残念な飼い主ですが愛されてます。
そして再び広間から。
あれ?
誰もいない。
絹虫は外でロープ作ってて、メンダコは警備のため待機で……。
あれ?モフリスはどこいった?
指示待ちの秘書ペットはログイン時に玄関前の広間で待機する事になっている為、しっぽに最後に出した命令がまだ有効になっているという事だ。
さて、なんて命令してたんだっけ?
思い出せなくて困惑する。
そしてそのまま、ぼんやりと広間から外に出て……慌てた。
既に出番待ちだったらしいさっきの、騎士?勇者?が、再度、柵を昇ろうとしていた。
柵の外で、侵略対象の領地の有効化の必要条件である、ファルケのログイン待ちをしていた模様。
メンダコが、外敵に気がついてお出迎えに向かう。
「めそこ、スミで迎撃だ!」
タコといえば墨と、飼い主らしく指示を出してみる。
しかし犬の様な耳?をパタパタさせて、驚いた様に振り返っためそこは、こっちを向いてイヤイヤする。
「ふはははははは!」
それを見ていた残念騎士が、柵に足をかけたまま爆笑した。
「何がおかしい?」
メンダコは可愛い。
可愛いは正義だ。
笑われる様な事はないはずだ!
「メンダコは墨を吐かない!」
残念騎士はピタリと笑いを止めて良く通る声でキラキラと宣言する。
残念な癖に博識なやつだ。
そして、笑われてたのは俺だった。
「それを言うなら、メンダコは空を飛ばない。」
飼い主より、うちのペットに詳しいとか悔しいので取りあえず言い返す。
どうやら時間稼ぎはそれで、充分だったようだ。
残念騎士の頭上の枝がしなって、銀色のしっかりした重さのトゲトゲ金属球が降って来た。
我が領の収入を支えるミスリルの栗である。
いつも、収穫に苦労するハンドボールサイズの剣山の手鞠だが、木の実関連のスキルを持つしっぽの手にかかれば赤子の手をひねるも同然って、本当に赤ちゃんの手を捻れるかって言うとそんなむごい事出来る訳ないんだけど。
直撃をするのを見届けたしっぽがドヤ顔気味で、こっちを見る。
そうだった。
さっき出して、有効なままだった指示は『索敵、迎撃、退避の中で出来る事やって』だった。
ごめんよ、残念な飼い主で……。
残念騎士が、再び白い光の柱になって消えたのを見届ける。
しっぽとめそこと俺に経験値が入り、めそこに新しいスキルがついた。
もしかして、スミ?スミ吐けるようになった??
「めそこ、何覚えたの?」
そう聞くと、2回まばたきした後、スカートの様な八本脚の間から、音もなく、ふわっと、空気の球が出てくる。
「……おおっ。」
小さく歓声をあげると嬉しかったのか、ぽんぽんと、そのまま続けて大小20個くらいのシャボン玉を飛ばす。
「もういいよ、有難う。」
寄って来た、めそこの頭を撫でる。
シャボン玉は結構持続するらしく、乙女チックな雰囲気が辺りに漂っていた。
パーティの演出などに最適!という月並みなキャッチコピーを思いついたが、生憎その予定も招く相手もいない。
気持ちを切り替えて、しっぽを呼ぶ。
「しっぽもありがとう。」
ぎゅっと抱き寄せるがリアクション薄いのはいつもの事だ。
抵抗もしないので、しっぽを抱いたまま絹虫を呼ぶ。
麻のロープが20メートルくらい出来ていた。
「泥棒が来てから縄を綯うって、本当にあるんだねー。」
1メートルくらいはあるだろうふかふかのきぬこを抱き枕のように抱え上げて、お疲れ様の意味で背中をトントンする。
スキンシップは、ペットとの新密度をあげる上でも意味のある行為だ。
新密度が上がると、新しい事が出来るようになったり、今できる事の精度が上がったり、良い事づくめだ。
それを除いてもそれぞれに最高品質な手触り感を持っているので、隙あらば触りたくなるのだが。
「っと、今の内に、色々仕掛けとかないとな。」
門の前に呼び鈴代わりの鈴蘭を下げて、1時間前に柵の傍に植えた作物の状態を葉っぱに触れて確認する。
ナス科の葉っぱが、3つ、種を蒔いた位置に、地面から広がる様に生えている。
「……ちょうど良いな。きぬこ、まいと変わって!」
ペットの名前が女の子っぽいのは、どうせべたべたするなら男の子より女の子の方が良いようなそうでもない様な適当な感じだ。
深い意味はない。
すぐに、きぬこに変わってまいが出てきた。
しっぽと同じで、哺乳類らしい真っ黒の大きな眼が可愛い。
「こないだと同じやつ植えたから、よろしくね。」
まいは後ろ脚で立って、細い首でこくりと頷く。
やっぱりうちのペット賢いなあ。
葉っぱの付け根を縄で結んで、柵と木とを使って罠を張る。
うかつっぽいあいつなら引っかかるだろう。
なんか変な奴だったし、下手したら、気が付いた上で、好奇心に負けて引っかかるかもしれない。
他の奴だったらその時考えれば良い。
……結局は行き当たりばったりになってしまうのか……。
そして罠を張り終って、まいを撫でていたら、門から鈴の音が鳴り響いた。
……知り合いなど居ない世界で、辺境のこの地に、まさかの玄関からの来客だった。