意味深なだけで、特に本篇と絡むことのないプロローグ
清潔に保たれた廊下を、一組の男女が歩いている。
二人とも、何らかの研究員なのだろうか、清潔感のある白衣で身を覆っている。年のころは二十歳を少し超えたくらいか、まだ大学生と言われれは納得もできる雰囲気ではある。だが、白衣の着こなしやその挙動からは、もっと大人びた気配もするのだが。
「例のプロジェクト、新田さんは本気で言っていると思うかい? 正直、僕はあの人の突拍子もない理屈抜きの発想にはついていけないのだけれど」
男性の方が、女性へと声をかけた。なかなかのハンサムな青年だが、それも、隣を歩く女性の前ではかすむかもしれない。そちらの方は、掛け値なく美女と呼んでいいだろう。街を歩けば、すれ違う男性の9割5分は振り向くだろう。
「新田さんの悪口は言わないで。あの人は確かに変わり者だけど、彼がいなければ、アレが何かもわからなかったというのに」
「確かに、功績は素晴らしいものがあるさ。それは僕だって認めている。だけど、あの人は科学者じゃない。アレの研究は、直観ではなくて科学的に解明しなければならなかったというのに」
アレと呼ばれるモノは、研究機関の最高責任者である苧妻博士がその人脈をもって招いた変わり者の新田という男によってその特異な性質が確認された。ただ、彼はその解析の過程を一切すっ飛ばしてそれの本質を見出したのだ。
「あなたの言いたいことはわかるわ。だけど、本来の目的を見失ってはダメよ。私たちの研究は、あの子たちの幸せのためにあるの。アレの本格的な研究は、これからだってできるわ。だけど、あの子たちの青春時代のタイムリミットはもうそこまで来ているのよ」
「青春時代ねぇ。確かに、あの子たちももう13歳になるのか。この研究も、13年、か」
「ええ、そうよ。若手の私たちが言うのもなんだけど、これまでの研究ではあの子たちを治してやることは出来なかったわ。だから、新田さんは、あの子たちを治すことよりも、あの子たちが人生を楽しめるようにすることを提唱したの。私は尊敬してる」
「ヴァーチャルリアリティ、か。仮想世界でどれだけ楽しんだところで、現実が変わるわけではないんだがな」
「あなたは現実主義者だものね。だけど、新田さんのプランだと、今まで禁止されてきたフルダイブタイプを用意するみたいよ」
「おいおい、フルダイブ方式は、ハッキングやクラッキングの危険性を排除できない限りタブーだろ?」
「新田さんが言うには、これまでとは異質の制御系のシステムを構築するらしいわ。アレを使ってね」
「おいおいおいおい、それは無茶だろう? 苧妻博士が許さないんじゃないのか」
「苧妻博士は了承済みらしいわ。仲介として、姫を使うらしいわね」
「決定事項なのかよ。それに姫まで使うって……確かに姫を間に挟めば問題は解決するかもしれないが、姫の負担が大きすぎないか?」
「問題ないらしいわね。むしろ、姫が望んでいるらしいから」
「やれやれ、だ。姫の望みなら、是非もなしってことか。こういう時、僕らは下っ端にすぎないって突きつけられるね」
「ふふふ、そうね。だけど、これから忙しくなるわよ。下っ端は下っ端らしくあっちこっち駆けまわることになると思うわ」
「げぇっ、それは勘弁してほしいかな」
二人は話をしながら廊下の突き当りまで来ていた。突き当りには、扉が二つ。それぞれ、男性用・女性用の入り口となっている。そこから先は滅菌エリアになっているため、特殊な滅菌灯が並べられた廊下を衣服を脱いで歩かなければならない。所員には極めて不評ではあるが、その先が実験棟である以上仕方のないことでもあった。
「それじゃあ、研究室でまた」
男性は軽く手をあげ、先に男性用入り口から滅菌エリアへと入っていった。女性の方も、それを見送った後、女性用の入り口へと向かった。
時は21世紀も半ばに差し掛かった、とある研究所での一幕であった。