対プレイヤー戦の敗北も束の間、新たなイベントの開始に胸が躍った件
僕が降参宣言をすることで、プレイヤー間戦闘の終了が告げられる。ちょっとだけ、悔しかったりもするけれど、それを気にしても仕方がない。
もし、これがPK相手だったり、アイテムロストが絡んでいたりしたならば、錬金術と木工の複合生産で作った矢筒の方を使ったのだけれど。ちなみに、この矢筒、〈ピカレスク・ロマン〉のメンバーをして、えげつないと言わせる代物である。
見た目、木製の矢筒なのだけれども、事前に薬品を消費することで矢にその薬品の効果を付加することが出来るというものだ。オリジナル作品というわけではないが、弓使いの少なさから存在を知る者は少ない。
毒や麻痺の追加効果のある矢は別に存在するのだけれど、こういったものは威力が低く貫通性能も低く設定されている。だが、この矢筒を使うと、例えば鋼の矢などにもそういった効果を付与できる。
もちろん欠点もある。この矢筒が薬品効果を付与できるのは、その薬品を矢筒に使用してからリアル時間にして10分程度。その時間を過ぎると薬品だけでなく付与のために矢筒に入れた矢もロストする。付与できる矢の数は最大で12本。また、その毒性の効果時間は、通常の毒矢や麻痺矢に比べて短時間な上、状態異常の上書きが出来ない。
さらには、一定の確率で矢筒自体が破損する可能性がある。自作できるとはいえ、材料の中に錬金術ギルドでしか購入できない高価な油があるため、そうそう壊すわけにはいかないのだ。
「なにか、奥の手を隠していますね?」
幼女の口がにやぁ、と三日月のような形をとった。
「教えませんよ。だいたいなんでそんなに煽るんです?」
「面白いからに決まっているではないですか。いいですか、世の中には面白いこととどうでもいいことの二つしかないんです」
「いや、もっといろいろあるだろう。悲しいこととか、腹が立つこととか」
「どうでもいいことですね。……ところで、リュート、あなたはどうでもいい人の方へ分類されたのですか?」
このひとはまったく……。僕だって先輩のことは苦手だけれど、だからと言って彼女からどうでもいいなどと思われたいわけじゃない。適度な距離感を保ちたいとは思うけれど……。
本当にそうか?
一瞬浮かんだ考えを振り払う。
ところで、勝者の剣士君がどういう反応していいのか迷っているようなのだけれど、煽った以上先輩がなんとかしてくださいよ。
「……すっかり忘れていました。拳を交えたあとの熱すぎる男同士の友情が芽生え、さらにその先へと進んでくれたのなら見直したところなのですが」
剣士君は何かを悟ったのか、一歩後ずさった。
この幼女は、既に腐りきっているのに気付いたのかもしれない。口を開けばラフレシアは伊達ではないのだ。
「いや、このロリ子とお近づきになれるなら……」
「貴様何を考えている!」
僕はその根源的恐怖から全速力でその場を離れようとする。移動速度固定のシステムが煩わしい。なまじオーガの視点が高いため、移動速度が非常に遅く感じてしまうのがよけいにもどかしい。
「ふふふ、面白い人だこと」
くすくすと笑いながら先輩は剣士君を見た。
「おお、どうでもいい人から昇格した。おめでとう剣士君。そのまま、せんぱ……アンナマリーさんのお相手をお願いしますまじで」
「斬られたいのかしらね、このデカブツは」
その鈴の音のような声に殺気が乗っている。正直、先輩の実力はどのくらいかわからないのだけれど、最低でも二つの大陸を踏破している以上、相当なものだと予想できる。
そして、いつの間にか彼女の腰には大太刀が佩かれている。職業[侍]持ちは伊達ではない。それどころか、僕はまだ[冒険者]なんだよなぁ。開拓職は手に入れたのだけれども、職業[狩人]の入手クエストの場所がはっきりしないんだな、これが。ちなみに、[レンジャー]は見つけたのだけれど、[レンジャー]になるための前提条件に[狩人]のレベル30が必要だったりする。
「そろそろ、ゲーム内時間で夜」
ぼそりとヴァイスさんが言う。
おっとそうだった。とりあえず、へんた……もとい、先輩の相手は剣士君に任せるとして、祭りの夜を楽しまねば。
ただ、なんというか、〈閃光〉のメンツは目立つんだよなあ。普段はあまり街にとどまらず大抵は外で狩りをしているのでなかなか会えるものたちではない。しかも、最前線チームであるため、先人によって開拓された狩場にいることは滅多になく、おそらくは独自開拓した狩場を利用しているため、街の外での遭遇率も低い。
おそらく、彼女たちに会える確率が最も高いのは、エリアボスと戦うためのボス用ダンジョンの入り口などではないだろうか。
何が言いたいかというと、こういった街イベントに〈閃光〉が揃うと、それに引き寄せられるような羽虫どもがどこからともなく湧いて出るということである。
特に今は、僕自身がPvPという目立つことをやってしまったせいで、人の集まりが半端ない。
こんな日に限っていちごさんがいないのはまったくもって困ったことである。念のため、フレンド項目を呼び出してみるが、いちごさん……ストロベリーの名前は、ログアウト状態を示す濃い灰色で示されている。
「おにいさん、いこう」
ヴァイスさんが僕の腕を引っ張る。ドワーフの筋力でぐいと引かれれば、そちらへ引き摺られるのも道理。なまじ身長の差があるためよろめくように引っ張られる。
「うん、行こう、お兄ちゃん。花火は一番いい場所で見なきゃダメなんだよ」
反対の手を取られて、逃げ場を失う。と、背中に視線を……というか、誰かにターゲットロックされた感覚……を感じる。振り向くと、メロンソーダさんが、ぼくをロックした状態で簡易キーボードを生成して、エモーションコマンドを打ち込んでいる最中だった。
キーボードを呼び出してコマンド入力をするプレイヤーはそこそこ多い。音声入力だと、「発言」と「コマンド」が混同して予想外の失敗をすることがあるからだ。そのため、特定のキーワードと連動したコマンドマクロを作成し、それ以外の発言を完全にコマンドと切り離すのが誤動作防止の手段としてよく使われる。
打ち込んでいる内容は見ることが出来ないのだけれど、あまりいい予感がしない。
不安に思いながらもメロンソーダさんを見ていた僕に、彼女はとてもいい笑顔を向けてきた。
気のせいだったか。笑顔コマンドを入力していたのかな。と、油断した次の瞬間、彼女はふわふわと浮かんで、僕の頭の上にちょこんと座った。
フェアリー専用コマンド、「プレイヤーの上に乗る」だったか。
こいつら、わざとか。おそるおそる振り向くと、無表情でありながら、中の人の怒りと嫉妬に燃え上がる不穏な雰囲気を感じさせる剣士君と、にたりと笑う先輩の姿が……。
……
………
…………
はっ!
いつの間にか花火は終わっていた。
「災難だったわね。あの子たちも祭りに浮かれていたのよ。勘弁してあげてね」
野太いが、慈悲にあふれた柔らかい声。
こう、なんか癒される……ような気が……
!!
「いちごさん?? いつの間にログインしたの?」
危ないところだった。
いちごさんの優しさに魂を抜かれるところだった。新しい世界の扉が開きかけていた。あれをくぐったらきっと帰ってこれなくなるのだろう。
「今さっきよ。人だかりができていたので見に来たら、ふわちゃんたちにおもちゃにされちゃってたの見ちゃってね。さすがに見かねて助け出したところよ」
むむむ、なんというか、助けてもらったのか……
僕は礼を言うと、いちごさんは、気にしないで、と笑った。
「あの子たちも反省しているから、怒らないであげてね」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。調子に乗ってやり過ぎました」
ぺこりと頭を下げるミネア。驚愕に固まる僕。
妹が、こんなに素直に謝るのは滅多にないことだ。僕も原因の一つであることは自覚しているのだけれど、妹は甘やかされて育ったせいか、謝るのが苦手なところがあるのだ。
いちごさん、あんたぁ一体何ものですか。
花火も終わり、最恐のいちごバリアーが復活した今、羽虫どもは大分散っていったようだ。
心の余裕も戻ってきたおかげで、辺りを見回す余裕もできた。
ふと広場の中心を見ると、NPCである故に疲れ知らずに踊り続けるマツリダンサーたちの中に混じって、一人のプレイヤーが踊っているのが見えた。
アレは……たしか、ヒメさんか?
水着を着用していることから、前半イベントはこなしているようだけれど、そもそもなぜ水着? と思わないでもない。
が、よく見れば、結構水着でうろうろしているものも多かったりする。TPOを考えてほしいと思わないでもないのだけれど、性能とは無縁のイベント装備としては、今回の水着と浴衣は最初のものである。浴衣をこれから取る人もいるだろうし、そもそもキャラクターは自分本来の姿ではないので気にならない人もいるのだろう。純粋に、水着が気に入った人も。
それをどうこういうのは、流石に野暮というものではないだろうか、と考え直す。
そんな風に考えていたときのことである。
突然に、警報のような音が響く。多くのプレイヤーが何事かと騒ぎ始めた。
『水晶海にて、巨大なモンスターが確認されました。
腕に覚えのある冒険者は直ちに水晶島へ向かってください。
繰り返します。
水晶海にて、巨大なモンスターが確認されました。
腕に覚えのある…………』
音量は小さくなったものの警告は続いている。
続いて、視界内に、システムメッセージとしてイベントの告知が文字で送られてくる。
〔システムメッセージ:イベント告知〕
〔夏季イベント:巨大モンスター来襲が発生しました〕
〔水晶島にて、巨大モンスターとの大規模バトルイベントが行われます〕
〔水晶島を目指すモンスターを仲間と協力して討伐してください〕
〔このイベントではモンスターを占有することは出来ません。全てのプレイヤーに戦闘権利が発生します〕
〔イベント会場にて、専用NPCよりイベント参加タグを受けてください〕
〔タグを受けていないプレイヤーは戦闘に参加できませんので注意してください〕
〔なお、参加タグを受けた状態では戦闘不能によるペナルティは発生いたしません〕
〔イベントは水晶島で行いますので、お友達とイベントを楽しむ場合は〕
〔島への連絡船に乗る前に、パーティを組むことで、同じエリアに移動することが出来ます〕
〔イベントでは、プレイヤーの行動によって評価点が付きます〕
〔奮ってご参加ください〕
これは……ちょっと予想外だった。僕としては大規模バトルなんかには参加したくはない。
まだまだ弓の汚名は返上されたとは言い難く、人が多いところで戦闘は……ちょっとな。
僕はそう考えていた。
が、振り向いた時、妹と目が合った。
あれは、とても楽しそうな目だった。そして、僕を巻き込む気満々の笑みでもあった。
「こういうイベントを待っていたんだよ! 巨大モンスターとのバトル!」
「うん、燃える」とヴァイスさん。
「あらあら、二人とも楽しそうね」
そう、ふわふわさんが笑う。メロンソーダさんが、やれやれといった表情を(もちろん、コマンドを入力して)浮かべたが、反対ではないようだ。
「デスペナがないなら、これはやるべきでしょ。面白くなければやめればいいことだしね」
「決まりだね! もちろん、お兄ちゃんも参加だよね!」
とても楽しそうな妹の声に、僕は今さら参加しないとは言えなかった。
「もちろん、あたしたちも連れて行ってくれるのでしょう? あたしは戦力外だけれど、応援くらいはさせてもらうわ」
「もちろん、私も参加しますわよ。いいですね」
いちごさんと先輩も乗ってくる。これは本格的に逃げ出すことは不可能だろうな。
仕方がない。逆に考えるんだ。
デスペナのないバトルである以上、弓使いへの嫌悪感も若干は抑えられているかもしれない。そこで活躍することで弓使いの地位向上を目指すこともできるかも。
うん、そう考えると悪いイベントではないかもしれない。
なんだか、やる気が出てきたぞ。
僕は妹たちに向かって頷いた。
そして、僕たちはその場でパーティを結成する。人数的には1パーティを超えるので、複数のパーティを組んで、そのうえでパーティ同士を結合してレイドを組むことになる。
「俺も、いいかな。足手まといにはならないつもりだ」
剣士君が自分を売り込んでくる。ミネアが僕を見る。
僕としては、一度ガチって決着も付いた相手だ。悔しい思いもあるけれど、だからと言ってわだかまりがあるわけでもない。そのことを告げると、ミネアたちにも異論はないようだった。
「じゃあ、いこう!」
ミネアの号令に、皆が頷く。
「おー」
ひとり、可愛らしい声で応じたプレイヤーがいた。
「え?」
僕は声の主を見た。
「ヒメちゃんも一緒に行きたいっていうから誘っちゃった。だめだった?」
ミネアが申し訳なさそうに言う。が、別にダメということはない。そもそも、お祭りなのだから、楽しまなければ損だろう。それに、この踊ってばかりの子がどんなプレイスタイルなのかも気にならないわけではなかったりするしな。
「じゃ、気を取り直して、れっつごー」
そして、僕たちは再び、水晶島へと向かうのであった。
巨大モンスターかぁ。なんだかわくわくしてきたぞ。




