第三話
一つ、私は自由に魔法、スキルを生み出すことが出来る。
一つ、私は自由に『力』を誰かに与えることが出来る。
一つ、私は『子』の生命にかかわらない限りにおいて、自由に『力』を奪うことが出来る。
*
帰れない。
シャーリー姫のその一言で、全体の意識は彼らにとっての異世界『リーン』へと、静かに傾き始めたようだった。少なくとも勇者であるうちは人間が、ガラド王国が最低限の生活を保障してくれるから。さっきは真っ向から判定意見を述べていた渡辺創一も、すっかりおとなしくなっていた。
私たちは今、王城の一室で水晶を前に列を成している。
「ではこちらの水晶に手をかざしてください。そうすれば自然と、水晶にスキルの名前が浮かび上がってくるはずです」
シャーリー姫はそう言って、出席番号一番、赤羽の手を引く。
もう生徒たちの間では赤羽が特別扱いされるのが当然として受け入れられている。これはクラスメイトという同じ空間で勉強した仲間同士だからこその認識だ。
『赤羽は特別で、当たり前』。
誰もが心のどこかでそう思っているような、そんな雰囲気。
だから赤羽が二つのスキルを保有していた時も、シャーリー姫以外から驚きの声は起きなかった。
「これは……! すばらしい。スキル二つ持ち、いわゆる『ダブル』と言われるものです!」
赤羽優斗のスキルは、“剣帝”と“雷王”。訓練を積まずとも誰にも負けないほどの剣術を会得できるというものと、雷魔法の効果の大幅な上昇。どちらも汎用性があり、確かにこの世界での『戦い』に着目して言うなら、非常に優れたスキルと言える。
「ガラド王国の長い歴史上、勇者様は何人かいらっしゃいますが、始まりの勇者様以外『ダブル』だった方はいらっしゃいません! これは非常に素晴らしい、きっと赤羽様は、勇者になられる運命だったのでしょう」
シャーリー姫のその言葉に、赤羽は顔をわずかににやけさせる。
すぐに表情を作り直したので、目撃したのはほんの数名だろうが。そのほんの数名も、すぐに何かの見間違いだったのではないかと忘れただろう。
赤羽は下がり、続いて出席番号順に水晶を触っていく。
赤羽以外、『ダブル』は存在しない。皆、“王”か“帝”と呼ばれるクラスのスキルをたたき出していく中、私の順番が回ってくる。
私も例にならい、水晶に手をかざす。
「犀川様は……“癒帝”ですね」
なんともあっさりしたコメントだ。
治癒魔法に置いて最高の力を持つスキル。犀川の私の次には東雲雪ちゃんが前に出て、水晶を触った。スキルの名前は“氷王”。赤羽の“雷王”の氷バージョンと言ったところか。名前に似合った、いいスキルだと私は思った。
そうして着々と列は消化されて生き、最後には渡辺創一が水晶の前に立つ。
その時のシャーリー姫の顔を、私は見逃さなかった。
『邪魔だなあ、こいつ』
「目は口ほどにものを言う」とは勇者たちの世界のことわざだが、なるほど、これを見た後だとうなずける。腹に一物ある、とてもいい目をしていたよシャーリー姫。
渡辺はそれに気づかず、同じように水晶に手を伸ばす。
そこにはスキルが浮かび上がってくるはずだが……しかし。
「……これは」
シャーリー姫の目が一瞬、三日月型に歪む。
渡辺が少し戸惑ったのが背中を見ているだけでわかった。
水晶には、『何の文字も浮かび上がってこない』。
「なあ、これって」
「スキルなし……ですね」
他の生徒から同情の視線が注がれる。この瞬間確かに、他の生徒と渡辺創一の間に壁が築かれたような、そんな気がした。そして赤羽と渡辺、どちらの味方に付くべきかということについても自然と決まってくる。
片やスキルを二つ持つ、非常にまれな『ダブル』、片やなんのスキルも持たない無力な『無能力者』。
元から渡辺創一は、あまり交友が広い方ではない。いじめられているわけではないが、特に親しく話すような間柄の友人もいない、クラスでは少し浮いた存在だ。
渡辺はこちらを振り返り、それからすぐに視線を逸らした。
「渡辺様、後で少し、お話をしましょう……」
「ああ、わかった」
顔を向けることなく、渡辺は堪える。
シャーリー姫からのお話。一体なんだろうか。
戦力外通告? 今後の身の振り方についての相談? どちらも意味合いは一緒か。きっとシャーリー姫は邪魔な渡辺創一を彼らとは別の場所へと移そうとするだろう。いいぞ、せいぜい勇者同士の仲をこじらせてくれと、私は願う。
勇者同士でいさかいが起き、世界に大きな打撃を与える。
それが私の目的。そのために私は……渡辺創一からスキルを奪ったのだから。
渡辺創一は別に、元からスキルを持っていなかったわけじゃない。
彼も他の勇者と同じように、“王”のクラスに相当するスキルを保有していた。
そう、“雷王”のスキルを。
私がそのスキルを女神の力で奪い、そして赤羽へと与えたのだ。
ここまではとりあえず、私の望んだ通りの展開。