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僕のVRMMOプレイ日誌  作者: にゃあくん
初めてのヴァーチャルリアリティ
23/45

チキンな僕がなけなしの勇気を絞り出して頑張ったのだけれど、蛮勇にはそれなりのツケが求められた件

 久しぶりのトカゲエリアに足を向けると、そこには先客がいた。

 男性PCが三人、女性PCが一人だ。

 もっとも、トカゲエリアは広いので、描画範囲にいないプレイヤーもいるかもしれない。というのも、トカゲの皮は革職人にそれなりの値段で取引してもらえるため金策として定着しつつあるからだ。

 その連中が目を引いたのは、少々行動が変わっていたからだ。

 四人は狩りをしているわけではなかった。微妙な距離で女性PCを残りが囲んでいる。それだけだとあまりよろしくないことを想像してしまうのだけれど、女の子の方も彼らの話には乗っているので僕が関与する問題ではないだろう。

 一応気には止めておこうと思ったので、彼らが視界に入る位置で狩りを始める。前回と違って楽なものである。有効射程が伸びたおかげで、接敵まで二射出来るし、その二射で十分倒せるレベルだ。もちろん命中判定に乱数が用いられている以上、外れることもあるし、二射では倒しきれないこともあり得るのだけれど、多少ダメージを食らったところで、致命傷になることはない。毒の攻撃だけは注意だが、それさえ対処すれば全く問題はなかった。

 【解体】も絶好調で、いい感じで戦利品を重ねていける。

 もちろん、その変わった四人組も注意はしているが、個別チャットモードかパーティチャットモードらしく、何を話しているのかはわからない。

 なんとなく、ナンパっぽい気がするのだが、ゲームのハラスメントルールの中で行われているうちは関与すべきではないだろう。

 この場合のルール違反は、セクハラ的な接触や相手のリアルの聞きだしとかだろう。ゲーム開始時にロビーサーバーに入るときに必ず規約を守ることを同意させられる。同意しなければタイトルへと戻されるので、ゲームに参加しているプレイヤーはみな同意したことになっている。……建前上は。

 僕もそうだけれど、ゲームの規約は初回を除いて読んだりしない。初回だけはスキップが出来ないため、読まざるを得ないと言える。その初回も可能な限り最速でスクロールさせる人が殆どではないだろうか。


 30分ほど狩りをしていただろうか、彼らの様相が変わった。それまではある程度距離を置いて周りを囲んでいたのだけれど、囲みが狭まっている。女性がその囲みから逃れるのが難しいかもしれない。


 何故だろう、囲む男たちの下卑た表情が見えた。……いや、気のせいだ。表情は基本的にコマンド入力で出すものだ。フルダイブのキャラクターでも基本的に表情は変わらない。表情を変える、という意図的な意識をもってはじめて変えることが出来る。その三人がフルダイブプレイヤーで、且つそんな下卑た表情を作ろうと意識しているという可能性はまずありえないので、僕の気のせいだと思うのが正解のはずだ。

 だが、はっきりとそれが見て取れたのだ。


 少女が……なぜだろう、同い年(・・・)だと直観的に理解した。


 唇が動く。読唇術の心得はないものの、はっきりと見て取れた。

 〈た・す・け・て〉と。


 勘違いかもしれない。独り善がりの妄想かもしれない。

 ここで背を向けても、僕を責めたりする人はいないだろう。彼女とは知り合いでもなんでもないのだし。

 僕の中の怯懦な部分がそうささやく。彼女は普通に彼らと知り合いでちょっと諍いを起こしただけなのかもしれないじゃないか。そんなところへのこのこ出ていっても、恥をかくだけじゃないのか?


『見て見ぬふり? かっこ悪いわね』


 いつだったろう。姉さんが、いじめられる僕を助けてくれた時、見て見ぬふりをしていた男子たちに恐ろしく侮蔑的な、それでいて平坦な声で言った言葉。

 当時、僕はまだインプラント手術を受けていなかったので、目は全く見えなかったのだけれど、その時の姉さんがどんな表情をしていたのか、想像するだけで肝が冷える。姉さんは身内びいきを引いても相当な美形である。そんな姉さんの蔑みの視線を受けたら、正直僕は耐えられない。


 そうか、ここでかく恥程度、あの姉さんの凍るような声を僕自身に向けられることに比べれば、よほどマシではないのか?


 僕はそう感じた。もちろん、姉さんがこのことを知ることはないだろう。だからここで見て見ぬふりをしたところで、直接姉さんからあの冷めた声を聴かされることはない。

 だけど、もし姉さんがこのことを知ったら、きっとあの蔑みの声を僕に突きつけるだろう。いや、身内だからこそもっと厳しいものがあるかもしれない。

 ならば、僕に残された選択肢は一つ。恥となるとしても、ここで見捨てる選択はない。


「女の子を三人で囲んで何をしているんだい」


 努めて平静を装いながら僕は彼らに声をかけた。びしっと格好よくやれればいいのだけれど、僕にそんなヒーロー属性はない。むしろ、臆病もの属性が強いのだ。


「ああん? お前には関係ねぇだろ」


 なんというか、予想していたのとほとんど違わぬ反応が返ってきました。リアルなら、速攻逃げてるね、多分。


「邪魔をしないでほしいね。ただの勧誘だよ、か・ん・ゆ・う。わかる?」


「全くだ、帰れよ勘違い野郎」


 あまり、がらのいい奴らではなかったようだ。


「君はどうしたい? 彼らの言うとおり君と彼らの間に問題がないようなら僕は下がるよ。だけど、もし君が彼らを迷惑だと思っているのなら、僕は君を助けたい」


 うわー、なんかすげー恥ずかしいセリフを素で吐いてしまったよ。


「うひゃひゃ、こいつ、中二病かよ」


「あんたには聞いていない。どうなの? 助けがいる?」


 僕は彼女にそう問いかけた。ゲームの中でくらい、格好つけていいだろ?

 彼女はしばらく僕の顔を見ていたけれど、何か合点が言ったようにぱん、と両手を打ち合わせた。


「うん、助けてほしいな」


 なんだろう、この子を僕は知っている気がする。そして、この子の態度も、僕のことを知っているような気がするのは自惚れだろうか。いや、自惚れなのだろうな。


「てめぇ、あとから出てきて横取りかよ」


「そうだね、温厚で通っている俺だけど、ちょっとむかついたかな」


「あーカッコいいねカッコいいね。ただ、そうそうカッコよく追われるモンじゃねぇんだよ」


 三者三様。僕は彼らに目を走らせる。どれも、なんというか、ヒーローっぽい外見だ。せっかくハンサムにメイクしたキャラクターが泣くぞそのセリフだと。

 僕は一瞬だけその女の子に視線を向けた。ターゲッティング素早く行うと同時に、個別チャットで彼女に話しかける。


『もし、荒事になったら、僕のことは気にせず、逃げてね。もし、それでも追っかけてきたら、GMコールしてハラスメント行為を受けています、っていうといいよ』


 そして再び三人に目を向ける。彼らの口も動いてはいるが、声は聞き取れない。盗賊系スキルの中の《読唇術》があれば、その会話を盗み聞くことが出来るという噂もあるが、そのスキルは少なくとも初級スキルではないので噂でしかない。

 リアルとは違い、話している言葉と口の動きは連動していないので、リアル読唇術ができても彼らの会話を見抜くことはできないけれど、内容は想像するに難くない。


「よーし、こっちの方針は決まったぜ。お前、うぜぇから、いっぺんしんどけや」


「PKってのもやってみたかったんだよね。良心が傷まない相手だと最適だね」


「うひゃひゃ、カッコつけも高くつくよなぁ」


 彼らは一斉に武器を抜いた。僕は彼女に目配せを送る。

 彼女はそれを理解したのか、脱兎のごとく走り出した。


 ……あれ? あの子足速くね? つか、速いよすごく。ランニング系のスキル持ち?


「うひゃひゃ、逃げられてやんの」


「いや、それあんたらも同じだろ」


 僕はあきれてそう返した。


「まーそうだけどよ、今の俺たちとしては、むかつくガキをキョーイクしてやることの方が楽しそうだからよ」


 彼らはじりじりと距離を詰めてくる。僕は神経を研ぎ澄ます様に深呼吸して……まあそういうイメージだけど……かれらの挙動を観察する。


 ざっ


 右の男の踏込の音。このゲームでは、攻撃の瞬間などに様々なサウンドエフェクトがある。強い技であればあるほど、技の始動音は大きい。

 僕はバックステップしてその攻撃を避ける。フルダイブプレイヤーは、自前の回避行動を交えることで、回避率を上げることが出来る。逆に言えば、避けなければ回避率は下がるのだけれど。


「このやろ! 避けんじゃねぇよ」


 その叫びが合図になったのか、三人が同時にかかってくる。

 おなじパーティ内であれば、原則として同士討ちは起こらない。だが、がむしゃらに振り回す武器はお互いの視界を妨げたりして、結構邪魔になったりするようであった。

 彼らが、仲間内で息の合ったコンビネーションを見せるようなことがあれば、僕は即座に倒されていただろう。だが、彼らの行動はオートアタックに任せて僕を攻撃するだけだ。

 ただひたすらに避けることに専念する。結構神経を使うが、反撃の糸口すらつかめない。

 一対一ならば、色々とやりようがある。だが、三人に囲まれていてはなかなか突破口が見つからないのだ。幸い、ある程度攻撃の起点となるサウンドエフェクトを拾うことで、上手く避けることが出来ている。だが、実際にはきっちりと躱していても、攻撃の命中判定で大幅なボーナスをもらっているに過ぎない。乱数の出目によっては完全に躱していても攻撃が当たったと判定されることもある。

 何が言いたいかというと、ジリ貧で負ける以外の道が見えないということだ。

 HPはゆっくりと、だが確実に削られていく。ちらっと、あの子が去った方を見た。

 もう、彼女の姿を捉えることはできない。捉えることが出来たとしても、ランニング系スキル保持者の彼女に追いつくすべはないだろう。

 ならば、僕のちっぽけな虚栄心は満たされたと言えよう。

 せめて、一矢報いるか、と考えなくもなかったが、矢がもったいないというどうでもいい理由が頭に浮かぶ。

 何度かの対プレイヤー戦を経て気付いたのだが、対プレイヤー戦ではスキルアップのための熟練度の取得はおこなわれないようだ。まあ、それはそうだろう。もしそれが可能ならば高レベルプレイヤーが動かない的となって低レベルプレイヤーのスキルアップを強行することが出来てしまうから。


 一度途切れた集中力を引き戻すのは難しい。

 リズムも狂えば立ち直ることすら困難だ。


 あっという間にHPは削り取られ、地に伏した。幸いなことだが、三対一である以上、ロストするものも少ない。ログを拾いなおしても、お金を100ギース弱、矢が数本程度の損失にすぎなかった。

 勝ち誇る三人組を見る気もないので、倒れた後、蘇生猶予期間のカウンターが現れた時点で、ホームへの帰還を選択し、街へ戻る。



 目を開けると、そこは神殿の中である。

 死に戻りはMMOでは珍しくないのだが、このゲームでは意図的に行われることは少ない。というのも、デスペナ……戦闘不能となった時のペナルティが、所持金やアイテムのロストである以上、高価なアイテムを失う可能性を考えれば当然のことであろう。

 僕はゆっくりと神殿から出る。


「ねえ」


 最初、僕に掛けられた言葉だとは気付かなかった。


「ねえ、さっきはありがと」


 少女……まあアバターは少女だ……は僕の正面に回り込んでもう一度声をかけてきた。


「無事逃げ切れたんだね。それはよかった」


「あなたはそうじゃなかったんでしょ。ごめんね」


 少女は後ろ手に組みながらかわいらしい動作で僕を覗き込む。


「気にしなくていいよ。カッコつけの代償だからね」


 僕は、努めて明るい声で返す。少女が責任を感じないように。


「あたしは、ヒメ。あなたのお名前は?」


 ヒメとはまた……まあ言うまい。僕はキャラクター名を名乗ると、少女……ヒメは何度か僕の名前を口の中で転がしていた。


「そっか、リュートくんか。うん、覚えた」


 どこかであったことがある。そんな既視感が僕を襲う。だが、記憶の中にはない。

 いやまて、これはアバターである。容姿も声も、彼女本来のものではないだろう。


「ヒメさんとはどこかであったことありましたっけ」


 僕は、そう声に出して訊いてしまっていた。そして、言葉に出してから、使い古されたナンパのようなセリフであることに気づきうろたえた。もし、これがリアルだったら顔が真っ赤になっていたかもしれない。


「ああ、変なこと言った。聞かなかったことにしてぇ!」


 僕はあわてて前言撤回をしようとする。変な奴って思われただろうな。


「うん? あるよ。ずうっと前に」


 返ってきたのは、僕が予想すらしなかった一言だった。


「え?」


 僕の、間抜けな声がどこか遠くから聞こえたような感じがした。

 会った、ことが、ある?


「覚えていてくれたの? だとしたらうれしいな。ずっと、ずっと昔のことだから、きっと忘れてると思ってた」


 ずっと、昔? 何を言っているのだろう。

 僕は記憶を探っていく。少なくとも思い当たる節はない。


「人違い、じゃないの?」


 ずっと昔、などという以上、リアルでのことだろう。だが、僕のリアル情報がこのヒメという子に知られているとは思えない。


「ひどいな。人違いなんかじゃないよ」


 彼女の手が伸びる。僕の頬を撫でる。

 普通なら、接触があった、という事が分かるくらいの感触があるだけだ。

 だけれども、彼女の手はとても冷たく、硬かった。痛みすら感じるほどに。ありえない感覚。




 記憶のフラッシュバック。

 暗闇。いや、僕が機械的な視力を得る前の世界。

 新田のおじさんや姉さんに連れて行かれた研究所。


『手を、握ってやってくれないか』


 おじさんの声。僕はおじさんに導かれるまま、その塊を握りしめる。

 冷たく、硬い手。

 ああ、この子も僕と同じなんだと感じた手。


『初めまして、あたしは――――』

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