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僕のVRMMOプレイ日誌  作者: にゃあくん
初めてのヴァーチャルリアリティ
24/45

僕が忘れていたこと、そして僕の愚かさを思い出してしまった件

 一瞬の既視感が去ると、ふと浮かんだはずの記憶がまるで手のひらから零れ落ちる水のように失われていく。彼女の言葉は確かに覚えがあっても、どんな声だったのか思い出せない。

 こんなことは初めてだった。


「あれ? 姫様じゃん。今日は踊らないの?」


 その声が現実へと引き戻す。思い出しかけた記憶は、既に手から零れ落ちた。

 踊る、とはどういうことだろう。


「えへへー、今日は休みだよー」


「なんだ、残念。姫様の踊りは元気が出るからなー」


 どうやら、この娘が踊るらしい。

 どうやら僕は相当単純なようで、視線から大体の思考を読まれてしまったらしい。


「うん、あたしよく踊ってるんだ。あたし、踊るのって大好き。歌うのも、走るのも、泳ぐのも」


 ヒメと名乗る少女は、とても楽しそうにくるりとその場で一回転した。スカートが遠心力的な何かでふわりと浮き上がる。一瞬ドキリとするが、ゲームの倫理規定上、下着が見えたりすることはない。

 ひょっとして、この子は、今言った大好きなことに関するスキルを取っているのだろうか。

 〈ダンス〉〈ランニング〉〈歌唱〉〈水泳〉

 スキルとしては存在していたはずだ。だが、これらのスキルは基本的にはあまりゲーム上目立った効果はない。派生スキルとなって初めて意味を成すようなスキルだ。

 〈ダンス〉はその名の通り、ダンスをするスキルに過ぎない。踊ることは出来ても、それがゲームに何らかの利点があるかと言えば、ノーである。ただし、派生スキルである〈バトルダンス〉は戦闘に大いに役に立つ。というか、〈バトルダンス〉の習得条件として〈ダンス〉があるというのが現状である。

 〈ランニング〉は文字通り走るための技能だ。スタミナポイントを消費して通常より早く走ることが出来る。ただし、スタミナの消費が激しいため、長時間走ることは難しいようだ。

 〈歌唱〉もまた、〈ダンス〉と同様、派生スキルである〈呪歌〉の前提スキルに過ぎないという。

 〈水泳〉に関しては、実はまだ海は禁止エリアとなっていて入ることは出来ない。

 もしこのヒメという子がそのスキルを取っているのなら相当な変わり者だということだろう。僕が言うなという説はとりあえず心の棚の上にのせておく。


「踊るの、楽しいよ? リュートは踊るの嫌い?」


 上目遣いでの質問。計算してやっているのなら相当たちが悪い。


「い、いや、嫌いじゃないけど、踊るのは苦手なんだ」


 というか、僕は踊りは全くダメだ。ステップはともかく、振付けに関しては正直全くなっていない。


「ふうん。じゃあ教えてあげるから、一緒に踊ろ?」


 ギン! という音が聞こえたような気がするほどの視線が突き刺さる。

 周りの野郎どもの嫉妬の視線が痛い。どうやらこの子は一部でアイドル的な存在らしい。


「いやその、遠慮しておくよ」


 僕は何とかそれだけ答えて彼女とちょっとだけ距離を取る。女の子との距離感なんてわからないよ、僕には。

 あれ? どうして僕はこんなに意識しているのだろう。前にふわふわさんやヴァイスさんに拉致られたとき、いわゆる「当てている」状態だったはずだ。何をだ、などと聞くなよ恥ずかしい。リアルであんな拉致され方されたら、情けない話だが僕は相当テンパってたはずだ。

 ならば、ゲーム内での接触を僕は「女の子」を意識せずにやれてたはずなんだ。

 だけど、僕はいま、このヒメという女の子を「女の子」として意識してしまっている。

 弱った。正直言って弱っている。どう対応したらいいんだろう。


「うーん、つれないなー」


 ぴょこん、ぴょこん、といった感じでヒメが僕の周りをまわる。長い黒髪が躍る。

 目が、離せない。小首をかしげて見上げる動作。僕のアバターが大きすぎるということもあって、彼女はとても小さくてかわいらしく感じる。

 というか、これはまずいのではないだろうか。彼女は僕に会ったことがあるというけれど、残念ながら僕にその記憶はない。

 ズキン、という一瞬の頭の痛み。

 本当に、本当にないのだろうか。彼女のリアルが知りたい。


 僕は、頭を振って現実へと感覚引き戻す。まあ、ゲームの中だけど。

 いかんいかん、相手の態度がどうであれ、少なくとも初めて会ったと認識している女性のリアルが知りたいなど、これでは僕もあのナンパ野郎どもと同レベルになってしまうではないか。

 そんな僕をどこか面白そうに眺めていた彼女はニコッと笑うと、数歩下がって僕の方を真っ直ぐと見つめた。


「一度、見にきてよね。あたし、いろんなところで踊ってるから。歌ってるから。リュートにはきちんと見てもらいたいな。あたしが躍るところ、踊れるところ」


 そう言うと彼女はとても楽しそうにスキップをしながら雑踏の中へと消えていった。


 助かった。リアルが知りたいなど、マナー違反も甚だしい。


 ただ…………

 

 友達にはなりたい、と思った。




 なんだか、胸にもやっとしたものが残り、正直どう対処すればいいのかわからなかったので、一度ログアウトして体を休めることにした。夜にはウッディたちともう一度ダンジョンへ行くことになる。気持ちを整理しておかないと、どんなポカをやらかすかわからないから。




 一度落ち着くと自分を見つめなおすことが出来たのではないかと思う。

 正直に言えば、ヒメという娘に心当たりはない。いや、ちがうな。思い出すことが出来ないという感じがする。

 おそらく、思い出せない理由は、声に聞き覚えがないからだ。

 皆がそうというわけではないだろうが、生来視覚に障害を持つ場合、個体認識の重要度は他の感覚に依存するようになる傾向がある。後天的に視覚を得た僕のような人間でも、それは変わらない。僕の場合、聴覚を主として、嗅覚で補正する感じだろうか。

 もちろん、彼女もまたアバターである以上、見た目が違うため視覚情報は全く役に立たないのはわかっている。だが、僕は必要以上に聴覚情報に依存しているのだろう。声に聞き覚えがないということが想像以上に記憶を思い起こすことの阻害となっているような気がするのだ。

 なので、知っているかもしれない人に連絡を取ってみることにした。



『ああ、龍斗くんは覚えてないかもしれないね。ひどくショックを受けたようだから』


 知っていそうな人は、あっさりと教えてくれた。


『まだ小学生だったし、受け入れるには重いことだったからね。私も反省しているんだ。君は、あの子の手を握って、声を掛けられたとき、ショックで逃げ出したんだよ』


 僕は茫然とした。僕はそんな失礼なことをしたのか。しかもそんなひどいことをして、それを覚えていないなんて。思い出せないなんて。


『君は悪くないよ。怖くなって当然だ。私の配慮が足らなかったんだ。君は年齢にしてはとても落ち着いた、物わかりのよい少年だったから大丈夫と勝手に思い込んでしまっていてね。君と彼女を会わせてしまったんだ』


 僕はその日から数日寝込んでしまったらしい。体調が戻った時には、その日のことを全く口に出さなかったそうだ。

 そうだ、僕はとても怖かったんだ。

 彼女の手が、どこか作り物めいた声が。


 それは、僕の病気の最も重症なケースだったから。

 だから、僕もいつかそうなるのだと思い込んで。

 あの冷たく堅い手。いや、あれは手だったのか? いや、手だったのだろう。

 いつか自分もああなるのではないかと思って。



 僕は……最低だ。

 自分のことしか考えていない、最低な男だ。



「僕は、彼女に、謝らなくちゃいけないのかな」


『君が謝ることではないよ。すべて私の落ち度だ。だけど、君がそう思ってくれるなら、彼女と友達になってやってくれ。彼女には本当の意味での友達はいない。そもそも、人と接することが出来ないからね』


「そんなことで、罪滅ぼしになるんですか。僕は、とてもひどいことをしたのに」


『それは気にしなくていい。何度も言っているように、それは私の失態だ。いつか……いつかでいい、龍斗君があの子のことを受け入れる心構えが出来たら、また会ってやってくれ。彼女はね、君のことを失礼だなんて思っていないよ』


「はい……はい……」


 僕は泣いていた。許してくれなんて言えないと思ったから。傷つけたと思ったから。

 臆病な僕は、だからすべてを忘れてなかったことにしてしまっていたのだから。


『とにかく、まずはゲームの中だけでも友達でいて欲しい。彼女は明るいけれども、本当の意味で心は開けない。だから、よくしてやってくれ』


「はい、わかりました」


 僕は、涙をぬぐいながらそう答えていた。




 約束の時間。

 ウッディたちとの付き合いは、落ち込み気味の僕を引きずりあげてくれた。


「何があったか、なんてことは聞かねぇよ。ただな、ここでは忘れろ、楽しめ」


 待ち合わせの場所で僕の様子を見てウッディはそう言った。そんなに態度に出ていたのかな、と尋ねると、年の功だよと彼は笑った。

 正直に言うと、彼に相談したかった。だけど、今の僕の悩みは僕だけの問題じゃない。関係のないウッディに相談するわけにはいかない。


「さて、いくか」


 ウッディの合図で僕たちは再びダンジョンへと向かった。



 同じパーティで二日同じところで戦闘をすると、それなりに仲間の動きも読めるようになる。無駄な動きも少なくなるし、またスキルや職業レベルも上がり殲滅力も上がっていく。

 それに、僕の弓の命中率から、戦闘参加の許可も頂いたので、〈弓術〉スキルもどんどん上がっている。ウッディたちのスキルに至っては、既に派生スキルがこの初期エリアの上限とも言える100に到達しつつあるようだ。

 だからだろうか、1時間程度で全ての部屋の殲滅と宝箱の回収を済ませることが出来たのだ。

 さてどうするか、と僕らは顔を突き合わせた。

 もちろん、ダンジョンを脱出するというのも一つの手であるが、それはそれで芸がない。


「とりあえず、ボス戦、やってみるか」


 僕らはお互いの顔を見合う。


「ボスは雑魚よりレベルが高いんじゃないか? スキル100以上に上げれるのなら、殴ってみるのもいいのではないかと思うんだがね」


 そう言ったのは、アシェラさん。


「どのみちいつかは倒さないといけない相手ですからね。攻略情報を集めるという点でも、やってみてもいいのでは? 大金を持っているので、デスペナを避けたいという方がいるなら撤退もありだと思いますが」


 これは、ドーラム。ギルボアは腕組みをしたまま頷いているだけだ。基本的に無口キャラをロールプレイしているらしい。


「攻略法が確立してから挑むのも堅実だが、こいつはゲームだ。もっとアクティブに楽しもうぜ」


 これは、オーラ。


 総意としては、ダメもとでやってみないか? といったところか。固定の5人はほぼその方針で決定らしい。後は僕の意見だけだ。


「僕は、やってみたいね。もうちょっとで〈弓術〉スキルが100になるんだ。派生スキルも取りたいし、情報なしからの攻略ってのもやってみたいしね」


「お、いいねぇ。男子たるものそうでなくっちゃぁな。よし、そうと決まれば作戦会議するぞ」


 生き生きとしたウッディの声に、僕も釣られるように笑った。もっと、楽しもう。そうしたら、もっとこのゲームが好きになる。そうしたら、彼女にもう一度会って、きちんと話をできるに違いない。

 何故か、そう思った。

 もし、運命というものが本当にあるのなら、きっと彼女ともう一度会うために僕はこのゲームをやることになったのだろうと思えた。

 だから、きっと、うまくいく。

 根拠はないけれど、僕はそう思ったし、そうしたいと願った。

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