫ですからね黒部さん」

 体を舐め回された感触を思い出して鳥肌を立てる晃司。それをかがみが落ち着かせようと声をかける。

「は、はい。どうも……」

 顔はまだ青ざめたままながら、晃司はかがみの気づかいに感謝しつつ立ち上がる。

 いくらか落ち着きを取り戻した様子の晃司を見て、かがみは咳払いをひとつ。空気を切り換える句点とする。

「それで、もういくらか察しはついているでしょうけれど、こちらはGコスモスの……」

「地球支部技術部門担当、ドクター・ルルイエよ! 医療、工学なんでもござれな古きよき万能のハカセ役というところ、ね!」

 仲立ちとなって紹介しようとするかがみの言葉を遮って、ルルイエはくねりと自己紹介をする。

 それに晃司の体は悪寒を訴えて震えて、顔からは血の気が引いて蒼白になる。

 かの触手のおぞましい感触は、晃司の心身にずいぶんと深く刻まれてしまったようだ。これではタコやイカのような多く触手を持つもの、あるいはナメクジに似たようなタイプの相手は、ルルイエのイメージとかぶって、しばらくはまともに戦うことができないかもしれない。

「ドクター、そんなですから医務室をトラウマにして敬遠する人が出るんですよ」

「あらひどい! ひどいわかがみん!」

「だから、かがみんはやめてくださいと!」

 かがみがトラウマに震える晃司をかばって割って入る。するとそれにルルイエは激しく体をくねらせ、かがみにぴしゃりとはねのけられる。

「んもう、いけずなんだからぁ」

 しかしルルイエは懲りた様子もなく、しなを作って聞こえよがしに不満を口にする。

 かがみはそんなルルイエの態度に呆れと諦めをないまぜにした深いため息をつく。

 そしてらちが明かないとばかりに頭を振ると、ルルイエに背を向けて晃司を正面にする形に向き直る。

「目が覚めてさっそくで申し訳ないですが、今回の報告のため支部長に会ってもらいます。問題ありませんか?」

 通達の締めに付け加えられた問い。

 晃司はそれが自分の体を気づかってのものであると理解すると、自分の体に目を向け、次いでかがみの向こうにいるルルイエを一瞥する。

 体調は確かに完全とは言えない。だがむしろ問題として大きいのは、この技術部長の近くにいることでの精神的な負担の方だ。

「ああ、はい。大丈夫っす。行きます。今から行きますよ」

 だから晃司はこの場を素早く離れるべく、かがみの案内を受けることにした。今すぐに。

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