1 取り調べにはおとなしく答えよう
「さあ。説明してください?」
狭く無機質な部屋である。
つるりとした白灰色の固い板で囲われた空間の中心に、同じような材質の机がひとつある。
その机には年若い男女が一組、向かい合って座っている。
とは言っても、先に女が投げかけた硬質な言葉のとおり、別に色気のある状況ではない。
若い男の両手にかけられた手錠に、冷厳な言葉と共に浴びせられているデスクライトの光。
そう。ここは取調室なのである。
つまり枷をかけられた若い男は、逮捕されてここに連れてこられているというわけである。
「……そいつは構わないんすけどが、ちょいとコイツが気になって話に集中しにくいんすよね」
黒い髪を短く刈り整えた男は、言いながら手首を縛る手錠が邪魔だと持ち上げて見せる。
そう言う男は大柄で鍛えられた厚みのある体をしている。
筋肉繊維で引き締まった腕にかかれば、引きちぎることも不可能ではなさそうである。が、そうやすやすと壊せるものでもない。というのが現実というものである。
そんな男の冗談めかした解放の願いに、女はサラサラとした髪を揺らして頭を振る。
「いけません。それくらいは罰の内として我慢して。ほら、名前と出身から」
そう言って女は取りつく島もなく突っぱねて、手もとの情報端末を指で小突く。
尋問を進めようという彼女が着ているのは、青い警察風の制服である。
しかしあくまでも「それらしい」というだけで、そのものではない。
各所に着けた記章も花ではなく、渦巻銀河を模した物。
またその他にも警察機構の所属であると主張するものは何ひとつとしてない。
しかしなんちゃって警察な装いにも関わらず、格闘家然とした男は降参だとばかりに枷をかけられた腕を持ち上げる。
「名前は黒部晃司……」
「地球での名前でなく、それに出身も」
名乗る晃司に対して、取り調べをする女は端末をまた小突いて、質問に答えるように急かす。
それに晃司は苦虫を噛み潰したような顔でうつむく。
「……オルフェイン。故郷からは追放された身です」
「それで、その故郷は?」
「もう勘弁してくれないすか? 事情聴取にはちゃんと答えますし、地球人としての名前で検索はできるっしょ? あそこの話は、したくないんすよ」
重ねての質問に、晃司は痛みに苦しむように顔をゆがめる。
苦痛に歪んだ顔で、これ以上は許してほしいと願う。
「つらいようですけれど。ごめんなさい、規則ですから」
しかし青い服の女は規則であるからと、また黒髪を揺らして首を左右に振る。
同情しながらも、女は決して規則をまげてくれない様子である。
それに晃司は深々と、深々とため息をひとつ。
「……生まれは、リュミナイス星すよ」
そして搾り出すような声で、繰り返された質問に答える。
「リュミナイス!? 貴方リュミナイス星人なの!?」
しかし晃司の出身星を聞くやいなや、青い服の女は身を乗り出してくる。
「……生まれがそうだってだけっす。故郷の人間とは認められてません」
「ご、ごめんなさい。偉大な英雄の多くを送りだしたかの星の生まれだと聞いてつい興奮してしまいました」
「気持ちは分かりますよ。星の顔とされてるような方々の事は、俺も素直に尊敬してますんで」
豹変ぶりを恥じ入り詫びる女に、晃司は気にすることはないと苦笑交じりに言う。
「本当に、失礼しました」
すると女は咳ばらいを一つ。脱線しかけた話を元の方向へ舵を切る。
晃司はそれにうなづき返して、腰の位置を正す。
「じゃ、なにがどうして、とかの事情説明に入ってもいいすか? Gコスモスの捜査官さん」
Gコスモス。
それが女の所属する組織である。
宇宙の治安維持組織であり、この取調室はその地球支部にある一室なのだ。
「不破かがみ」
「はい?」
「逮捕した側とされた側で何を、と思うかも知れませんが、答えていただきましたのでこちらからも名乗らせてもらいます。私は不破かがみと申します」
「あ、こいつは、どうも」
唐突な不破かがみ捜査官の自己紹介に、晃司は面食らいながらも頭を下げる。
「でも、良かったんすか? お仕事がらみでやたらに名前を教えたりしちゃまずいんじゃないすか」
「貴方ならば、これくらいは大丈夫だと判断しての事です。信用、と言ってもいいでしょうか?」
「信用できる要素なんてどこにあったんすか? 追放者で、犯罪者っすよ?」
「直感です。これでも人を見る目には自信がありますので。それに、経歴は経歴として、そのような警告をしてくれる貴方は、軽々しく情報を流したりもしないでしょう?」
かがみのそんな言葉を受けて、晃司は再び降参だと両手を上げる。
「さて、と。じゃあどこから話したもんっすかね」
「もちろん最初からです。なぜあのようなことをしたのか、それに絡む心当たりのあるところ。それを始めから全部、覚えている限りのすべてを話して下さい」
「了解です」
かがみが捜査官としての顔に戻り、話を聞く姿勢が整う。
それを受けて晃司は、自分が枷をかけられて連行される事になった、その経緯を語り始めるのであった。