妹のパーティに入れてもらい、先行組の成長にビックリしたものの、パーティ戦のルーチンワークが何故か楽しく感じた件
「ずいぶんとのめり込んでいるようだな」
夕食の席で、父さんがそう口を開いた。
「うん、まあ。ちょっと初めての体験だったから少し夢中になりすぎた」
僕はいったん箸を置いて答えた。
「怒っているわけではないよ。父さんも母さんも経験があるからね。だが、節度は守りなさい。特に神楽、龍斗が声を掛けなかったら夕食の時間を忘れていたんじゃないか?」
「だって、パーティ組んでたんだもん。勝手に抜けるわけにはいかないじゃない」
口をとがらせて神楽が言い訳をする。この妹には学習能力というものがないのだろうか。
「食事の時間にかかるようならパーティを組んだりするな。現実を優先できない様なら、父さんたちにも考えがあるからな」
これは、警告である。と、その声が言っている。実際、その声色からして、まだ怒ってはいないのは確かだ。これは両親も元ゲーマーとしての経験があるから大目に見てくれているということなのだろう。
だが、現実世界での生活をないがしろにしてしまえば、おそらく相当な雷が落ちることは間違いない。
「だってぇ……」
「だってじゃありません。お父さんも、甘やかしちゃだめよ」
怒りの矛先は父にも向かう。どこの家庭でもそうだと思うのだが、本気で怒ると父は母に勝てない。
父は妹に甘い。本人はそうは思っていない様ではあるが。
「よし、まあ。ルールは守りなさい。うん、まあ」
取り繕ったような父。弱すぎるぞ、父。まだ母は怒りモードにも入っていないのに、話を切り上げようとするとは。それは悪手だ。
「お父さん?」
虎の尾を踏んだか、父よ。あそこはきっちりと〆とく場面だろう。それをなあなあで済ませようとするとは。
「父さん、母さん」
僕は助け舟を出すことにした。
「昨日と今日はちょっと夢中になりすぎました。明日からは学校もあるし、けじめもつけるから。な、神楽」
両親は顔を見合わせた。どうやら脱線しかけたことに気付いたらしい。
「えっと……はい! 明日からちゃんとリアルを大事にします」
「それは、ちゃんと約束できる?」
母の声はかなり懐疑的だ、がここでひるんだら負けだ。
「約束できます。な、神楽」
「うん、約束する」
即答する神楽。まあ、いつまで守れることやら。
「お兄ちゃん、助かったよー」
とりあえず、僕の部屋に避難してきた神楽が開口一番そう言った。あのままお説教タイムに突入して二日連続のお説教だけは勘弁だったのは妹も同様のようだ。
とりあえず、夜は11時。これがデッドラインだ。時計を見ると、まだ9時前ではある。
妹を見ると、どうやら我慢が出来ないのか、そわそわとしている。まあ、いいか。
「父さんたちとの約束、ほんとに守れるか?」
「もちろん!」
多分無理だとは思うが、その辺は僕がコントロールしなければならないかもしれない。
神楽と万梨阿先輩に貸与されたハードには僕のパーソナル端末から強制ログアウトさせることが出来るようになっている。名目上、僕の生活を支えるために貸与されている訳なのだから、僕がリアルにいるのに、サポーターがヴァーチャルにいては本末転倒だから。
「11時には強制的にでもやめさせるからな」
「……仕方ないよね」
こいつは……懲りてないか。
「それなら、一緒にパーティ組も? まだお兄ちゃんのキャラ見てない」
それも、いいかもしれない。
「おにーーちゃーーん」
ぶんぶんと手を振りながら、なかなかにグラマラスなヒューマン女性キャラクターが走ってきた。もちろん、神楽なのだろう。銀髪ロングヘア―。、色白ななかなか作りこまれたアバターである。かなり高いレベルの造形なのは間違いない。
「おお、ここだ、ここ」
僕も手を振ってこたえる。
「そっかー、お兄ちゃんはオーガかー。身長盛り過ぎでしょ」
くっ、気にしていることを。リアルの僕は、身長はやや低めである。平均よりやや低めの身長はちょっとしたコンプレックスでもある。だが、それを言うなら……
「人のこと言えるのか? 僕のタッパは種族特性だけど、お前のそれは明らかに……」
「わーわーわー、止そう、お兄ちゃん。それ以上言ってはダメ。お互いさらりと流すべき」
どうやら、あちらもコンプレックスらしい。僕が神楽のどの部位を盛っているかを言う前に、手打ちを持ち掛けてきた。
「ふふふ、ミネアさん、ずいぶん仲がよろしいようで」
神楽の後からついてきていたおっとりとした感じのする女性キャラクターが神楽に声をかけた。どうやら、神楽のキャラクター名がミネアらしい。
「あ、みんな。紹介するね。わたしのリアルお兄ちゃんの……えっと、名前聞いてなかった」
「あらあら」
おっとりキャラさんがくすくすと笑う。声は笑っているが表情はあまり変わっていないので、ハーフダイブなのだろうか。
「ああ、か……じゃない、ミネアの兄のリュートです。妹が迷惑かけてませんか?」
「そんなことないもん。みんなとは、昨日からいきとーごーしてフレンドになったんだよ」
みんな、ということは他にもいるのだろう。
「紹介するね。こっちが、ふーちゃん。魔法使いタイプかな。ふわふわって名前にぴったりのふわふわしてるおねーさんだよ」
「ふわふわと申します。よろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそ。で、みんなっていうからにはほかにもいるのかな」
辺りを見回すが、人が多すぎて誰が誰やらわからない。
「ほかの子たちは、ちょっと狩場の視察に行ってますわ。ミネアさんがお兄さんを連れてくるっておっしゃいましたので、先行してますの」
そうなのか。既にかなり仲良くなっているのかな?
「お兄さんは、オーガということは、タンクタイプなのでしょうか?」
「あー、いや。そのなんだ。言いづらいんだが……」
現状、弓使いの評判は最悪に等しい。弓使い=誤射・PKというのが、今現在の風評だ。いずれはそんな噂も消えていくのだろうが、その噂が消えるまではまだまだかかるだろう。
「弓、なんだなこれが」
「えーっ、お兄ちゃん、なんでー?」
「いや、単にレアっぽかったから」
あきれたような神楽……ミネアの声。まさか、僕だって弓がここまでひどい扱いにされるなんて想像もしてなかったよ。
「お兄ちゃんって、いっつもテンプレ避けてハードルート選びするよね。学習能力ないの?」
「ちょっと待て。そんなに外したことないと思うぞ。そりゃぁ人と同じことだけするのは好きじゃないが」
心外だ。
「ゲームにおけるテンプレってのはね、徹底的に無駄を削っていった先にあるんだよ。オンラインゲームは、他人とパーティ組んだりするんだから、無駄が多いとそれだけで人に迷惑かけることになるんだから」
かなりおかんむりな様子だ。
「そこまで言うことはないだろう? ゲームなんだから自由に楽しんだらいいんじゃないか?」
「お兄ちゃん、それは、人に迷惑かけてない人のセリフだよ」
ことゲームにかけては、この妹はえらく真剣なのであった。
「まあまあ、どちらにせよお兄さんをお誘いするのでしょう? ウサギ広場に行くのなら、まだあの辺まで狩りに来ている人は少ないですから、誤射もあまりないでしょうし」
ふわふわさんが間に入ってくれて助かった。ところで、ウサギ広場ってどこだ?
「そっかー、それもそうだね。最悪足さえ引っ張らなければ問題ないし」
妹の無邪気な発言が心に突き刺さります。
「それに、あそこのウサギはアクティブですから、遠距離攻撃が出来るのでしたら釣りを任せたいのですよね。毎回、魔法で釣るのもMP効率が悪いですから」
「ふーちゃんの言う通りだ。じゃあ、お兄ちゃんは釣り専で。それじゃ、誘うね」
〔ミネアからパーティの勧誘がありました。参加しますか〕
システムメッセージが音声で聞こえた。了承を告げると、視界の左側にずらっとヒットポイントバーが並ぶ。僕以外のパーティメンバーのHPらしい。MPやSP、TPは表示されていない。
「さあ、いこう!」
ミネアたちに先導されて街から結構離れたところまでやってきた。確かに、ウサギ広場と呼ばれるのも無理はない。とにかくそこにはウサギがひしめいていた。
「みんな、おまたせー」
待っていたのは3人。いずれも女性アバターである。道すがら聞いた話では、ゲーム開始直後になんとなく気が合ってパーティを組んでそれで意気投合してフレンド登録をしたとのことだ。
その3人と、僕とミネア、ふわふわさんで6人のパーティとなる。
一応、ここでメンバーの確認をしておこう。
真っ白な髪を短く刈り込んだ、ドワーフ女性のヴァイスさん。西洋のファンタジーものだと、ドワーフ女性は髭顔・樽体形らしいのだが、FFOではなぜか、ロリ少女っぽい外見になる。武器はドワーフらしく片手斧と盾。このパーティのタンク役だ。
前衛・攻撃役として、ミネア。こちらは剣を武器に選んだらしい。
同じく前衛として、ナイフ使いのにゃんこさん。茶髪でショートヘアなのだが、キャラを作るときに髪形をいじって猫耳っぽい形で固定しているのが特徴だ。将来、ワーキャットとかが導入されたらそっちに向かうのかもしれない。
後衛として、ふわふわさん。和風美人っぽい外見のヒューマン女性で、杖を持っている。杖は、基本的には攻撃系の魔法の効果を上げるものが多い。もちろん、攻撃魔法を習得しているそうだ。
もう一人、後衛としてフェアリー女性のメロンソーダさん。こちらは、一応メイスは持っているけれど、どうやらヒーラー特化らしい。
彼女ら5人は、運よく初日からログイン出来て、それなりにスタートダッシュに成功したパーティの一つらしい。そのため、レベルも高く、既に[見習い冒険者]のレベルも20近くあり、スキルもそれに応じて高く、メインスキルは40を超えているという。
やばい、これはマジで役立たずなのかもしれない。
ちょっとレベルが違いすぎる。彼女たちが狙う獲物もまた、相応のレベルなのだろうから。
「弓使いかー。さすがにそれは計算外だった」
タンク役のヴァイスさんがそう呟く。
「まあ、今回は釣りに徹してもらいましょう。わたしたちよりだいぶんレベルもスキルも低いようですから」
これはふわふわさん。
「そうだにゃー。ここのウサギは絡んでくるから、殴り釣りがやりにくいにゃ。ふわさんやメロンさんのMP管理のためにも、がんばってもらうにゃ」
これは、にゃんこさん。言葉自体はどちらかというと大人しめだけれど、よくよく言ってることを分析すると、「おまえ、釣りぐらいしか役に立たないよね」となる。まあ、事実そうなんだろうけど。
「それじゃあはじめよっか。バフかけるよー」
メロンソーダさんがそういいながら、防御力を上げる強化魔法をかけていく。範囲化はまだできないそうなので、一人ずつかけていくことになる。
「それじゃあ、おにいさん。適当に引っ張ってきてくださいな。ウサギは視界に入ると攻撃してきますけれど、リンクはしませんので、とにかく一匹ずつこのキャンプまでつれてきてください」
「了解。それじゃあ行ってきますよ」
僕は、弓と矢を取り出し、ウサギたちを狙える距離まで近づいた。そこで一度振り返ると、メンバーたちがうなづいていた。始めていいらしい。
僕は、手近なウサギに約5メートルの距離まで近づく。視界に入れば襲ってくるとは言うものの、それにも距離的制約がある。大丈夫だ、5メートルでは反応しない。
ゆっくりと弓を構え、そのウサギの胴体に狙いを定めて一呼吸。息を止めて(もっとも、ゲームアバターは呼吸はしていないが)矢を放つ。
ゆっくり狙いを定めたからか、矢は見事に狙い通りの位置に突き刺さった。ウサギは急に僕の方を向き直り、襲い掛かってくる。
僅かな硬直が解けると即座に踵を返してとんずらをかます。
「お、お兄さんいいかんじじゃない」
にゃんこさんが短剣を持った右手を大きく降りながら言う。
「そこまで遠くないとはいえ被弾なしは上出来」
ヴァイスさんが抑揚のない声で言う。声色を聞き分けるのは得意なのだけれど、それでも棒読みに近く感じた。
「それじゃ、【挑発】」
ヴァイスさんは、〈挑発〉スキルの初期アーツである【挑発】を発動する。敵単体に対して瞬間的に敵対心を上げて自分にターゲットを向けさせるアーツだ。パーティ戦でのタンクの基本的な行動である。
ヴァイスさんは、左手に持ったバックラーと呼ばれるタイプの盾で攻撃をさばきながら、斧で斬りつけている。当然のことだけれど、ミネアやにゃんこさんもそれぞれ別の方向から攻撃を加えている。
魔法使いであるふわふわさんは、まだ攻撃に参加していない。
3方向から前衛が攻撃を加えているため、誤射の恐れがある弓は使いづらい。正直狙って狙えないものではないのだが、余計な心配は掛けるべきではないだろう。
「それじゃ、いくよ! 【クイックブレード】!」
ミネアが、わずかなタメ動作の後、通常攻撃よりも早い剣捌きを見せた。〈剣術〉スキルのアーツ発動である。速さだけでなく、ダメージも通常攻撃より高いようで、その一撃を受けたウサギはミネアの方を振り向いた。
「こっちむけー、【挑発】」
ヴァイスさんがやはり抑揚のない声でアーツを発動させる。
「そろそろいきますね。【ファイアバレット】」
こちらは、ふわふわさん。先ほどまでの沈黙は何だったのだろうか、というほどに、炎魔法と水魔法の初期アーツである【ファイアバレット】【ウォータバレット】を交互に打ち込んでいく。
「そろそろ、次のウサギさんを釣りに行っていいですよ、お兄さん」
魔法発動の合間に、ふわふわさんが声をかけてくれた。
「MPがキツイときは、待ってっていいますから、ミネアさんたちが敵を倒したら次のを釣っちゃってください」
「そんな連戦になっても大丈夫?」
「きつかったら言いますから、大丈夫ですよ」
ほうほう、なら遠慮なく。
僕は、まだ戦闘中の5人から離れて次の獲物を物色し始める。
このゲームの中だと、目で見てものを判断するという行動が普通にできる。視覚補助ゴーグルで見る世界はどこかのっぺりとして現実感が乏しかった。だから、あくまで聴覚やその他の感覚による空間認識の補助としての視覚に過ぎなかったというのに。
リアルの世界での視覚がリアリティに乏しくて、仮想世界での視覚にリアリティを感じるのはどこか皮肉めいたものがある。
「お兄ちゃん、おかわりよろー」
おっと、指名が入りました。次を釣って持って帰るとしますか。
MMOのレベル上げというのは、基本的にルーチンワークである。可能な限りアクシデントは避け、如何に型にはめていくかのパズルのようなものだ。
戦闘を繰り返し、パーティ内の連携が取れていくと、どんどん最適化されてより効率的に動けるようになっていく。
ミネアがテンプレ構成の大切さを説いたが、おそらくはこの最適化を最も効率よく進めるためのものなのだろう。特に、即席パーティならば、戦略が確立されているスキル構成を取ることによって、役割の細分化が出来るわけだ。
とは言え、テンプレから外れたからと言って全くダメというわけではない。というのは……
「……よし、【解体】成功。ウサギの毛皮・高品質ゲット」
「お兄ちゃん、よくやった」
どうせ戦闘中には僕はやることがないのだから、前に倒したウサギが消滅する前に〈サバイバル〉スキルで【解体】を行っているのだ。
数回の戦闘でパターン化が進み、パーティの戦闘力も把握出来てきたため、敵を倒してから釣る、のではなく、敵を倒せそうなタイミングで釣る、という形になっている。そのため、前のウサギが倒された後、自然消滅する前に僕はキャンプまで戻ってこれるようになっていた。
遊んでいるのもつまらないので、【解体】を試みている訳である。
ちなみに、パーティでの戦闘でドロップしたアイテムや【解体】で得たアイテムは一度戦利品ボックスに入るようになっている。何もしなければ、3分後に自動的にランダムで誰かのカバンに放り込まれることになる。また、戦利品ボックスの中にあるうちならば、そのアイテムに対して、次のアクションを取ることが出来る。
一つ目は、是非にもほしいアイテムとして指定すること。これを指定した人がいた場合、その人たちの中からランダムで所有権が決まる。
二つ目は、できればほしいアイテムとしての指定。これは、先に説明した是非にもほしい人がいなかった場合にのみ、所有権を争うことが出来る。
三つめは、所有権の放棄。いわゆる「パス」ってやつだ。
一番目と二番目では、一番目有利なので何の制限もなければ、一番目ばかりを指定する人が出るのではないか、と思うかもしれない。
当然、それには制限があって、一番目の、是非にもほしいという選択をして、実際にドロップアイテムを手に入れた場合、そのパーティ内では、一番目を選ぶことが出来なくなるのだ。
そんな中、【解体】によって高品質アイテムがボックスの中に放り込まれたのであった。
「おにいさん、ぐっじょぶです」
相変わらず平坦な声のヴァイスさん。
「高品質、ですか。お兄さん、余裕があるときはどんどん解体入れてね。できれば全員に高品質がいきわたるくらいに」
笑顔で無茶を言うのはメロンソーダさん。回復役なので結構いそがしそうだったためか、あまり話はしていなかったけれど、大分余裕が出てきたってことなのかな。
時間は大丈夫かな? ふと気になったので時計を確認する。
11時まではまだ一時間弱ある。もうひと踏ん張りといきますか。
気合を入れなおす。そんな時だった。
「お、いい感じに空いてやがるな。ここでやろうぜ」
別のパーティが僕らのキャンプのすぐ近くにやって来たのであった。
もうちょっとだけ二日目は続きます。翌日からは学校ですのでゲームは計画的に。




