第2話 男爵の戯れ言
「どうしても参入する気はないのか?」
「私も商人の端くれ、実のある商機に乗りたいのは山々ですが……」
「あの時の失敗をいまだ引きずっておるのか?」
「そうですね……無いと言えば嘘になろうかと……」
「そうか……」
ギルベート男爵はそれだけ言うと黙ってしまった。
特別な話がされるときのみ通される小部屋、机をはさみ男爵は椅子にどっしり座り、対してこちらは執事共々直立不動の姿勢を崩さない。
男爵、ふくよかな腹周りが椅子ギュウギュウに詰め込まれ、幼子らが見たら一斉に笑い転げ、そのまま牢に投げ込まれる未来が待っているだろう。
「あれはお前の失態ではない。冷夏のせいで思うように大豆の成長が遅く収穫期がズレたからだ。恨むなら天空に住まう人々に向けて雑言を吐けば言い」
「お庇いされましたこと、うれしく思うばかりにございます。さりとて良い吉報を届けられなかった責任は当商会にございます。それだけは譲れません」
「まったく頑固な奴だ」と、腕を組みながら男爵は言うと目を細めて「話は変わるが……アレとは会っているのか?」
「アレ――とは、アレのことにございましょうか?」
「他にないだろう、アレの代わりは」
眉を細め睨み付けてくる男爵。
首回りと頬の肉付き具合に比べ目元は鋭く、鷹のような眼光を持つせいか影では『飛べない鷹』と揶揄されている。
「アレに昼間の時間で遇ったのは――半月くらい前のとある店先、後ろに控える執事と立ち話をしていたところ、向こうから会釈をしてきました」
「お前はそれを会ったと言うのか?」
「若干語弊はあるかと思いますが、遇ったと言って良いでしょう」
「それで――」
――コホン――
私の背後、執事のオクタールはわざとらしい咳払いを一つ。
「ギルベート男爵様、お時間のほうだいぶ押しております。たしかこの後、御婦人の知人を囲み会食があると執事の者から聞いております」
「もうそんな時間か?」
「はい」
「では手短に申せ。執事、アレはなにか言っていたか?」
「言っていたかと――申しますと……」
「なんでもいい教えろ」
「なんでも……たしか、食材が一斉に値上がりしているから節約をしていると申しておりました」
「ふむ、他には?」
「他には……そうですね、井戸水の使用代も値上がりして――と申しておりました」
「他にはないのか?」
「少しズレますが旦那様が大銅貨五枚をその場でお与え、食材費にでも充てるよう伝えそのまま別れました」
「偽善者気取りか?」
「当商会の旦那様は、女性にはお優しい方なので」
「手を出したのか?」
こちらに視線を向けキッと睨みつけてきた。
私は腰をスッと落とし右手を胸に当て、軽くお辞儀をしながら口にした。
彼の者に手を出す者がいるとすれば勇者か、はたまた事情を知らぬ愚者。
さらに饒舌に続ける。
「勇者は聖剣を腰に携え、神の審判を下す者として。事情を知らぬ愚者は金を武器に一夜を買う者として。どちらかでしょう」
「面白い例えだな」
「事実にございます――」そう吐きながら私はいま一度頭を垂らした。
――コンコン――
ふいに扉を叩く音。
「旦那様、お時間になります――」
扉の向こう側から若い男の声。
たしか――最近雇い入れた従者と聞いている。
通常の執務室なり客間なら扉をノック後、室内に入れるがこの部屋は特別。
主の許可なく開けることはできない。
「わかった。すぐに行く」
「かしこまりました――」
男爵は『入室して良い』と言わなかった。
男は扉の前から動いたようで廊下を歩く足音が聞こえた。
「まぁ良い――」
「なにか?」
男爵はなにか誤魔化すように突と立ち上がると「なんでもない」それだけ告げると右手をひらりと振った。
帰れの合図。
私と執事は深々とお辞儀、そしてそのまま背後に身を進ませ室内を後にする。
――ギィィバタン――
「ジルベーヌ様、お疲れさまでした」
「「!!っ」」
扉から少しの先、従者は立っていた。
「本日はなにか商談でいらしたのですか?」
「まぁそんなところだ」
「おお、良い返事をもらえたのでしょうか?」
「そうさな、大豆の件もあるから私には荷が重すぎる話だ」
「大豆……大豆……あーあれですか」
ボロが出てるぞ若造。
「詳しい内容は男爵様に聞いてくれ」
従者に向けて会釈をすることなくその場を離れた。
もちろんオクタールも会釈をしなかった。
◆◇◆
「お疲れさまでした」そうオクタールは言いながら皿に盛られた肉料理を上手に切り分けると、そのまま互いの皿に盛り付け、テーブルの脇に立つ女給に空いた皿を手渡した。
「本日は旦那様がお好きな香草の包み焼き。エールはいつもの銘柄で良いですね?」
「そうしてくれ」
「ではエールの注文と、他に二~三種ほど頼んできます」
そう告げオクタールはゆったりと席を外した。
坂の途中にある小さな酒場、男爵との会合の後は決まってここを訪れ酒と料理を楽しむ。
薄暗い店内、夕食の時間帯にしては少し早いせいか客はまばら。
隣に立つ女給「いつもご贔屓にしてもらっています。よろしければ、中央の一番良い席に移りますか?」
私はその申し出を丁重に断り店の一番奥、薄暗いこの席で十分だと告げる。
女給は「かしこまりました――」と言い軽くお辞儀、そして笑みを見せつつ厨房に戻る。
そう、いつしかこれは通過儀礼となり、必ず繰り返される予定調和となった。
「旦那様、お済みになりましたか?」
「たったいま済んだ」
オクタールは椅子を引きながら「それは良かった」と言い腰掛ける。
これらの会話も儀礼の一つとなりその後、皿に盛り付けられた料理を無言で頂くのが我らの流儀。
そしてエールが運ばれてきて二~三口、口に付ける。
女給は言う。
料理の途中で一杯目のお酒に口を付けるお客様は他にいません。
私は告げる。
ここの料理は美味しいから酔って味わうには勿体ない――と。
女給は言う。
「いつも有り難うございます――」
「うむ」
そう、ここまでが予定調和の掛け合い。
テーブルをはさみオクタールはクスリと笑い、私も笑みを浮かべる。
さて、本気で頂くとしようか――。
「美味しかったぞ」
私はそう告げ、片付けに来た女給に笑みを一つ。
オクタールももちろん笑みを一つ。
「有り難うございます。カップが空ですがエールのほう、いかがいたしますか?」
「二杯目か、今日のところはやめておこう」
「かしこまりした。では、空いた皿は片付けますね」
「そうしてくれ」
女給はテーブルに並んだ皿や布ナプキンを手に取りながら「独り言です――急遽、K商会から予約が入りました。夕刻からになります」
私は無言のまま視線を隣に向ける。
オクタール、老眼鏡のフチを押さえ角度を直すと無言でコクンと小さく頷き、内ポケットから大銅貨三枚を取り出し空皿の隙間にそっと忍ばせた。
女給も無言で小さくうなずくと空皿を手に持ち、そのまま厨房のほうへ足を進ませた。
「これは想定外だったな」
「仕方ありません、ここの料理は美味しいですから」
「そうだな。では手短に要点だけ確認しよう」
「かしこまりました」
オクタールは小鞄に手を入れ一枚の紙とペン、携帯用インク壺を取り出しテーブルに置くと文字を書き出すこと数分「こんなところでしょう。ご確認のほう、お願いします」と、差し出してきた。
・呼び出し、穀物事業への参入斡旋。
・表向きは、廃業した穀物専門商会の穴埋め。
・真の目的、斡旋した実績を掲げ、大義名分による中間搾取の必要性を説く――はずだった。
・予想外事、彼の人との動向について尋ねる。
「ざっくりですがこのような内容かと」
「まったく、もう少し知恵のある人物かと思っていたが、どうやら買いかぶり過ぎたようだ」
簡単な話、穀物を扱う商会が廃業したから権利を譲っても良いぞ?
しかし、手ぶらで来ようとは考えてもいないよな?
それだけのこと。
そして当商会はその申し出を過去の実績を盾に、やんわりと蹴った。
「旦那様、もちろん――」
「それ以上は言わなくてもわかる」
「なんとも問題ばかり起こす男爵様で……」
「いまに始まったわけでもなく――この街で商いをする以上、上手く付き合っていく他なかろう?」
「もし可能であれば他の領地、見知らぬ国で自由に商いを、したいと夢々妄想することがあります」
「もしやお前、私の心を読んだのか?」
「読まずともわかります。この一帯での最大の障壁は天候不順でもなくライバル商会でもなく――かの御仁なのですから」
「まぁそうだな。さて、くだらない話はこれで終いだ。それより……」
「はい……」
「彼の人の動向を探ってきた点、お前はどう見る?」
「そうですね…………」
六十過ぎの経験豊富な執事、オクタールでさえ男爵の投げかけに虚を突かれたようで考えがまとまらず、それは私も同様。
彼の人、ルチア嬢は約一年前、ふらりと街にやってきた。
今日と同じ部屋で男爵は告げた。
この女に一軒家を貸し与え、この街で生活できるよう一通り整えろ。
それが私とルチア嬢との初めての出会い。
濃緑色したロングローブを纏い、深々とフードを被った小柄な少女、オクタールが掛ける小振りな老眼鏡より二回りも大きな丸眼鏡が印象的で、なぜ男爵はこんな娘のために時間を割いてまで依頼してきたのか、まったく理解できなかった。
しかしすぐにその考えは反転した。
彼女のおこなう占い術はいままで見てきた占星術や数秘術、古より伝わる土着術式らと一線を画すもので、どの流派、術式、手法にも属さないまったく新しい術式。
そしてなにより、その精度の高さたるや他を寄せつけない圧倒的な詠みで、人智を超えた神託に近いほどの神秘的かつ的確なもので男爵が庇護しようとする理由、すぐに理解できた。
私(当商会というよりどちらかと考えれば私個人)がお世話し始めた当初、男爵は彼女を丁重にもてなし中流階級の一軒家を貸し与えるよう私に命じてきた。
しかしそれはすぐに変貌し、ぞんざいに扱うようになるのにさほど時間はかからなかった。
明確な理由は不明だがやはり彼女だけが持つ、あの黒髪が影響していると推測。
この国で黒髪は、厄災を呼び寄せる寓意的象徴であり忌み嫌われる存在。
もちろんこの国すべての領民がそう考えているわけではないが、年配者を中心にその考えが深く根付いている。
きっと男爵の周りで雲霞の如く群がる貴族や高級商人、親しい領民らが口添えしたのだろう「あのような者を庇護下に置くということは、貴方様の御身を穢します」と、そんな下卑た言葉を、男爵の耳元で何度も囁いたのだろう。
「旦那様、もしや――」
「心当たりがあるのか?」
「心当たりではなく――帰り際に話しかけてきた若い従者――」
若い従者、最近雇われた者で名は知らぬがどうやら男爵婦人側の者らしく、男爵は少し警戒している体が垣間見られる。
オクタールは男爵婦人側の誰かが関わっていたのではと考えたのだろう。
「私もその筋は考えた。ただ、憶測でしか計れんな」
「婦人側が動くとなりますと――やはり宝飾品絡み――」
「光りモノに目がない婦人だ。今回の件とは別だろう」
「そうなりますと……もしや占い術に使用される絵札を狙って――」
「その可能性は否定できないな」
占い術に使用される絵札、タロットカードなるものは確実にこの世界において唯一無二の存在。
彼女が街に住み着き一~二ヶ月過ぎた頃「お二人にだけ特別で~」そう言って、占いとは別にすべての絵札を見せてもらったことがあり、いまでもはっきりと覚えている。
薄く精巧、同じ形に揃えられたカードは少しの水ではふやけず破れず、手油が付着しても柔らかい布で拭き取ると指紋すら残らない。
一枚一枚丁寧に描かれた人物なり風景は彩り鮮やかな色彩で描かれ、さらに権力の象徴としての色、ラピスラズリの青までふんだんに使われ『絢爛豪華』の言葉を物体化したような神がかった代物。
男爵でなくとも手に入れたいと思う貴族や富裕な商人は少なからずいる。
そう、私とて所有する機会があれば欲しいと思うほどだ。
しかし誰も手を出せずにいる。
彼女の、腰にまで流るる黒髪を恐れて。
「ジルベーヌ様、K商会の方々が店の前に馬車を横付けしております……」
さらに女給は小声で「裏口からお出になりますか?」
「……どのような雰囲気なのか、わかるか?」
「そうですね……予約人数は四名でしたが実際には六名。すでにほろ酔いの方もいるようで察するに二軒目。さらに皆、気分がかなり良いようで全員上機嫌です」
「ふむ……裏口への案内は不要だ。その代わり、洗っていない空のエール用のカップを数個テーブルに並べてほしい」
「他人が飲み終えたものですか?」
「そうだ。できれば飲み残しのあるカップがあるとなお良い」
「……かしこまりました。では、ほかにも食べかけの料理皿など、ご用意したほうが……」
「そうだな、そのほうが自然に見える」
女給、ニヤリと微笑むとすぐさま厨房の中に消えた。
「旦那様……」
「オクタール、私が言わんとすること、わかるな?」
「貴方様にお仕えして幾年の月日が流れたとお思いで?」
白髭の下、ニヤリと口元を上げるオクタール。
さて、子供も騙せぬ三銅貨芝居の始まりだ。




