真のラスボスがあらわれた。僕は、はいになってしまった件
僕とロビンは一通りの強化魔法をもらった後、自然と二手に分かれた。
こういっては何だが、僕たちがヘイトコントロール無視で(加えて言うと、マネーパワー全開で)攻撃すると、並のタンクプレイヤーなどのヘイト管理能力を大幅に上回ることはわかっている。特に、今回のような異常なまでに貫通耐性が高く、僕らの最大の攻撃をもってしても矢が貫通しないような相手、つまり、貫通武器の攻撃力を最大限に生かせる超巨大モンスターならば、なおさらだ。
そんな僕らが固まっていてもあまり利点はない。むしろ下手を打てば同時に薙ぎ払われて仲良く黒焦げということになりかねない。
理想を言えば、僕とロビンの間を行き来させる、俗にいうピンポン作戦が成り立つことだろうか。そこまでうまくいかなくても、最大ヘイトを集める僕らが距離を置いておけば、モンスターは移動というアクションを挟むことになるので、攻撃回数がその分減ると予想できる。
僕らが分かれると、強化で稼ぐプレイヤーたちも示し合わせたように二手に分かれた。
そして、僕の後方、ぎりぎり強化魔法が届く位置に陣取ると戦況を分析し始めた。
「そろそろ、上陸か」
誰かがつぶやく。
巨体の陰で気付かなかったのだが、先輩のイルカ流鏑馬は未だ続いているようで、後方からかなりの頻度で矢が飛んでいる。ほんとあの人は何でもこなすな。
「タンクは海岸で迎撃するぞ! うまくローテ組んでくれ!」
誰かが叫ぶ。
あまりに大多数の参戦と、それぞれが独自で行動するため、そもそも戦略などというものがたてられるはずもない。
もちろん、僕らもある意味戦略ブレイカーと言える。
だが、ほんの数発でタンクプレイヤーすらなぎ倒す攻撃を単体攻撃としてではなく複数に同時にダメージを与えてくる今回のモンスターに対して、生半可なタンクでは、居るだけ無駄ともいえる。大してヘイトも取れないうちになぎ倒されるものも出てくるだろう。
だからこそ、僕らがその固定概念を壊させてもらう。
弓を引き絞る。〈剛力〉が発動してスタミナがぐんと消費するが、支援の強化魔法の中にスタミナ回復速度を上げるものが含まれているのか、体感的にかなりスタミナの回復が早い。これならば、最速での連射は無理だとしても、充分に矢を放つことが出来そうだ。
まずは一射。
無駄に強い強弓と、これまでに使ったことのないレベルの矢の組み合わせは、僕の想像していたよりもはるかにダメージが出たのか、返ってくる手ごたえも並大抵のものではなかった。
視界の片隅に流れるダメージログを読み取る。
「うわ、なんかやばいダメージ出てるな。それに、防御力ダウン効果も効くみたいだ」
一撃でヘイトをむしり取ってしまったようで、海獣はこちらを向き直った。数人のタンクプレイヤーが素早く前面にまわりこみ、幾つかのアーツを発動させているようだ。
ここのところソロ活動が多かったせいか、高いレベルのアーツの効果はよくわからないのだが、どうやら、自己の座標固定のアーツと、モンスターがタンクを透過して突き進むことを妨害するアーツの組み合わせのようだ。
座標固定アーツの効果か、本来なら体重差で押しだされていくことになるはずのタンク諸氏は見事に圧倒的巨体を釘付けにする。
ゲームデータにこう言うのもなんだが、あのモンスターの巨体からして、体重も数十トンからもう一つ桁が上がるレベルのはずだ。もちろん、体重などというデータがあるわけではなかろうが、あの巨体に見合ったノックバック耐性……そして、その移動そのものにノックバック特性があるはずなのだ。
アーツなしでは、おそらくはその巨体を受け止めた時点で弾き飛ばされるだろう。それを見事に受け止めているのは流石だろう。
見ていて痛快でもある。
その巨体の突進を、完全に受け止めているのだ。正にゲームならではの光景だろう。
しばらく巨体を使って押し退けようとしていたが、何らかのロジック変更が行われたのか、移動の邪魔になるタンクに向かって攻撃を始めた。
パーティを組んでいるわけではないのでタンクのHPがどの位なのかはわからないのだけれど、そのタンクへ回復魔法を飛ばすヒーラーたちの詠唱の様子から尋常ではないダメージだと予想できる。
これは無理かな? と思った矢先、突然レヴィアタンが180度向きを変えた。
「向こうの石弓使いがヘイトを高めたらしいっすね。あっちに俺んとこのパーティメンバーがいるから、中継するっすよ」
矢弾を作ってくれた職人さんがそう教えてくれた。
向こうと状況を交換できるならそれに越したことはない。僕は二つ返事で了承した。
間接的とはいえ、僕とロビンの間で情報が共有化されることで効率が格段に上がり、戦況が安定をし始める。周りを見る余裕も出てくる。
どうやら、タンクチームも最適解を導き出したようで、先ほどのアーツをうまく利用して足止めをし、モンスターのアルゴリズムの変化タイミングで別のタンクと入れ替わるという技を身につけたらしい。毎度思うが、タンクの人の適応力ってのは半端ないなぁ。
もちろん、全てが完ぺきというわけではない。時折、座標固定のアーツの解除に失敗して蹂躙されるタンクもいるし、逆にアルゴリズム変化のタイミングを早く読み間違えて、あっさりと抜かれるケースもあった。その場合、僕やロビンはあっさりと倒された。
そういったハプニングもあったが、そもそも死に戻り前提のデスペナなしのイベントであるから、それを含めても順調だったと言える。
ただ、問題が発生したのはレヴィアタンのHPが1割を切ってからだった。
流石に初期からのメンツには疲れが見え始めている。僕らが想定していたよりもはるかにこのモンスターの生命力が高かったこともあるし、どこか最後までやりきらないといけないという強迫観念的なものもあったのだと思う。
特にあの巨体を間近で食い止めるタンク衆の消耗は尋常でないようで、大小さまざまなミスが見られるようになっていた。
また、それに輪をかけたのが、倒せそうと見るや、突然に前線に参加を始めたプレイヤーたちの数が予想外に多かったことである。
もともと、近接戦闘では意図しないフレンドリーファイアは起こらないのがこのゲームの仕様ではあるが、だからこそ乱戦になると収拾がつかなくなる。
また、攻撃を受ける回数が増えると、ただでさえHP減少で激しくなった攻撃をさらに激化することとなり、もはやカオス状態と言える。
ちなみに、こうなる以前はアタッカーたちは基本的に一撃離脱戦法を取っていた。つまりは、強力な範囲攻撃が行われた直後に突撃し、数発攻撃を入れると距離を取って範囲攻撃の効果範囲から離脱するという方法だ。逃げ遅れてあっさり死ぬのもいたけれど、それはそれでうまく回っていたのだ。
だが、もはやそんな秩序もない。
多数のプレイヤーの行動で、司会の片隅に流れるログのスピードが、こちらの情報処理能力をはるかに上回り、少し離れた位置にいる僕らですら、その圧倒的ログの量に酔った。
ましてや、至近距離でレヴィアタンの攻撃を処理していたタンクたちにとっては、それは地獄とも言えたのではないだろうか。
「酔った。休憩」
何度目か……いや、おそらくは二桁超えの死に戻りをしたであろうヴァイスさんが僕の後方の支援部隊のあたりでちょこんと座ってつぶやく。辺りを見回してみれば、〈閃光〉のメンバーは一通り休憩に入っているようだ。基本近接メインの彼女たちである、あの混雑の中には流石に戻る気がしないのかもしれない。
おや、はて? 我が妹の姿が見えないが……
「あ、みーちゃんならあそこ」
ヴァイスさんが指さした先は、海の方向。
そこにうつ伏せにぷかぷかと浮かぶ水死体……もとい、戦闘不能状態の女性アバターの姿が。
「多分、寝落ち」
「みたいだね……あの状況で寝落ちできるのは、さすがというべきなのかな」
剛毅なんだか、鈍感なんだか。
「さすがに僕の方も継戦能力がなくなった。あとは見物モードだけど、一回死んで、ヘイト抜いてくるよ」
「いてらー」
情けない話だが、既に矢がない。職人さんたちも素材がなくなった時点で撤退している。このイベントでは、ログアウトしても獲得したポイントはリセットされないらしいので、ログアウトしているのだろう。つまりは、僕の戦闘能力は既に限りなくゼロに近い状態。
もちろん、素材集めから自作という流れもあるのだが、そんな気力もない。
僕は、乱戦の中に飛び込むと、数発の範囲攻撃を受け、死に戻りをする。
ヘイトを抜いておかないと、雑談もできないから。
「ただいま」
「おかー」
蘇生地点から戻ってくると、ヴァイスさんが相変わらずの抑揚のない声で迎えてくれた。だけれども、どこか眠そうに感じるのは気のせいではないだろう。
「ヴァイスさんは、休憩終わったら戦線に戻るの?」
「ん、もう十分。疲れた」
そういって、彼女は乱戦の方を指さした。
「あれは、心が折れる」
何のことだろうと指さされたあたりを見てみる。最初は、あの乱戦の状態のことだと思った。僕も死に戻りのためとはいえあそこに入っていくのはなかなか勇気がいることだったから。だが、彼女が言いたいのはそれじゃないらしい。
「戦闘ログ全部にフィルタかけて」
ヴァイスさんがそういうので、コンフィグ画面を呼び出し、ログにフィルターを掛ける。それによって、ログがすっきりするのはいいのだけれど、その状態だと敵がなにをしているのかすらわからなくなるので基本的には使わない機能だ。今後改善されていく機能だと信じたい。
戦闘関連のログがすべて消えると、ログがスッキリする……と思ったのだけれどそんなことはなかった。
プレイヤーたちの発言を文字化したログが大量に流れ始めたのだ。もちろん、戦闘ログとは比べ物にならないほど数は少ない……のだが、その多くが罵詈雑言だったので頭がくらくらしてきた。
特に、タンクとヒーラーへ向けた罵声が酷いものであった。
「確かに、心が折れそうだね」
「ん。さすがに、無理。だからお休み、ばいばい」
そう言い残し、彼女はログアウトした。
僕は、どうしようかな。……先ほどまではどこかおかしなテンションになっていたから、疲れも感じなかったのだけれど、一度冷静さを取り戻すとどっと疲れが押し寄せてきていた。眠気もまた、激しい。
「これは、流石にヤバいかな」
時計を呼び出し、リアルの時間を確認する。
「04:23」
これは、リアルにヤバい。マジでヤバい。
何がヤバいかっていえば、明日の説教がヤバい!
もはや、言い逃れは出来ないだろう。僕は覚悟を決めて、ログアウトした。
「おはよう、龍斗。今日は早起きね」
筐体から出た僕を迎えたのは、とてもいい笑顔の、赤鬼だった。
僕は、生まれて初めて、ジャンピング土下座というものを実行に移すことになったのだった。
教訓。ゲームは計画的に。
ゲームは計画的に




