トンデモ発言ですらあっさりと躱す歳の離れた友人のさすがの一言にほれぼれした件
僕としては、何度も言われたことだから取り立てて気にするほどのことではなかった。
「弓のくせに」
「弓とかありえない」
「弓使いはPK」
「空気読め」
弓使いというだけで、何度も言われたことだ。
残念なことだが、今のところ弓使いというのはそういう位置づけである。
フレンドリーファイアの仕様がなくならない限り、弓使いには常に味方殺しの可能性が付きまとう。
だから、僕としては、
「ああ、またか」
という感想しかなかった。
雑誌社の取材陣にそういった偏見持ちがいたのは残念だけれど、彼もまた一人のプレイヤーと思えば仕方のないことでもあると思っていたんだ。
「あん? 今言ったやつ、前に出ろや」
剣呑な雰囲気を纏ってドスの利いた声で言ったのは、ウッディだった。
「聞こえなかったのか? 今言ったやつ、所属と名前を言って前に出ろや」
これまでの付き合いで、ウッディはとても成熟した思慮深い人物だと思っていた。もちろん、ロールプレイしているときは、どちらかというと刹那的な言動が多いのだけれど。
「ウッディさん、抑えて! カメラ回ってます!」
司会のフェアリーが慌てて事態を収めようとウッディを押しとどめる。
「だから、そのふざけた質問に答えてやろうって言ってんじゃねぇか。出て来いよ」
なんか変だ。確かに、彼から怒気は感じる。さっきの発言に怒っているのは間違いない。だけど、なんとなくだけれど、彼は非常に冷静な部分があるような気がする。
そう思った僕の勘は、正しかった。
ウッディがその尖った顎で記者席の方を指した。
「おぅけぃ、ボス」
まるで示し合わせたように、ギルボアとアシェラさんが司会の制止を無視して記者席へと足を向ける。
ギルボアは、重量感あふれる歩みで。アシェラさんは小柄ながらどこか色気のある歩みで。
二人は、その発言者らしきどこか軽薄そうなエルフ男性アバターの前に立った。
ゲームである以上、強制的に相手を動かすことは原則として出来ない。いくつか例外はあるが、今回はそれには当てはまらないだろう。
だが、二人の迫力に押されるように、エルフは起ち上がった。
もちろん、それを強制することは出来ないはずなのに、彼らは見事にそのライターを追い込んでいく。なんだかんだで二人とも、そう、二人とも、まさに悪漢というべき態度だ。
「くそ、事実を言って何が悪いんだよ」
小声の悪態。まあ、聞こえてるんだが。
壇上へ引き出されたエルフ男をねめつけるウッディ。
辺りは緊張のためか、静かになってしまっている。アクシデントに対応できていないということだろうか。
「聞こえてんぞ、あぁん?」
そう言って、ウッディは彼の首に腕を絡めた。実際には「肩を抱く」という動作なのだが、ウッディの身長がそのエルフよりかなり高いため、まるでチンピラが善良な市民に絡んでいるような、そんな雰囲気を醸し出している。
エルフが緊張して震えるのが見て取れた。どうやらフルダイブ環境のようだ。
「教えてやるよ……」
ドスの効いた声。役者だなあ、この人は。この場合年の功というべきか?
「ダチ誘うのに理由がいるか?」
ケロッとした明るい声で、ウッディが答える。と同時に、バンと、そのライター……名はアダーラと言うらしいが……の背中を叩いた。というか、ウッディは幾つエモーションコマンドを使いこなしてるんだ?
パチパチパチ。
小さな拍手の音が聞こえる。どうやらこの寸劇を最初から楽しんでいた人がいたらしい。
って、先輩かよ。
先輩はその小さな手で拍手を送っていた。実際最初から気が付いていたようで、いちごさんもまた、その隣で豪快な、だけどどこか女性的な仕草で拍手を始める。
ここに至って、今の一幕が、ウッディたち〈ピカレスク・ロマン〉の即興の寸劇だと理解され始めた。
「それにな、こいつとつるむとな……」
今度は僕の肩に腕を回す。
「もれなくアク鯖トップクラスの美女パーティとお近づきになれるってもんだ」
うわー、そっちかよ。
「あらん、いやだ。褒めても何も出ないわよ」
こう言うノリの良さは、間違いなく、いちごさんだろう。
「閃光のお嬢ちゃんたちに、ずいぶん慕われてるらしいじゃないか。あやかりたいもんだねぇ」
あの子たちと知り合うと、もれなくあの人間凶器がついてくるんですけどね。実際、先輩やミネアがいるあの一画、見栄えのいい女性アバターがそろっているのに、不自然な空白があったり。
ちなみに、いちごさんバリアーの存在に気付いた女性プレイヤーの方がじわりと集まってきているようで、知らないPCが彼女らの一角に加わっている。女性にとっては、いちごさんは意外なことに、それなりに受け入れることが出来るらしい。ここらへんは男である僕にはわからないことだけれどね。
「ま、本音はさておいてだ、こういっちゃなんだが、俺たちがリュートを誘ったのは、その弓の腕を期待して、だ。もっとも、期待以上に活躍してくれたんで俺たちが第一討伐者としての栄誉を受けることになったわけなんだがな」
「そうそう、そういう話を聞きたいんだよ。話してもらえるかな」
これは別のライター。大手ゲーム雑誌、ライトニングプレスの専属だったはず。獅子鯖メインで等身大の活動をしている人気のライターチームで、各ライターが一プレイヤーとして活動してそれらを記事にするという体当たり的な活動が受けているチームだ。
「そうだな、こいつを誘ったのは、フレンドということも大きいが、何より俺たちにないスキルを持っていたからだ。ほかならぬ遠距離物理攻撃の、な。いくらダチでも、お情けで拾ったりはしねぇよ。それは相手にも失礼だからな」
ウッディはそう切り出した。
魔法以外の方法でのモンスターを一匹ずつ引き寄せる能力。同士討ちを避けるために戦闘には参加させられなかったが、【解体】することでモンスターからのドロップ数の引き上げの有用性。そう言ったものを滔々と語ってくれた。
「なるほどなるほど。検証する価値はありそうだね。うちでも一人転向してもらうかなぁ」
「あー、こいつのマネは難しいと思いますよ。わかる範囲でもこいつのスキル構成は相当変わってますから」
横合いから、ギルボアがツッコミを入れる。緊張はすっかり解けたらしい。
「大丈夫だよ。うちにも弓使い予備軍はいるから。というか、途中で挫折して武器を変えたんだけどね。そいつにやらせてみるさ。……とは言え、やはり同士討ちの問題があるね」
「まあ慣れればたぶん大丈夫ですよ。外しても同士討ちにならない位置取りなんかはすぐ身に付きます。一番の難点は、そのことをパーティメンバーに理解してもらうことですけどね」
「まあ、身内から始めるしかないだろうね。立ち回りと有用性が証明されれば変わっていくこともあるからね」
そうなるといいな。今のところ、弓使いはパーティ戦での立ち位置は非常に難しいところにある。初期のナチュラルPKのイメージが強すぎたということもあるし、単純にフレンドリーファイアの恐れもある。
僕は基本ソロ活動をやっているので、弓も矢も使いたいレベルのものを使っているのだけれど、はっきり言ってしまえば、僕より格下の後衛タイプ、特に[魔術師]などの職業に就き、装備制限で防御力の高い装備が使えないPCなら、誤射一撃で場合によっては沈む。もちろん、同格以上で同じことが起こるわけではないが、無視できないレベルのダメージが出かねない。
初期PKが弓で誤射を装いPKをしていたため、弓=PKのイメージが先行していたのだけれど、今はそこまで多くない。
もともとPKたちが弓を使っていたのは、ある種の逃げ道としてのことだった。手持ち武器でPKをした場合、基本的に相手をターゲットにしないと不可能であることから、ほぼ確実に故意であることがバレた。
だが、遠隔攻撃ならば、流れ矢が当たったのだと言い訳が出来た。それによって、一般プレイヤーからの警戒心を高めないようにしていたわけだ。
ところが、やりすぎたためだろうか、そもそも遠隔武器を持ち歩いているというだけで警戒されるようになった今、彼らが弓を使う理由はなくなった。盛んに活動するPKたちのほとんどは名バレしているということもある。
問題は、結果として弓使いのPKは激減したものの、風評としての弓使いの悪評は残り、もともと少数だったメイン遠隔武器プレイヤーたちもそれらをサブに回し新たな武器をメインに持ち替えていったことだろうか。
僕の知る限り、遠隔武器をメインに据えるプレイヤーは皆無だし、名の売れたプレイヤーたちにも遠隔武器使いはいない。もちろん、サブウェポンの一つとして選択している人はそれなりにいるし、いつか銃器が実装されるのではと、射撃スキルを冒険の合間にコツコツと上げているという噂のプレイヤーもいるようだ。が、彼らもパーティを組む際にはそれらを封印するという。
「では、君はなぜ弓を使い続けているのかな?」
物思いにふけっているといきなりの質問に戸惑ってしまった。
「うーん、もともと、少数派の武器をメインに据えようとして弓を取ったのですけれど、なんか途中から意地になっちゃったんでしょうかね。それなりに愛着もありますし、なんというか……風評に押されて武器を変えるくらいなら最初から弓なんて取りませんよ」
「そうですか。頑張ってくださいね」
なんか、おざなりな感じがするが、まあいい。そもそも、この場では僕は主役じゃない。主役はウッディたち〈ピカレスク・ロマン〉のみんなだから。
しばらくは、ウッディたち〈ピカレスク・ロマン〉の面々への様々な質問が飛ぶ。時折混じるプレイヤーのリアル側についての質問には、さりげなくウッディやドーラムが質問の矛先をやんわりと変えていた。ウッディがそういった気遣いが出来ることは実年齢からしてまあわかるのだが、どこかとぼけたところのあるドーラムも対人交渉スキルが高い。ギルボアなんかは、寡黙なロールプレイを目指しているが、時々素が出た時の様子を見ると、僕と同じくらいか、あるいは年下に感じることがあるのだが、やはりアバターの外見では中身は判断できないな。
「では、記念にスクリーンショットを取らせてもらってもよろしいでしょうか」
どうやら、この取材も終わりが見えてきたようだ。
僕らはみんなで集まって集合写真のように並び始めた。が、ここで一つ問題が発生した。
ウッディ←小悪党面
ギルボア←禿巨漢
ドーラム←モブ顔
バルトロメオ←髭
ミクトラン←骨
僕・オーラ←デカブツ
男衆に華がないっ!
アシェラさんや双子は華やかでいいのだけれど、なんというか、全体として華やかさが足りない。
ライターさんたちも、いい絵を取ろうと場所を変え、角度を変えながらベストポジションを探しているのが見て取れるのだが、いかんせん、素材の悪さは変えられない。そして、その素材の悪さこそが彼らのキャラクター性とも言える。
「うーん、もうちょっと華がほしいところだよねぇ」
ライター側からそう声が出る。ウッディたちも苦笑いが隠せない様子。もちろん、表情に出ているわけではないけれど。
僕は、思い切って一つの提案をしてみることにした。断られたら断られたで、僕の責任ではないし、そろそろ貸しを回収してもいいころだろう。
「ちょっと反則気味だけれども、提案があるのだが、いいかな?」
僕は、そう切り出した。




