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第四話

 私は早く、滅んでしまいたい。


     *


 桜風高校の面々が召喚されたのは、日が昇りきる少し前だったらしい。こちらの世界のことを知ってもらうためにもと、勇者についての話は一度保留し、食堂にて食事がふるまわれることになった。

 全体の様子を窺う。


 男子たちは割と、この世界で勇者として戦うことに肯定的に見える。幾人かはすでに自分のスキルについて試したくて仕方がないという様子で、悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。

 赤羽などはすでにシャーリー姫と魔法について話しているらしく、先程から体内の魔力を探るような動きをしている。彼はそちらついても筋がいいらしい。思ったよりもあっさりと、魔法を使えてしまいそうだ。


 ……そんな中、渡辺創一はひとり天井の辺りを見上げていた。


「あいつが心配?」


 雪ちゃんが聞いてくる。あいつとは当然、渡辺創一のこと。


「うん……。渡辺くん、どうなっちゃうのかな」

「さあ。あいつのことだから、何かしらうまくやるんじゃない? 昔っから、いざって時に強かったし」


 恵美と雪ちゃん、そして渡辺創一は幼馴染だ。

 たしかに恵美の記憶を覗く限り、彼は保身に限ればこの中でも頭一つ抜けている。自己中心的ともまた違う、全体の功利を最大にすることで他者との衝突を避け、結果自分を守るやり方。

 ある意味で、最も生に貪欲な行動選択。

 渡辺はそれが、妙にうまい。


 雪ちゃんがこちらを見て、によによと笑った。


「……てかやっぱり、恵美ってあいつのことが好きなの?」

「……そ、そんなことないよぅ?」

「あ、目、逸らした。わっかりやすいなあ……。でもあいつの何処がいいんだか。私はずっと、赤羽君の方が頼りがいがあっていいと思うけど。今も先のことを考えていろいろしてるみたいだし」


 そう言って雪ちゃんは、ほう、と姫と話している赤羽の方を見る。

 先のことを考えている? 自分の欲望に忠実なだけではないだろうか。勇者となる運命だったなんて言われて、ただ自分に酔っているだけ。


 女神(わたし)からすれば、どちらも男の趣味としては最悪だ。


「でも、創一君も意外と優しいし、それにいざって時は誰より頼りになるし、それに……って、はわわ……」


 指先をもじもじと遊ばせながら、顔を赤くする。

 どうもこちらの会話は聞こえなかったらしく、渡辺は何の反応もしない。本当に聞こえなかった? まあでも、このポーズに意味がなかったわけではないだろう。耳ざとい一部の男子が、渡辺に嫉妬の視線を送る。


 『犀川恵美』は、かわいい。

 クラスの中でも、決して一番とは言えないかもしれないが、一定以上の人気を保つ女子だ。

 それがいま現在、何の力も持たない、最弱の男に好意を寄せているとなれば、もしかしたら、人間関係に何か変化があるかもしれない。

 とりあえず、下ごしらえ。

 火をつける前に、導火線と、火薬の準備を。


     *


 料理が運ばれてきた。私たちはそれぞれ、適当な席に着き配られるのを待つ。勇者たちの世界と比較しても、料理の質にそん色ない。パンは白く、香りも良い。

 生徒たちは少し意外そうに、その料理が行き届くさまを見守った。


 石造りの城に、王政という聞きなれない社会形態は、生活面での不安を抱かせていた。それがいい意味で、裏切られたのだから勇者たちには好印象だ。


 だけど、私は知っている。これは今回だけの、接待料理だと。

 このガラド王国が勇者を召喚するのは、もちろん今回が初めてではない。だからこそ彼らは、勇者たちが何を好み、何を嫌うのかを善く知っている。

 まずは、気に入られるために。

 少しの無理をしてでも、料理の質を上げる。それから少しずつ、パンを固く、味付けを薄く、気付かれないように変えていく。

 もし万が一気づかれたときも、亜人や魔人のせいにして不満の矛先を変えさせる。

 人間族の常とう手段だ。


「どうぞ。マナーについてはお気になさらず、皆様の思うようにお楽しみください」


 シャーリー姫はそう言うと、仕様人たちと一緒に静かに部屋を出て行った。

 そのおかげで部屋の中には生徒だけ、皆、緊張が解けたのか、笑顔が見られるようになってきた。


 私も隣の雪ちゃんへ、てへへ、とはにかみ笑いをする。それからナイフを取って、厚切りのドラゴンステーキの上でそっと引いた。


「わわ、このお肉すっごく柔らかいよ! 雪ちゃん!」

「ほんと! それにおいしい~」


 なんだ、案外悪くないじゃん、異世界。雪ちゃんのその一言は、全員の気持ちに他ならなかった。男子たちのほとんどはソースがクロスに跳ねることも気にせず、がっつくように料理を口へ運ぶ。

 一方、赤羽は静かに、きれいに食べていた。

 それにまた数人の女子が見とれる。あらまあ、お上品だこと。私はそちらでなく、渡辺の方をじっと見つめ続けることを意識した。


 渡辺はほとんど、食事に手を付けていない。今もナイフとフォークを持ってこそいるが、動く気配がない。大丈夫かな、と私は口の中で小さくつぶやき、自分の料理に目を落とす。好きな男の子よりもたくさん食べる女の子って、どうなのかしら。そんなためらいの感情をみせつつ、しかし食欲には忠実に、そっとパンをちぎって食べた。


 私はこっそり女神特有の能力、『神の眼』を駆使して席に着いたまま部屋を出て行ったシャーリー姫の様子を見ることにした。彼女は途中、仕様人たちと別れ、ガラド王の部屋へとまっすぐ歩を進める。


『お父様』

『シャーリーか、入りなさい』

『失礼します』


 そんな会話も聞こえてくる。私は水を少し、口に含んだ。柑橘系の果汁が数滴たらされているのか、さわやかな香りが鼻に抜ける。


『どうだね、勇者たちの様子は』

『はい。概ね順調に進んでいるようです。しかし……』

『しかし?』

『一人、こちらの思うように動いてくれなさそうな男がいます』


 渡辺創一のことだろう。早速、相談しに来たようだ。

 ガラド王は自慢の髭をつまみ、うなる。


『ううむ、その人物はプライドが高そうかね?』

『まだよくはわかりませんが、おそらくは……』

『なら彼に問うてみればいい。このままこの城に残り他の勇者たちの「補助」の仕事に就くか、それともこちらのわずかな援助を受けて城を発ち、自立した生活を送るか、とね』

『まあ』


 ……やはり、渡辺創一を追い出すか。

 まあ、それはそれで構わない。今後のやり方が少し、変わってくるだけだ。


「なあ、渡辺。食わねえんならそれ、くれよ」


 その声はやけにはっきりと、食堂に響いた。私は意識をシャーリー姫とガラド王から、目の前の桜風高校の生徒達へと戻す。

 出席番号十一番、郷田明人(ごうだあきひと)

 部活未所属にも拘わらず妙にガタイのいいその男が、なにやら渡辺に絡む。


「いや、食うよ」

「はあ? でもさっきから全然手が進んでねえじゃねえか。冷めちまうともったいねえし、俺がもらってやるって」

「だから、食うって」


 食事の取り合いとは、なんて幼稚な。

 またみんなからは同情の目が向けられるのかな。そう思ったが、私の想像とは少し、周りの様子が違った。

 男子たちの視線はどこかからかうような、そんな嘲笑を孕んだものだった。

 それは、弱いものに向けられる目。

 なんだかんだ言って、若いというのは柔軟だ。すぐに今までなかった『スキル』なんて要素までパラメータ化して、クラスヒエラルキーに取り込もうとする。


「ちょっと、郷田やめなよ」

「はあ? いいじゃねえか。渡辺ひょろいしよ、残すなんてもったいないだろ?」

「渡辺、食べるっていってんじゃん。あんたはあんたの分があるでしょ」


 雪ちゃんが、郷田に意見する。

 渡辺は何も言わない。ただ黙々と、今まで手を付けていなかった食事を食べ始めた。

 それを見て、はん、と郷田が鼻で笑う。


「前々から渡辺って、なんか気に食わねんだよな」


 そういってちらりと、郷田はこちらを見た。こちら、つまりは『犀川恵美』を。

 ……ああ、なるほど。


 郷田は食事をする渡辺の頭をばしんと、高く音が出るようにはたいてから自分の席に戻る。渡辺は変わらず、頭を少しさするだけで特に反応しない。

 なんだかその抵抗しない姿勢はみじめに映った。


 きっと彼の中には、今にも言い返したい気持ちがあるのだろう。しかし彼はそれをしない。それをしたところで、今の自分が余計にみじめになると思っているから。

 クラスに特に親しいものもおらず、昔のよしみで雪ちゃんにかばわれるその姿。

 他の人間には、どう映る?


 席に戻ってきた郷田を、他の男子たちはヒーローのように迎える。

 女子の反応はわれ関せずか、どちらにも等しく嫌な顔をするか、渡辺を情けないと攻めるかの三通り。


 私はどうしよう。とりあえず、渡辺を心配げに見つめて置いた。一瞬だけ、皿から顔を上げた渡辺と目が合う。


「渡辺くん……」


 小さく呼んでみるが、渡辺はそれも無視して、また皿へと視線を落とす。

 赤羽はやれやれと、少し上から見下ろすように郷田と渡辺を見比べる。


 『犀川恵美』を取り込んで、記憶としてはクラスの人間関係を把握したつもりだった。

 しかし今のやり取りでより一層、それが身近にわかった気がする。


 つまり、渡辺から『スキル』を奪ったのは大正解だったということだ。


 渡辺のプライドが、静かに恨みを溜め込む。その矛先は、どこへ向かうのか。

 郷田に対して、男子たちに対して、あるいは……

 これまでの平穏な生活を崩した、『ガラド王国』に対して?



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