さあ、ボス戦だと気勢を上げる僕たちの前に、再び現れたあの人の件
ボス戦。
RPGに於いて、最も盛り上がる要素の一つであろう。
僕たちは、体力や魔力の回復と装備品のチェックを一通り済ませて、ボス戦に挑む準備をしている。
本来ならボス戦に相応しい装備品を整えてからの戦闘になるのだろうけど、今回はお試しになるため、そこまで本気装備を用意しているわけではない。というのは、言い訳だろうな。実際、ウッディたちはスキル上げ装備の他に本気装備も持ってきているのだから。
「よし、ではいくつか説明するぞ。敵は超大型の蛇タイプ。名前はすまん、忘れた。で、このゲームで初めて戦うことになる多部位モンスターだ。部位は、頭・胴・尾の三部位。勝利条件は不明だが、おそらくはコア部位として、頭か胴のHPを削り切れば勝ちだと予想される」
ウッディが説明を始めた。インスタントダンジョン内では外部記事や掲示板を開けないので、情報を暗記しているということか。話を聞く限りそれなりにご高齢のはずなんだが、そういったことを覚えているのか。
「判明している攻撃は、頭による咬み付き、呑み込み。尻尾による殴打。現状胴体による攻撃は、押しつぶしのみだが、蛇である以上、巻き付きによる締め付けなどがあると予想できる。
これまでの先行組では、HPを半分までも減らせていないので、HPが膨大にあるか防御力が高いか、どちらにせよ今日倒せるものではないと思ってくれ」
僕らは頷く。ゲーム内では原則メモなどを取ることは出来ない。アイテムとして、羊皮紙や羽ペン、インクなどがあり、これらを用いればメモを取ることは出来るが、紙は高い。今後、革職人などの手によって量産体制が整えば金額も落ち着くだろうけれど、今はほいほいと買えるようなものではない。
「俺が調べた限りでは、通常、鎌首をもたげた状態で戦闘をすることが知られている。大きさが大きさなので、基本的には頭部への手持ち武器での攻撃は不可能だ。頭への攻撃は原則、頭部部位の攻撃へのカウンターとして叩き込むか、魔法での攻撃が基本となるのだが、一つ問題があってな。前進の部位のヘイトは基本的に連動しているのだが、場合によっては攻撃対象が変わることが報告されている」
「下手に頭に魔法攻撃を集中すると、魔法使いが狙われる、か」
ギルボアがつぶやく。ガチなタンクメイクした彼にとっては、あまり面白くない話なのだろう。
「だが、これは幸いともいえるのだが、今のうちの遠距離攻撃担当は、ダブルオーガだ。数発で沈むことはないと思う。なので、今回は頭部狙いで行こうと考えている」
「尻尾はどうする、リーダー。ノックバック値が高いという話だが」
「それは、俺が受け持つ。尻尾による攻撃は原則一番ヘイトが高い者に向かうらしいが、例外がある。それは、背後からの攻撃者がいる場合、ヘイトに関係なくそいつを狙う傾向があるらしい。もちろん、傾向である以上絶対ではないが、それでもターゲットを分散できる可能性がある以上、ここは俺が受け持つ。回復はいらないぞ、自前でやる」
「大丈夫か、結構強力な攻撃だという話だが」
「問題ない。俺がどれだけ本気で攻撃しても、ギルボアよりもヘイトを上げることはない。ならば、尻尾の攻撃範囲は限られている。ヤバい時は攻撃範囲から出てポーションを使うからな。それに、尻尾の殴打には強力なノックバックがある。それで弾き飛ばされる以上、連撃を喰らうようなことはあまりないだろう。まあ大丈夫だ。無理はしない。尻尾の攻撃の何割かでも俺が引き付けることでギルボアの負担を減らす」
「ああ、了解だ」
「だが、基本全部受ける気でいろよ。俺にターゲットが移ったらラッキーくらいの感覚でいろ。で、アシェラだが、基本的には胴体を殴ってくれ。その際、アーツの使用は出来るだけひかえていてくれ。アーツは、頭部が攻撃してきた際、カウンターで頭部へ入れてくれ。数秒単位でのターゲット変更が必要だが、やれるか?」
「うーん、難しいかもしれないけれど、やってみるよ」
「ああ、頼む。今後レベルが上がって、多対多戦闘などが主流になったら必要になるだろうプレイヤースキルだ、ここで練習するのも悪くない。タイミングが難しくて、ターゲット変更が無理だと思ったら、その時は空振りしてテクニカルポイントをドブに捨てるよりは、確実に胴体へぶち込んで、ヒットポイントを削るようにしてみてくれ。判断は任せる」
ウッディはそこで僕の方を見た。
「メインの削りは、リュートとオーラでいく。オーラの魔法適性の低さを考えれば、リュートの方がメインになるかもしれん。とにかく、頭部のHPを削ることに専念してくれ。ただし、ヘイト管理には気をつけろよ。ここまで見たところ、弓矢のダメージ値はかなり高い。むやみやたらにに撃つと、ターゲットが張り付くからな」
「ああ、気を付けるよ」
僕は頷く。正直自信はないが任された仕事はこなして見せたい。
「あと、さっきも言った通り、ヘイトを無視してアタッカーへの頭部攻撃があるかもしれん。おそらくは、あるだろうが、その際は怖いかもしれんが、逃げるな。その場で攻撃を喰らうようにしてくれ。避けるのは構わんが、逃げるのはなしだ。ヘイトを取り過ぎた状態でにげだされるとモンスターが追いかけて陣形が崩れるからな」
「それは、ちょっと怖いな。呑み込み攻撃が特に」
「悪いが、それがきたときはその場で回避できないなら、素直に呑まれてくれ。気持ちいいもんじゃないが、陣形が崩れてグダるよりはいい」
「ああ、でも、呑み込み攻撃は特殊なタイプのノックバック攻撃扱いという説も上がっていたね。タンクタイプのキャラは呑み込みにたいしてレジストできたケースがちらほらとあったような気がする」
これはドーラムの一言。みんななんだかんだで情報を調べているんだな。
「ふむ。朗報だが、期待はしないでおこう。期待して裏切られるより、期待せずに心構えを持っておく方がいいからな」
「みんな結構調べているんだな」
僕は思わず口にした。
「情報はネトゲでは財産だからな。昔のゲームなら、攻略記事を横に置いてPCに向かえばよかったんだが、このゲームはそれが出来んから、事前調査は大事だぞ。まだボス戦の攻略方法が確立されていないから大丈夫だが、今後、即席パーティでイベントバトルに挑む場合、事前調査していないだけでキックされることもあるからな」
「それはひどいな。それじゃあ楽しめないじゃないか」
僕は思わず声を出してしまった。
「まあリュートの言うこともわかる。だが、例えばイベントバトルのトリガーアイテムが100万ギースもするような高価なアイテムだったら? そのボスの討伐に、毒消しや、耐性アップの薬品を持参する必要があったら? そう言った準備をしていなかったため、イベントバトルに負けてトリガーを失うようなことになったら主催者はどう思うか考えてみてくれ」
結構熱く語られてしまった。理解はできるが納得がいかない、そんな感じでなにかもやもやとする。そんな僕を見てウッディは頭を掻きながら言った。
「お前さんの言うことは正論ではある。全ての人が攻略記事を読むわけじゃないし、読むことを強要するのもおかしな話だ。理不尽だと思うなら、お前さんが主催をするといい。レギュレーションは主催者が決めることだからな。……おっと、話がそれたな。まああとはやってみるしかないな」
一同頷いた。
「時間的にも短いし、勝てるとは思わんが、気持ちだけは勝つ気で行くからな。気張れよ」
ボス部屋と呼ばれる部屋はとても広く、見晴らしもよい。目算で半径100メートルはあるのではないだろうか。これで隠れるところがあれば弓使いとしては最高の舞台なのだが。
初手は僕からである。可能な限りダメージを与える機会は逃すべきではないというのがパーティの総意であったので、弓での先制攻撃が第一手となった。
持続時間の長い防御系強化魔法であるプロテクション(物理防御力アップ)とバリヤー(魔法ダメージ軽減)の魔法をかける。消費MPは大きいものの、持続時間も30分と長い。そして休息をとり完全回復した時点で行動開始だ。
まずは戦闘しやすい場所にギルボアが立つ。そこが基本戦闘地点となる。ブレス系攻撃に備えて、タンクの真後ろを避けてぎりぎり回復魔法が届く位置にドーラムが位置取る。遊撃になるため、ウッディがすこし離れた位置に立ち、アシェラがギルボアの横に立った。オーラも本来の戦闘位置を確認した後、魔法で一撃入れるためにいったん前衛位置まで出てきている。
ボスを中心に一定距離で青い発光する円があり、ここに侵入するとボスバトルイベントが発生することになる。戦闘エリアはこの大部屋全体であり、部屋から退出することでボス戦からの逃亡は可能だ。が、しかしボスの特性として、全てのヘイトが抜けて、どのプレイヤーに対しても0になった時点でHPが回復してしまう。そのため、逃げてしまえば戦闘を最初からやり直しということになってしまう。
「準備はいいか」
ウッディの呼びかけに僕らはめいめいの仕草で了解する。
皆の了承を得た時点で、ウッディが青いラインを超えた。
ぐんっと視界が変化し、大蛇がクローズアップされる。どうやらイベントらしい。
キシャーー! と大蛇が吠え、牙をむき出しにする。その体からは黒い瘴気のようなものが漏れ出している。
【瘴気の使徒・エンシェントスネーク・ユルルングル】
ばん、とでかでかと大蛇の名前が出る。ボスモンスターの名前らしい。
普段オフにしているBGMがイベントシーンだからだろうか、おどろおどろしく鳴り響く。視点は、鎌首をもたげた蛇の後方から僕らのパーティを見下ろす位置にある。これは、誰の視点なのだろうか。いわゆる神視点というやつか?
いや、違う。これは、そこにいる「誰か」の視点だ。
視点の主はゆっくりと僕らを見渡す。そして、可笑しそうに笑った。
次の瞬間、視点は僕自身に戻ってくる。そして、その声の主を見上げることとなった。
「嵐将……カルラ」
僕のアバターの口が勝手に動き、その名前を告げる。イベントシーンだとシステム側に従うケースが多いのはオープニングイベントでも体験済みだ。
「あら、生きていたのですか。覚えていますよ、リュート。あの状況から生還し、なおわたしの前にたつとはそういう運命を持っているのかもしれませんね。もっとも、ここを生き延びることが出来れば、ですが」
そういうと、カルラはパチンと指を鳴らした。
あの分厚い手甲で指が鳴るのかという疑問が浮かんだが、まあ些細なことだろう。
大蛇が吠え、BGMが勇ましいボス戦専用のものへと切り替わる。カルラはふわりと浮き上がり、そして姿を消し、大蛇はその牙をむきだして襲い掛かってきた。
拍子抜けするようだが、イベントシーンが終わったからと言って即座に戦闘が始まるわけではない。イベントの終了はプレイヤー毎に微妙な差があるので、全員イベントを見終わってから改めて戦闘開始となる。
「全員イベントは見終わったか」
「おう。初カルラ様すげーよ。エロカッコいいな」
「感想は後でな。リュート、初撃たのむ」
「まかせてくれ」
僕は、弓を構えなおし、有効射程ギリギリまで近づく。一応、まだボスの感知範囲ではないようだ。
矢筒には、奮発して購入した鉄の矢をセットしなおしている。ウッディたちに比べれば弓も防具もみすぼらしいが、今の僕にできる最大の貢献をしよう。
弓を引き絞り、狙いをつける。はたして意味があるかどうかはわからないが、狙う場所は、目だ。これまでの戦闘では部位攻撃はあまり意味をなさなかった。だから、これも意味がないことかもしれない。
だが、相手が静止している今なら、狙える。意味あるかどうかは、この際どうでもいい。意味があればラッキーくらいに考えている。
「はっ!」
放たれた矢は、思い描いた軌跡を描き、間違いなくその右目を貫く。
「さあ、狩りの時間だ」
そんなウッディのセリフが戦闘開始の合図となった。




