第二話
一つ、私は私のままでは世界に存在することが出来ない。
一つ、私は私の『子』を殺すことが出来ない。
一つ、私は私の『子』に対して何かを強制することは出来ない。
一つ、私は私の世界の生命が一定数以下になった時、滅び始めてしまう。そして一度滅び始めたら、それを止めることは出来ない。
*
「このように無理やり、皆さんをお招きする形になって申し訳ありません……」
場所は変わって、城内の広いホール。私を含む三十二人は騎士に囲まれる形で移動する。ホールの天井付近では大きなシャンデリアがきらきらと輝き、それに多くの生徒達は目を細める。
生徒達とはつまり、私立桜風高校、二年B組の面々だ。『犀川恵美』もまたその中の一人で、部活は美術部に所属……していた。
今は死んでしまったので、そう表現するのが正しいだろう。
彼女は私が殺した。その体を取り込み、代わりに『勇者』として召喚されるために。
私は私のままでは、『リーン』に入れないから。
かわいそうなことをしたとは思わない。
私だって必死なのだ。気が狂ってしまいそうなほど。それに人の死など毎日のように見て、聞いて、感じている。罪悪感など、今更だった。
私は早く、死んでしまいたいのだ。
「……ですが私たちには皆さまにすがらざるを得なかったのです。皆さま、勇者様方の力を借りるしか……」
シャーリー姫は悲壮感漂う顔で、皆に聞かせるように声を張る。
「今、このガラド王国は危険にさらされています。非道な亜人、魔人たちが我が国を侵略しようと画策しているのです。もちろん抵抗するつもりですが、亜人は身体能力に置いて、魔人は魔法に置いて私たち人間よりずっと強大な力を持っています。私たちの抵抗も、いつまで持つかという状況で……」
「僕たちが、勇者」
「はい、その通りです。どうか、私たちを救ってはいただけないでしょうか」
あざとくも姫はそっと、赤羽優斗の手を握る。年上の、それも非常に美しい女性にそんなことをされては、普段モテて免疫がありそうな赤羽であってもうろたえるしかなかった。
「で、でも僕たちにはそんな、大したことは出来ませんよ」
「皆様はこの世界に来る途中、女神様と会われたのではありませんか?」
その問いかけに、生徒たちは戸惑いながら頷く。
「勇者様には女神様より、特別な力が授けられることになっているのです」
「特別な、力……」
「はい。それは異世界より召喚された勇者様だけに与えられる、“スキル”と言われる種類のものです」
女神がスキルを与える、か。
「スキル……」とまるで初めて聞いた単語を咀嚼しているような、そんなつぶやきを『犀川恵美』の顔でしながら私は思う。なんて間抜けな解釈だ、と。
私は別に何も与えたりはしていない。ただこの世界にとっての異物に免疫作用のようなものが働いて、周囲とは違う特異性を顕現させるだけ。その異物が埋没しないように、いつもどこかで私の目に留まるように、世界のシステムとして備えていただけの物。
“スキル”とはまた、大層な名前を付けたものだ。
私ならきっと、“抗体”だとかそんな適当な名前を付けるだろう。
「そのスキルがあれば、皆さんを救うことが出来るんですね」
特別な力と聞いたころからだろうか。赤羽優斗の目はシャンデリアにも負けないくらい、強く輝き始めていた。もしかしたら勇者だとかそういうものに、強い憧れがあったのかもしれない。それ自体は悪いことではないだろう。かつてこの世界にも、それと似た思想を持った勇者が召喚されている。
その場合、結末は大きく分けて二つ。
理想の自分、理想の勇者を追い求めるうちにむなしさを孕んだ栄光を手に入れるか。
それとも理想に追いつけず、ただ勇者であることに固執する小者となるか。
……こいつは、どちらかな?
「ちょっと待てよ赤羽」
赤羽優斗の言葉に喜びかけたシャーリー姫、それに割って入る形で発言したのは、暗い目をした中肉中背の目立たない少年だった。名前は、渡辺創一。
「お前はさっきから、すでに勇者? だとかになる前提で話してるみたいだけどさ。なんで俺達がそんなことしなくちゃならねえんだよ。俺達は誘拐されたんだぜ」
「……渡辺。確かにそうかもしれないけど、困っている人を見捨てるわけには」
「だからってそれで危険な目に会うなんざ、俺はまっぴらだ」
赤羽と渡辺が視線をぶつける。それに生徒たちは、ざわつき始める。
「ねえ、恵美。恵美はどう思う?」
隣にいた雪ちゃんがそっと耳打ちする。恵美は少しだけ、悩む。
「……怖いよ。怖いけど、もし私たちにしかできないんだったら……」
助けてあげたいな。と、最後までは言いきらない。これがきっと、犀川恵美としての模範解答。「そう、だよね……」と自分にも言い聞かせるように、雪ちゃんは頷く。
「なあ、姫さんよ。連れてきた魔法があるんだ。当然、帰す魔法だってあるんだろ?」
渡辺は赤羽とは話にならないと思ったのか、シャーリー姫へ話を振る。
その問いかけに、シャーリー姫は申し訳なさそうに、ゆっくりと首を振った。
「……すみません。私たちが知るのは、勇者様を召喚する魔法のみなのです」
嘘だ。
この世界にはきちんと、帰す魔法だって存在している。他でもない、創造主たる私が言うのだから間違いない。というかそもそも勇者、異世界人といった存在はこの世界にとって『異物』でしかないのだ。連れてくるよりもずっと簡単に、帰すことが出来る。
だがシャーリー姫が語らぬ限り、勇者たちにそれは伝わらない。
渡辺は忌々しそうに小さく舌打ちして、顔をゆがめた。
「……まじかよ。誘拐よりよっぽど悪質だぜ」
会話を聞きながら、私は思う。
ああ、なんて茶番。