ボス戦は楽しいのだけれど、マイナー過ぎてボスの名前がどうしても覚えることができなかった件
吸い込まれるように、僕が放った矢は大蛇の右目を貫く。
キシャーーーー!
それまでとぐろを巻くようにしていたため、その大きさは、ただ大きいとしか認識できていなかったのだけれど、一度のたうつように全身をくねらせ鎌首をもたげたその姿を見ると、心臓を鷲掴みにされたような気がした。
大きい。
その頭の高さは、目算で4メートルはある。その全長はきっと20メートルくらいあるのではないだろうか。
そして、一瞬の硬直の後、恐ろしい速さで僕の方へ向かってきた。
これまでのモンスターは、狼のようなタイプのモンスターでもプレイヤーキャラと同じ速さだった。
だが、こいつはっ!
冷静に見れば、そこまで圧倒的な速さではなかったのかもしれない。だが、人間を一飲みにできそうな……いや、実際に出来るんだが……大蛇が、こちらの速さより5割増しの速さで向かって来ればそれは恐怖の対象でしかない。
「リュート! ギルのところまで引き付けろ! あとはギルがやる」
ウッディが大回りで走りこみながら僕に声をかけた。その声に僕は我に返って、戦闘位置まで走る。初動に遅れた分、一発攻撃を喰らってしまった。攻撃力も通常モンスターより高いが、決して耐えられないレベルではない。しっかりとした防具で固めて盾を持つギルボアなら問題なく耐えられるレベルのはずだ。
「おらぁ! 来いや!」
ギルボアの【挑発】がボスの敵対心を高め、僕を攻撃対象から引きはがす。
ちらとウッディに目をやると、プレイヤーの本来のスピードを超えた速さでボスの背後へと走りこんでいた。どうやらウッディは〈ランニング〉かそれに類するスキル持ちのようだ。しかし、速い。通常速度の倍くらいないか?
〈ランニング〉系スキルのなんらかのアーツなのだろうか。
大蛇はギルボアに襲い掛かる。が、ギルボアはそれを方形盾で見事に受け止めた。巨体の体当たりであるが故のノックバックが発生するはずだが、踏みとどまっている。
それもまた、なんらかのアーツかアビリティ効果なのだろう。
僕も負けてはいられない。カバンから下級ポーションを取り出し使用する。原則ソロプレイヤーである僕にとってポーションはかなりの量ストックしている。難易度の高い戦闘をしないから使用数は少ないため、カバンにはけっこうな量のポーションのストックがある。出し惜しみはなしで行こう。
アシェラも大剣を振りかざし、ギルボアの横に並び大蛇の胴体を削っている。ウッディもまたその尾の注意を惹くべく短剣を振るっている。
「リュート、俺たちは頭をやるぞ。ヘイトを稼ぎすぎるなよ」
オーラがそう言いながら、火球の魔法をぶつけている。僕も弓に矢をつがえ、じっくりと狙いをつける。クールタイムごとに撃つというのもありなのだろうが、じっくりと狙った方が命中率が上がるような気がする。まあ、体感的なものであるが。
狙って、放つ。
狙って、放つ。
相手の回避力が高いのか、ハーフヒットが混じる。だが、確実に削る。
「とっておき、いくわ!」
頭部がギルボアをかみ砕こうとその牙を剥いた時、アシェラが大剣を腰だめに構えた。
「複合アーツ、【ダークスラッシュ】!」
大剣が黒いオーラを放つ。すぐにそれは収束し剣身が黒く染まる。複合アーツ? なんだそれは。
いや、おそらくは魔法系アーツとウェポンアーツの組み合わせなのだろう。そういったシステムもあるのか、このゲームは。
まあ、魔法スキルを持っていない僕には検証のしようがないのだが。
だがまあしかし、非常に安定している。この安定感は、ミネアたちと組んだ時を上回る感じだ。
僕は相手の挙動を注意しながら戦闘の流れを確認していく。
なにか、引っかかる。見落としていることがあるという感じがするのだ。
「ギル! 注意しろ。手ごたえが変わった」
「上だ!」
ウッディの警告と、僕の叫びが重なった。鎌首をもたげた大蛇が真上からギルボアに襲い掛かったのだ。プレイヤーの真上からだと、迎撃は困難だ。
「おうよ、【シールドバッシュ】」
冷静に盾での強打でそれを弾き返す。この技は、わずかなダメージを与え、敵が準備中、つまりタメ時間に入っている行動をキャンセルすることが出来るアーツだ。盾使いの基本となる技術であるということらしい。
あ、ねらい目だ。
シールドバッシュの特徴の一つとして、強いノックバック効果があげられる。それがこの技を通常戦闘で使いにくくしているのだが、今回のように巨大モンスターに使った場合、仰け反りという極短い時間の硬直を生み出す。ほんのわずかな時間であるが、動きが止まるということは、精密射撃のチャンスでもある。
「【へヴィシュート】」
〈弓術〉スキル100到達時に覚えたアーツ。その効果は至極単純で、ダメージの増加である。
過たず、矢はボスモンスターの眉間に吸い込まれていく。
「いい感じだ。うまく削れているな」
大分余裕が出来たのか、ウッディがそう分析した。
その言葉がきっかけで、違和感の正体に気付く。
「うまく削れ過ぎだ。聞く限り、こいつはこんなに柔らかくないはずだ」
僕の声にはっとしたようにウッディが僕を見た。
「確かにそうだ。……どこかで弱体化フラグを立てたのかもしれねぇな。だが、好都合。てめぇら、本気出せよ。お試しなんかじゃなくて、ここで倒すぞ」
「おう!」
僕らは俄然勢いづいた。負けを前提で戦うよりも、勝ちに行く気で戦う方が当たり前だが気勢が違う。
剣を振るい、盾を構え、矢で射抜き、火球で焼く。
一度行動パターンを見切ってしまえば、そこまで強敵であるとは感じなかった。
確実に、一撃一撃でHPを減らしていっている。
だが、油断は禁物だと気を引き締める。
「頭部に異変! みなさん気を付けて」
ドーラムの声。頭部は、大きく仰け反っている。だが、ダメージを受けたからそういう動作をしているというわけではないようだ。
「散開!」
ウッディが叫ぶ。やや遅れて、大蛇は毒のブレスを吐き出した。最前衛で攻撃を一身に受けていたギルボアを中心に扇形に広がるブレス攻撃。もともと、そういった前方範囲攻撃を予想して陣形を組んでいたため、直撃したのはギルボアのみ。予想以上に広角だったため、僕とオーラもわずかだが範囲に含まれてしまっていたようだ。
ダメージ自体は大したことはない。直撃だったギルボアには少々大きめのダメージが入ったものの、僕やオーラが受けたダメージは微々たるものだ。
だが、問題は受けた毒である。ボス戦を想定してなかったため、毒消しなどは用意していない。毒による継続ダメージ量は、かつて受けたトカゲの毒と比較してかなり高い。
「オーラ、いったん攻撃範囲から下がって毒に対応しろ。リュートも無理をするな。ギルボアのHP管理を最優先だ! っとうおっ」
支持を飛ばしていたウッディだったが、運悪く、尻尾の薙ぎ払い攻撃を喰らって弾き飛ぶ。薙ぎ払いには「転倒」付加の効果があったらしく、ウッディは倒れこんでいる。
僕は、ポーションを使い、HPを高い数値でキープする。オーラもまたポーションを使ってはいるが、基本後衛の彼はそこまで大量のポーションを持っていないようで、使用ペースは僕よりも少ない。
「オーラ、大丈夫か?」
「悪い、手持ちのポーションが足りないかもしれん。なんとかやってみるが、最悪見捨ててもらっても構わない」
「問題ない。オーラが倒れる前に、狩る」
アシェラはそう言ってラッシュをかける。ちゃっかりブレスは避けていたあたりさすがである。
とは言え、あのブレスが最後のヤマ場だったのは間違いなかった。その後致命的な大技はなく、HP減少による攻撃の烈化はあったもののこれは見事にギルボアがさばききった。
僕はポーションでHPを維持しながら、合間合間に矢を射かける。
攻撃が激しくなったため、回復魔法もギルボアへ集中したため、いまや戦闘の推移は、ドーラムのMPとオーラのHPが残っている間に倒し切ることへと移っていた。
「最後のポーション」
オーラがそう言ってポーションを使った。
このゲーム、他人にポーションを使用するというアクションは取れないようになっている。また、イベント戦闘中にアイテムの受け渡しもまた不可能だ。
「一気に決めるぞ、俺も胴体攻撃に加わる」
ウッディがそう言いながら、ボスの背後から移動を開始する。僕もまた、可能な限りの連射を始めた。
既にMPも尽きたオーラもMPの回復することを諦め、戦闘用の棍に持ち替え前衛へ回る。ドーラムのMPもまた乏しい。攻撃の激化のため、MP回復の時間が取れないのだ。
だが、それは同時に、敵のHPも尽きかけていることを示していて僕らのモチベーションも上がる。というか、どちらかと言えばハイになっているというべきか。
ただひたすらに撃ちつづけた。不思議な感覚だ。興奮しているのに、どこか冷めている。
まただ。
いろいろなものが、見える。集中力の問題なのだろうか。目の奥が、熱い。その熱さに比例するように、世界がクリアに見えてくる。
外す気がしない。
やがて、大蛇のHPが尽きた。何度かのたうつと、どうと倒れ、その体から黒い瘴気のようなものが抜けていった。
「これは驚きました。あなた達ごとき、ユルルングルだけで十分だと思ったのですが。まさか倒してしまうとは」
瘴気が抜けると、そこには虹色の美しい大蛇が倒れていた。そして、その傍らに彼女、嵐将カルラが経っていた。
そういえば、ゆっくりと観察できるのはこれが初めてか。
切れ長の目はやや吊り上がりの三白眼。つんととがった顎が意志の強さを連想させる。鮮やかな緑色の長髪は高い位置でポニーテールにまとめられ、背中へ流れている。オープニングの時とは違って、兜は被っていないが、大きく胸元が開いた甲冑姿なのは変わりない。
全体的には細身なのだけれど、甲冑の手甲や肩当ては大きく盛り上がっているため実際よりも大きく見える。
本来なら最優先でガードすべき胸部や腹部ががら空きで素肌を見せているのは、デザイナーの趣味だろうか。分類的には、いわゆるビキニアーマーというやつになるのだろうけれど、手足のパーツのごつさが余計に目立つようになっている。鎧の色は鮮やかな群青色。緑の髪とよく似合う。
「確かに、あの状況で生き延びただけはあります。武人としてはもっとあなた達の成長を見てみたいとも思いますが、今のわたしはガルスバーグ帝国の四天王の一人としてここにいます。故に、帝国にとっての脅威となり得る存在は、今ここで始末をつけるとしましょう」
背中の大剣を抜き放ち、低く構えるカルラ。その全身から緑色のオーラが立ち上り、風が渦巻く。
その一振りで僕たちは全員弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。イベントシーンでなければ大ダメージを受けていたのかもしれない。
「さて、覚悟はよいですか。安心しなさい、冥府で我が主の洗礼を受け新たなる生を受けることが出来るでしょう。永遠の闘争の中であなた達の魂は昇華され、いずれは神へと至る。我らはそれを導くもの」
再び大剣に風がまとわりつく。風はやがて物質化し、ただでさえ2メートル近くあった大剣の刃をコーティングしていく。
ファンタジーというより、SFのビームソードといった雰囲気をまとう。
次の瞬間だった。
死んでいたと思われたボス蛇がまるで時間を巻き戻したかのように起き上がったのだ。
突如雷光が閃き、カルラを襲う。僕たちは倒れ伏したままそれを見ていることしかできない。
「ちっ、生きていましたか。厄介な」
カルラと大蛇……名前はなんだっけ……は僕たちPCとは別次元の動きで激しく体をぶつけあい、ボス部屋を所狭しと駆け回った。
「腐っても神蛇というわけですか。しかし、所詮は地に縛られしもの、我らの敵ではないわ!」
大剣に宿る光が強くなり、振るわれた。その太刀を受けた大蛇は、全身を光の粒子に分解され消えていく。
だが、カルラもまた消耗したのだろうか、彼女のようなキャラクターならふわりと何事もないように着地すると思うのだが、実際には膝と右手をつき体を支えている。
大蛇が変じた光の粒子は僕たちに降り注ぐ。それによってボロボロだった僕たちは見る見るうちに回復する。
「おのれ、小神にも満たぬ分際で舐めた真似をっ。かくなる上は、我が力をもって……」
「それは、許されてはいないよ、カルラ卿」
その言葉を吐いたのは、この場に似つかわしくない道化師。いつの間にか、そこにいた。
「だが、ここを奪われるわけにはいかぬ。我は、使命を果たさねばならぬ」
「盟主がそれを望んでいるのかね? ここは、彼らに花を持たせたまえ。運もまた実力の内。いや、彼らは神に愛されているのかもしれないね。ならば、それもまた盟主の計画のうちと言えるのではないのかね」
道化師のにやけた仮面。
「……そうでしたね。すべては盟主の御心のままに。いずれ、この借りは返させてもらいましょう。今回はわたしの負けです。残念ですが、ここで引かせてもらいます」
僕は弓を握りしめる。イベントシーンではあるが、ある程度はこちらの意思で動けるようだ。
「おっと、無茶はいけませんよ。せっかく拾った命、ここで捨ててもよいのですかね? 言っておきますが、わたくしも、強いですよ?」
黒いオーラがあたりを包む。なんとなくのイメージだが、あのボス蛇から抜けていった瘴気を彷彿させる。
「では、ごきげんよう。また会える日を楽しみにしているよ」
黒い渦の中に消えていく二人。丁度、彼らが消えてしまった直後に、騎士が乗り込んできた。
「君たちがここにいた魔物を倒したのか? 驚いたな。まさか無名の冒険者に先をこされてしまうとは。リュートというのか。……いやまさか、エメラさまがおっしゃっていた冒険者か? さすがはエメラさまだ。人を見る目がおありになる。よし、ついてきたまえ。勇者の凱旋だ」
ところどころ意味不明なことを言う騎士だったが、どうやらそこでイベントは終了らしい。HPバーを見ると、全回復している。だとすれば、オーラも助かっているに違いない。
各々、イベントを終了してダンジョン内へ戻ってくる。
「カルラ様、マジでええわー」
イベントから戻ってくるなり、ギルボアがつぶやく。
「縁、確認してみてごらんよ」
アシェラがほんわかしているギルボアに言う。というか、禿頭巨漢、ごつい顔のギルボアがほんわかしているのは、ある種ギャップがすごいな。
「おお? おお! おおー!! 【縁の欠片:カルラ】がある、すげー、やったー」
はしゃいでるなー。僕も確認してみよう
【縁:カルラ・好敵手】
……前は、敵対関係だったよな。敵には違いないけれど、認められたということだろうか。そうかーこうやって縁がランクアップしていくのかねー。
「さて、いいものがでてるぜ? 全員イベントシーンは終わったか?」
ウッディが指さす先。あのボスが最初にとぐろを巻いていた場所に、大きめの宝箱がある。
「私が、最後のようですね。どうもおまたせしたようで」
ドーラムがそう声を掛けながら現れた。一応、全員いることを確認して、代表としてウッディが宝箱を開ける。イベント報酬であるから、罠も鍵もないようだ。
宝箱がゆっくりと開く。演出なのだろうけれど、中から光がこぼれる。僕たちは胸を躍らせながら、その中身が明らかになるのを待った。
なんか、すごくわくわくするな。
ご存知の方もおられると思いますが、ユルルングルはオーストラリア・アボリジニの神話からの出展になります。




