第3話 商会の戯れ言
芝居の幕は牛のあくび程度で、すぐに幕引きとなった。
女給の言うところのK商会、カブルセン商会は主に嗜好品を取り扱う商会で、この一帯で五本の指に入る大商会。
副商会長を筆頭に取り巻きを連れて来店。
よほど機嫌が良かったのか私らを見つけると足早に歩み寄り「これはこれは雑貨屋商会長のジルベーヌ様ではありませんか」
副商会長ラグル、歳は四十代前半、どこか神経質な雰囲気があり寡黙に仕事をこなす印象であったが、目の前にいるのはただの酔いの回った人物。
「ラグル殿、随分と楽しい酒を飲んでいるご様子」
「わかるのか?」
「にこやかな笑みを見れば誰でも同じことを言いますぞ」
「そうかー顔に出ていたかー」
「なにか良き知らせが届いたと見受けますぞ」
「まっそれなりになっ。そういう其方らも随分と飲んでいるではないか、吉報でもあったのでは?」
「私らは……」
オクタールの顔に視線を流す私。
老眼鏡を外し、目元をキョロキョロと泳がすオクタール。
そしてそのまま白髭を撫でながら口元を曲げ、なんとも困った表情を一つ。
その仕種を横目に私は両手をプラプラさせながら「今回は運がなかった」
「ほほぅ……」
「雑貨屋の私らには過分な話だった……それだけだ」
「それは――そこそこ大きな取引きの話――だったのかな?」
「まぁそうだな……来年の春にもう一度チャンスがあるやもしれぬ」
「来年……」
「何度も言うが今回は運がなかった」
「…………おい女給、このテーブルの支払いをこちらに回せ」
「おいおい、いいのか?」
「この程度、なんともない。それより、祝ってくれるか?」
「どのような良き知らせか不明だがカブルセ――いや、商会の右腕、ラグル殿に乾杯!」
そう言ってテーブルをはさみ座るオクタールとエールの半分入ったカップで盛大に乾杯。
「はっ!なんともうれしいぞ!!」
敬語すら怪しいほど上機嫌のラグル。
オクタール、無言のままスッと立ち上がるとラグルらに向けて一礼。
私も釣られるように立ち上がり頭を垂れ、出口に向かう。
店内はいつしか半分以上客で埋まり、丸いテーブルがいくつも並ぶなか歩いていると「ジルベーヌ様、来年の春――あるといいなっ」と、背後からラグルの声が聞こえ、それに対し右手を上げ軽く手を振った。
女給、私の背後にスッと立つ。
「ジルベーヌ様、会計のほう……」
「ん?、会計はあちらが持つと言った、それだけだ」
「では……」
「少しばかり飲み過ぎた、次回は一杯程度でやめておこう。それに、酒も料理も残してすまぬな」
「……そうですね、飲み過ぎは良くありませんねっ」
「まったくだ。物事の本質が見えなくなってしまう」
「またのご来店、心よりお待ちしております」
恭しく礼をする女給に見送られ店の外に出る。
太陽は山裾に半分隠れ、自宅兼商会に戻るころにはすっかり隠れるだろう。
――ピュィ――
冷たい風が足元を抜けると同時に枯れ葉が足元に絡んだ。
夕暮れのなか、私たちはゆっくりと歩き始める。
「ラグルは今頃、仮初めの祝宴に酔いしれているな」
「酔いが冷めるまで、そっとしておいて上げましょう」
「オクタール、わかるな?」
オクタールはひと言「当然です」
「旦那様は商会の右腕と仰いましたが、どのような恣意があるのかご教示願います」
「恣意?、そんなもの彼が将来、カブルセン商会を背負う人物に上り詰めて欲しいと、お前も願っているだろう?」
その問いかけに白髭の下、口元を緩ませ仰々しく「小生も彼の名が商会名に足される日を、待ち望んでおります」
商会名に足される――カブルセン・ラグル商会、意外と悪くないな。
「して旦那様、どの辺りに阿呆さを見ましたか?」
「それを口で言わすか?」
「はい」と言いつつ私に圧をかけてくる執事オクタール、親父の頃から当商会に従事しているだけあって時々私は試される。
そう、商会の長としてふさわしいか。
実際のところ彼はラグルの阿呆さを聞きたいわけじゃない。
単に、その後の展開を、結末を、未来を、私がどう描いているのか知りたいのだ。
私は少しの間、言葉を慎み思考にふける。
「そうだな……」
副商会長ラグルを頭として急遽、酒場に予約。
全員笑顔で、ラグルは私を見るやすぐに駆け寄った。
私の「今回は運がなかった」発言にピクリと反応。
私の「~来年の春にもう一度チャンスが――」にまたしても反応そして、奢ると告げる。
私らの帰り側「来年の春――あるといいなっ」
なに、簡単な話だ。
私に蹴られた大豆取引きをあちらさんは掴んだと思っている。
そして、私らが叶わなかったとされている取引きを奪ったとも考えている。
男爵が蹴られたと言うはずがないから成立したと言えよう。
大豆の種を蒔くのは春。
男爵との会談は現在、穀物庫に仕舞われている大豆分についての話。
来年の契約話は出なかったが『現在の在庫分に手を上げた者に、来年の取引きも任せる』と考えるのが自然な流れで、彼の発言からも読み取れるように私らに来年の春、大豆取引きの話は回ってこない。
そして彼らは、男爵にそれ相応の額を支払う事案が来年も発生する。
もちろん、引き続き取引きを行うなら男爵の要求を飲むしかなく、要は『細く長く』たかられる。
「ラグルはいつの時点で気づくと思うか?」
「そうですね――男爵の性格からして……夏。収穫の見通しが決まった頃、袖の下を要求するでしょう」
「私も同じ見立てだ。まっこの一帯で名を馳せる大商会だ、少しの痛みは他で補填できるだろう」
「男爵の父君の頃はこんな取引き、なかったのですが……」
「そうだな……数年前までは安心して商いをできたのだがな……」
そういう意味でも彼、ラグルも一人の被害者である。
数年前か――。
まさか親殺しの人間が地位と富を独占するとは――神は死んだのか。




