持ち上げる、なんて
ちょっとグロいかも…
解剖の話を興味津々に聞く、という話。
僕は持ち物に名前を付けるのが好きだ。
ギターはカネサダ。
今背負っているリュックはイクエ。
なんて風に。
そして、自転車の名はヤックルである。
そのヤックルに乗って、家に帰る途中の話だ。
募金活動がどうとか言う話を聞いて思いだし、僕は口を開いた。
「この前、献血したんだ」
僕が言うと彼女は「ええっ」と驚いた様子で返事をした。
「そんなに細いからだでよく無事だね」
そんなに細くねぇよ。
僕はガリガリのヒョロヒョロじゃない。
腹筋は割れてるし、腕だってそれなりに力がある。
でも周りの人は決まって僕の事を痩せっぽち扱いする。
「まあ、一瞬気を失いかけたよ…すぐに持ち直したけど」
年中顔色が悪いことは承知済み。
同じ色白でも血色の良い肌と血色の悪い肌では全然見え方が違う。
こういう体質的なものもあって、何かあるとすぐに僕は心配される。
たまにその心配に甘えたくなったりもするけど、僕はそうしない。
そうするのはカッコ悪いって分かっているから。
「そう。この前解剖ゼミに行ったんだけど」
僕は目に力が入るのを感じた。
「解剖!!?」
僕はこの手の話が大好きだ。
好奇心がくすぐられる。
「心臓の周りに血の塊ができてるって聞いたんだけどどうなの?やっぱグロかったでしょ?」
彼女はうん、うんと頷く。
「3日間くらいは肉を食べる事が出来なかったわ」
僕は苦笑を浮かべる。
やっぱりね。
「それで、何を解剖したの?カエル?」
「私たちの班はハクビシンだったけど、タヌキを解剖した班もあったわ。死体をやったんだけど、内臓は殆ど潰れちゃってたわ。車にひかれて」
彼女は「ひかれなけりゃ解剖なんてされなかったのにね」と口角を下げ、眉を上げる。
まあ、でもそんな事を言ったって仕方ない。
生きてりゃいつか死ぬんだし。
死後に何かの役に立てたんだとしたら、なかなか喜ばしい事なんじゃないのか。
「具体的に解剖ってどんな事するんだ?」
「それ、聞く?後で後悔しない?まあ、君はグロ耐性あるから大丈夫か」
ここからはちょっとグロい話になるかもしれないから、そういうのに興味がある人だけ先を見てくれ。
「私は胃を切り裂いて中身を見たり、気管を持ち上げると肺も一緒に持ち上がる、とか、そういう事をしたわ」
「持ち上げる?気管を掴む?」
何ということだ。
ただ腹を切って中を見るだけ、というだけでは無というわけか。
「へぇ…なかなかハードだな…」
「そうね……。私はメスを持たなかったんだけど、背筋がぞわぞわしたわ」
「メスってすっげえ切れ味良いんだろ?」
彼女は頷いた。
「解剖って言っても脳味噌まではつついてないよな?」
「私たちは死体を骨だけの状態にするよう頼まれてたの。大学に」
「骨だけ?ってことは中身を全部取り出したの?」
彼女は苦笑いをし、頷いた。
「取り出しもしたし、腕や足に付いている脂肪やら血管やらも剥ぎ取ったわ。脳味噌も目玉も。肉を取るときは泣きそうになってた人もいたしね。臭いもそうとうなものだった」
「肉を剥ぎ取るって?」
「こう、ギリギリっと。骨にメスを当てて」
彼女は手でジェスチャーをする。
「脳ってどんな感じ?ツルツル?ベトベト?」
「柔らかかったよ」
「どうやって取り出したの?頭蓋骨割ったのか?」
「頭蓋骨を首の関節からはずし、そこから取り出すの」
「そっそうなの?」
僕の知らなかったことばかりだ。
話で聞くだけならまだしも、実際に目で見て、臭いを嗅ぎ、感触を味わったなら、僕も何日か肉類を食べることが出来なくなっていただろう。
脳味噌やら目玉を生で見るなんて…
そんなの…
「絶対、俺も解剖する!!」
彼女は「止めときな」と言うと、顔を思い切りしかめて見せた。