天球儀高校入学式とテンペストドレインオンライン(TDO)
暖かな色合いの木が継ぎ合わされたドーム状の天井の内側には夏の星座が刻まれている。
私立天球儀高校の潤沢な資金をうかがわせる講堂は、パンフレットで見た時よりも郁介の心を惹き付けた。
本日はお日柄もよく、晴れて迎えた入学式。
例に洩れず長い校長の話を聞き流しつつ、悪目立ちしない様に気を配りながら、天井に描かれた星図を見上げる。
入学希望者向けパンフによると、この天井、実は仕掛けがあって、開くのだ。
一層目がこの星図の描かれた普段使いの木の天井、二層目はプラネタリウムなどが投影できる真っ白の天井。
そしてそれが開くと本物の空を見る事が出来るのだ。
……面白い。
自分で選んだとは言い難い状況だけど、結果として、自由な校風が売りのこの学校に進んだのも悪くない選択だったかなと思う。
およそ1年前、ダメもとで、高校からは一人暮らしをしたいと言った郁介に母が出した条件のひとつが、県内で一番の競争率を誇るこの高校への進学だった。
母が自分の母校である天球儀高校を条件に指定してきたのはそう不思議な事とも思わなかったが、競争率だけで言えば県内トップ。
普段から真面目に勉学には取り組んでいたつもりだし、勝算が無いわけでは無かったけど、この一年、油断は出来なかった。
より一層授業に集中し、それなりの成績を維持し続けた事により母の信頼を得られたのは良かったが、三者面談で、合格率を聞いて、
「……えっ?……受かるの?」
って、知らなかったのかよ!
とは言え、天球儀高校の合格率が下がったのは、ここ二年程の話である。
母が知らなかったのもまあ無理はない。
じゃあなんで、この学校だったら一人暮らしOKなのかと、合格後、この高校への進学を条件にした理由を聞いたら、婚前に買ったままになっていたワンルームマンションが、この学校に近かったからと言われて、なんだそれはと、呆れたり……。
ところで、テンペストドレインオンライン(以後、TDO)というゲームを知っているだろうか?
簡単に言うと、フルダイブ型のVRMMOゲームである。
VR、AR技術で再現できない知覚はなくなり、ウェアラブルの軽量化も進み、ゲームに限らず、プレゼンテーションや実習、教習なども含めた、実用的なシーンにフルダイブ技術が浸透し始めてもう随分と経つ。
そんな中、TDOというゲームは、この天球儀高校で生まれた。
といっても、学校が率先してゲームを作った訳ではなく、元々は試験的に、VR技術を取り入れた学内ネットワークを作る為に集められた、もしくは自主的に集まった学生たちが、少しだけゲーム性を持たせようと悪乗りを繰り返した結果、出来上がったのが、テンペストオンラインというゲームだったらしい。
もちろん学内ネットワークも、文句付けようがないプロ仕様で出来上がっていた為、サーバーの多くを占めていたこのゲームに関して学校側は黙認という形を取った。
学生の自主性を重んじた自由な校風が見せかけだけではないと思わせるほほえましい?エピソードだ。
テンペスト……、動乱を意味する、物騒な、このゲームの名前の由来は、学内ネットのレベルを超えたシステムの運用に、学校側と生徒の間で起きたやりとりが元になっていると言う噂もある。
しかし、生徒用のローカルネットと、外部に向けて広く公開されたグローバルネットが、複雑に絡み合ったこのゲームの存在が、入学希望者を、爆発的に増加させた原因なのは、疑う余地も無かった。
そして、テンペストオンラインが、卒業生を中心に校外に広まったのが去年。
テンペストドレインオンラインと名前を変え、新しい展開が発表されたのも去年の事だった。
ドレインと聞くと思い浮かべるのは排水口だが、ゲームにおいては別の意味を持つことも多い。
対象から奪ったHPやMPやステータスを自分のものに変換し吸収する魔法に良く付いている名だ。
そしてゲームのタイトルにこのドレインが追加された日、TDOは5つのゲームをプレーヤーごと吸収した。
これは侵略的な意味ではなく、様々な理由で、存続が危ぶまれたゲームをTDOの一部として、併合したのだ。
それから、現在に至るまでに、30は下らないタイトルが本来の名前を失いTDOの一部として稼働しているらしい。
フルダイブゲームに関心があるならば常識ともいえるレベルの知識だが、興味無い母が知っているはずもない。
郁介自身は、一人でのびのびと遊べるスローライフ系のゲームにしか興味が無い為、TDOをプレイする機会はなさそうだが、学内ネットワークへの登録は入学前の手続きで既に済ませてある。
女子を中心とした小さなざわめきを受け、ぼんやりと壇上を見上げる。
いつのまにか校長の話は終わっていたらしい。
校長に向けてチャラっとした王子様風の少年が新入生を代表して何か宣誓をしていた。
それが終わると、今度は先程より低めのどよめきが広がる。
目も覚めるような涼やかな美少女が、生徒会長として歓迎の言葉を述べる。
きちんと手入れされた、長いストレートの髪の癒し系美少女が挨拶を終え、にっこりとほほ笑むと、明かりが消え、上から音がした。
つられて見上げると、いつの間にか、昼にもかかわらず、頭上に星空が広がっていた。
『新入生の皆さんが星にも勝るような輝く未来を手に入れられるようお手伝いさせてください。』
音響を意識した声が、響いて消える。
室内はすぐに明かりを取り戻し、壇上から目の保養となりうる美少女先輩(名前忘れた)も消えていた。
その後は特筆すべき事もなく式が終わり、教室に移動となった。