第7話 千日千夜の時をもち、宴の支度を致しましょう――
「本当に言ったのだな?」
「誠にございます」
「嘘ではないな?」
「はい」
「まったく使えん奴だ……」
悪態を付きながら傲慢な態度でギルベート男爵は言うと、いまにも椅子から駄肉がこぼれる勢いの太った巨漢をブルブルと震わせながら、テーブルに置いてあったワイン入りのカップを手で払いのけ床に転がし、床に片膝を付く私の太股にワインが垂れた。
しかし男爵は何事もなかったように振る舞い、男爵の斜め後ろに立つ執事の男も眉一つ動かさなかった。
「あの女、妙に悪事に長けていると思っていたが最後の最後まで目障りな奴だっ」
「旦那様、それが魔女という生き物の性なのです」
「お前の言う通りだな。して、奴の住処からなにか出てきたか?」
「信用出来る者二名と共に確認しましたが、金目になりそうな物はなにもございませんでした」
「隅々まで探したか?」
「それに関しては、立ち会った者をここに呼んでいただいても結構です。何も出てきませんでした」
「まったく腹立たしい、それに尽きる!」
ルチア嬢との会話中、二つのことを厳命された。
男爵様の前で、私を下卑してください。
そして適当に会話を合わせてください。
すると、こう訊ねてくるでしょう。
『女はどこへ向かったのか?』
そしたら言ってください。
魔女は、教えてくれませんでした……と。
教えると貴方様は、その情報を伝える義務が発生します。
もし私が嘘の方角を教えると、貴方様に迷惑をかけます。
だから足を進ませる方向は言いません。
もし、男爵様の態度に苛ついたらこれを伝えて会話を締まらないものにしてください。
――小葉は風の吹くまま気の向くまま されど恩義を忘れず 我の心は地を彷徨う――
風に舞い上がる一枚の木の葉、貴方のしてきた数々の理不尽さを忘れることなく、この地に有り続ける――。
男爵は恩義をそのまま『いままで有り難う』と捉えるだろう。
なにせ阿呆だから。
ルチア嬢、続けてなにか伝えようと口を開くもすぐに唇はキュッと閉じた。
なにもできない無力な私はただ、彼女の憂いた瞳を見つめることしかできなかった。
私は勝手に解釈する。
風に流されるまま見知らぬ地に赴いても、貴方様方々と過ごした日々を私は忘れず、心の拠り所として生きていく――。
魔女と忌避しなかった私たちへの伝言――と。
「ジルベーヌ、奴はどの方角へ逃げたと思うか?」
「そうですね……やはり王都かと」
「人も多く警備も厳しい王都にか!?」
「男爵様の仰る通り衛兵が多く取り締まりも厳しく、怪しい輩は即捕まるでしょう。しかしながら――」
「なんだ?」
「木を隠すなら森。しかも、奴の占い術なら囲いたいと思う貴族は星の数ほどもいるでしょう」
「しまった!」
「ややもするとすでに占ったことのある者を介して、貴族に身の保護を求めているやも……」
「くっ!」
「もし、男爵様が奴の立場でしたらどうお考えですか?」
「身の保身……」
「私とて同じ考えにございます。どこぞの貴族の屋敷の一角に住まい悠々自適に暮らしつつ、占い結果で主を惑わし――」
「くそっ!」
阿呆を騙すのは簡単でいい。
手の内でいとも容易くゴロゴロ転がる。
可能なら二人の執事にこの状況を見学させ、経験を積ませたかった。
「王都に派遣となると――まずは――」
ブツブツと呟いているが徒労に終わる未来しか見えない。
ルチア嬢の性格からして王都への逃避行は、絶対にあり得ない選択肢。
貴族に囲われる日々を、神々の知識を奪われるだけの人生を、彼女は望まない。
それが、食べ物にも衣服にも住まいにも困らない、裕福な生活が待っていようしても。
「王都に六割、残りの四割は地方に差し向ける」
「っ!?」
「本来なら王都に注力したいが、やり過ぎは他の貴族の目を引いてしまう」
阿呆といえ少しは知恵が回るようだ。
ふいに男爵の真横に、口元を近づける執事。
「流石この一帯を治める主様、懸命なご判断かと」
「お前もそう思うか?、四割を二手に分け山狩りだ」
「それでは――」
私に猶予はない。
身を乗り出し中腰になりながら、二人の会話に挟まるように間髪入れず言った。
女一人を捉えるのに、二手で山狩りは過分な配分。
追っ手を四つに分け捜索されるが良きかと。
「お前は、ギルベート男爵様の御意見に意義を唱えるのか?」
「とんでもない誤解にございます。さきほど申した通り相手は女一人、子兎を狩るのに大魔術師はいりません。狩人数名、それも幼子の狩人でも十分に狩れましょうぞ」
「ふむ……たしかにお前の言う通り一理あるな」
「ゆえに地方への捜索部隊は四分割して、網の目を広げるがもっとも得策かと」
「狩りをするなら手広くか――」
「さらに具申、申し上げますと四つのうち二手は王都近郊の街々、残り二手は男爵様がお考えになります方角で良いかと……」
「粗忽な者にしては目を見張る案。執事として、この者の策を取り入れたく存じ上げます」
男爵に視線を向ける執事。
「うむ、実は我も同じ考えをしていたぞっ」
「流石我が主!」
阿呆と愚者の掛け合い、腹が捩れそうだ。
極力王都方面に追っ手の集中と、捜索する組の人員を減らすことによって発見されても人手不足で捜査網が脆弱になり、対処方法の選択肢が増える算段とも知らず、呑気なものだ。
さらに残り二手も『男爵がお考えになります方角』に赴くから、失敗したとしても責任転換が難しくなる。
「おいジルベーヌ、嘘は申しておらんだろうな?」
「もちろんにございます。もしお疑いのようでしたら開示の魔道具をお使い、質問されても問題ございません」
「アレをか!?」
「はい、嘘を見抜くと言われる魔道具にこう質問してください。女はどこに向かったのか?、それと、女が最後に言った言葉はなにか?」
「二つもか!?」
「一つでも結構ですが」
「アレの使用には金がかかり過ぎるし第一、教皇になんと説明して借りるのだ? だったらいまお前に聞けばいいだけのこと。最後に何と言ったのだ?」
「はい……『イチゴイチエ――』そう口にしました」
「なんだそれは?」
「わかりません。尋ねる間もなく足早に立ち去りました」
「なんだと考える?」
「そうですね……魔女の考えることなど、我等凡人には到底思い付かない、この世の理から外れた世界観ゆえなんとも」
この世の理から外れ――。
嘘は言っていない。
「ギルベート男爵様、私目に開示の魔道具、使って下さいますか?」
「ふん、不要だ。子兎一匹を狩るのに大金はかけられん」
「かしこまりました」
「もう下がっていいぞジルベーヌ」
「ははっ」
スッと腰を落とし深々と一礼。
男爵は絶対に開示の魔道具を使わない自信があったからこその駆け引き。
開示――の使用料には大金貨数枚が必要となり、そう易々と使えるものでないからなんとでも威勢を張れる。
さらに魔導具を所有する教皇様に『どうしても捕まえたい子兎がいるから貸してくれ』なんて口が裂けても言えない。
「それと――理解しておろうな――」
男爵はなにか言いかけるも言葉を止め、脇に立つ執事の男に視線を向け互いに顔を見合せた。
私は演技を入れつつ自然な体で「発せられなくともご安心ください」
「ジルベーヌよ、お前は察しが早くて助かるぞ」と、演技を入れつつ低い声。
「この地で商いを行う身として当然のことかと」と、仮面を被り真実風に。
「ふっお前は本日、つまらぬ雑貨の商談に来た」と、臭い演技が鼻に付く。
「女神の戯れ言を記した書籍の販売、うまくいかなく残念になりません」と、私も演技に付き合う。
「なんだそれは?」いきなり真顔の男爵。
「思い付きで口にしたまでです」と、深々とお辞儀をしつつ阿呆の憂いているであろう心配事に、虚像の言葉を伝えた。
背筋をピンッと伸ばし立ち上がり「本日はお招きいただき有り難うございました」と、定型の挨拶をしつつ背後に後ずさり。
そして扉に手をかけ部屋を出る。
やっと終わった。
まったく男爵の我が儘に付き合うの――「これはジルベーヌ殿、どうしてこの場に?」
背後から声。
聞いたことがある声の主はたしか……若い男の従者。
振り向くと、どこか私を見下すような視線をしていてたぶん、無意識の内に出る癖と思われる。
まったく男爵婦人の傀儡よ、もう少し演技の技を磨いたらどうだ。
「ギルベート男爵様に呼ばれまして少々お話を……」
「なにかあったのか?」
「その辺りは御本人様から……」
「商談の話でもしていたのか?」
「まぁそんなところなります」
「では聞くが――」
――ギィ――
ふいに開く扉。
男爵の隣に立っていた執事は廊下に数歩足を進め、こちらに視線を向けると軽く会釈。
私も小さく会釈。
「雑貨商、玄関の方角はわかるな?」
偶然を装っているがそこはかとなく演技臭が漂う。
こちらはこちらで色々と事情があるのだろう、一応に付き合うとするか。
「はっはい。一応にわかりますが案内して頂けますとうれしく思います」
「ふむそうか。なら私がご案内して上げよう。後に付いてくるが良い」
「有り難うございます」
「そういえば商談の途中で――雑貨の――であるから――」
「次回はより良い商品をお持ちしま――」
「男爵様は――其方と話され――」
執事に連れられ廊下を歩く背後、なんとも嫌な視線を感じるが気のせいだろうか。
採光窓から入る光は夕焼け色で、廊下全体を橙色に染め上げていた。
拘束時間は一時間弱といったところか。
ルチア嬢と縁が切れたいま、呼び出される回数は極端に減り商談の話もこなくなるだろう。
「そうか――」
「どうしたジルベーヌ?」
「いえ、なんでもありません。ただの勘違いです」
執事に向けて誤魔化しの言葉を一つ、投げかけた。
そんなことより――。
そう。
そうか。
男爵は言った。奴に提供する一軒家の質を落とせ。
男爵は告げた。タロット占い術で発生する利益の数割をこっちに回せ。
男爵は下卑た視線を投げつけた。あの黒髪、どうにかならんのか。
男爵は、息を吐くように、空を見上げるように、ルチア嬢を貶める。
気づいた。
気づいてしまった。
ある意味、粗忽者の言動に振り回されたから“こそ”彼の人、ルチア嬢と親密になれた。
そう、彼は自らの身を犠牲にして私たちに女神との交流の場を提供され、華やいだ宴のひとときを私たちに与えになられた。
もし、男爵が平等を愛し領民の嘆きを聞き入れる技量を持っていたなら、私たちの仲は発展せず『世話をされる人』と『身の回りの支度を整える請負人』としての関係が続いていたに違いない。
そして、平凡で特に優れた点がないつまらぬ商会として社史が紡がれていた。
――男爵は、私の罪や過ちを背負い、荒れ果てた地に放たれた贖罪の者そのもの――
私は、男爵に心の奥底から頭を垂れなくてはいけない。
そして、偽りのない心で、地に膝をつかなくてはいけない。
この地に降臨された女神、ルチア様の、か細い御足の甲に口づけをさせていただく機会を、お与えになられた御仁として――。
――ベルモート・ライネル・ディ・ギルベート男爵よ、自らの身を滅ぼそうとも――その気品の輝きを失わないでくれ――
「お帰りなさいませ旦那様――男爵との会談の成果はいかがでしたか?」
執務室の机越し、私を見るやいなや小振りな老眼鏡の奥、目を細めて執事オクタールは言った。
「もう一人の執事はどうした?」
「ただいま所用にて席を外しております。直に戻るかと」
「そうか」
私の言葉足らない一言にすべてを察したのか「茶に入れるラム酒は少し多めにしますか?」
小さく頷く私。
「ベランジュが戻り次第、茶を準備いたします」と、それだけ残すと執務室を後にした。
窓から射す日の光はもうすぐ消えようとし、夜が来る。
私は執務机に置かれる照明の魔道具に魔力を注ぎ、明かりを生み出す。
「ジルベーヌ様、私はこの明かり、とても好きです」
「手元しか明るくならない、古ぼけた魔道具の光ですよ?」
「たしかにぼんやりとしか明るくなくて、光も橙色の色味で時折、風に揺られるように不安定になります。ですが、風情があっていいじゃないですか」
「風情――ですか」
「そうです」
「ふむ……」
――時は夕暮れ ぱぁと広がる草原に立ち 吹き込む風はどこまでもやさしく 揺らめく草花の感触を肌に知り 見渡す景色に心奪われるも 私の想いは異郷へと馳せる――
「って、下手くそな詩をひとつ、詠んでみましたっっっ」
季節は秋。
暖炉の中で揺らぐ炎を眺めながら詠まれた詩。
あれから一年が過ぎようとしている。
時間の流れはかくも早いものだ。
数日前がほんの数時間前のようで、数ヶ月前は数日前のよう。
「異郷へと――」
誰もいない室内、私はやおら立ち上がり左壁に足を進める。
真っ白な漆喰の壁に残る、赤茶けた染みにつと触れる。
季節は冬。
手に持っていたカップを豪快に投げ飛ばし、つけられた染み。
「ごっごめんなさいっっっ」
「問題ありません。後で漆喰職人に上塗りさせますので」
「分割でお金を払いますっお時間をくださいっ!」
修復しようと思えばいつでもできた。
しかしそれでは不躾な負担をかけてしまう。
ゆえに本棚を新たに購入し壁を塞いだ。
いま思うと、あの時の判断は間違っていなかった。
そう、彼の人が実在していた存在証明を残せたのだから。
私は、この染みと共に一生忘れないだろう。
――彼の人との対話を――
――楽しき宴のひとときを――
――地上に舞い降りた、女神との日々を――
◆◇◆
森羅万象不可思議な出来事を記述した禁書のなかに、とあるエピソードがある。
地上に舞い降りたとされる女神の軌跡を記した物語。
その物語を詠みたいと思う者は王族の住まう宮殿に土足で入り込むか、この地を統べる神々の総本山たる御代に忍び込むかの二者選択。
そして、文中の最後はこう締めくくられている。
――自らが信仰する神々に願い賜う 小さき女神の御足の甲に今一度 口づけをさせていただく日が訪れるのを 千日千夜の時をもち宴の支度を致しましょう――
-終-
最後までお付き合い、まことにありがとうございます。
本作品は『黒髪の魔女は優雅に魔術を詠む』と時系列がリンクしています。
『~魔術を詠む』も、読んでいただきますとうれしく思います。
ではでは♪




