楽しい時間は終わり、わずかな寂寥感を感じたものの、また一歩踏みだそうと決意した件
宝箱が放つ光が収まると、自動的に戦利品ボックスが開いた。
少し、通常のものとは違い、パーティ共有のボックスと、個人専用のボックスが開いている。これは、今までになかったことだ。
そして、個人用のボックスの方には、リザードレザーアーマーがドロップしている。特に目立った特徴はないように最初は感じたのだが、一点だけ特徴があった。
それは、譲渡不可属性である。装備品としてはそれほどの品ではないが、譲渡不可属性がついている装備は、戦闘不能でロストすることはない。もちろん例外もあり、ユニーク属性が付いている場合などがそれにあたる。
皆のドロップ品について聞いてみる。
「俺は、ナイフだな。まあ正直微妙なところだ。ロストがないとはいえ、メインに使うほどのものじゃないからな」
「リーダー、使い道がある分ましだぞ。俺なぞ、ローブだ。俺はタンクだってのに」
「ご愁傷さま。私は当たりっぽいわね。ヒツジ皮のレザーマントね。わずかだけれど防御力と耐冷効果があるみたいよ。マントは背中アクセサリー枠だから、今空欄だしね」
「アシェラ、それはおめでとう。わたしのも当たり枠でしょうか。リュートくんと同じレザーアーマーですね」
「それは羨ましい。おれもリーダーと同じく、ナイフだ。スキルないっつーの」
「それほど大した装備は出ないのかな。それより、共通ドロップの分配すっか」
ウッディが言うと、僕らは共通の戦利品ボックスを見る。まあ、共通と言っても個人個人の手元に浮かんだパネルなんだが。
戦利品は素材アイテムと消耗品である。パーティの人数に合わせてなのかそれとも固定数なのかわからないけれど、アイテムはアイテムは6つ。
ブロンズインゴット・カッパーインゴット・イチイ原木・中級ポーション・毒消し薬・セージ
これらがドロップ品である。これまた微妙なものだ。
「セージってなんだ?」
ギルボアが尋ねると、ウッディがあっさりと答える。
「ハーブの一種だな。おそらくは調理系や錬金術、調合系の生産で使うんだろう。今のところ金銭的価値は未知数だな」
確かに、サービス開始からまだ一週間である。物価については全く定まっていない。店売りされているアイテムであれば、その値段が基準となるので取引は盛んになっているが、そうでないアイテムは、基本売り手優勢だ。売り手側が値段をつけ、そこから値段交渉という感じになっている。
「まあ、今回はリュート、お前が一番に決めろ。こういっちゃなんだが、相当矢を使っただろう」
「いや、それは悪いよ。このスタイルを選んだのは僕だ。だから、僕の自己責任ってやつだ」
「そうじゃねぇ。お前を誘ったのは俺だ。そして、お前は俺が期待した以上の実績を見せた。なに、ここに出たアイテムはオンリーワンなモノじゃないからな」
そういうものかねー。僕としてはむしろ彼らと一緒だったからグランドクエストの一端であるこのボス退治ができたから儲けものだったのだけれど。
「じゃあお言葉に甘えようかな。僕としては、木工持ちだから原木が欲しい」
あそこまで言われたのなら遠慮するのもなんだな、と思い原木をもらうこととした。みんなも特に異論を述べるわけではなかったのでありがたくいただくことになった。
「よし、分配も終わったことだし、凱旋といくか」
凱旋と言っても、イベントで迎えに来た騎士が案内してくれるわけではない。アイテムの分配が終わった時点で、ダンジョンの奥に大きなクリスタルが出現した。視線をそのクリスタルに合わせると、「帰還のクリスタル」という名称が読み取れた。これに触れるとダンジョンから脱出できるらしい。引き返して入り口から出るという方法もあるが、わざわざそんなことをする必要はないだろう。
僕たちが水晶に触れてダンジョンから離脱すると、そこにはダンジョン突入準備をしているプレイヤーたちがたむろしていた。僕らが突入した時とメンツは一新しているとはいえ、あいも変わらずその人数は多い。
「時間切れか? 大変だなお前らも。弓使いとか足手まとい抱えてよくやるよ」
どうやら、僕らを攻略失敗したのだと思っているらしい。まあ、今のところ突破した人は少なくとも知られていないのだから、時間切れ放出だと思われて仕方ないだろうけど。
「ま、ぼちぼちな。いこうぜ、リュート」
ウッディが相手にするのも面倒そうに言う。
「気にするな、いずれ評価も変わるさ」
僕は、気にしていないと返しておく。実際、弓使いは現状、戦闘には役立たずという評価が定着している。下手な戦闘参加はフレンドリーファイアの元となるから仕方がないだろう。命中さえ確保できれば、トップアタッカーとなるのだろうけれど、そうなったらそうなったでヘイト管理の問題が出てくるわけだし。
「ま、お前が気にしていないんならそれでいい」
僕らは、ボス戦待ちの人たちから離れ、依頼主である最前線の砦の兵士長の下へ向かった。グランドクエストと呼ばれる、いわゆるストーリークエストの最初の一つが、このエリアボス討伐である。おそらくは、カルラたち四天王やその主との闘いがメインクエストとしてあるのだろう。
「おお、英雄殿の凱旋だ。良く戻られた、冒険者よ」
砦に入ると同時にイベントモードへと移ったようだ。兵士長が僕らを出迎えてくれた。
「エンパイアの歴史に新しい英雄が書き加えられる日が来たわけだな。さあ、リュート殿、お仲間の方々、中へ入られよ」
いつの間にか、ダンジョンに現れた騎士が僕らを砦の中へと導く。こいつ、どこに隠れていたんだと突っ込みたくなるが、まあそこは我慢だ。
イベントは個別に行われているのか、パーティメンバーの様子はどこかNPCじみている。
僕らが砦に入ると、兵士たちがずらりと並び、エンパイア国旗や槍を掲げてアーチを作ってくれている。僕たちはそうやってできたアーチをくぐり、そして、砦の奥へと進む。そこには、一人の女性が待っていた。
「よく戻られました、冒険者の方々。わたくしが慰問に訪れたその日に、あの魔物が駆逐されるというのは神様のお導きを感じます。聞けば、エンパイア軍を再三苦しめたあの嵐将を撃退したとか」
女性は、いわゆるオリジナルフェイス、量産型のNPCではないようだ。どこかで見覚えがあるような気がするのだが、思い出せない。
「姫殿下の御前である。跪き、首を垂れよ」
騎士がそう命じてきた。ここは選択肢はないらしく、僕、というかリュートとしての僕はそれに従った。オートで進むイベントだから仕方がない。
「よい。今日はわたくしが、礼を尽くさねばなりません。この戦争で初めてわたくしたちはわたくしたちの土地を奪い返したのです。その立役者たる勇者をもてなすのになんの不都合がありましょう」
この女性、エンパイア王家の人かー。なにかのイベントでちらっと見たのかもしれないな。
正直に言えば、僕は人の顔を覚えるのが苦手である。長いこと、声で人を判別してきたため、いまいち顔で覚えるというのがわからないのだ。
ただ、このゲーム、いわゆるモブ顔とオリジナルフェイスが存在する。
モブ顔と呼ばれる顔は基本的にキャラクターメイキングの時、サンプルキャラとして用意されたものを含む一つの種族・性別に付き一定数のフェイスパターンを使うタイプのものだ。
街の中にいるNPCの多くはそのタイプである。
それとは逆に、オリジナルフェイスとは、そのキャラクター固有の顔立ちと装束のパターンを指す。例えば先ほどイベントで登場した四天王カルラのように。
おそらくは、彼らはゲーム内でも重要な役割を持っているキャラクター達であろう。
ということは、今目の前にいる姫殿下とやらも重要なNPCであると予想できる。
凛としたたたずまいの中にもどこか茶目っ気を感じるほほ笑み。これはこれでファンが出来そうなキャラクターだな。
王女(だと思う)からの一通りの御言葉を賜った後、褒美の授与、つまりはクエスト報酬を得ることになる。
まず、最初に手渡されたのが報奨金、5000ギースである。僕らのレベル帯では十分な金額だ。
次に、西大陸内での各国の通行許可証(エンパイアは別段大陸国家ではなく、どうやら各エリアごとに独立国家であり、それが侵略者に対して連合を組んでいるという設定のようだ)
それに付随して、エンパイアと直接国境を接する国への通行パス。どうやら通行証はあくまで合法的に隣国へ渡るための許可証であり、パスを持っていない場合通行料がかかるようだ。
そして、ギルド結成許可。つまりは、僕たちはギルドリーダーとしてギルドを立ち上げる許可をもらったというわけだ。ちなみに、ギルド加入はゲーム開始したばかりのキャラクターでも可能らしい。
そして、セカンドジョブの解放。
セカンドジョブに関しては説明がいるだろう。このゲームでのセカンドジョブは公職と開拓職に分けられる。
公職というのはぶっちゃけて言うと、国家に身分を保証してもらう職業だ。基本は兵士から始まり、国家への貢献度(まあ簡単に言ってしまえば、国家から発注されるクエストの達成)で昇進したり、国家お抱えの職人になったりできる。
その最大の利点は、国から支給される(実際にはクエスト報酬として得ることが出来るポイントで交換するわけなんだが)優秀な装備品の数々だろう。その性能は店売りの同程度の装備品と比較すると、一回り性能がよい。おそらくは、その装備があれば、充分トップグループの第一線が張れる代物だ。
僕もリストだけは覗いたことがあるが、弓も矢も、僕が使っているものとは根本的に性能が違っていた。
開拓職は、国家に縛られず、フィールド上の開拓可能なセーフティゾーンに開拓村などを切り開いていく職業になる。公職が、兵士や騎士といった国家所属の職業なのに対し、農民や狩人、行商人といった職業が多い。
利点としては、開拓村が発展することで、一定期間ごとにお金や素材を得ることが出来るということだろうか。その代り、公職のように配給装備があるわけでもなく、キャラクターの強化という面では公職に大幅に劣ることになる。
僕としては確かに強力な弓矢には心惹かれるものがあったものの、当初の予定通り開拓職を選んだ。のんびりとプレイするにはその方がいいと思うから。
その旨を、兵士長に告げると彼は残念そうに笑った。
「まあ、仕方ない。だが開拓もまた大切な仕事でもある。今後の貴殿の活躍に期待する」
セカンドジョブの初期職は〔開拓民〕。スキルスロットは二つしかないが、なんといってもこの二つのスロットには制限がない。戦闘スキルをセットしてもいいし、生産系や採取系をセットしてもいい。これは結構便利である。
授与式が終わると、砦の一室に強制移動させられた。そこでイベントが終了というわけらしい。
僕が最初にイベントを終えたのだろうか、移動させられた部屋にはまだ僕しかいない。このまま去るのも薄情な気がするので、しばらく待つことにした。
数分後、ウッディが現れたのを皮切りに、次々とパーティメンバーが部屋へと転送されてくる。
「やっぱ、お前は変わってるな」
一通り、イベントの感想などを雑談した後、ウッディがそう切り出した。ウッディたちは悩んだものの、結局みんな公職を選んだようだ。〔兵士〕からのスタートではあるが、最終的にはかなりの選択肢の幅が出ることは予想できるということもあり、キャラクター強化の方を優先させたということらしい。
そう、ぶっちゃけてしまうと、公職系は自キャラの強化。開拓職は、プレイヤー全体の利益のための職業なのだ。というのは、開拓村が大きくなればそこを拠点とするプレイヤーも出てくるし、本国の物資も潤うことになり、全体的に物価が下がるという効果もある。
それは、全プレイヤーが与れるメリットとなる。
「そうか? 僕としては自給自足が目指すプレイスタイルだからな。公務員なんてやってられっかーってかんじだよ」
「やっぱ、面白いよお前は。結構長いことゲームプレイヤーをやってきたが、リュート、お前みたいなタイプはあまり見なかったな。だが、気をつけろよ。お前みたいなタイプには利用してやろうと近づく奴らが必ず出る」
「そう……なのかな。利用するほど僕は大した存在だとは思えないんだけど。そもそも弓使いだしな」
僕はそう答えた。今回だってたまたま、だ。僕がいなくてもウッディたちならボスを倒せただろうし、むしろ僕の方がウッディたちに便乗したのではないかと思っているくらいだから。
「ま、年寄りの言葉は聞いておけ。俺たちは、お前の味方だ。今はそれだけ覚えておいてくれればいい」
ウッディはそう言ってにいっと笑った。
「しかし、年寄りには長時間のプレイは厳しいわい。儂らはギルドを作るつもりじゃが、リュートも参加せんかね」
いきなり、年寄りめいた言葉に変わったので少々面食らったが、そういえばウッディはシルバーゲーマーだったなと思い出す。反射神経や判断力はバリバリの現役だとしか思えないんだが。それを聞いてみると、
「反射神経などはもう相当衰えておるよ。アクションゲームなんかはもう駄目じゃな。儂は反射神経が優れているのではなく、先読みをして前もって選択肢を用意するようにしているからじゃよ」
と笑われた。恐るべしシルバーゲーマーの経験値だな。
「で、どうするかね」
僕は、迷った。正直に言えば、彼らの中にいるのはとても心地よい。みんないい人だと思うし。
だけど、僕はそれに返すものを持っていない。仲のいい連中とつるむのはあまり得意じゃない。
本質的に僕は人間不信なのだ。正確に言えば、僕は、親しくなった人を失望させるのが怖い。中学生の時にはそれでカウンセリングを受けたことがあるのだが、解決はしなかった。原因自体が僕自身にあることだけははっきりしたので、今はそれをよしとしている。
僕が悩んでいるのを見かねたのか、ウッディは笑いながら、僕の背を叩いた。
「いきなりで悪かったな。無理にとは言わんさ。ただ、いつでもお前のために門は開けておいてやる。時々遊びに来てくれるだけでもいいさ」
僕は、薄情なのだろうか。ウッディの言葉はとてもうれしい。なのに、共に行くのを躊躇っている。
そんな僕をしばらく見つめていたウッディはどん、ともう一度僕の背を叩いた。
「あまり難しく考えるな。考えたって結論が出るようなことばかりじゃねぇよ。……ギルドに入る入らねぇは置いておけ。せっかく始めた遊びだ、自分が納得のいく楽しみ方をするのが一番ってことよ」
「ああ、ありがとう」
僕はなんとかそれだけ絞り出した。
「じゃあな。何か手が足りない時は呼んでくれよ」
ウッディはそう言って背を向けた。そうだ、いつまでも負の感情に囚われていても仕方がないだろう。
「その時は、頼りにさせてもらうよ」
ウッディは背中を見せたままだったが、軽く右手を挙げて答えてくれた。
僕も、前へ進もう。
たかが、ゲーム。そう言ってしまうのは簡単かもしれない。そう思っている自分がいるのもまた事実。
だけれども、きっと僕は変わらなければならないのだろう。
多分、…………のために。
唐突に頭に浮かんだのは、だれだったか。それはすぐに記憶から流れ出してしまって、思い出せなくなってしまった。
何をすればいいのか、まだわからないけれど。
僕が今、ここにいるのには、きっと何か意味があるのだろうから。




