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第六話

 人は成長する中で、ごっこ遊びをせずにはいられません。


     *


「俺は、この国の人々のために何かしたいと思ってる」


 赤羽優斗のその一言とともに、桜風高校二年B組の今後を決める会議は始まった。場所は先程いた食堂でも、シャンデリアの輝くホールでもなく赤羽優斗のために用意された個室。ベッドと机、椅子、簡単なシャワーなどがあるだけの簡素な造りだが、一つ一つの質が良いためか、悪い印象は受けない。


 ただ、やはり個人の部屋だからか、皆が座る場所はない。多くの人が壁や机にもたれかかるように立ったままの状態だ。

 どうして、ホールを借りなかったのか。別に言えばすぐに貸してくれただろう。仮にも彼らは『勇者』。無理のない範囲で、且つ姫の思惑の範疇であれば自由が許されているはずである。しかしそれをしなかったのは、やはり心のどこかでガラド王国を信じ切っていないためかもしれない。


 といっても、この個室だってガラド王国のものに違いないのに。


「……だけどさあ、ほんとに、大丈夫なのかよ? あ、いや、別に反対ってわけじゃないんだぜ? でもさ、魔人とか亜人からこの国を守るってことは、つまり、戦ったりするんだろ?」


 そう言ったのは郷田の取り巻きの一人。鈴村という男子。

 わずかにカールした、おそらく天然だろう髪を癖なのか指に巻き付けながら、赤羽を窺う。


「なんだ、鈴村びびってんのか?」

「いや、でも……」

「たぶんみんな鈴村と同じような不安を感じていることだと思う」


 郷田の声にあてられて肩をすくめる鈴村を、赤羽がフォローする。


「確かに戦うってなったら怖いし、場合によっちゃ怪我だってするだろう。だけどさ、今の俺達には力があるんだよ。たとえば……」


 そう言って赤羽が右手を前に出す。

 皆がそれに注目する。私はその時、赤羽の中の魔力の動きを見ていた。

 ゆっくりと、何かが詰まったような流れ方ではあるけれど、確かに魔力が意志に合わせて移動している。胸の中心、心臓部からゆっくりと突き出した右腕の先へ。


 何かが裂けるような音と、ぴかっという閃光。

 注目していた生徒たちはそろって、目を瞬かせた。


「……こうして、俺達はスキルを手に入れてる。魔法だって、使えるんだ」


 それは、雷だった。

 開いた右手の指から指へ、時々線となって光る、雷。

 男子たちはそれに飛びついた。


「す、すげえ!」

「まじで魔法じゃん。な、なあ俺にもつかえんのか?」

「いや、これは俺の二つあるスキルの一つ、“雷王”のおかげで出来てるってところが大きいと思う。雷王は雷魔法の発動を助けてくれるらしい。だから詠唱がなくても使えてる」

「じゃあ俺、“風王”を持ってんだけどさ」


 鈴村が特に、その現象に食いついていた。

 彼の持つスキルは“風王”。赤羽と同じように右手を出し、何やら力み始める。

 しかし、当然だが魔法は出ない。


「あ、あれ……?」

「あんまり無茶しない方がいいと思うよ。鈴村。シャーリー姫に聞いたんだけど、ちゃんと習わずに使おうとすると暴走することもあるらしい」


 そう言われてばっと鈴村は手を引いた。

 だが、きちんと習いさえすれば自分にも使えると思って、興奮に顔を赤くする。


「えっと、じゃあ私の“癒帝”っていうのは……」

「犀川はゲームとかしない? 多分、それは回復魔法系のスキルだと思う。怪我した人とかを瞬時に癒す、みたいな」

「すごいじゃん恵美! てかなんか、恵美に似合ってるよね」

「確かに。らしいじゃんメグ」


 仲のいい女子たちがきゃいきゃいと騒ぐ。

 おほん、と赤羽が咳払いして、それを止める。


「まあ、つまり、今の俺達には力があるわけだよ。魔法を使えば困っている人を守れるし、犀川の力を使えば、いろんな人を癒すことが出来る。なあ、みんな……」


 赤羽は一際高く、雷を鳴らす。

 それに全員がびくっと肩を揺らし、しかし同時に、赤羽への注目度を高める。


「力があるのに、助けられるのに、それでも助けないのは人間として正しいんだろうか?」


     *


 赤羽のやり口は、勇者たちの世界で言うところのソフィストと同じだ。

 解散した後、一人自室へ帰ってベッドの上に片膝を立てて座る。白い世界で私がいつもしていた座り方、やはりこの姿勢が一番落ち着く。

 『犀川恵美』らしくはないので、部屋の外への警戒は怠れないが。


 私はさっきの赤羽の言葉を思い出す。「人間として正しいんだろうか」、か。

 ああ、なんという詭弁。その問いかけに隠されているのは「いや、正しくない」という反語だ。そしてその反語に行きつくよう、皆を誘導している。

 本人がそれを意識しているのかはこの際問題ではない。ある意味、カリスマある人間特有の演説力とでも言おうか。皆がそちらへ流れてしまうことが、問題なのだ。


 思考を放棄させる問いかけ。

 勇者となり人助けすることこそ正しいんだという洗脳。


 赤羽の言う『正しさ』には解決すべき疑問点が山のように残っている。

 例えば、悪人が殺されそうだった時、その者を助け守るのが正しいのか。

 例えば、守る際に必要な殺人を、我々は行うべきなのかどうか。

 例えば、自らの努力ではない方法で入手した力を振るうことは正しいと言えるのか。

 例えば、その正しさは自尊心を満たしたいという欲望からくる幻影ではないのか。


 挙げればきりがない。


 おそらく彼らにも、そして全知全能の神ではない私にも、その問いに対する真に完全に究極に正しい答えを出すことは出来ないだろう。

 だが赤羽はその演説もって、『勇者になって人助けすること』を真に完全に究極に正しいかのように、他の生徒達に思い込ませようとしている。


 ゆえにソフィスト、詭弁家だ。


 勇者たちの世界の方が、学問自体はずっと先へ進んでいるようだ。だがそれゆえに、学問がありふれたものとなって一人一人の中へ残りにくくなっている。

 この「ソフィスト」という人々のことも、他者として『犀川恵美』を取り込んだ私だからこそ思い出せただけであって、当時の犀川恵美に「ソフィストって知ってる?」と聞いても「なんだっけ? 倫理でならったような?」くらいの回答しか得られないだろう。


 皆、考える癖が抜けている。


 きっとこのまま、赤羽に流され三十一人は勇者となるだろう。

 渡辺創一を除いた全員が。



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