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ついに俺は遅刻するかもしれない

作者: kiki

「タケシってマジメだよなあ」

「進藤くんってマジメだね」


 俺はよくこう言われるが、自分では不真面目だと思っている。

 例えば、勉強する時間をキッチンタイマーできっちり測っているのは、そうしないとサボるからだし、ユーチューブの動画の閲覧時間をタイマーで測るのは、そうしないといつまでも見てしまうからだ。

 確かに朝は規則正しい。六時に目覚め、軽い朝食をとる。歯磨きのあと少し体操。でもそんなに早く起きるのも理由がある。

 始業時間は九時だが、例えば八時に起きてしまうと、まだ頭が回転していないのか、授業を聞いていても頭に入ってこない。だから、三時間前に起きている。これは経験からわかったことだ。脳の回転が鈍いからそうしているだけのこと。

 そんなことを言うと、返ってくる言葉はやはり一緒で。


「やっぱりマジメだなあ」


 なのである。なぜだ? わからない。

 今日も朝、八時に家を出て、通学路とされる道路とガードレールで区切られた歩道を歩く。もしものときのためのショートカット通路は覚えているが、使ったことはない。

 八時半には学校に着席。そこから持ってきた小説を読んで時間を潰している。

 ぎりぎり来るのは、ちょっと悪びれた男子生徒だ。上着の下の白いシャツをベロンと出し、ズボンも下にずらしている。

 休憩時間になると、そいつは窓を開いて、そこから外に出ることが多い。ここは一階で、危なくはないが悪ふざけなのは見ていてわかる。上履きのまま地面を踏むので、帰ってきたら教室が砂だらけになり、掃除が大変だ。


「君。そういったことはやめようか」


 俺はクラス委員長だった。だから注意しないといけない立場にある。本当は先生から注意して欲しいのだが、若い女性の先生で、そういうことは苦手な性格のようだったので仕方ない。

 優しく注意をしたが、うるさいなといわんばかりに眉をひそめられて終わった。あまりにうるさいと煙たがられるので、それ以上は言わないことに決める。迷惑をかける連中というのはどこにでもいるものだ。

 平気で遅刻して、ヘラヘラ笑っている奴らもいる。寝坊が大半だ。

 まったくだらしない。

 時間通りに来ないというのは怠慢以外の何物でもない。時間を守るというのは当たり前のことだ。

 例えば友達と約束をして、いつも遅れるような奴だったらどうだろう? それがきっかけで友達関係に亀裂が入るなんてことは十分ありえることだ。それほど重要な時間という概念を無視するなんて、これから大丈夫だろうか? と心配するのだった。

 昼食は野菜をメインにしたものを食べる。ご飯を多くとりすぎると太ってしまうし、肉の食べ過ぎもよくない。食べる量は腹八分目。多く食べ過ぎると昼からの授業に差し支える。

 今日の授業が終わった後、クラス委員長の仕事をすませ、帰宅した。十七時を少し過ぎてから玄関のドアを開ける。

 予定通りだな。


「お兄ちゃん! 今日こそ将棋しようぜっ!」


 十歳の妹が叫んできた。裸足に白いシャツ一枚、パンツ一枚と家の中にいるとはいえ、女の子がする格好ではない。髪は左右をゴムで結び、尾が短いツインテール。目はキラキラと輝き、声はよく響いてうるさかった。

 妹は今、将棋にハマっている。

 なぜ将棋なんだ? 教えたの俺だけど。


「また今度な」


 いつものように軽くあしらおうとした。でも、妹は玄関の段上を動かない。眉尻を上げ、不機嫌な顔をした。


「また!? いつ勝負してくれるの!?」

「え? ああ……。今は忙しいんだよ」

「いやだ! いやだ! 一回! 一回だけ勝負しようよぉ! ねえ!」


 妹は地団駄を踏んだ。

 最近は断り続けているから、そのストレスが噴出したようだ。


「シズク。お兄ちゃん、困ってるでしょ」


 キッチンから救いの女神が現れた。母だ。エプロン姿で、茶色に染めた髪の後ろをゴムで結わい、垂れさせている。


「え~! だってぇ……」

「お兄ちゃん忙しいんだから、邪魔しちゃダメよ」


 シズクはプク~っとフグのように頬を膨らませたまま、階段を上がった。上がる音がダン! ダンッ! とうるさい。


「こらっ! シズク!」


 上がる音が静かになった。

 よっぽど怒ってるようだ。シズクが買ってきたプリンを間違って食べたときよりも怒っている。将棋の前はレトロゲームにハマっていた。ちょっと変わった妹だ。

 今度プリンでも買ってきてやろう。


「もうすぐできるわよ」


 母は、キッチンのほうへ歩き出した。

 俺は階段を上がり、二階の奥の自室に入る。着替えを済ませると、すぐに勉強にとりかかった。キッチンタイマーで測る。明日から試験だが、だからといって多めにすることはない。一日二時間。リズムが崩れるのでコンスタントに毎日行うことが大切だ。

 ダイニングで夕食を食べ終わる。そのとき母は明日、パートの仕事があるので朝からいないと言っていた。自室に戻って勉強再開。

 ピピピピピッ。

 二時間経過の音が鳴り、ノートや教科書を閉じた。そのあとランニングウェアーに着替え、夜行タスキを肩にかけ、走る。シズクをドア越しに誘ったが、応答がなかった。もう寝ているのか、それとも腹を立てているのか……。

 軽いジョギングのあとはフロに入り、フリータイムだ。スマホをいじったり、ユーチューブを見たりして時間を過ごす。ただし、一時間という時間制限を忘れない。

 そのあとカバンに明日必要な教科書、ノートを入れて確認。寝る前に目覚まし時計が六時にセットされていることを確認し、ふとんに入った。ほどよい疲れが眠りへと誘ってくれる。




 目が覚める。

 すぐに感じた違和感。それはカーテン越しから伝わる日の明るさが強いこと。

 いや、違うか。

 目覚ましが鳴るより早く目が覚めることは今までよくあった。

 五時ごろかなと目覚まし時計のデジタルに表示された時間を見る。


 八時三十五分。


「え? う、嘘だろ……」


 ガバッと起き上がり、壁にかけられた時計を見る。短い針は八を指していた。


「うわああああっ! やばいっ! 遅刻だ!」


 しかも試験の日だ。急いで制服に着替え、カバンを手にする。忘れ物がないか確認は昨日の夜したので、そのまま部屋を出た。廊下を走り、階段を慌ただしく下りる。

 母さんはパートがあるとかで、いない。こんなときに。

 八時三十七分。

 通常なら三十分ほどで教室に到着する。

 仕方ない。ショートカットだっ。

 靴をはきながら高校へのショートカット通路を頭の中にイメージする。ふと、母の靴だけじゃなくシズクの靴までない。親父の朝も早いから、俺が最後。ということはつまり、鍵を閉めなきゃいけないのか。

 ああっ。この急いでるときにっ!

 玄関を飛び出す。鍵の在り処であるポストに手を突っ込み、手にした鍵でドアに施錠後、ポストに鍵を戻した。

 門を出て、狭い住宅路を走り抜ける。

 八時四十分。

 道路脇の歩道をいつもなら進むが、途中で曲がり、細い道に入った。二人並んだら塞ぐほどの狭い通路だ。そこには狭いくせにゴミ袋や自転車などが置かれていた。それらを避けながら、時には引っかかってこけそうになりながらたどり着く。

 八時五十七分。

 学校の校舎が遠くに見えるが、それを阻んでいるものがある。

 金網だ。ただ、この難所の高さはそれほど高くない。1.5メートルほどだ。誰も向こう側にいないことを見て、カバンを放り投げる。金網に足をかけ、一気に乗り越えた。


「はあっはあ……」


 息が切れそうになるが、もう時間がない。全速力だった。

 遅刻だけは何としても回避しなくてはっ!

 八時五十九分。

 一階の教室の窓が見える。残り一分。ここから下駄箱まで回っていたら、一分はかかってしまう。

 もう、間に合わない……。もう、ダメだ。

 諦めかけたそのとき、窓が少し開いていた。

 窓……そうか。

 同じクラスの不良がときどき開けて、そこから外に出ていた。そこからなら!

 俺は、段差に足をかけた。靴を脱ぎ、隙間が空いた窓を勢いよく開け、体を教室へと滑り込ませる。クラスメートは突然の来訪者に、目を点にしていた。

 うっ。視線が痛い。


「ご、ごほんっ」


 わざとらしく咳をしたあと、最前列にある自席に座った。チャイムがちょうど鳴り、先生がドアを開く。

 ど、どうにか間に合った。


「はあっはあ……」

「どうした進藤? 具合でも悪いのか」

「い、いえ。ちょっと運動していただけです」


 ドッ!


 これが不幸にも、いや後から考えると幸運にも受けた。クラスメートの笑いの渦はしばらく収まらない。先生は不思議がっていたが、試験日なので静かにしろと言った。すると、すぐに静まり返った。

 試験は無事終了。


「タケシって面白いよな」

「進藤くんって面白いね」


 マジメで面白い奴という評価がついてしまった。これ自体は悪いことじゃない。笑いものにはされたが、いろいろな人から話しかけられる機会が増えた。

 問題はなぜ遅刻しそうになってしまったかということだ。

 目覚ましをセットしたのを確認したのは夜だ。

 機械の故障か? それしか考えられない。

 帰宅し、階段を上がる。


「今日はやけに静かだ。シズクの出迎えがないからか」


 部屋に入り、目覚まし時計を見た。

 スイッチがオフになっていた。オフになっていると目覚ましの時間をセットしても鳴らない仕組みになっている。

 おかしいな。昨夜、オンになっていたはずだ。見間違えか?

 その日、寝る前にスマホの目覚ましアプリをセットした。目覚まし時計のセットも忘れない。もし、何らかの影響で目覚まし時計が鳴らなかった場合、スマホのアプリが知らせてくれる。

 俺は、ふとんに入って目をつむった。


 ふと、床がきしむ音に目が覚めた。

 誰か傍にいるのか?

 視線だけをゆっくりと動かす。すると、そこにいたのはシズクだった。室内は薄暗いが、誰が傍に座っているのか視認できた。彼女は目覚ましを持って、スイッチをオフにした。そしてそれを元の、俺の枕元に戻す。


「よし」

「なにが、よし、だ」

「うわああああっ!」


 俺は上体を起こし、目覚まし時計を見た。オフになっていて、彼女が犯人であることは明らかだ。


「お前、なにしてんだよ」


 怒りから尖った声になる。シズクは床に膝をつけたまま、何もいわずうつむいていた。


「なにしてんだよって言ってるんだよ!」


 つい怒鳴り声を上げてしまって、シズクは泣き出した。


「う……うわあああんっ!」

「うわ。バカ。泣くな」

「うわあああんっ!」


 その騒ぎに母が駆けつけ、俺とシズクは別々の部屋に移された。母は俺と妹から事情を聞いた。

 あのバカシズク。なんであんなことしやがったんだ。おかげで試験に遅れるところだったぞ。自分がしたことわかってるのかあいつ。

 最初、妹を責めた。

 シズクは、かまって欲しかったからイタズラしたらしいと母から聞いた。

 最初聞いたとき、なんだそりゃ? と思った。意味がわからない。

 数日間、シズクとは顔も合わさなかった。

 そんな様子に、母は一言。


「タケシも悪かったところ、あったんじゃない?」


 許してあげたらというニュアンスのことを言われた。シズクは将棋を俺とするのを毎日楽しみにしていたと母から聞かされた。

 怒りが静まった頃合いだったので、冷静に考えることができた。

 俺にも悪いところがあったのか?

 それでもこちらから謝りに行こうとは思えなかった。やっぱりシズクが悪い、ということで落ち着くからだ。でも、このまま妹と仲悪い時間を過ごすのは気分が良くない。

 しょうがないな。

 俺は決心した。

 その日の夕方。

 ダイニングで夕食を共にするのは母、シズク。そして、シズクと机を挟んで向い合わせで座っている俺。

 ニュースを読み上げるアナウンサーの声だけが室内に響いていた。シズクが食べ終わるのを見計らって、俺は口を開く。


「あとからお前の部屋に行くからな」

「え?」


 シズクは何のことを言ってるの? ときょとん顔だ。


「やるんだろ? 将棋」

「! ……うんっ!」

「ただし一時間だけな」

「わかった! 準備する!」


 ニッコリ笑顔を見せて、シズクは階段を駆け上がっていった。斜め横に座っている母の表情は柔らかくなっている。解決してホッとしているのだろう。

 どうやら俺は妹に対して不真面目だったらしい。これからはあいつのこともマジメにかまってやらないとな。


 なんて思ってたが。

 ピピピピピピッ。


「終わりだな。帰るぞ」

「え~!? まだ途中だよ!?」

「もう一時間たっただろ?」

「もうちょっとだけ! ね?」


 服の袖を引っ張るシズクを見て、どこまでかまってやればいいのかという新たな問題が浮上したことは、また別の話。

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