クエストの理不尽さに無理を承知で突撃したら、妹の一言がクロスカウンター気味に僕を直撃した件
イベントシーン自体は、そんなに凝ったものではなかった。
男女のNPCが僕の前に現れて、こう告げたのだ。
「最近、この近郊で活動をされている薬師というのはあなたでしょうか」
薬師、と呼ばれるのはくすぐったいものだが、失敗も含めると、ここ数日の間に200回をゆうに超えるだけの錬金術の生産試行を行っているので、そのことを指しているのだろうと判断する。
「ここはモンスターも入り込みにくい地域ですから、薬師の方がおられるのでしたら、ここで商売をさせてもらおうと思ってやってきたのです」
「もしよろしければ、いくらかでも薬品を譲ってくださいませんこと? ここは王都と前線を結ぶ土地。わたくしたちは、ここに村を築きたいと思っているの」
これは、開拓イベントだという。
FFOは、フィールド上にいくつかのセーフティエリアが存在するのだが、どうやら、そのエリアに於いてなんらかのフラグを立てるとそこに人が集まり始めるということらしい。
おそらくは、このエリアに於いては一定回数何らかの生産を行うということなのではないだろうか。
「そうですね、種類や等級は問いません。ポーションを120個ほど調達して頂けないでしょうか。そのくらいあれば商売を始めることが出来るでしょう」
120個?? なにその暴力的な数字は!
ええい、男なら覚悟を決めろ。
後になって振り返ると、妙なテンションになっていたことは否定できないだろう。この理不尽なまでの数字に対して僕がなぜかそれを受け入れていたのだ。
ひたすらに材料を集め、生産する。
ただ、ひたすらに。
もちろん、スキルアップが目的でもある。
ただ、スキルが20に到達した時点で極度にスキルが上がりにくくなった。やはり生産レシピごとにどの位までスキルが上がるか決まっているのだろう。
戦闘でのスキルの上昇しやすさが敵の強さで決まるのと同じように。
気が付くと、既にリアルで10時を回っていた。もうひと踏ん張りしよう。
結果として120個、作って作れない数ではなかった。
少なくとも、あの無味乾燥な、ぽん!ぽん! をきき続けるよりはよほどましだったとも言える。
ただ、精神的にはかなり疲れたのは確かだ。
完成した120個の初心者ポーションを納品して、クエストクリアとなる。
「おお、これで露店を開くことが出来ます。ありがとうございました」
軽快なクエストクリアのサウンドエフェクト。と、同時にイベントNPCの背後に、簡易的なテントのようなものが建ち、その前に何と言ったらいいのだろう、雑に作ったカウンターが置かれている。
「ご支援ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」
にこやかな笑顔で僕を見るふたりのNPC。
えっと、それだけですか?
なんかこう、報酬とかはないんですか……
僕は、そっとログアウト手続きをした。
「おにいちゃん、バカ?」
今回のイベントについて妹に話したところ、呆れたように罵られた。
「バカとはなんだ、バカとは」
「いや、バカでしょ。だって、そういったクエストは個別じゃないと思うよ。確かに、120個ってのは無理をすれば揃えられない数じゃないけど、序盤のクエストとしては多すぎでしょ? 不思議に思わなかったの?」
そういわれると、返す言葉もない。元手がすべて採取でそろえることが出来たから僕としては赤字はなかったからいいものの、確かに多すぎるし、実際そうも思った。
「それって多分、このアク鯖全体での納品数だったと思うよ」
!!
その発想はなかった。ちなみに、アク鯖というのは、アクエリアスワールドを指す略語である。宝瓶宮ワールドというのはいまいちピンとこないからだ。何故か、ワールドではなくサーバーの俗語が使われているのだが、不思議とそういう流れになっている。
「掲示板に書き込んでおけば、ウサギ狩り帰りのプレイヤーが納品していってくれたと思うよ。大抵、兎で初心者ポーション卒業するんだから」
「あ……」
言われてみればその通りだ。全く、まわりが見えていないとはこのことか。
「まあ、済んだことは仕方がない。〈錬金術〉スキルも上がったし、元手も基本的に現地調達だったからな。スキル上げのおまけだと思えばそれで問題はない」
「で、ギルド納品は済んだの?」
あ。ああ。
あああーーーーっ!
「忘れてたーっ!」
思わず叫んでしまった。
ダイブルームが防音仕様で本当によかったと思う。
「あらら。しっかりしてるようで、いつもどこか抜けてるんだよね、お兄ちゃんは。あー、でもお兄ちゃんがそっち方面に進めてるなら、無理かなー。ちょっと相談があったんだけど」
「ん? お前がゲームで僕に相談って珍しいな。役に立たんかもしれんが話してみ」
「そだね。無駄だろうけど聞いてもらおうかな。
ふーちゃんたちと固定P組んで攻略進めてるんだけど、行き詰っててね。とりあえず、エンパイアエリアのボスは見つけたんだけど、これが硬くて硬くて倒せないんだ」
神楽はそう前置きしてからボスについて話し始めた。
内容はこうだ。
このエンパイアエリアから合法的に隣のエリアに行くための通行証をゲットするためには、ボスを討伐する必要がある。そして、前線組は既にボス戦までたどり着いているという。これが早いのかどうかはわからないのだけれど、他のヤマトなどのエリアでもボス発見の報告は出ているので、想定内のペースなのかもしれない。
ボスと戦うには、最前線の砦に到達し、そこの指揮官から特別クエストを受領する必要がある。その討伐任務を受けた状態で、砦の先にある廃城の奥に進むと、ボス戦を含むダンジョン攻略が始まるそうだ。
ボス戦専用ダンジョンは、インスタントダンジョンと呼ばれる突入したパーティだけが中に入れるようになっていて、他のパーティは入れないようになっている。その代り、一つのパーティがボス戦をやっているからと言って他のパーティがボスと戦えないというわけではなく、それぞれで個別にダンジョンが生成されるようになっている。
神楽たちも前線組の一つで、特に神楽やふわふわさんらはβ経験者でもある。だからこその先行でもあるようだ。
ボスダンジョンはマップで言えば、魚の骨のような構造になっていて、背骨の部分を真っ直ぐにいけばボスと戦えるらしい。ボスダンジョンには入場制限がかかっていて、リアル一日に一回、突入から2時間がダンジョン内で活動できる時間らしい。
横道に入ると、突き当りが小部屋になっており、その中にはそこそこの数のモンスターが配置されていて、宝箱もそこにある。とはいえ、ここのモンスターは少々変わっていて、中ボスに率いられているのが特徴だ。
まず、雑魚モンスターは基本的に襲いかかってくることはない。リンク属性も原則として、ない。
ただ、中ボスがやっかいで、魔法を感知するという特性を持っている。これがまた、結構な感知範囲になっていて、小部屋の入り口くらいならあっさりと感知して襲いかかってくる。
そして、なお性質が悪いのは、ボスがプレイヤーを感知すると、もれなく雑魚がリンクして襲いかかってくるらしいのだ。
現状、それを捌くのは難しい。もちろん、先行組である連中のプレイヤースキルは高く、それらをやってやれないことはないらしいのだが、いかんせん数が多く、そのため予期せぬ事故が起こることも十分の考えられる。
MPの自然回復は少し遅めであり、効率よく回復するには、休息状態に入らなければならない。休息状態では移動が出来ないため、限られた時間を有効に使うには、今のところボスへと直行がベストだと言われている。
ところが、だ。このボスの防御力や攻撃力がバカにならないらしいのだ。
まず、スキルが100に到達していないレベルでは、ほぼダメージが通らない。スキル100が最低ラインだ。攻撃力も高く、重装備のタンクががっちり防御を固めてはじめてまともに戦えるレベルらしい。
今のところ、手探りでボスの弱点を探している段階というのが先行組の現状ということだ。
ちなみに、ボスは巨大な大蛇で、プレイヤーを飲み込めるほどの大きさだそうで、これがまた恐ろしいらしい。実際、神楽は飲み込みという攻撃を受けたということだ。
VRである以上、フルダイブであれハーフダイブであれ、視点は主観である。そのため、呑み込みのような攻撃は非常にストレスになるとのこと。
「いっそ、お兄ちゃんタンクへ乗り換えない? お兄ちゃんなら、みんなともうまくやれると思うしね。それに意外にオーガって少ないんだよね。腕のいいオーガタンクは大抵既に囲い込みされているし」
「そうなのか」
「うん。特化種族の特化ビルドは、開始早々囲い込みされちゃってるよ。めろんちゃんと組めたのはあたし最大の幸運だったな」
確かに、メロンソーダさんはかなり絞ったスキル構成のようだった。
「特化ってのは、オーガタンクやフェアリーヒーラーとかか?」
「うん、そう。オーガのアタッカーやフェアリーのメイジも人気は高いけど、アタッカーはあふれてるからね。とにかく、種族と役割を特化したフリーのプレイヤーはほとんど見かけないよ」
そこまでかー。
まあ、そもそも現状、オーガやフェアリーの人口はやや少なめだ。
FFOのキャラクターはとても自由度が高く作りこめるのだけれど、オーガやフェアリーは種族特性によるパラメータの偏りが激しく、苦手分野に手を出しづらいところがある。
オーガで言えば、初期MPはヒューマンの半分以下だ。このMPでは、初期の回復魔法や攻撃魔法ですら、一発で打ち止めであったりする。
職業レベルが上がればMPも増えるものの、実際には他種族との差は開く一方なので後衛属性は最悪なのだ。
もちろん、数少ないオーガプレイヤーの有志によって、オーガの少ないMPの効率的な利用法などは研究されているが、現状、付与魔法系を取得して攻撃力や防御力の補助をするくらいしか有効性を見出されてはいない。
すこし話がそれたな。
「まあみんなには申し訳ないが当分方針変更はムリだな。ラーニングのボーナスがなくなったからな、スキル100まで育ててスキルポイントをゲットしないと新しいスキルが取れない」
「うん、期待はしていなかったから。で、相談するつもりだったことってのは、ボスの討伐に対しての情報共有だよ。戦闘を中心にやってるプレイヤーってそろそろみんなボスに到達し始めてるからね。お兄ちゃんもひょっとしたらって思ってただけ」
まさか、生産スキルをゲットするべく奔走していたとは予想もしていなかったということらしい。
「まあ、こっちでも気には掛けておくさ。とはいっても、ひょっとしたら純粋に『レベルを上げて物理で殴る』かもしれないしな」
「そだね。あたしたちの中でも、そういった意見も出てる。派生スキルを100まで上げてから挑むべきなんじゃないかって」
ちなみに、攻略掲示板でも現在それが主流らしい。
なにしろ、情報がまだ少なすぎる。かなり早く到達した人たちでも、まだせいぜい2戦。廃人様でも3戦が限度だ。試行錯誤の段階だろう。
古くから、コンピュータロールプレイングゲームのもっともポピュラーな攻略法が、『レベルを上げて物理で殴る』だという。分かりやすすぎてネタ化したともいえるが、ゲームの本質上、真理でもある。
「それにな、今僕はちょっとパーティは組みにくいからね。ボス戦はちょっと無理かな」
「ふうん、そうなんだ。お兄ちゃんも固定組めばいいのに。まあ、それはそれとして、お兄ちゃんがよくわからない方向へ全力疾走してることはわかった。そっち方面で伸ばすなら、薬品とか兄妹価格で売ってくれたりすると嬉しいな」
「まだ方向性は定まっていないんだがな。まあ基本は自給自足生活だよ。こっちはこっちで楽しくやるから心配するな。あっちこっちを見て回れるだけでも僕は楽しめてるんだからさ」
これは本心である。中学に上がる時期に、インプラント手術を受けて補助具の助けを借りれば生活には問題ないレベルで活動できるとはいえ、未知の場所へ一人で行くことにはずっと恐怖を感じていた。だが、それがゲームの中ではない。
どこへでも自由に行ける、それだけで十分なのだ。
「そっかー。お兄ちゃんがそれでいいなら、それでいいんだ」
なんというか、心配されていたらしいな。正直、このどこか抜けた妹に心配されるというのはくすぐったく感じるのだが。
「それじゃ、お休み、お兄ちゃん」
「お休み、神楽」
お楽しみは、また明日、だ。




