第4話 第二執事の戯れ言
――トントントトン――
久しぶりに耳にする階段を駆け上がる音。
もう少しゆったり行動してほしいものだ。
――コンコンココン――
特徴のあるノック。
まったくわざとやりおって。
「どうぞ」
「ただいま勤務地より戻りました」
深夜、第二執事は王都から戻ると早々に私の執務室に足を運び、矢継ぎ早に口にした。
興味深い話がありますと。
「話をする前にそれ相応の礼儀があるだろう?」
「あっと、すっすみません。では、改めまして。第二秘書ベランジュ、ただいま王都より帰還いたしました」
姿勢を正すと腰をスッと下げ、右手を胸に当て深々と一礼。
その間、泳ぐ視線。
まぁどこかぎこちなさが残るものの及第点としよう。
明日にでも第一執事たるオクタールに礼儀作法の基礎をいま一度、叩き込んでもらおう。
「さて、明日の朝を待たずして私の元を訪れたほどの理由を聞かせてもらおうか」
「もちろんですっ」
机をはさみベランジュは興奮気味に言った。
南方に位置する二つの領で近々、代替わりの兆し有り。
共に現領主の年齢によるもので一人は八十台半ば、もう一人もさほど変わらない年齢。
片方は円満に跡継ぎの一人息子に主の座を譲れるが、もう片方は正室、側室を含め四名が候補。
「ふむ、前者は特段気にかけなくてもよいが、後者は泥沼の様相を呈するであろうな」
「すでに隣接する領では動きが見られます」
「だろうな。して、当商会はどのように立ち振る舞うべきか――考えておろうな?」
机の前に立つベランジュはコクリとうなずくと「将来訪れる御家騒動『当商会』は静観すべきかと」そう真顔で口にすると「屋根裏の小窓から事の次第を眺めるのも一興かと」とも付け足した。
「屋根裏の小窓からとは、寓意に満ちた言い回しだな」
「お褒めいただきうれしく思います」と言いつつニヤリと笑みを見せた。
通常、領主の代替わりは商人にとって積極的に絡む問題であり、その後の商会の将来を加味すると無視できる話ではない。
支持した候補者が領の中心人物となれば旨味のある商談が約束される。
もし、別の候補者が領主になったとしても領主争いに使われた金銭分を取り戻すべく、あちら側から取引きの声をかけてくる。
いや、正確には『そうせざる負えない状況』になっている。
他にも『自分には人を見る目がなかった』などと方便を使い取り繕えば、それ相応の取引きができる。もちろん、袖の下の対価が必要となるが。
それらの商人行動があるにも関わらず静観するとの判断、なにか明確な根拠があるのは明白。
「側室の、しかも一番若く、予想外の人物が領主になる可能性があります」
ここ近年、側室の子でも実力と人望があれば高い地位に付ける実例が多々あり、それはこの国に限ったことでなく、近隣国でも同様な事態になっている。
理由は至極単純で、数年前に鎮静化はしたが疫病と領地同士の小競り合い、はたまた国同士の争いによって領主となりうる人物の死去、または病死が相次ぎ、さらに高齢化も相まって貴族間の事情はがらりと様変わりした。
「いくつだ?」
「表向きは二十七と言われていますが実際は二十一~二十三が実年齢で、極秘扱い事項になります」
「二十七でも十分若いがそれ以下とは。秘密扱いになって当然だな」
「ですが、領地運営に関して言えば頭二つ三つも飛び抜けています」
「根拠は?」
「旦那様がここ最近一番お好きな言葉の『簡潔』に従い言えば、貴族らには珍しい『現実論者』」
「それは珍しいな」
「はい。現実に、街で起きている事象、城壁の外での出来事、さらに商人、職人、農民、流民らの動向に気を使っています」
貴族の全てがそうだと言うのは暴言だが大多数の爵位持ちは時として、無茶な注文、できもしない法律、費用対効果を無視した事業らを『この前話した案件、順調に進んでいるか?』と吐いてくる。
二年前に失敗した大豆取引きも、とある貴族の面子を守るため当商会が泥を被り、もちろん表に出せる話ではなく密かに処理された。
「正室の子と違い、側室の子なら人脈も派閥も脆弱なはず」
「その通りで実際に支持する貴族はごくわずか。さらに商人も数える程度しか支持しておりませんから、食い込めれば丁重に扱われるのは確実」
「ふむ。二十台なら領主としての在位も必然的に長くなり、安定した取引きも見込めると考えるがどうなのだ?」
「そうなのですが一点どうしても……」
「手短に申せ」
「はい――その候補者は、女性なのです」
現在、バーリアント聖国には大小合わせて三十四の領地と、それを統治する領主が同じ数だけいるが女性の領主は三名。
しかも、前領主の病死で急遽、他に候補がいない、血筋の事情で止む負えずなど、何かしら理由がある。
しかし今回の件はそれらとは違い、一人の候補者として名が上がっている。
「聞かれると思うので先に言います。四名の候補者のなか、会談に応じてくれたのはその方のみです」
弱小商会、それも扱っている物品も雑貨では足元を見られても当然。それでもお会いしてくださったその方はやはり現実論者ゆえの判断なのか……。
「事後報告になりますが、その方を支持したく取り次ぎをしてきました」
「静観すると言っておきながらそれはどういう意味だ?」
「はい。あくまで私個人として支持をしたく、考えております」
「いくら私的とはいえ、事が事だけに詳しい内容を聞かぬと許可はできぬ」
「もっともです」
「上辺だけの言葉を抜き、率直に申せ」
ギラリと睨み付ける私の視線に臆することなくベランジュは飄々とした雰囲気。
いったいなにが彼をそうさせるのか理解に苦しむ。
「旦那様にはこの言葉だけで十分です。その方は――『彼の方』と同じ思考の持ち主」
「なんと!」
「これも先に言っておきますが、黒髪ではございません。ブラウンヘアの似合う素敵なお方です」
「そのお方もイセカイからの来訪者か!!」
「出生を調べましたが純粋にこの世界の生まれの者で、幼き頃はよく木に登って遊んでいたそうです」
「そうか……」
「旦那様、私個人の判断、支持してくれますね?」
「支持するもなにも、私も会えるよう話を進めてくれ」
「それはできません」
「なぜだ!?」
「そのお方より伝言です『事が落ち着くまで商会長とはお会いになりません』と」
普通ではありえない内容であり、そこまでするのには何か理由があるのは明白。さりとて直接お会いして話を聞かぬことにはどこまでいっても憶測の域を出ない。
「それと、その方は見破りました。私の素性を」
「っ!!」
「すごいお方でしょう、父上」
第二執事ベランジュ、どこか亡き妻に目元と鼻筋がそっくりで、ベージュ色の髪色も妻譲り。ショートカットにしているせいか若き頃の妻を思い出す。
彼の方、ルチア嬢と近況を話し合う間柄になった頃、ベランジュ、オクタールも含め四人で酒を酌みつつ異世界談義で盛り上がるなか、一つの提案をしてきた。
息子さんを執事にしては?
少しばかり飲み過ぎてしまい内容をあまり覚えていないが「商会長の息子として跡取りとしてでは、眺め下ろす視界がすべて。ですが執事として雇用し、見上げる視点と視界を育てることにより――公平で物事の――」と口にし、さらにいくつもの利点を説明した。
後日、いま一度その内容を確認したいと思ったが酒に飲まれた自分の姿に恥ずかしさをおぼえ、尋ねられなかった。
それから数日後、息子ベランジュは胸に右手をそっと当て恭しく一礼をすると「第二執事ベランジュ、本日より着任します」と告げ、周りの者を驚かせた。
「なにか考え事ですか?」
「いやなに、なんでもない」
「実は……私、この商会の名を大陸中に轟かせたく思います」
「うむ、良い心がけだ」
「そして、それ相応の地位と身分を手に入れたなら、そのお方の左指に白き花を届けたく――」
「!」
「そのお方、シオノール・フォン・ポワレ・ナミール様に――」
「ふっ……」
「どっどうかされましたか……父上?」
「いや、なんでもない。それよりも――」
私の顔色を伺う息子。
なんともかわいいじゃないか。
シオノール……亡き妻の――無二の親友の貴族も、その家名を持っていたな。
なにはともあれ当分忙しい日々が続きそうだ。




