「ねんがんの〈れんきんじゅつ〉をてにいれたぞ」というネタが現実になってしまった件
【サービス開始四日目】
現実問題として、生産でラーニングといのは割に合わないということを自覚した。
蒸留水に関しては素材費用がすべて現地調達なため、費用は掛からないのはまだいい。ただ、原則スキルなしでの生産はすべて失敗に終わる。これが意外に堪える。
昨日は、現地落ちして、今日も宿題後のログインからずっと水を破裂させ続けている。破裂というのは、間抜けな「ぽん!」という失敗音から自然発生した表現だ。古典的な表現だと割れるなどという表現もあるらしいが、年配のプレイヤーが使う傾向があって表現方法が割れている。
もちろん、破裂から割れるという表現に分化する傾向もあるが、実際に一番多いのは、「ポンする」「ぽん」という音表現かもしれない。
ぽん!
先ほど採取してきた水がその間抜けな音とともに失われた。
素材アイテムのロストは結構な痛手であるのだが、これについては生産の先行者たちがスキル上昇に伴って素材回収率が上がることが検証されている。
生産アイテムごとに設定されたスキル値を下回っている限り素材のロストはほぼ確実に行われるのだが、スキルが上がり生産が安定すると、低確率で素材の回収が可能なようだ。
もっとも、回収されるアイテムは基本的には、金属のインゴットのように単一素材で形成されたものが主である。
僕が習得しているスキルで言えば、木工だが、例えば、スキルが上がった状態で木の矢を作ろうとして失敗した場合、アローブランチ材が残る可能性はある。だが、決して高い確率ではないので、残ったらラッキーくらいに思うしかない。将来的には、素材回収のための生産系アーツを入手できるのかもしれない。
ただ、これまでのまだ多くない検証データの中に、素材の変質が行われる場合、回収できたデータはない。つまりは、調理や錬金術の場合、極端に回収できる素材が少ない可能性もある。
つまりは長々と考察したが、要するに、破裂は切ないということだ。
「くっそー、いったん休むか」
錬金術キットをカバンに戻し、僕は地面に横たわった。フルダイブの特権である。
ハーフダイブでも、「横になる」というコマンドは存在するが、好き勝手な恰好をすることは出来ない。
残念ながら、土の香りのようなものは実装されていない。だが、なんとなく土の感触が心地よい。
なんとなく無駄に時間を使っている気になってくる。が、それはそれでいいという気もする。
二律背反というほど格好いいものではないけれど、無駄な努力という気がするのはなかなかにつらい、が同時にその努力なしでは得られないものもあるのではという期待もある。
さて、休憩もとったし、ラーニングのための素材回収を始めよう。
ここを拠点として周辺の地域の探索も同時に行っている。もちろん、川の水を集めることが最優先であるため、小川を中心とした探索とはなるが、それなりに詳しくもなる。
主要な通り道を避けて森の中を進むと、なかなかにお目にかかれない敵とも遭遇する。原則として、人が通ることを前提とした街道沿いのモンスターは弱く戦いやすく設定されている。街道から外れると、強敵とであう可能性がぐっと上がってしまう。特に危険なのは、狼と熊である。どちらも会敵した際、死に物狂いで逃げる羽目となった。そして、これがまたしつこいのだ。
普通なら動物系から走って逃げるということは不可能なのだろうが、ゲームシステム的には走る速度はほぼ同じである。ウサギ戦での釣りとマラソンの経験を生かして逃げ切ることが出来た。
その際、幾つかの気付きがあった。
それは、動物系のモンスターは、感知こそ視覚や聴覚をベースにするものの、追跡に関しては主に嗅覚を利用しているのではないかということだ。
小川の中を突っ切ることで振り切ることが出来たりするためである。
そういえば、RPGの基本的な雑魚モンスターであるゴブリンとかはまだ見かけていない。
もっとも、β経験者の言うことには、亜人系モンスターの強さは千差万別らしいのだが。β最後のイベントではゴブリンジェネラルをテスター全員で討伐するというものが用意されていたらしい。それこそ、殴りに行っては一撃で倒され、拠点で復活して再度殴り殺されに行くというあるいみマゾヒスティックなイベントだったようだ。
ちなみに、森の中では【伐採】も可能なのだが、〈サバイバル〉スキルでの伐採では原木を得ることは出来ないようだ。あくまでブランチ、つまりは枝レベルである。もちろん、枝レベルの原木でも、矢作成には役立つのだが、今は【伐採】するのは避けている。下手に【伐採】を繰り返すと、ラーニングしてしまうかもしれないからだ。ラーニングボーナス枠にはまだ余裕があるものの、【採取】を繰り返していることもあり、用心に越したことはない。
しかしなんだな、MMORPGって基本マゾ仕様なのだろうか。生産にせよ戦闘にせよ長時間同じことを繰り返すことになるのだから。
散策を繰り返しながら、素材アイテムを集めていく。
幸いなことに、このゲームではアイテムは基本個数で所持限界を決めるようになっていて、重量制限はない。どんなに重かろうが、カバンの中に入れてしまえば重量はなくなる。
今、僕が優先的に集めている「河川の水」は、見た目500ミリのペットボトル程度の大きさのガラス瓶に入った水としてアイテム登録されている。重量制限制であれば、かなりの重量となったであろう。
だが、幸いにして同種同品質のアイテムは基本的にはスタックされるのでアイテム枠は一つしか使わない。
今回は少し多めに集めようと、小川を遡っていく。既にこのあたりのモンスターは単体でもソロではさばききれない強さではあるが、感知範囲や性質を理解すればかわしていけるものである。
拠点から大分離れ、街道からも遠いこの地域だと、小川の中にも巨大なカニのようなモンスターが徘徊し始めている。今のところ、ノンアクティブ、つまりは積極的にこちらに攻撃を仕掛けてくるタイプではないようだが。
鬱蒼と茂る森の中を流れる小川。水音と森の木々の音。
それがとても心地よい。
採取ポイントを探しながら、その風景と音を楽しむ。ちなみに、ゲーム内では、都市部ではBGMが流れるのだがフィールドでは基本的には流れない。モンスターと戦闘になり、敵をターゲットした状態で武器を構えると戦闘BGMが流れるのだが、これはオンオフが出来るようになっている。
僕は、オフ派だ。音という情報源を断つのはあまり得策ではないという判断からだ。
この採取行脚もルーチンワーク化しているので、実際どの位置にどの位の間隔で採取ポイントが発生するかもわかってきた。もちろん、さらに奥地へと足を進めると新しいポイントを発見するのだが、そう言ったポイントでもだいたいの傾向がわかってくるのだ。
とりあえず今回は思い切って水を1スタック、99個集めることにする。アイテム欄では1枠に過ぎないのだけれど、99個という個数を集めるのは大変だ。しかも当たりの警戒をしながらである。
〔システムメッセージ:スキル〈危険感知〉を習得しました〕
なんだってー! 思わずツッコミを入れてしまった。
確かに、警戒してたよ。辺りに気を配ってモンスターの感知範囲を予測して回避してたりしたよ?
だけど、よりによって貴重なボーナス枠をそんなあっさり埋めなくてもいいじゃないか。
これで〈回避〉に次いで2枠目。残り3枠しかない。
なんてこった。貴重なボーナス枠だったのに。そう心の中で毒づきながら、小川の中のポイントを【採取】する。
〔システムメッセージ:スキル〈採取〉を習得しました〕
がっくりとうなだれる僕。連続でラーニングですか。喧嘩売ってるのですか、システムメッセージさま。
勘弁してほしかった。これで残り2枠しかないじゃないか。
僕は仕方なく拠点であるセーフティエリアへと向かった。ひょっとしたら、ラーニングの波が来ているのかもしれない。もしそうだったら、システムメッセージさまを許してやってもいい。
なぜか上から目線でそう断言して僕は拠点へと戻ったのだった。
ぽん! ぽん! ぽん!
軽快に破裂音をさせる水たち。ただの水に何をすればこんな間抜けな音がするのだろう。
ぽん! ぽん! ぽん!
なんだかこれ、妙にハイにさせるものがあるな。
既に僕の中で何かが壊れ始めようとしていたのかもしれない。漫画的な表現だと、きっと僕の目は虚ろな単色塗りつぶしか、ぐるぐると何かが回っているような感じかもしれない。
ぽん! ぽん! ぽん!
うはは、うははは、うはははは……虚ろな笑いが響く。
おそらくウサギ狩りに行くパーティが最終的なスキルセットに寄ったのか、僕の方を見て、なにか見てはならないものを見たかのように去っていった。気味が悪かったようだ。反省。
ぽん! ぽん! ぽん! しゅおん!
あれ? 今何か違う音がしたような……
〔システムメッセージ:スキル〈錬金術〉を習得しました〕
き、き、き、きたーーーーーー!!!!
来ました、来ましたよ奥さん! 奥さんって誰だよっ! いやそんなことはどうでもいい、ついにきたー!
思わず小躍りした僕だった。いや、他人から見たらすごい不気味な暗黒舞踏だったかもしれない。
こういう時なんていうんだっけか? 父さんが昔、古いネタだと笑っていたのがあったはずだ。
「ねんがんの 〈れんきんじゅつ〉を てにいれたぞ」
それが、フラグというやつだとも知らずに。
「見つけたぞ! 悪逆非道の弓使いめっ!」
災厄は黙っててもやってくるものだ。その災厄は、僕が気をよくして残りの水を蒸留水へと加工するためにスキルの入れ替えを終わらせた直後だった。
「人違いじゃないですか?」
「オーガ男性の弓使いなど、そうそういるわけではない! 特徴も掲示板にあげられていた通りのものだ! よってお前が悪逆非道の弓使いなのは間違いない!」
ううむ、心当たりがないのだが。というか、こいつ暑苦しいな。
見た目は、ヒューマン男性。金髪碧眼のなかなかに二枚目である。武器は剣と盾、鎧も金属製の鎧を身につけている。
「掲示板? 掲示板ねぇ」
掲示板と言って真っ先に思い浮かぶのが、FFO内の掲示板システムであろう。キャラクター名を隠すことが出来ないので、比較的落ち着いた掲示板である。チームの募集や、固定パーティのメンバー募集などという実利的なものや、モンスターの配置や対応方法などの攻略情報をまとめるためのもの、あるいは純粋にゲーム内での雑談的なものといったたくさんの掲示板が存在する。
ただ、ゲーム外ではどうしても、匿名掲示板が目立つ。もちろん、有益な情報も多々あるのだが、匿名性をバックに、悪質な書き込みも多い。
「とりあえず、落ち着いて話をしないか?」
提案をしてみる。
「問答無用、悪質なMPKプレイヤーに鉄槌を!」
〔システムメッセージ:ライトブリンガーさんからPvPの申し込みがありました〕
おや? いきなり襲ってきそうな雰囲気だったのだけれど。
とりあえず、申請の内容を見てみる。
〔 戦闘形態:パーティ対パーティ 〕
〔 フィールド:無制限 〕
〔 戦闘ルール:完全決着戦 〕
話にならねぇぇぇ!
あまりの香ばしさに、なんていえばいいのかわからねぇ!
パーティ戦で申請していながら、他のメンツが見えない。どこかに控えているのだろうか。
「ここは、三十六計なんとやらだ」
僕は申請に対してNoを選択すると、踵を返した。
「まてっ! 逃がすな!」
光の勇者様が叫んだ。逃がすな、ということはやはり潜んでいたか。
このゲーム、屋外フィールド内にモンスターが入り込めないようになっているセーフティエリアが点在しているのだが、街の中とは違う点として、実はプレイヤー間戦闘は可能となっている。なので安全だと勘違いしてここで寝落ちなどした場合、PKに襲われていた、などということも十分にあり得るのだ。
なので、僕は迷わずダッシュした。PvPを受けていた場合、奇襲要因として魔法使いタイプを伏せているかもしれないと思ったからだ。
原則、魔法は自動追尾するため、必ず命中する。それが弓などとの決定的な差だ。
だが、あくまでそれは原則である。よって例外が存在する。
それは、詠唱中に射程外へと逃れた場合だ。
「あっ! しまった! 撃つな!」
自分が決定的なミスを犯したことに気付いたらしい。
僕は、彼からのPvP申請を蹴った。チキン野郎と呼ばれようが、そんなことは関係ない。PvPとはお互いの了承があって初めて成り立つのだから。
そして、PvP状態でないプレイヤーを明確な攻撃の意図をもって敵対行動をとった場合、先に仕掛けた方に犯罪者フラグが立つ。これが立っている場合、様々な制約を受けることになる。特に街の中での行動に制限がかかり、公的施設への通常の出入りが不可能になったりする。わいろなどを渡すという方法での利用は可能であるが。
なにより、街のいたるところにいる衛兵に見つかると追い回されることになる。
まっすぐに森の中を目指す僕の足元に、炎の塊がはじけた。幸い、射程外へと一気に離脱するという僕の目論見は達成されたようだ。
一目散に逃げることを選択したのにはもう一つ理由がある。それは、移動速度の問題だ。
FFOの移動速度は原則としてどの種族、どの職業・レベルでも同じである。例外は、移動速度アップ系のスキルを身につけるか、或いは移動速度にボーナスもしくはペナルティのある装備をセットしている場合である。
そして、同じ走るという行動をとるにしてもいくつかの段階があるのだ。
もっとも速く走れる状態は、そのプレイヤーがいずれのターゲットもロックしておらず、武器も構えていない状態の時である。
そして、何らかのターゲットをロックした状態だと体感的には5%、武器を構えた状態だとやはり5%ほど速度が落ちる。両方行っている場合累積するようだ。
これは、先のパーティ戦での体感である。弓を射た後、弓を手に持ったまま走るのと、肩にかけて非準備状態にするのとでは走る速度の差が感じられたのだ。
故に、僕はただひたすらに走る。森の中は木々が茂っているため走りにくいが、それは追ってくる連中も同じのはず。むしろ木々が僕の姿を隠してくれるので逃げやすいはずだ。
そして、追っ手にとっては二択を迫られる。
つまりは、ターゲットロックを外し、目視で僕を追うか、あるいはターゲットロックしたまま追うかである。
前者の場合、速度差がなくなるため純粋な追跡となる。相手の方がうまいコース取りをされたら追い付かれるかもしれない。だが同時に、僕を見失う可能性も高い。そのための森の中への逃亡である。
では、後者の場合どうか。ターゲット、つまり僕を自動追尾する代わりに、ぼくよりやや遅いスピードで走ることになる。だが、こちらには盲点が一つあって、距離が離れすぎると自動的にロックが外れ見失ってしまうことだ。出来ればこっちでお願いしたい。
それはなぜか。
僕には、スキル〈遠視〉がある。微妙な性能のスキルではあるが、プレイヤー間での戦闘では意外と役に立ちそうなのだ。
かなり状況は限定されるものの、一方的にターゲットをロックできる状態というのはシステム上相当なアドバンテージとなる。
勝手知ったる森の中。ひたすらに走り続ける。
僕がもつもう一つのアドバンテージ。それは、聴覚。
隠密系のスキルや魔法で気配を隠さない限り、このゲーム内では必ず足音がする。当然、この足音は距離が開けば減衰していく。もちろん、相手にとってもそうなのだけれど、僕ほど敏感に感じ取れるわけではないだろう。
実際、後をつけてきている足音は3つ、確認できている。ヒューマン2、ドワーフ1。
種族ごとに足音が違うのはわかっている。
そして、この足音の主は、不意打ちをしてきた魔法使いタイプではない。そもそも、そいつは初期段階で引き離している。
まだ、油断はできない。そして、このあたりからは狼のテリトリーだ。
用心に用心を重ね、同時に走る速度も可能な限り上げる。集中する、集中する。右前方、狼が木々の隙間から見える。大丈夫、あの位置からなら視線は通らない。
走る。走る。
足音が、消えた。どうやらいったん巻いたらしい。
僕はひとまず、全力疾走で減ったスタミナポイントを回復するため息を整えた。まあ、アバターは息をしていないのだけれど。
さて、反撃の一手を考えるとするか。




