ライバルパーティの登場で奮起して頑張る僕らだが、トラブルはいつでも近くに潜んでいることを実感した件
新しくやってきたパーティは、僕たちのキャンプよりやや前に陣取った。丁度、僕がモンスターを引き連れて通る道なりにである。
構成としては、盾持ち2、剣1、槍1、杖1、メイス1といったところ。前衛に偏ってはいるけれど、テンプレからはそう外れてはいないパーティだろう。
拠点を設定するなり、彼らは戦闘を始めた。釣りに行くのは杖持ちのようだ。
「こっちも続けようか。お兄ちゃん、釣ってきて」
「おっけー。行ってくるわ」
僕もまた、行動を再開する。
が、これがまたやりにくい。というのも、この釣りに出た杖持ち君なんだが、獲物の選別にえらく時間をかけるのだ。それも、じっと立って選ぶのならまだしも、うろうろとうろつきまわる。
弓の射線にも割り込みを平然と掛けてくるのだ。慌てて弓を下ろすこともしばしば。
オルガ≫≫『そこの弓、あぶねぇから、どっかいってくんねぇ?』
いきなり、そう声が聞こえた。どうやら個別チャットらしい。振り向くと、後から来たパーティの剣持ちが見るからにあっちに行けというような動作をしていた。
こういうのはどうしたらいいのだろうな。僕は獲物の方へ向き直った、どうやら、向こうのパーティの杖持ちが敵を釣ったようなのだが、うまく誘導できず、何発か殴られているようだ。僕は彼が通る道を開けて通り過ぎるのを待って、適当な獲物に矢を放った。
乱戦中で激しく動いている状態ならともかく、じっとしている相手に有効射程内で命中させるのはもう難しいことではなくなっている。現実世界ならそう簡単なことなのではないのだろうが、ゲーム世界では一度習得した動きをトレースするのはさほど難しくはないようだ。
「悪い、誤射しないようにしてたら時間喰った」
「いえいえ、その分MPは回復させることが出来ましたから」
ふわふわさんは優しいなあ。
「それじゃ、お兄ちゃん。少し早めに釣り行ってみて。レベルもスキルも上がったから、多少の無理は出来るから」
「それは倒せそうな状態なら、まだ倒してない状態でも釣ってしまえということか?」
「うん。チームとしても分担がきっちりしてきたし、最悪、にゃんちゃんが一時的にガチるから」
にゃんこさんは、回避特化ビルドだそうだ。
「わかった。じゃあ遠慮なく回すぞ。問題があるようなら指示してくれ」
既に戦闘しながらでも会話したり、あるいはいろいろな戦略を組み立てたりできるようになっているようだ。
オルガ≫≫『無視すんなよ。弓がいると邪魔なんだよ』
オルガ≪≪『誤射なんてしないよ。互いに不干渉でいいだろ』
とりあえず、やるか。
僕は釣りの回転を速める。一度狩りを始めると、案外釣りタイミングは被らないものだ。オルガという剣使いが時々文句を言ってくるが……しかもだんだん口が悪くなっていく……これは無視する。実際に当ててから文句言ってほしい。
ただ、気になるのはどうも僕が釣って帰る途中、意図的なのかそうでないのかはわからないのだが、彼らの動きがこちらの動きを阻害しているような感じがする。
回転が上がってから、流石に解体をする暇はなくなったのだが、その分戦闘激しく走り回ることになる。
忙しいのは僕だけではなく、神楽たちもほぼ休憩なしで戦闘を繰り返している。
なんていったっけ、こういうの。ああ、あれだ。わんこそば。
ウサギを喰い終わる頃に、おかわりのウサギを追加。
その分、ヒーラーであるメロンソーダさんへの負担が大きい。
やがて、種族として最大のMPを誇るフェアリーのMPもカツカツで回らなくなったのか、少しの間休憩をしましょうとの提案があった。
「ふー、おにいさんが釣り専受け持ってくれてたすかるわー。いままでは、にゃんこさんとわたしが交代で釣りに行ってたからMP管理が大変だったのですよ」
そういってねぎらってくれたのは、ふわふわさん。見ると、にゃんこさんもうなづいている。
「むこうのパーティは少し無理をしてるのかな? 構成は悪くないんだけれど、いまいち殲滅速度が遅いね」
神楽がそういうのであらためてそちらを見てみる。確かに、神楽たちに比べて、息があっているとは言いがたい。特に、杖持ちがヘイトを稼ぎ過ぎているのか、ターゲットがぶれる。盾持ちも片方は挑発系のスキルがないのか、殆どターゲットを取らない。
「うーん。単純に下手っぽいだけな気がするけど。でもさ、さっきから見てるとちょっとずつ前に出て行ってるんだよね。あの辺、そろそろ湧き時間」
にゃんこさんは、どうやら猫語はやめたようだ。まあ戦闘中に、にゃーにゃー言われても困るのだけれど。ロールプレイをする時としない時をはっきりと分けているのかもしれない。
「整地したの、あたしたちのパーティだからね。気づいてないんだと思うよ」
「整地?」
僕は聞き返す。
「ああ、アクティブなモンスターだったり、同族リンクの特性持った敵なんかだと、たくさんモンスターがいる間は、戦闘しにくいでしょ。それを端から倒していって、釣りやすい環境を整えていくことを整地って言うんだ」
「ほうほう。特に気にせず目についた奴から釣ってたんだけど」
「それでいいんだよ。モンスターは倒してから5分から10分程度で再配置されるんだけど、一度整地したら、再配置された時は一匹だけぽつんと湧くから釣りやすかったでしょ」
「なるほど」
「ミネア、ちょっと数分席を外す」
話に割り込むように、ヴァイスさんが離席を告げる。離席の理由は聞かないのがマナーだそうだ。特に、女性に対しては。
便乗するように、メロンソーダさんとふわふわさんも席を外した。
ちなみに席を外す、というのはログアウトとは別で、ハーフダイブタイプの場合ヘッドセットを外すことで、キャラクターが【離席状態】となる。この時、キャラクターはゲーム内に存在を続けるため非常に無防備な状態になるため、安全なところか、あるいは仲間に守ってもらう必要がある。フルダイブも似たようなもので、ログアウトがゲームとの接続を切るのに対して、離席は、アバターとの接続を切ることになる。
実際数分で彼女たちが戻ってきたのだが、その時点でトラブルが発生していた。
「隣、なんだかやばいんじゃないか」
最初に声を発したのは、僕だった。隣のパーティも大分こなれてきたのか、こちらのパーティほどではないが戦闘のルーチン化が進んでいたのはわかっていた。そうなると、欲が出る。彼らのパーティは安全に魔法使いが釣るよりも、前衛アタッカーの槍持ちが直接攻撃をしかけて釣る方法を取るようになったようだ。
魔法使いのMP管理的にはそちらの方が望ましいのは確かだ。
ただ、この方法には一つ大きな問題がある。それは、直接殴るにせよ、相手の視界に入って絡まれるにせよ、それなりに近くまで寄らなければならないということだ。それはすなわち、キャンプに戻るまでに数回攻撃を受けるということに他ならず、ヒーラーに負担をかけてしまう。
被弾を避けるにはどうしたらいいか。方法としてはやはり、魔法や遠隔攻撃で、ある程度の距離を取ってから敵を釣り、そしてその距離を維持したままキャンプまで戻るようにするしかない。
次善の策としては、被弾回数を減らすことになる。そのためには、方法は大雑把に二つ。近い敵を釣るか、キャンプを敵に近づけるか、だ。
結果として、彼らのキャンプはじりじりと前に出てしまっていた。そう、前に出過ぎていたのだ。
殲滅能力では、彼ら6人より、こちらの5人(僕を除く)の方が高い。それは、ここで高速回転なバトルを繰り返し、スキルやレベルが高まった結果である。タンクのヴァイスさんも、既にウサギの攻撃パターンは把握していて、タメ攻撃をバックステップで攻撃範囲外に一瞬だけ離脱することで不発に終わらせるテクニックをマスターしている。そのため、被弾も減っているのだ。結果、後衛のMPに余裕ができることでさらに効果的に戦ってきていた。
何が言いたいかというと、彼らは既にそのキャンプを最も近くに再配置されるウサギから見て感知範囲内にまで前進してしまっていたのだ。
「うわっ。いつの間に!」
案の定、再配置されたウサギが、彼らに絡んでいた。
「大丈夫だ! 落ち着け。盾持ちは二人いるんだ。同時にやれるはずだ」
リーダーらしい男、多分オルガというやつだと思うんだが、彼が仲間を励ます。まあ、それはいいんだが、下がれよもう少し。また絡むぞ。
ついでに言うと、盾持ちは二人いても、ヒーラーが一人しかいないのは問題だと思うが。
「お兄ちゃん、救援要請がでたら行くから、釣りは避けて」
「わかった。とは言え、僕は救援にはいかない方がいいかもしれないね。あっちのリーダーは弓使いが嫌いっぽいから」
「おにいさんは、その時は監視モードで」
ヴァイスさんからの指示。僕はうなづいておく。離席から復帰したようだ。
「あらあら、まあまあ。もう一匹湧きそうですねぇ」
これは、やはり戻ってきていたふわふわさん。メロンソーダさんも戻ってきたようだ。
「わかるんですか?」
僕が尋ねると、ふわふわさんはさも簡単なことのように答えた。
「ええ、少なくとも視界に入っている範囲内なら、大体の再配置時間は把握していますよ」
どうやら、再配置時間の推測も、プレーヤースキルの一つらしい。
「お兄さんも出来てたと思うのですけれど? いい感じでリポップ先を読んで動いていたように感じられたのですけど」
ただの偶然です、はい。
「三匹は無理だろうなー。救援要請出たら、一番HP残ってるやつからやるよ」
「りょーかい。【挑発】準備ー」
いつでも救援に駆けつけれるように、みんな身構えている。が、ここで一つ不幸な偶然が起こってしまったのだった。
「三匹目、なんか違わない?」
それは、メロンソーダさんがまず気付いた。絡んだ三匹目は、このエリアのウサギたちより一回り大きい。そして、なにより額から角が生えていた。
これは……トカゲの時と同じパターンか?
「クランボス! なんて間が悪い!」
クランボスというのは、一つの区画を同族モンスターが生息地とする場合、それらのモンスターを倒し続けると、抽選で配置されるボスモンスターのことだ。だいたい、その区画のモンスターより一回り強いらしいのだが、運営サイドが公式発表している強さは、2~3のパーティが、即席レイドを組めば問題なく倒せるレベルであり、1パーティでも、戦略を練れば倒すことも可能な強さに調整しているとのことだ。
まあ、そんなことはとりあえず横に置いておこう。
問題は、救援要請を出した場合、そのモンスターからは経験値やドロップアイテムがもらえないということである。つまりは、彼らがもしかすると救援要請を出さない可能性が高まったということだ。
案の定というか、彼らはメインターゲットをボスウサギに変更して戦闘を続行している。
「う~ん、どうしようか?」
メロンソーダさんが突然僕らみんなの顔を見渡しながら聞いてきた。
「どうしたの、めろんちゃん」
「ん、向こうのパーティから、ヒール支援の要請が個別チャットで来た」
それはまたわがままな。
「で、どうするの?」
「多分、無理。それをやるとメロンがヘイトリストに載る。あいつらはメロンのMPが尽きる前に倒せるとは思えない。むしろ、回復でヘイトを稼ぎすぎたら、メロンが危ない」
ヘイト、つまりは敵対心のシステムはまだ解析好きな連中が研究中である。だが、彼女らのこれまでの経験から外部からのヒールはかなりの敵対心を稼ぐことが分かっている。
最悪、メロンソーダさんがヘイトを稼いでしまった場合、殴られるのはメロンソーダさんなのに、戦闘権利は向こうのパーティにあるため、僕たちは手を出せないというケースもあり得るということだ。
その場合、さらに最悪なケースとして、彼らがメロンソーダさんをタンク代わりにする可能性もある。メロンソーダさんはフェアリーなため、HPが少ない。ひたすら自分にヒールをかけ続け、さらにヘイトを稼いでしまうという悪循環にもなりかねない。
「なんか、すごくうるさい。リーダーだけじゃなく他のも言い始めた」
明らかに、連携が乱れている。というよりも、タンクの挑発系アーツの発動がほとんど見られなくなっていた。そのため、敵対心のコントロールが出来ていない。
「おい、お前らいい加減無視すんなよ、助けろよ!」
そうオルガが叫んだのとほぼ変わらないタイミングで、一気にバランスが崩れた。前衛の敵対心を後衛のそれが上回ったのだ。まずは、戦闘途中で放置されていた二匹の通常モンスターのウサギが、ヒーラーに襲い掛かった。慌てたヒーラーは、自己回復のためにヒールを連発した。それが引き金となった。
挑発系アーツを使用していなかったため、ボスがターゲットを変えたのだ。
雑魚二匹だけならともかく、ボスに殴られれば、たとえタンク仕様でももたない。
ヒーラーが倒れてしまった時点でほぼ決着はついてしまったと言える。そもそも、ボスのHPはまだ3分の2以上残っているのだからそもそも彼らのパーティが十分な準備をしていたとしても勝てたかどうかわからない。
タンク役が敵対心をあまり稼いでないため、ボスモンスターと雑魚は次々にターゲットを変えながら彼らのHPを削っていく。ターゲットを変えるたびに移動するためか、プレーヤーの攻撃範囲から出てしまうため、攻撃が届かないことも多々あるようだ。
前衛がほぼ壊滅しそうな段階で、魔法使いが逃亡を図った。だが、ボスモンスターはプレーヤーキャラクターよりも足が速いようで、ゆっくりと距離を詰めていく。
「これは、まずいかも」
ミネアがつぶやく。魔法使いが逃げる先は、僕らのキャンプを抜けて森の方へというルートだ。
逃げるタイミングを逸した。ボスはあの魔法使いPCを倒した後、もとの位置へと戻ろうとするはずである。だとすれば、そのルートは僕らのキャンプを通過する。つまりは僕らに襲い掛かってくるだろう。
「そんなこと、考えてないくせに。まあ、やろ?」
ヴァイスさんはすっかりとやる気である。
ボスモンスターは、当然良いものを落とす可能性がある。もちろん、現在のところ、ボスモンスターが何を落とすとか、そういうデータはないし、戦闘に置ける挙動なども不明だ。手さぐりでやるしかないのは間違いない。
「準備おっけー。いつでもいけるよ」
これは、やる流れか。まあ、流れに乗るのも悪くない。
ちなみに、会話は全てパーティチャットで行われている。さすがに通常会話で相手のパーティに聞かれるのもよろしくない会話であるのは間違いないからだ。
ボスモンスターの特徴として、占有権を持つパーティが戦線離脱、あるいは全滅した時点で、HPは全快するようだ。魔法使いをあっさりと倒したと同時に、多少減っていたHPが一気に回復した。雑魚二匹は、HPが減ったままである。
「ボスはしろちゃんとあたしがまず受け持つわ。にゃんちゃんとお兄ちゃんは、雑魚の始末お願い」
おや、僕にも役目あり、か。
僕は、弓をぎゅっと握りしめた。




