本篇の裏で蠢く者たちの暴走劇
「秘石を日本から持ち出すことはどうやら不可能、ということか」
「重要なのは秘跡そのものではない。そこに刻まれたデータだ。データさえ手に入れることが出来ればそれでいいのだ」
「だが、そのデータを守るシステムを突破する手段がない。アレが最上位のインターフェイスなのだからな」
「果たしてそうなのだろうか。確かにあのシステム……姫と呼ばれていたか、あれが最大の存在であり、それ故に最上位なのは確かだ」
「そうだ、それ故に秘石の解析は日本が主導することになったのだからな」
「発想の転換だよ。なければ、作ればよいのだ。あれよりも上位に立つ存在を、な」
場がざわつく。
その言葉が、何を意味するかをその場にいる者たちは一瞬想像できなかったからだ。
「なに、わが国には素材がいくらでもあるではないか」
「そ、それはあまりに非人道的ではないかね」
「どのみち、アレらがまともに尊厳ある生を送れると思っているのかね。……なに、アレらはどうせただ無為に生き無駄に死ぬだけの存在だろう。ならば、我々が彼らに生きた証をくれてやろうというだけの話だ。アレらは、我らが五千年の悲願を叶える、文字通り礎となってくれるだろう」
「だが……しかし……」
「何を躊躇う? このまま奴らに任せていても我が国の利とはならん。良くて山分け、最悪ならば我が国には何も得るものがないやもしれん」
「ふむ、ひょっとしたら他の国も、同じ結論に達するかもしれませんな」
「かの国もかつての栄光を取り戻そうと禁断の果実に手を出さぬと誰が言えようか。秘石のデータさえ独占できれば、あとはどうとでもなる。いや、それを手にした国が……手にしたものが世界を支配するのだ。ためらう理由がどこにある」
沈黙……
長い沈黙。
「決まり、だな」
反対の声は、上がらなかった。
完全に後手に回った。
潜伏先で新田は悔し気に呟いた。
まさか、人工的に最上位接触者を作るとは考えていなかった……いや、多分無意識のうちにその可能性を排除していた。
その接触者を作るために幾人の命が奪われたのだろう。
姫システムは、姫自身を守るためにシェルター化した研究所の最奥に隠した。が、姫と秘石との接続を切り離すことは出来なかった。それは、反撃の手段を失うことになる。
だから、姫の精神は、秘石の深奥へと逃れるしかなかった。
選ばれた者たちだけが入れる、秘石『オズマクリスタル』の深奥。
だが、そこは未知の世界への道。新田自身もそこへ入ることは出来ない。入ることが出来るのは、特別な資質を持つ少年少女たち。
オズマの子ら。
本来なら、彼らが成人して、適切な訓練を経てから行われる探索であった。
西暦2060年に開始されるはずだった、新しいオズマ計画。
地球外知的生命体探査『ワンダフルウィザード計画』
浪漫を解さない輩はこれだから、始末に負えないのだ。
計画は、どうやら前倒しでぶっつけ本番となりそうだった。
新田は、思索する。彼の持ち駒はそれほど多くない。いや、最大の駒が今、彼の手元にない。
だが、まだ負けたわけではない。
「彼に……託すしかないのだろうな。娘には恨まれるかもしれんが、な」




